第80話 異世界被害者 友の会

 探索者協会渋谷支部。

 支部の中にいくつもある会議室のひとつで、まさにこれから会議が始まろうとしていた。とはいえ、実際には普段協会で行われているような業務の打ち合わせ、所謂ミーティングといった類のものではない。それよりももっと私的な、殆ど愚痴をぶちまけるためだけに設けられた場である。


「繋がったかしら?」


「ちょっと待って下さいね……うん、これでどうですか?」


『ちゃんと映っているよ。ありがとう、国広』


 モニターを操作していた女性へと、花ヶ崎刹羅が声をかける。

 花ヶ崎が今回声をかけたのは二人。例の異世界出身を名乗る彼女達のによって被害を被った、京都と伊豆、二つの支部の支部長である。

 モニターを操作していた女が、伊豆支部長の国広燈くにひろあかり。そしてそのモニターに映っている男が、京都支部長の廿楽千尋つづらちひろである。


 三人は学生時代からの知己であり、先輩後輩の関係だった。

 最も年長となるのが花ヶ崎であり、その一つ下に廿楽、そして更にその下に国広。廿楽と国広の二人は、学生時代から花ヶ崎に何かと面倒を見てもらっていた。故にそのころから今に至るまで、相も変わらず頭が上がらないのだ。


 支部長クラスともなれば、知り合いから呼ばれているなどというだけの理由では、そうやすやすと顔を出すことなど出来はしない。それが協会の業務とはそれほど関係のない、私的な招集ともなれば尚更だ。しかし、支部長という立場にあり多忙である筈のこの三人が、それでもこうして集った───京都の廿楽だけは距離の問題でリモート参加だが───その理由。それはこの三人に共通する事であり、そのまま今回の集まりの名前にもなっていた。


「それじゃあ『異世界被害者友の会』、記念すべき第一回目の会議を始めましょうか」


 会の代表である花ヶ崎がそう宣言する。

 渋谷、京都、伊豆。この3つの支部の共通点とは、つまりは異世界方面軍の活動によって踏み荒らされた支部である、ということだった。

 先日、件の『異世界方面軍』と直接顔を合わせた花ヶ崎は確信していた。これから先、彼女達の被害者は増え続けるだろうと。故に、彼女達への対策と情報交換のためにこの会を発足した。


 被害と言えば語弊があるかもしれない。

 異世界方面軍の持ち戻るアイテムは量が少ない代わりに、そのどれもが超が付くほどの貴重品である。伊豆では初めての発見となる回復薬を。京都では死神討伐という偉業に加え、調査こそ断られたものの大鎌を持ち戻った。そして渋谷では、イレギュラーの解決と世界初の魔物討伐、そして未知の魔物素材。あまつさえ、怪しげな魔物まで連れて帰ってくる始末である。


 協会として得られる恩恵は計り知れないが、しかしそれと同じか、或いはそれ以上に頭を悩ませる存在。世間の認知度はそれほど高くないにも関わらず、その実力は圧倒的。一度ダンジョンへ潜れば何を仕出かすのか予想も出来ない、ある意味天災とでも呼ぶべき探索者。それが各支部の管理者である花ヶ崎達にとっての、異世界方面軍への共通認識であった。故に本部からも『要観察』と言われている彼女達だが、それだけでは対策が足りないと考えたのだ。


「先日、ついに渋谷にも彼女達が現れたわ。結果は二人共もう知っているでしょうけれど、事後処理が本当に大変だったんだから」


『気持ちは理解りますよ。京都うちは今でも、問い合わせの対応に人を割かれている状況ですからね。大鎌の調査は断られましたし』


伊豆うちも回復薬なんかが出ちゃった所為で、訪れる探索者の数が爆増しました。過疎Dで職員の数が全然足りないのにですよ!?最初は喜んでましたけど、よくよく考えればどうやって仕事を回せって言うんですか!」


 三人が口々に愚痴を零す。

 彼女達の言っていることは、突き詰めれば協会本部の責任である。各支部が人手不足に喘いでいるのだから、人員を用意するのは本部の仕事である筈なのだ。無論、本部の指示で他支部からも応援を回してもらってはいるが、それもほんの数人程度である。到底状況を打開出来るほどの数ではなく、今でも京都と伊豆は人手不足のままだ。この2つの支部は過疎ダンジョンということもあり、配属されている職員の数が元々少ないという事情もあるのだが。


 京都も伊豆も、追加の人員を送るよう本部へ要請はしている。だが残念なことに、協会本部もいっぱいいっぱいであった。協会の職員とはそう簡単に就くことの出来る職業ではない。資格も必要であるし、引退した探索者を勧誘しようにも相応の経験が必要だ。おまけに、実際に業務を行う為には一定期間の研修も必要である。一般企業であればアルバイトを臨時で雇うということも出来なくはないが、探索者協会はそういった手段が取れないのだ。


 故にこれまでは、人員に余裕のある支部から応援を回すことで対応していた。そう、これまではそれで十分対応出来ていたのだ。しかし今回はほぼ同時期に、三ヶ所の支部で人員不足が発生してしまった。しかもそのうちの一つは、普段であれば応援を回す側の立場である渋谷支部である。ついでに言えば、つい先日の30階層突破のおかげで探索者達が押し寄せ、もはや渋谷は決壊寸前と化していた。


 しかし渋谷は、普段から日本でもトップクラスに人気のあるダンジョンである。当然ながら機能を麻痺させるわけにはいかず、人員を優先的に回す必要があった。そうして渋谷に人員を回せば回すだけ、京都と伊豆へ回す職員が足りなくなってしまう。あちらを立てればこちらが立たず、まさに八方塞がりである。

 勿論アーデルハイト達に咎や責任は一切ないが、しかし事実として、探索者協会へとダメージを与えることに成功していた。


「そう、そうなのよ。そして協会職員としては喜ぶべきなのか悲しむべきなのか……彼女達の進軍は恐らく止まらないわ。年内にダンジョンの完全攻略を行う、なんて言っているみたいだし。つまり、今後この会のメンバーが増える可能性は極めて高いということよ」


「ひぇ……結果論ですけど、うちが彼女達に頼んだ広報の依頼、断られてよかったのかもしれません……これ以上はマジで、ホントに無理です……」


『同感ですね。何かしらの事前対策が必要かと考えます』


 目頭を揉みほぐしながら、複雑な表情で花ヶ崎が二人にそう告げる。その言葉に、あったかもしれない未来を想像した国広は戦々恐々とし、絶賛決壊中の京都支部長である廿楽も同意する。モニターに映る廿楽は一件落ち着いているようにも見えるが、目の下のクマは彼のここ数週間の疲労を物語っていた。


「千尋の言う通り、事前の対策が必要よ。前もって彼女達の情報を共有しておけば、いざという時に取れる対応も変わってくる筈よ。少なくとも、今のような悲惨な状況は回避出来るかもしれない」


『成程。久しぶりに花ヶ崎先輩から連絡があったので、一体何事かと思いましたが……この会はその為に作られたという訳ですか。俺はてっきり愚痴を吐き出す場だと思っていました』


「失礼ね……でもまぁ、そういうことよ。愚痴はいろいろあるけれど、言っていても何も変わらないわ。本部は『要観察』だなんてヌルい事を言っているけれど、それを真に受けて何もしなければ私達は近いうちにパンクするわ。いえ、ある意味もうパンクしているのだけれど」


「私、もう三日も支部に泊まり込んでますよ……」


 本部からの指示に逆らうわけではないが、現場の判断としてやれることはやっておかなければならない。人手不足だろうと、それが本部の所為であろうとも。それも結局は言い訳に過ぎないのだ。花ヶ崎が言うように、最終的にパンクしたとして、その時に責任を取ることになるのはここに居る三人である。誰がどう考えたって理不尽であるが、組織とは得てしてそういう風に出来ているものだ。


「というわけで、まずは私達三人で連携を密にするわよ。彼女達に関する情報は共有して、動向からも目を離さない様に。出来るだけ配信も見るようにしなさい。もしも突然自分の支部に現れた場合は即時報告。残りの二人でカバーするわよ」


『承知しました』


「わっかりました!先輩方と一緒ならなんとかなる気がします!」


 まるで学生の頃と同じ様に、頼れる先輩二人と肩を並べられることを喜び、あかりが僅かに元気を取り戻す。ぐっと力こぶを作ってみせる彼女の姿に、花ヶ崎と廿楽が優しい視線を送る。燈もそれなりにいい歳ではあるのだが、花ヶ崎と廿楽から見れば何時まで経っても可愛い後輩でしかない。実際にこうして協会へ就職した今も、支部長としての悩み相談や業務に関する質問などを、二人はちょくちょく受けていたりする。


『可能性で言えば魔女と水精ルサールカとの付き合いがある分、京都うちが危ない気がしますね。遊びに来たついでに、お散歩気分でダンジョンへ潜る可能性は十分に考えられます。ああ、くそ。頼もしく思っていた魔女と水精ルサールカの存在が仇になるとは……』


「うちも東海林さんとの付き合いが……あれ?あるんですかね?ないといいなぁ……いやでも、また回復薬掘って来てくれるかも……?そう考えるとやっぱり繋がりがあったほうがいいのかな……ああもう、本当に嬉しいのか悲しいのか!!」


「そんなこと言ったら渋谷うちだって、もう『漆黒』との絡みが出来ちゃったわよ……お肉ちゃんの経過観察だって請け負っちゃったし……仕方なかったとはいえ、軽率だったかしら?」


 元気を取り戻したのもつかの間、廿楽が現実へ引き戻されたのを皮切りに、残る二人も悪い方へと考えが引っ張られてゆく。そうして気落ちする三人であったが、再び燈が何かを思い出したかのように声を上げた。


「あ!そういえば刹羅先輩の旦那さん!本部の偉い人でしたよね?頼めないんですか!?なんか色々融通してくれたりしないんですか!?」


 燈が思い出した事。それは花ヶ崎の夫についてだった。

 燈の言う通り、花ヶ崎の夫は協会本部のかなり高い地位にいる人物だ。結婚式にも出席していた燈はそのことを覚えており、直接の面識もあった。夫婦仲は良好だと聞いていた燈は、彼ならばなんとかしてくれるのではないかと期待したのだ。だがしかし、そんな燈の希望は直後に儚く潰えることになった。


「ああ、駄目ね。勿論私もなんとかならないかって聞いてみたけど、彼も今はいっぱいいっぱいみたい。お肉ちゃんの件を通してもらうので精一杯だったわ」


「そ、そんなぁ……」


『まぁ今は『魅せる者アトラクティヴ』が来ていたりもしますからね。人員不足の件も併せて、本部も今はゴタついているのでしょう。当分は我々でどうにかするしかないですね。そういう意味でも、この会の存在はありがたいかもしれません』


 廿楽の予想は概ね当たっていた。他にも色々と理由はあるが、『魅せる者アトラクティヴ』の件は大きな要因のひとつであると言えるだろう。『探索者時代』と言っても過言ではない今のこの世界に於いて、米国トップの探索者である彼らの影響力はそれほどに大きい。率直に言って下手に扱うことが出来ないのだ。結局頼みの綱であったコネも消え、三人の話は本筋へと戻ってゆく。


「さて、先程もいったけれど当面は警戒態勢よ。彼女達の動向に注意して、各自報告を怠らないように。もしも私達のところ以外に現れた場合も同じよ。どうせ被害者になるのは確定だし、そこの支部長をこの会に引き入れてどんどん仲間を増やすわよ」


そう言って花ヶ崎が『被害者友の会』の初会議を締めくくる。

忙しい身の上である彼女達には、長々と愚痴を零している時間などありはしないのだ。京都に居る廿楽は挨拶もそこそこにそのまま業務へと戻ってゆく。一方のあかりは、既知の仲間と愚痴を零すという一時の休息時間に別れを告げ、がっくりと肩を落としながら渋谷支部を去っていった。


アーデルハイト達の知らないところで発足された、怪しい対策組織の会議はこうして幕を閉じた。しかし、支部長達はまだ知らなかった。もうほんのすぐそこまで、次の厄介事が迫ってきているということを。

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