第291話 滅茶苦茶ヤンキーの神様

 異世界方面軍の試みは空振りに終わったが、しかし彼女らの顔に悲壮感といったものは感じられなかった。というのも、今回のパワースポット巡りはダメで元々、旅行のついでに試してみるか、といった程度のものだったからだ。効果がなかったからといって、別に落ち込むようなことではない。


「どーすんスか? 一応他にも、神社はいっぱいあるッスけど。須佐神社とか行ってみます?」


 一応、といった様子で別の神社を提案するみぎわ。しかしアーデルハイトの表情を見れば、そこにあったのは『もう飽きたので観光に行きたいですわ』とでも言いたげなものであった。実際に口に出さないのは、なんだかんだでみぎわ

 楽しそうだからだろうか。


「んぅ……だんだん飽きてきましたわ」


 単に『まだ』言っていなかった、というだけだった。


「ちなみにミギー、そこには一体どんな神が祀られていますの?」


「スサノオノミコトって神様ッスね」


 日本人なら誰もが一度は耳にしたことがあるであろう神、スサノオノミコト。須佐神社は唯一、その御霊を祀る神社として知られている。


「あ、私でも知ってるやつだ」


「最近はゲームとかでよく出てくる神様だよね! 強くてカッコいいイメージあるよ! いやまぁ、何の神様かは知らないんだけど……」


 神話に詳しくないくるる茉日まひるでも、その名前くらいは知っていた。彼女らの言うように、とにかくいろいろな場所で名前が散見されるからだ。むしろ近頃は若者のほうが耳にする機会が多いかも知れない。しかしどんな神なのか、一体何をした神なのか、と問われれば、言葉に詰まるものが多いのではないだろうか。


「スサノオは草薙剣って剣と縁ある神様なんで、どっちかって言うとウチやミーちゃんよりも、お嬢向きの神様かもしれないッスね」


「なんですって!? 早速向かいますわよ!」


「ちなみに滅茶苦茶ヤンキーの神様っス。2回も天界追い出されてるし、姉とのゲームで勝利宣言しちゃった挙げ句、調子こいてめっちゃ器物損壊したッス。あと、鼻から生まれたッス」


「はいパスですわー。高貴なわたくしとは似ても似つかない神でしたわー。鼻から生まれたくだりも意味不明ですわー。ヤンキーは騎士団員とベッキーだけで事足りましてよー」


 剣に関係がある神様と言われれば、アーデルハイトとて興味のひとつも抱くというものだ。しかし続けてみぎわが語った『超ざっくり神話』は、やはり異世界出身のアーデルハイトには理解不能であった。神話とは得てしてそういうものなのだが、馴染みが無ければ、ほとんど怪文書と大差がないのかも知れない。


「ではお嬢様。折角ですし出雲支部を覗いてみませんか? ダンジョンに潜るのは明日以降にするとしても、雰囲気は感じられるでしょうし。場合によっては、みぎわの『地図生成マッピング』を行ってもいいかもしれません」


 次善策というわけでもないが、ならばとクリスが別の案を提案する。探索者というものは本来、ダンジョンに潜る際には入念な下調べをするものだ。どんな魔物が出現するのか、どの程度まで構造が知れているのか。どんな資源やアイテムが期待出来るのか。そういった情報収集は、探索者にとって基本中の基本である。


 これは魔女と水精ルサールカや『魅せる者アトラクティヴ』のような上級パーティだろうと、例外なく言えることだ。月姫かぐや率いる『†漆黒†』ですら、ホーム以外のダンジョンに挑む場合はそうする。ただ『不人気で邪魔が少なそうだから』などという意味のわからない理由でお散歩気分のまま、気ままにダンジョンへと突撃してゆく異世界方面軍が異常なのだ。彼女たちは下見と称している時ですら、ただ冷やかして、支部の食堂を利用して帰るだけだったりする。神戸支部を訪れた時がそうであったように。


 支部へ行けば、それらダンジョン内の情報は仕入れられる。基本情報としてデータベースで開示されているものもあれば、最新のダンジョン内情報も当然ある筈。今はダンジョン解禁直後ということもあって、活動を始めたばかりのパーティも多い筈だ。支部に居る探索者達から、生きた情報を得ることも可能だろう。


 それらを鑑み、一行はクリスの提案に従い、出雲支部へと向かうことにした。支部の位置は出雲大社から北西、ちょうど日御碕神社との中間あたりだ。それなりに距離があるため、タクシーでの移動となった。タクシーの窓から見える、雪に彩られた出雲の街は、都内とはまた違う、どこか趣のある景色であった。余談ではあるが、日御碕神社にはスサノオと、その姉であるアマテラスが祀られている。が、ヤンキーに興味はないというアーデルハイトの言もあってか、みぎわがそのことを伝えることはなかった。


 そうして移動をすること暫く。周囲に有名な神社が多いためか、海岸沿いの小高い丘の上には、一際大きな和風の建物があった。一行はいよいよ、出雲支部の見える場所までやって来ていた。


「おー、なんかカッコいいね」


「京都の古民家風支部もいいけど、こういうのもいいよねー」


 協会支部の建物は形状が一定ではなく、その土地特有の見た目をしていることが多い。古民家風の京都支部や、近代的な渋谷支部、どこか水族館を彷彿とさせる伊豆支部、プラネタリウムのように半球状の屋根を持つ神戸支部。ある意味で道の駅のように、それぞれに違った特色があるのだ。


 そうして一行が支部へと続く坂道を、ゆっくりと歩き始めた時であった。意気揚々と戦闘を歩いていたくるるが、何かに気づいた様子で、目を細めつつ支部の方へと視線を送る。


「んー……? なんか書いてあるよ?」


 その言葉につられ、残りの者達も支部を眺める。成程確かに、支部の正面入口上部に、何か横断幕のようなものが掲揚されている。加えて、何かしらの文字が描かれている。


「もしかして『今日は休みです!』とか? あれ、支部って休みあったっけ?」


「どの支部も年中無休のハズだよ、くるるちゃん」


 だが然しもの探索者といえど、この距離ではまだ良く見えない。くるるの隣へと、探索者より優れた視力を持つクリスが歩み出る。


「クリスさん、見えるー?」


「ええ、まぁ。ですが……」


 どうやら横断幕に描かれている文字は見えたらしいクリス。しかしどういうわけか、その顔にはどこか困ったような色を浮かべている。小さく眉根を寄せ、まるで『面倒な……』とでも言いたげな表情だった。


「お嬢様、あれを」


「あら、一体何事ですの?」


 そうクリスに促され、今まで周囲の景観を楽しんでいたアーデルハイトが、漸く支部の方を見やる。そうしてアーデルハイトが見たもの。それは、『歓迎! 異世界方面軍御一行様!』と描かれた横断幕であった。センスの欠片もない、クソダサ巨大レインボーフォントで、だ。ここまでくると、デザイナーがワザとダサく作ったのではないのか、と疑いなくなる。折角の和風支部が台無しだ。当然ながら、アーデルハイトもその整った顔を顰めた。


「えー、なになにー? なんて書いてあるのさー?」


「二人の顔を見るに、あんまり良くない事っぽいッスねぇ……」


 興味津々なくるると、なんとなく事情を察したみぎわ。その隣には、首から下げた新品の双眼鏡を、今が使い時だ、と言わんばかりに覗き込んでいるオルガンの姿があった。


「ふむり……ごはん食べて帰ろ」


「ですわー……」


「ですね……」


 興味のない事と、そして面倒事を嫌う三人の異世界人が意見を一致させる。そうして一行は、今しがた通ったばかりの道を戻ってゆくのであった。


「えー! ここまで来たのにー!? ってかなんて書いてあったのさー!」




       * * *




 一方その頃。

 探索者協会出雲支部、その受付カウンター内にて。


「支部長。彼女たち今日も来ませんね」


「だねぇ……本部からの連絡では、多分そろそろの筈なんだけど」


「もしかして、あのダッサい横断幕を見て引き返しちゃったんじゃないですかね?」


「ウソ、あれダサい? 作った時は完璧だと思ったんだけど」


「あれを見て喜ぶ人はいないと思いますよ」


「……片付けよっか」


「……ですねぇ」

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