第290話 汀先生の参拝マナー講座

 異世界方面軍と愉快な仲間たちが出雲の地に降り立った、その次の日の朝。旅館の外へと一歩足を踏み出せば、ふかふかな新雪が積もる一面の銀世界であった。地理的に豪雪地帯という程ではないが、やはり人が歩かない場所等はしっかりと雪が積もっている。


 そんなふかふかな雪の中へと、肉が元気よく突き刺さる。まるまるとした情けない身体で、ずもずもと雪を掘り進む。その姿は殆ど、雪にはしゃぎまわる犬と変わりがない。なんだかんだと言っても、それほど自由には外に出ることの出来ない身だ。肉にとっても、こうした機会は貴重である。


 ふすふすと鼻を鳴らしつつ、まるで除雪車のように雪を掻き分け進む肉。そんなシュールな光景を、少し離れたところからアーデルハイトとクリスが眺めていた。


「……楽しそうですね」


「あれが元は巨獣ベヒモスだっただなんて、誰も思いませんわよ……」


 肉の除雪速度は凄まじく、人間がスコップ片手に行うより何倍も早い。肉が進んだ後には、みるみる内に道が出来てゆく。惜しむらくは、それが何も無い森へと進むルートであったことだろうか。旅館の正面方向へと進んでくれたのなら、除雪の手伝いになったかもしれないのに。


くるる達は?」


「まだ寝ているようです。ついでにみぎわとオルガン様も」


「ねぼすけさんですわね……」


 現在時刻はまだ朝の六時になったところ。まだ起きていないからといって、寝坊助と呼ぶには些か無理のある時間だ。旅行に来てまで朝早くに起きている、この二人が異端とさえ言えるだろう。寒さに弱いはずのアーデルハイトが既に起きているあたり、やはり彼女も観光が楽しみだったのかもしれない。余談だが、同じく寒さに弱い毒島さんは現在、みぎわの上でとぐろを巻いていたりする。


 肉の散歩を終えた二人は、満足げな顔を浮かべる雪まみれの肉を回収。それから朝食までの時間、旅館内を一通り散策して部屋へと戻っていった。




 * * *




「出雲と言えばやっぱりここ、出雲大社です!」


 自分も初めて来た癖に、何故かドヤ顔でそう説明するくるる。彼女の後方には、勢溜の大鳥居がそびえ立っていた。


「ご立派ですわね!」


「なんというか、圧を感じますね」


「『たいしゃ』じゃなくて『おおやしろ』なんスけどね。ちなみにここは勢溜の大鳥居といって、人の勢いが溜まる場所だと言われてるッス。昔は木造だったんスけど、何年か前に────」


「よくわからんが、でかい」


 順にアーデルハイト、クリス、みぎわ、そしてオルガンのコメントである。やたらと早口でまくし立てている者も居るが、概ね四人とも感動を憶えている様子であった。


みぎわさん、神社詳しいんだね……」


 なお、当然のように茉日まひるには引かれていた。

 そんなこんなで参拝を始めた一行は、続いて祓の社へと到着する。ここで心身を清めるのが参拝の礼儀だ、などとみぎわがやかましかった為、全員がそれに従った。神社仏閣に関することとなると何故かうるさくなるのは、みぎわのチャームポイントなのかもしれない。余談だが、勢溜の大鳥居を通る際、一礼をしなかったくるる茉日まひるみぎわ先生に捕まってしまい、両者共にみっちりと指導を受けていた。


 次いでやって来た手水舎では、みぎわ先生によるマナーチェックが行われた。つい先日教えたばかりということもあってか、無駄に鋭い眼差しであった。しかしながら、既に作法を習得済みのアーデルハイトは当然のように完璧。クリスも同様にクリア。オルガンは最初から作法など無視し、既にずんずんと先に進んでいた。結局、またもやくるる茉日まひるだけがみぎわに捕まり、みっちりと作法を叩き込まれることとなった。


 そうして銅の鳥居をくぐり、一行は漸く拝殿へと辿り着いた。そうして前回習ったとうり、アーデルハイトが参拝を行おうとしたところで────。


「はいダメー!」


「なッ……! どうしてですの!? 教わった通りにやりましたわよ!?」


「出雲大社は『二礼四拍手一礼』ッス! これだから素人は……」


 みぎわ先生の参拝マナー講座に、遂にアーデルハイトが捕まった。アーデルハイトが前回教わったのは『二礼二拍手一礼』であり、これは全国共通の基本的な参拝方法である。しかし神社によっては微妙に異なっている事があり、こういったトラップが待ち受けていたりするのだ。


「それを先に教えておいて下さいまし!」


「それはそうッス……いや違うんスよ。前回一発でクリアされちゃったし、なんか悔しくて……てへ」


 そんな下らないやり取りを経つつ、ひとまずは無事に参拝を終えた一行。そうして少し離れたところで、クリスが話を切り出した。


「それでオルガン様、みぎわ。どうですか? 何か感じたりします?」


 そう、ここに来た本当の目的は別にある。否、参拝も主目的には代わりないが、確かめておかなければならない事が別にあるのだ。


「いやまぁ、そりゃなんかありがたい感じはひしひしと感じてるッスけども」


「とくになにも」


 と、両者共にこれといった変化は感じていない様子。お参りするだけでも不思議パワーを得られるのでは、といった考えは、どうやら不発に終わったらしい。ならばと、今度は東にある境外摂社、命主社いのちのぬしのやしろへと向かう。そこで御神木として聳える椋を前に、オルガンがなにやらそわそわとし始めた。


「んぉ……これは……?」


「ついに来ましたの!? 不思議パワーゲットですのね!?」


 そんな思わせぶりなオルガンの態度に、ふすふすと鼻息を荒くするアーデルハイト。一方のみぎわはやはり何も感じていないらしく、解せぬとばかりに首を傾げていた。やはりエルフであることと、御神木をお参りすることが条件なのだろうか。そうしてオルガンは自らの身体を見下ろし、何かを確かめるように身体を軽く叩いて見せる。次いで目を閉じ、ゆっくりと胸を撫で下ろす。そうして導き出されたオルガンの答えは────。


「……胸がちょっと大きくなったかも」


「……なんですって?」


「やっぱ気のせいかも」


 死ぬほどどうでもいい上に、挙げ句気のせいであった。

 アーデルハイト達の不思議パワー獲得作戦、その初日は、見事に空振りで終わることとなった。






=====あとがき=====


近況ノートにて、お知らせがございます。

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