第211話 なんて態度の悪い奴らなの

 茨城ダンジョン10階層。


 配信が始まってから、既に4時間ほどが経過している。随分と長いように聞こえるが、こうした長時間の配信はダンジョン配信界隈では当たり前のことだ。むしろ、一般的な探索者パーティとは比べ物にならないほどの進行速度である。魔物に逢っては亀を投げ、霧に逢っては肉を投げ。みぎわのナビによって無駄な戦闘を避けつつ、一行は着実に歩みを進めていた。


「そろそろ霊亀が出る頃よ。ここからは厄介な魔物も出てくるし、気を引き締め───やっぱり、なんでもないわ」


 今回が茨城ダンジョン初挑戦であるアーデルハイト達へと向けて、莉々愛りりあが注意を促す。そうして言い終える前に、要らぬ心配だと考え直し止めた。茨城ダンジョンは他の場所と比べ、比較的難易度の高いダンジョンだと知られている。だがしかし、この面子であれば。


「あら、もうそんなところまで来ましたの? 階層主はおりませんの?」


「茨城ダンジョンは15階層まで階層主がいないんですよ。今回は霊亀と研究用素材の回収が目的なので、そこまで行く必要はないんです」


「ぶぅ」


 莉瑠りるの説明を受け、アーデルハイトが頬を膨らませる。今回は月姫かぐやの実戦テストであるため、元より手を出すつもりのなかったアーデルハイト。実際ここまでの道中では、殆ど月姫かぐや一人で敵を倒している。当初の目的にはそぐうが、しかしそれはそれ。思うような撮れ高が無いことに退屈気味であるらしい。


「ところで、どうやって霊亀を倒すつもり? こう言っちゃなんだけど、アレ相当硬いわよ? まぁさっきの亀投げならイケるかもだけど……」


「これまで同様、全て月姫かぐやがやりますわ。今回、わたくしとクリスは後方腕組勢ですわ」


 霊亀はとにかく硬いことで有名だ。しっかりとした手順を踏めば、そこらの探索者でも倒せないわけではないが、しかし同格の魔物達の中では討伐難度が頭一つ抜けて高い。故に莉々愛りりあは、これまで見せられてきたアーデルハイトの異世界殺法で倒すものだと思っていた。しかし本人とその侍女は、既に腕組みをして偉そうにしている。戦うつもりがない、というのはどうやら本気らしい。


 霊亀を倒す場合、最低でも探索者が二人必要だと言われている。普段は温厚な魔物でありながら、一度でも手を出せば激しく暴れまわる、その習性を利用するためだ。端的に言えば『デコイ』を利用するのだが、戦うのが月姫かぐや一人となるとその手も使えない。果たして一体、どうするつもりなのだろうか。


 莉々愛りりあが心配そうに、というよりも胡乱げなじっとりとした目で月姫かぐやを見る。大役を任された莉々愛りりあの友人は、しかしやる気に満ち満ちた色を顔に湛えていた。


「ちょっとアンタ、あんな事言ってるけど大丈夫なの? 手ぇ、貸す?」


「ククク! 我に任せておけイエスマイロード!!」


「あ、ウザモードでしたわ」


 結わえた黒髪とファーを靡かせ、大仰な動きでそう返事をする月姫かぐや。眼帯も付けたまま、毒島さんも乗せたままである。勝手に居座っている後者はともかく、前者は邪魔になりそうなものなのだが。とはいえ、これも師であるアーデルハイトからは許可が出ている。


 彼女の眼帯は小さな穴が空いているらしく、実はちゃんと見えているらしいこと。眼帯を付けたままでも動きが悪くならなかったこと。そして何よりも、月姫かぐやが集中する為の大きな役割を果たしていたこと。そういった理由から、本来であれば邪魔であるはずのファッション眼帯を許されたというわけだ。


 :さっきまでかわいい後輩モードだったのに……

 :モードチェンジ大変そう

 :エターナルフォースブリザード!

 :もうファッション邪気眼はバレてるんだよなぁ

 :前にゲストで来た時と大分違うな?

 :駄目だ、もう異世界に取り込まれてやがる

 :これで死ぬほど強いからなんもいえない


 月姫かぐやの中二病が見せかけだった事は、既にファンどころか探索者界隈では知れ渡った話となっている。注目度の高い『†漆黒†』のエースなのだから、さもありなんといったところ。だが、そんな彼女の人気は容姿と実力によるものが殆どだった。故に『むしろ今の方が良い』だとか『ファッションで良かった』などという声も多く、現状では概ね好意的に受け入れられていたりする。


 他の『†漆黒†』のメンバーでいえば、蔵人とルシファーがキャラウケだ。合歓ねむ月姫かぐやと同じく容姿と言動でウケている。求められているものが男女で綺麗に二分されているあたり、ある意味バランスは取れているのかもしれない。




 * * *




 薄ぼんやりと広がる霧の中、それは姿を現した。

『蓬来山』と呼ばれる桃源郷を甲羅の上に乗せ、人智を超える巨大な体躯と、恐ろしく長い寿命を持つ霊獣。それが霊亀だ。といっても、それはあくまで神話上での話。茨城ダンジョンに生息する魔物の霊亀は、その伝説上の生物に因み、探索者協会が勝手に名前を付けただけだ。


 しかし何の理由もなく、ただ亀の化け物だからと名付けられた訳では無い。立った時の大きさは大凡4メートル程。その巨体は魔物の中でも大型に分類される。目を引くのはやはり巨大な甲羅だ。まるで蓑亀のようにびっしりと苔生したそれは、それこそ小さな山を乗せているかのよう。当然ながらその硬度は凄まじく、刃物は疎か鈍器の一撃でさえも通さない。分厚い皮膚と鱗に覆われた四肢は象よりも太く、あまつさえ鋭利な爪まで生えていた。


 動きこそ鈍重なものの、それも手を出さなければの話。戦闘状態に入った霊亀は、その巨体も相まってか酷く足が速い。小回りは利かないが、そこらに生えている木々など、まるで障害にもならない重量と膂力。一部では茨城ダンジョンの看板とさえ言われている魔物。それがこの霊亀だった。


 そんな霧の中に佇む霊亀の前に、妙な服装をした女が一人。制服風の改造衣装に、装飾過多の眼帯。左手には漆黒の指ぬき手袋。衣装の端々にはシルバーの十字架が揺れ、とてもではないが動きやすい服装には思えない。長い黒髪を湿地の生ぬるい風に靡かせ、身の丈程もある純白の太刀を手に。そんないよいよ始まる月姫かぐやの実技試験を、アーデルハイト達が遥か後方から偉そうに見物していた。もちろん、訳知り顔での腕組みも忘れずに。


「あ、お嬢様。どうやら始まるみたいですよ」


「ほぉ……ではお手並み拝見といこうか、ですわー」


【いよいよ本番ッスねぇ】


【ほぉん、やってみたまへ】


 現地組はもちろんのこと、地上版からもイヤホン越しの野次が飛ぶ。そんなどこかコミカルな光景に、傍から見ていた莉々愛りりあが一言呟いた。


「なんて態度の悪い奴らなの……!」


 そんな緊張感の欠片もないやり取りが背後で行われているなど、露ほども思っていない月姫かぐや。彼女は大太刀を肩口に担ぎ直し、静かに腰を落とす。それは二の太刀のことなどまるで考えていない、一撃必殺の構えだった。


白鞘しらさや月姫かぐや、推して参る!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る