第263話 オルガングッズ

「ごきげんノーブル!」


 いつもの配信部屋に、いつものジャージ姿。元気な挨拶と共に、異世界方面軍の配信はスタートした。アーデルハイトの背後、窓の向こうのバルコニーではオルガンが肉に追い回されていたが───そんな情報量の多さもいつも通りである。


「先日は協会の講習会に参加しましてよ。来て下さった方はお疲れさまでしたわ。そうでない方も、次回は是非参加してくださいまし」


 SNS全盛期ともいえる昨今、アーデルハイトの実技演習は既に話題となっており、その様子は視聴者たちも知るところである。曰く『チビるほど怖かった』『ゴブリン如きではもうビビれない』『ジャージを見るとぞわぞわするようになった』などなど、怪しい噂の数々が出回っていた。


:参加したかったー!

:なんでアレ新人限定なんだよ!

:アデ公&大和の講習会とかベテランでも参加したいだろ

:どこぞのデカ乳女がまた暴れたと聞いて

:そういやなんで講習会って配信とかしないんかね?

:詳細は分からんけど、トラウマは一杯作ったって聞いた

:大和が団長にキーホルダー貰ったって自慢してたぞ! ずるい!


「まぁまぁ。詳しくは申し上げられませんけれど、また機会もあるかと存じますわ。その時を楽しみにお待ち下さいな。それはさておき、今回は告知回ですわよ!」


 アーデルハイトがぱちりと指を鳴らせば、何やら怪しいフリップを咥えた毒島さんが、素早くアーデルハイトの元へと近づいてゆく。そうしてアーデルハイトにフリップを渡すと、そそくさと画角外へと消えてゆく。外で遊んでいる肉とは違い、毒島さんは非常に有能であった。


 アーデルハイトといえばフリップ芸でもお馴染みだが、今回はシール形式ではなく、フリップ自体が複数枚用意されているパターンだ。もちろん制作者は今回もみぎわであり、アーデルハイト対策もばっちりというわけだ。当然、これでは逆からめくることは出来ない。


「あら……つまらないですわね。仕方がありませんからサクサク進行しますわよ」


:対策されてて草

:仕方ないので(激怒

:逆からめくりたかったんやろなぁ……

:逆めくりの何がそんなにいいんだよww

:ていうか毒島さん有能過ぎんか

:一方の肉は背景でオルガンを追い回していた

:それはそれで何でなんだよw


 拗ねた、というわけでもないだろうが、アーデルハイトが少し口を尖らせながらフリップをめくる。そこには『冬コミ参加します』の文字。


:うぉぉぉぉぉ!

:ミギー! 俺は信じてたぞ!

:頒布物は!? 新刊出すのか!?

:なんの情報も出てなかったから不参加かと思ってた

:今回は参加するぞミギー!

:今回もコスプレはするんですか!?

:ぷっぷくハイト可愛い


 冬コミが近づく中、これまで何の告知も行っていなかった異世界方面軍。だからというべきか、団員達の間では『今回は参加しないのでは』などという話も出ていたくらいだ。それがこうして、公式で参加を表明したのだ。夏コミに参加出来なかった騎士団員にとって、それは何よりも嬉しい知らせであった。そして発表と共に、みぎわがカメラの前へと姿を見せる。コミバケへの参加は基本的にみぎわ主導なのだ。諸々の説明は彼女自身が行うということらしい。


「えー、諸々の質問は後で答えるとして、先ずは告知を済ませちゃうッス。前回の夏コミでもそうだったんスけど、今回も良い知らせと悪い知らせがあるッスよ。一応聞いとくけど、どっちからがいいッスか?」


:前回どっちからだっけ……

:前回はいい方から聞いたな

:もちろん今回もいい方から聞くに決まってるよなぁ?

:前も言ったけど、このチャンネルの良し悪し二択は怖いんだよ

:振れ幅半端ねぇもんなw

:いい話、君に決めた!!


「じゃあいい方からで。今回は新グッズも含めて大量に用意してるッス。流石に購入制限はかけさせてもらうッスけど、前回の反省もあるんで十分な数を用意してるッス!」


「ちなみに、今回はオルガングッズもありますわよ!」


 そう、今回頒布する予定のグッズはどれも新作である。ネット販売もまだ行われていないグッズの、謂わば先行頒布という形だ。中でも、前回のイベント時にはまだ異世界方面軍に居なかったオルガンのグッズがあるのだ。加えて、既存のネット販売グッズですら、オルガンのグッズは数が少ない。ただでさえ売り切れが続出している異世界方面軍グッズだというのに、だ。そういう意味でも、この報せは騎士団員達にとって望外の僥倖であった。


:うぉおおぉぉおおぉ!!

:あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!(失神

:オルたそグッズ追加ありがてぇ!

:品薄過ぎて手に入らんもんなぁw

:マジでいい話じゃねーかよ!

:いい話には裏があるといわれている(伝聞

:普通にいい話放り込まれると、この後が怖くなるな……

:で、悪い話の方は?


 喜び回るファン達と、すっかり訓練されて疑うことを覚えた慎重な団員達。流れるコメントは綺麗に二つのパターンに分かれていた。しかしコメントの速度自体はやはり凄まじい。それだけ今回の報せに喜んでくれているということだろう。みぎわは『この早さなら言える』と、この隙を見逃さなかった。


「新刊落ちまーす!」


 それは奇しくも、半年前と一言一句変わらぬ報せであった。


:は?

:は??

:ん?

:即落ち2コマ(天丼

:オイぃ!! それ前も言ってたじゃねーかよ!

:屋上へ行こうぜ……久しぶりにキレちまったよ……

:この速さで言えば聞き逃すとでも思ったか、たわけ(今期二度目

:だから落差がスゲェんだって!


 当然、そんなドサクサ紛れの台詞を聞き逃す団員たちではない。みぎわの思惑は外れ、団員達もやはり半年前と同じような言葉を返していた。とはいえ前回とは違い、今回新刊を落としたのにはちゃんとした理由があるのだ。


「いや違う、違うんスよ! 今回はちゃんと理由があるんスよ!」


:ほーん……

:ほぉ……言い訳かね?

:よかろう、言ってみたまえよ

:ふん、とりあえずは聞いてやる

:オイオイオイ、俺達はそう簡単には納得せんぞ?

:なぜ落とした! 言ってみろ! ええい、言い訳をするなァ!!

:おめーが聞いたんだろw


 いつも通りというべきか、突如として偉そうな上司感を出し始める団員たち。もはや異世界方面軍の配信ではおなじみの光景だ。コメントと言う名のテキストから、コレでもかと言わんばかりに圧を放ち始めた彼らに対し、みぎわは恐る恐るといった様子で説明を始める。


「えー、まぁそのぉ……これは次の告知内容にも関係する話でして……へへっ」


:へへっ、じゃねーんだよ!

:ヘラヘラすんな!

:なにわろてんねん

:おーん?

:笑ってごまかせると思うなよ!

:急に小物感がすんごいのよw


「じゃあとりあえずお嬢、次のフリップをめくって欲しいッス。そこでまとめて言い訳───説明するッス」


「よくってよー!」


 みぎわの指示を受け、意気揚々と次のフリップへと進行するアーデルハイト。もはやフリップをめくること自体が楽しいらしい。そうして現れた次のフリップには、やたらとデカいクソダサフォントでこう書かれていた。


 ───Luminousの企業ブースにて、新商品発表のコンパニオンやります!


 その告知には、偉そうな上司達を黙らせるだけの威力があった。

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