第264話 ¥50000

 探索者用耐衝撃保護装備『Elven Skin』。

 つい先日テストを終え、冬コミの企業ブースで初お披露目が予定されているLuminous開発の新商品だ。異世界方面軍も開発段階から関わっており、その性能は商品名通りにお墨付きまで出ている。その本人は耐久性とは無縁の、謂わば最下級フィジカル生物なのだが。


 従来の魔物素材を利用した装備よりも安価、かつLuminous製ということもあって見た目にも優れている。服や防具の内側に着るインナーであるにもかかわらず、異世界産の怪しい技術のおかげで衝撃吸収能力がやけに高い。そして何よりも、下級魔物の爪や牙程度ならば殆ど通さない頑強さ。衝撃、刺突、斬撃。殆どの攻撃に有効な、探索者にとってはまさしく『神防具』なのである。


 とはいえ、どこまでいっても所詮はインナー。単純な防御力でいえば従来の装備の方が高い。あくまでも最後の保険といった位置づけの新装備、それが『Elven Skin』である。


「そんなLuminousの新商品を、我々が実際に着用して宣伝致しますわ!」


「ちなみにインナーといっても、ピチピチの全身タイツみたいな装備じゃないッスよ。悪しからず」


:うぉぉぉぉ……なんだピチピチじゃないのか

:エルフスキン……大丈夫? なんかデコピンで破けそうだけど?

:鎖帷子みたいな感じなんかな? 

:異世界方面軍のお墨付きって言われたらそれだけで説得力あるわ

:戦闘に関しては世界一の実力者だろうしなw

:重量防具装備しているとキツいから助かる

:マジで待ってたこういうの! よくぞ作ってくれたって感じだわ

:漸く協会製のクソダサ鎧下から卒業出来るのか


 視聴者達の反応も概ね好評で、新商品に対する期待の声は多かった。橘兄妹の目の付け所はやはり間違っていなかったらしく、こうした簡易防具は多くの探索者達が求めていたのだ。需要は十分。あとは実際の性能と、価格をどこまで下げられるかだ。


「ゴブリンやコボルトの攻撃程度であれば、たとえ上が普通の衣服だったとしても十分に耐えられますわ。そうでなくとも衝撃を和らげてくれますし、きっと初心者さん達の役に立つ筈でしてよ」


「ちなみに販売開始はもう少し先になるッス。今回のは先行公開ってヤツっスね」


 ちなみに今回の配信を行うにあたって、橘兄妹からは広告費を頂戴している。告知と謳ってはいるものの、半分企業案件のようなものだ。巧妙に行われた宣伝の感触は悪くなく、当日は多くの探索者達が見物にくることだろう。そうして発表会の告知をしたところで、アーデルハイトが最後のフリップへと手を伸ばした。


「さて、いよいよ次が最後のお知らせですわ!」


「さっきもお伝えした通り、初日はグッズ販売を行う予定っス。前回はそこでベッキーに手伝ってもらったんスけど……今回は諸事情で断られてしまったんスよ」


「使えないヤンキーですわよね!」


 一日目は『水際族』としてグッズの頒布を行い、二日目は企業ブースで宣伝コンパニオン。これが冬のコミックバケーションに於ける、異世界方面軍の予定となる。だが前回獅子奮迅の活躍をしてみせたレベッカが、今年は不参加なのだ。夏と比べてオルガンが増えた異世界方面軍だが、しかしあの貧弱エルフが何かの役に立つとは到底思えない。コミバケとは一種の戦場であり、体力のない者がついてこられる場所ではないのだ。


 となると、やはり問題は売り子である。前回もそうであったように、『水際族』のスペースには多数の来客が予想される。基本的に売り子の数は二人である場合が殆どなのだが、人気サークルともなれば流石に話は変わってくる。名実ともに人気サークルとなった『水際族』だ。出来ればあと一人、列を捌く要因が欲しかった。中ボスを召喚することも考えたのだが、しかし彼は今回も、店長の手伝いに駆り出される予定らしい。


「というわけで、臨時の助っ人を用意しておいたッス! なんと今回は、あの獅子堂ししどう莉々愛りりあさんに手伝ってもらえることになったッス!」


 その発表は視聴者達にとって、まさに青天の霹靂であった。なにしろ『茨の城』の莉々愛りりあといえば、こういったイベントの類には顔を見せないことで有名なのだ。基本的には黙々とダンジョン配信を行うタイプであり、それ以外では回復薬の研究や、或いは家の仕事を手伝っていることが殆ど。彼女が顔を出すのは、精々が協会主催のイベントのみなのだ。茨城支部に行けば高確率で会える反面、それ以外の場では滅多に会えない女。それが莉々愛りりあという探索者であった。


:マ!? 淫P来たァァァァ!

:マジかよ、よく口説けたなw

:あのツンツン令嬢がよくコミケに来る気になったなw

:講演会以外のイベントに出てるの見たことないぞw

:コラボ配信すら殆どやらんしなぁ

:ビジュアル的にはかなりコミケ向きではあるんだけどな

:派手な見た目してる割にストイック系なんだよな

:本職科学者だしな


「わたくしが頼んでみましたら、快く許諾してくれましたわよ!」


 当たり前のように事実を捏造するアーデルハイト。実際には渋々である。だがそんな裏側を知らない視聴者達は、ただただ驚きと喜びをコメントで表現するばかり。しかしその時、滝のように流れ続けるコメント欄に真っ赤なスパチャが投げつけられた。


:【¥50000 Lilia】 ちょっと! 誰が快諾したのよ!? 渋々よ!!


 それはどうやらこの配信を見ていたらしい、獅子堂莉々愛りりあ本人からのものであった。異世界方面軍の配信に知り合いがコメントを残したのは、くるるの時以来となる。渦中の本人が現れたことにより、元より激しかったコメントの速度は更に勢いを増していた。


「あら? 淫ピーですわ?」


:本人いて草ァ!

:淫ピーもよう見とる

:クレーム入れるためだけに五万払ってるの草

:流石金持ちw

:オッス、コスプレ楽しみにしてるぞ!

:やっぱ渋々なんじゃねーか!

:嫌よ嫌よも好きのうち、みたいなやつだろ?

:オイオイオイ、令和のツンデレかよ


「そう心配せずとも、淫ピー用のコスプレ衣装もちゃんと発注してありますわよ」


:【¥50000 Lilia】 ふざけんな! 頼んでないわよ!


 そんなコントのようなやり取りを暫く続け、告知配信は盛況のうちに幕を下ろした。今回の配信で莉々愛りりあが投げつけたスパチャの総額は100万にまで登ったという。本当にクレームを入れたいのであれば、電話なりで簡単に済む話である。スパチャ上限回避の為にサブアカウントまで引っ張り出してきたあたり、彼女なりのファンサービスだったのかもしれない。

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