第265話 ミギーの水色パンツ
暦の上では既に十二月に入っているというのに、今年の冬は随分と温かかった。雪などはまだまだ気配も見せず、路面の凍結などは当然のように無い。
「わたくしが一番乗りですわー!」
アーデルハイトはヘッドスライディングで勢いよく滑り込んでゆく。そのままコタツを貫通したアーデルハイトは、上半身がコタツ布団から出る、まさに丁度の位置でピタリと停止した。
「二番乗りー」
そんなアーデルハイトの真似なのか、続けてオルガンがヘッドスライディングを敢行する。しかし運動神経皆無のクソ雑魚エルフは、当然の様にフローリングへと腹を打ち付け悶絶する。残念ながら、コタツまではまだまだ遠かった。
「ぬおお……」
「何してんスか……」
ゴロゴロと転がるオルガンを眺めつつ、
だが異世界出身のアーデルハイトやオルガンからすれば、コタツはなんとも風変わりな暖房器具であった。なにしろあちらの世界の暖房器具といえば暖炉か、或いは、こちらの世界でいうところのストーブらしき魔導具くらいのものだった。熱を放つテーブルに足を突っ込むなどと───そんなもの、ワクワクせざるを得ないではないか。
「ぬくぬくですわ!」
「海外の人にもコタツって評判いいらしいッスからねぇ……まぁ、物珍しさもあるとは思うッスけど」
「わたくし、もうここに住みますわ!」
帝国時代から寒さに弱く、つい先程までも毛布に包まっていたアーデルハイト。冬ともなれば、暖炉の前から動かなくなる事も多かった。そんな彼女にとってコタツとの出会いは、最早悪魔契約と同義であった。もぞもぞと身じろぎしながら、首下までコタツに潜り込むアーデルハイト。そんな彼女を見て、丁度お茶とみかん籠を運んできたクリスが苦言を呈した。
「いけませんよお嬢様。コタツで寝ると風邪をひいてしまいます」
「あら、わたくしは無敵ですから問題ありませんわ」
クリスの忠告もなんのその。アーデルハイトはより一層コタツへと潜り込み、遂には頭の先まですっぽりと隠れてしまう。大きめのコタツを購入したとはいえ、大人一人がすっぽり入り込めば流石に狭い。加えて、いつの間にか侵入していた肉が猛烈に場所を取っていた。そうしてアーデルハイトと肉による占領戦が幕を開ける。
コタツの中でドタバタと暴れ始めた一人と一匹を他所に、コタツ経験者のクリスと
「その『コタツで寝ると風邪を引く』ってやつ、実は都市伝説らしいッスけどね」
「そうなのですか? 以前の職場に居た方がそう仰っていたので、てっきりそういうものかと思っていました」
「科学的根拠はないらしいッスよ。睡眠の質が落ちるとか、脱水症状がどうとか、いろいろと理由付けは出来るみたいッスけどね」
そんなどうでもいい会話をしつつ、
「……んまい」
「でしょ? ほら、さっさと入った入った」
「んむり」
まるで芋虫のような動きで、オルガンがコタツへと足を入れる。アーデルハイトと同じく寒さに弱い───冬のみならず、全ての環境に弱いのだが───オルガンは、より深くへと侵入を試みる。そうして、縄張り争い中の一人と一匹に弾き飛ばされていた。
「ぬわー」
「ああもう……お嬢様、そろそろ出てきて下さい。テーブルが揺れてお茶が零れそうです」
流石にそろそろ、ということでクリスがアーデルハイトへと退出を促す。そうして出てきたアーデルハイトの髪はもさりと膨らんでおり、肉との激しい戦いを物語っていた。
「ふぅ……ミギーの水色パンツが丸見えでしたわ」
「何を今更───おぉぃ! 何見てんスかコラァ!」
如何に女同士と謂えども、恥ずかしいものは恥ずかしい。羞恥で顔を真赤にした
「あら、甘くておいしいですわ」
「きぃー!!」
冬コミまで残り僅か。
本来ならば忙しくて仕方ない筈の時期に、いつもどおりの時間を過ごす異世界方面軍であった。余談だが、肉の相方である毒島さんは朝からずっと巣───穴だらけとなった試供品の肉クッションだ───の中でとぐろを巻いていた。どうやら冬眠する訳では無いらしいが、彼女もまた寒さに弱い様子であった。つまりペット枠も含めれば、異世界方面軍の半数が冬に弱いことになる。これは近頃波に乗っている彼女たちの、意外な弱点であった。
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