第152話 肉の腹が限界らしい
「ミギー……片付けるどころか、前より悪化していませんこと?」
「い、いつか使うんスよ!!」
以前と変わらぬごっちゃりとした様相の座席を見て、アーデルハイトがため息を零した。初めて乗ったときからこれまで、荷物でぎちぎちに埋め尽くされていた異世界方面軍の軍用車。人数も増えたことだし、これを機に片付けると言っていた筈なのだが───。
「詰めればなんとか二人くらいは乗れるッスよ!」
「わたくし一人でも圧迫されていたんですのよ!?」
ばしばしと座席を叩いて抗議を行うアーデルハイト。彼女の言う通り、いくらオルガンが小柄だからといっても並んで座るのは無理があるように見える。コミックバケーションからの帰路はまだこれよりマシだった。ギリギリではあったが、アーデルハイトとオルガンが並んで座る程度の余裕はあったのだから。しかし今はそんな隙間すら見当たらない。
資金もそれなりに稼ぐことが出来ている今、本来ならばさっさと大型車に買い替えるべきなのであろうが───しかし彼女達はまだ、
マンションの駐車場で揉める二人を交互に眺めていたオルガンは、特に気にした風もなくこう言った。
「問題ない」
「オルガン様?」
クリスの疑問に答えることもなく、座席に座るアーデルハイトの膝へとオルガンが飛び乗った。横に座れないのならば上に座ればいい、ということなのだろう。
「ちょっとオルガン……貴女」
「れっつごー」
アーデルハイトの膝の上でパタパタと足を揺らすオルガン。だが下敷きになったアーデルハイトは微妙な表情を浮かべている。重くはない。重くはないのだが、しかしこれはあまりにも見栄えが悪い。見た目はこんな
「クリスの膝に座ればいいではありませんの」
「お嬢様。残念ながら私の膝は、既にお肉と毒島さんに占拠されています」
助手席を覗き込めば、そこにはすっかり我が物顔で、鼻提灯をひこひこと揺らしている肉の姿が見えた。さらにその上には毒島さんがとぐろを巻いている。こっちはこっちで、やはり随分と見栄えが悪かった。
「……早く買い替えるべきですわ!!」
移動の度にこれでは無駄に疲れてしまう。やはり買い替えるべきだとアーデルハイトが提案するが、そんな彼女の言葉は届かなかった。
「はいしゅっぱーつ。ほらお嬢、シートベルトして下さい」
「……」
ともあれ、こうして異世界方面軍は遠征に出た。
向かう先は伊豆でもなく、京都でもなく、また別の過疎ダンジョンであった。
* * *
駐車場に車を停め、
「お嬢、ミィちゃん、起きて下さい。休憩するッスよ」
「んぁ……もう着きましたの……?」
寝ぼけ眼を擦りながら、アーデルハイトがゆっくりと身を起こ───そうとして、自らの上で偉そうに寝ていたオルガンに気付く。終始寝苦しかったアーデルハイトとは異なり、ふかふかの双丘に包まれた彼女は随分と幸せそうな顔をしていた。
「まだ半分くらいッス。ここはサービスエリアッスよ」
「まだ半分ですの……」
「京都のときも似たような時間かかったっしょ。ほらほら、ご飯食べるッスよー」
そう言いながら、
「むぉ……なに?」
「オルガン様、食事に行きますよ」
「……よかろ」
「というより、早くお退きなさいな!!」
寝起きから尊大な態度のロリエルフをひっぺがし、漸くアーデルハイトも車を降りる。そうして周囲を見回してみれば、そこは以前京都に向かった際に立ち寄ったサービスエリアよりも随分と広かった。建物正面の柱はレンガ造りになっており、サービスエリアにしてはどこか温かな雰囲気を感じさせる。人の姿も多く、駐車場に止まっている車の台数を見れば随分と利用者が多いように見えた。
建物内へと足を踏み入れれば、汗ばんだ肌にひんやりとした空気が心地良い。フードコートにはいくつもの店舗が並び、多種多様な食事が楽しめるようになっている。また、それとは別にベーカリーレストランなどもあり、ただのサービスエリアとは思えないような充実ぶりであった。しかしそんな充実したコーナーを前に、アーデルハイトとオルガンの二人は食事そっちのけでお土産コーナーへと突撃していった。
先のコミックバケーションでの出来事も含め、近頃は知名度が鰻登りである異世界方面軍だ。探索者界隈では、もはや彼女達の名を知らぬ者など居ないと言ってもいいだろう。また探索者に興味がない一般の者でも、その名前くらいはうっすらとだが聞いたことがある、という者が増えてきている。
そうでなくとも、その類稀なる容姿を見れば誰もが目を奪われてしまう。たとえそれがジャージ姿であっても、抜群のスタイルと黄金に輝く髪、そして彫刻のように美しい顔は隠し切れない。
オルガンもまたエルフというだけあって、幼く見える
つまり、二人は死ぬほど目立っているということだ。
「クリス!木剣が売っていますわよ!!ここは修練場を兼ねていますの!?」
「この小さな剣はなかなかの造形……巻き付いているのは……ドラゴン?」
お土産の定番とも言える、怪しいキーホルダーや木刀などに目を奪われやたらと興奮する二人。そんな二人を見て、徐々に異世界方面軍だと気付く者が現れ始めていた。
「いやいや、そんなの買うのは修学旅行で来た中学生だけッスよ!!恥ずかしいから止めてぇ!!」
「お嬢様、オルガン様。後でいくらでも見られますから、とりあえず食事を先に済ませましょう。お腹をすかせたお肉と毒島さんがカバンの中で荒ぶってます」
アーデルハイトが
「いつも配信見てまーす!応援してます、頑張ってくださーい!」
「団長ー!!次は何処行くんですかー!?」
「有難う存じますわー!でも内緒ですわー!!」
そんな小さなファンサービスをこなすアーデルハイトを見て、クリスはどこか感慨深いような気持ちになっていた。突然こちらの世界へとやってきて、右も左も分からぬままに警官と揉め事を起こしていたアーデルハイトが、随分とまぁ慣れたものだと。そう考えたところでふと、クリスは自嘲するように小さく笑った。それは自分も同じ事か、と。
ともあれ、そろそろ本当に肉の腹が限界らしい。オルガンを抱える右腕の逆側で、左肩から提げた大きなカバンがゆっさゆさと前後左右に揺れている。
その後も彼女達を知るファン達と言葉を交わしつつ、四人と二匹は漸く食事を開始した。アーデルハイトとクリスは天ぷら蕎麦を。
そうしてサービスエリアを後にした一行は、目的地へと向かって再び車を走らせる。後部座席にごっちゃりと詰め込まれた荷物の中には、怪しいキーホルダーと木刀が加わっていた。
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