第153話 次の過疎戦場

「ぬおわー」


 ダンジョン内の壁に空いた僅かな隙間に上半身を突っ込んで、オルガンがジタバタともがいていた。察するに好奇心から、穴の向こう側を覗こうとでもしたのだろう。しかし彼女の身長に対して思いの外穴の位置が高く、足が浮いてしまったらしい。


そんな壁から突き出されて揺れる尻が、ひどく情けなかった。


 アーデルハイトとクリスの二人は、そんなオルガンを呆れるように眺めていた。


「あの子は何をしていますの?」


「さて……?」


『いや草』

『だいぶ草』

『ぬおわーw』

『助けたりーやww』

『おかしいな……天才エルフと聞いていたんだが』

『運動能力はカスとも聞いてるな』

『これ身体能力の問題か?』

『ドジっ子かな?もゆる』


 これには視聴者達もほっこりした様子。

 トラップでもなんでも無い、ただ空いていた隙間に自ら挟まりにいってこうなったのだ。そこらの新人探索者ですら間違いなくこうはならない。それほどまでに、ダンジョン内でのオルガンはポンコツだった。


 当初ダンジョンには潜らないと宣言していたオルガンが、何故こうしてアーデルハイト達に同行することになったのか。それは昨日のやり取りにまで遡る。




 * * *




「ここがわたくし達の次の過疎戦場ですわね!」


 車の扉を開け放ち、アーデルハイトが元気よく声を上げた。からりと晴れた青空と照りつける日差しにも負けず、いざ戦場へ向かわんとばかりにずんずんと歩みを進める。

 一方、運転を続けていたみぎわはグロッキー状態だ。適度に休息は挟んだものの、交代無しでの運転は流石に堪えるものだ。京都へ遠征したときもそうであったが、元よりインドア派の彼女にしてみればこれは大変な労働である。


「今日は下見!ただの下見ッスからね!」


「分かっていますわ!でもちょっとくらいならダンジョンに入っても良いのではなくって?なんでしたっけ……そう、さきっちょだけですわ!」


「お嬢様。下品なので人前では言わないようにして下さいね」


 異世界方面軍の四人が今回やってきたのは、京都Dと並んで関西の二大不人気Dと名高い神戸ダンジョンだった。この神戸ダンジョンは、山中に位置するが故のアクセス難から不人気となった京都とは事情が少し異なる。否、神戸ダンジョンもアクセスは悪いのだが、それ以上の理由がある、というのが正しいだろうか。


 そもそも場所が良くない。

 これは日本に点在するダンジョンの傾向でもあるが、海や山などといった自然の傍に発生している箇所が多いのだ。京都然り、伊豆然り、彼女達が過去に赴いたダンジョンもそういった場所が多かった。都市の中に現れた渋谷が例外なのであって、基本的にダンジョンというものは人里離れた場所に現れがちだ。


 その例に漏れず、神戸ダンジョンもまた山の中にあった。具体的に言えば六甲山の山頂である。ダンジョンが現れる以前より観光名所として開発されていたが故に、探索者協会神戸支部までの道は整備されており、車でも登ることが出来る。だが当然駅からは遠く、徒歩で向かうなど論外の距離だ。これから魔物達と一戦交えるというのに、誰が好き好んで体力を消耗しようと考えるのか。必然的に交通手段は限られ、渋谷のように気軽に挑むことが出来ないダンジョンとなっていた。


 また、関西には京都と神戸の他にもう一つのダンジョンが存在する。それが大阪ダンジョンであり、関西屈指の人気ダンジョンである。大阪ダンジョンは渋谷と同様、街中に出現したタイプのダンジョンだ。


 古くから、大阪駅周辺の七つの駅を結ぶ地下街は、まるで地下迷路のようなその複雑さから『梅田地下ダンジョン』などと言って多方よりネタにされてきた。だがそれはあくまで冗談の類であり、当然ながら実際にダンジョンが存在するわけではなかった。ところが、本当にその梅田の地下にダンジョンが現れてしまったのだ。


 そんな場所に現れてしまったが故に、当時は大変な騒ぎであった。だがそれと同時に、大阪ダンジョンは探索者にとって大人気の場所となった。アクセスは抜群で、かつ周辺の施設も充実している。謂わば関西に於ける渋谷ダンジョンとでも呼ぶべきだろうか。そういった事情もあって、関西の探索者達は皆、探索へ向かうなら大阪ダンジョンを選ぶのだ。例えるなら、渋谷ダンジョンと伊豆ダンジョンの関係性に近いだろう。


 その煽りを受け、神戸ダンジョンの不人気度はどんどん増していった。そうして現在、神戸ダンジョンは以前までの伊豆ダンジョンと大差の無い過疎ダンジョンとなったのだ。つまり、京都ダンジョンと伊豆ダンジョンというアーデルハイトもよく知る二つの過疎ダンジョン、その悪い部分を一箇所に集めたような場所。それが神戸ダンジョンという場所だった。


 現にアーデルハイトが周囲を見回しても、そこに居るのは景観目当てで訪れた観光客ばかりであった。探索者らしき姿は見当たらず、支部の駐車場には異世界方面軍の車と、それ以外は職員のものらしき車が奥に数台停まっているのみ。過疎ダンジョンハンターである異世界方面軍にとって、まさにうってつけのダンジョンと言えるだろう。彼女達が次の攻略目標に頷けるというものだ。といっても、今回の遠征ではダンジョン制覇までするつもりはないのだが。


「とりあえず、支部に入りましょう。外は暑くて仕方ありません」


「さ、賛成ッス。あー……アイス食べたい」


 右手で肉と毒島さんの入ったカバンを、左手に寝たままのオルガンを抱え、クリスが支部へ向かって歩き出す。グロッキー状態のみぎわもそれに続き、アーデルハイトもまた周囲の景色を堪能してから支部へと向かった。


 そうして支部へと足を踏み入れた彼女達。

 その姿を認めた受付担当職員の顔ときたら、それはもう複雑なものであった。近頃界隈を騒がせている異世界方面軍だ。当然、神戸支部の職員も彼女達の事は知っていた。良い意味でも、悪い意味でも。


 その後、支部の施設を一通り見回った後、彼女達はひとまずホテルへと退散した。時刻も昼をとうに過ぎており、これからダンジョンに潜るにはひどく半端な時間だったからだ。

 そして神戸といえば有馬温泉で有名な場所だ。彼女達が泊まるホテルにも温泉が引かれており、たっぷりと堪能したアーデルハイトはそれはもう大満足の様子であった。当然ながら夕食も非の打ち所がないものであり、明日からのダンジョン探索に向けてしっかりと英気を養うことが出来ていた。


 そうして明日に備え、アーデルハイト達がさっさと寝ようとした時だった。昼間に寝すぎた所為か、ギンギンに冴えた瞳のオルガンがこう告げたのだ。


「そうそう。明日はわたしも行くから」


「なんですって?オルガン貴女───」


「じゃ、おやすみ」


「ちょっと!!もう!!」


 何のために、とアーデルハイトが問う暇もなく、オルガンはもぞもぞもと布団の中へと潜っていってしまった。残されたアーデルハイトとクリス、そしてみぎわの三人は顔を見合わせるも、結局オルガンの意図は分からず終いであった。


「……アーデ、卓球しよ」


「早く寝なさいな!!」


「ところがどっこい。眠くない」


「知りませんわよ!!」

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