第154話 木魚に擬態

 配信が始まった時、カメラの前にいたのはアーデルハイトではなかった。

 アーデルハイトの輝くような黄金の髪とは対象的な、殆ど背丈と同じ位の長さを持つ銀色の髪。遠目に見ても上等な生地で作られているであろうことが分かる、細かな装飾の施された緑色の衣装。下はミニスカートを着用しているが、黒のストッキングを履いており、肌の露出は少ない。そして特徴的な、ぴこぴこと揺れ動く尖った耳。


 七色に光を放つ木魚を頭の上に乗せ、リズム感皆無な怪しい踊りと共に現れたのはオルガンだった。


「うぇーい」


 気の抜けるような声と共に、カメラに向かってピースするオルガン。そんな予想外のオープニングに、視聴者達も困惑を見せていた。


『おハーデル……ほう?』

『ごきげんよう!!』

『ごきアデ……なんだと?』

『ロリエルフ!ロリエルフじゃないか!!』

『この時点で運動神経悪そうなのがよく分かる』

『くそwこれは読めんかった』

『コイツ……もうこっちの世界に馴染んでやがる!!』

『MP吸われる吸われる……』

『アデ公どこいったオラァ!でてこぉっ!!』


「ここですわー!」


 そう言いながら元気よくカメラの下から湧いてくるアーデルハイト。勢いよく登場した所為か、くるくると上品に巻かれた縦ロールが弾み、そのついでにアーデルとハイトも盛大に弾む。彼女はいつものようにLuminousから贈られた専用のジャージを着込み、その右手には先日購入した木刀を握っている。


 そんな二人の背後には、ごつごつとした岩肌がずっと奥の方まで続いていた。道幅は広く、大剣や槍を振り回したとしても十分余裕があるだろう。地面はまるで踏み均されたかのように平らな土で出来ており、ダンジョンの構成としては最もオーソドックスなタイプだと言える。


 現在は既に神戸ダンジョンの内部、その第一階層だった。


「本日はわたくし達、神戸ダンジョンにやってきておりますわ!そしてこれはわたくしがサービスエリア?で購入した愛剣・ボッケングリーフですわ!こっちは駄エルフのオルガン!」


「うぇーい……ん?」


「というわけで、今日はこの二人で行きますわよー!ちなみにカメラは今日もクリスですわ」


「駄エルフ?」


 もう何度も配信を行ってきたアーデルハイトだ。オープニングトークもすっかり慣れたものである。脇をつんつんと突くオルガンを無視し、順調に配信を進行してゆく。今回の探索はクリア目的ではなくその前段階。謂わば下調べである。神戸への滞在期間も3日間と短く設定している為、今回の遠征で最終階層まで到達しようなどとは考えていなかった。


 アーデルハイトはダンジョンの攻略が本業ではない。そして何時、何が起こるか分からないのがダンジョンというものだ。故に、如何に並外れた実力を持ち、かつそれを成し遂げるだけの力があったとしても、彼女は軽々に深層まで向かったりはしない。油断と余裕は全くの別物であることを、アーデルハイトはよく理解している。そして何よりも、それでは少々


『神戸かココ』

『随分遠征したなぁ』

『また不人気ダンジョンを選んで……』

『それは仕方ないだろ』

『人気ダンジョン制覇しちゃったら色々揉めそうだし……』

『神戸D行ったことあります!!まぁ10階層までなんだけど』

『どういうDなん?』

『魔物が比較的強いと言われていた気がする』

『確か飛行型がちょくちょく出るんよ』


「みなさんお詳しいですわね!ちなみにここ、神戸ダンジョンは全50階層のようですわ!!ミギーが一瞬で調べてくれましたわ」


『草』

『サラッととんでもないこと言うなw』

『さすミギ』

『やっぱチートすぎんよそれ』

『重要情報をちなみにで出すなw』

『便利すぎて草も生えない』

『他国の協会から身柄狙われたりしそう』

『協会支部内で犯罪行為は現実的に無理よ』


 伊豆ダンジョンの時と同様に、今回もまたみぎわによる『地図生成マッピング』が行われている。無論攻略目的ではない為『魔力振伝播ソナー』による常時ナビゲーションは行われないが、しかしそれでも十分過ぎるほどの情報だった。


 そんなダンジョン攻略に於いて圧倒的な力を発揮するみぎわは、視聴者達から身の安全を心配されていた。これほどの能力だ、魔法を習得した唯一の地球人だからという以上に、彼女の価値は凄まじい。彼らの心配も、ある意味当然かもしれない。


 だがアーデルハイト達は、そういった心配をまるでしていなかった。勿論、比較的常識人であるクリスや、みぎわ本人を含めてである。


 視聴者のコメントにもあったように、支部内での犯罪行為が難しいというのも理由の一つではある。一般人とは比べ物にならない身体能力を持つ探索者だ。それを取り締まる者達もまた、並の実力では務まらない。過疎ダンジョンを管理する支部と謂えど、探索者制圧用の人材は常に控えている。また支部内にはカメラも無数に設置されており、そんな彼らの目を盗んでの犯罪行為など簡単に出来ることではないのだ。


 だがそれ以上に、安心してみぎわを地上に残して来れる理由が彼女達にはあった。これまでならば多少の不安もあったかもしれないが、しかしオルガンが加入したことによって、それは成し遂げられたのだ。


「ミギーの心配なら御無用ですわ。魔導人形ゴーレムを護衛につけておりますもの」


「わたしが作った。えらい」


 事も無げにそう宣言する二人。

 そう、魔法に引き続き、異世界由来の怪しげな技術がまた一つ持ち込まれていたのだ。そんな聞き慣れない単語に、視聴者達は当然ながら不思議そうな反応を見せる。


『ん?』

『なんだって?』

『ゴーレム、とな?』

『ああ、あれね?アデ公が木刀で真っ二つにしたやつ』

『木刀じゃなくて木の枝、な?』

『木の枝じゃなくて相棒、な?』

『いや魔物やないかい!!』

『作った……?』

『どゆこと?』

『もしかしてまた重要なことサラッと言った?』

『説明を求める!』


 ゴーレムと聞けば、こちらの世界の住人はやはり岩人形ゴーレムのことを思い浮かべるものだ。アーデルハイトが初配信の際、京都で真っ二つにした例の魔物の事である。階層主としては最も与し易い部類の魔物ではあるが、しかし何の対策もせずに挑めば、中級探索者パーティであっても苦戦を免れない魔物だ。その強さは折り紙付きといってもいいだろう。


 だがアーデルハイトが口にしたのは魔導人形ゴーレムであり、岩人形ゴーレムではない。似ているようで全く異なる、あちらの世界由来の技術だ。


「魔物のゴーレムではなく、魔導のゴーレムですわ。錬金術で作られた魔導具の一種。分かりやすく言えば───人工の守護者ガーディアンといったところですわね。あちらの世界ではそれなりに一般的な技術ですわ」


魔導人形ゴーレムは便利。人間よりも力が強く、疲れもしない。魔力の続く限り動き続ける。複雑な動作は苦手だけど、力仕事全般が得意で労働力としても利用される。馬車を牽いたりも出来るし、田畑を耕すのにも向いている。また耐久力にも優れ、戦闘の際は壁役として───」


『あーね?』

『待って待って多い多い』

『情報の大洪水よ』

『ラノベとかによく出てくるアレか』

『ファンタジーではお馴染みのヤツだな』

『好きな物の話になると急によくしゃべるオルガンたそ可愛い』

『疲れ知らずの労働力といえばアンデッドかゴーレムよな』

『怪しい技術は魔法だけじゃなかったんかワレェ!』

『いや、魔導具っていうくらいだし魔法の一種なのでは?』

『マジかよめっちゃワクワクしてきた』

『見たい』


 早口で捲し立てるオルガンを他所に、様々な反応を見せる視聴者達。実物こそこの場には無いものの、魔導具などという存在が何の前触れもなく出てきたのだからそれも当然のことだろう。本来であれば誰が聞いても眉唾の、ただの冗談にしか聞こえないような話だった。


 異世界方面軍が魔法の存在を開示した今でも、演出やフェイクだという声は世界中に多い。だがここに居る視聴者達は皆、あちらの世界のことも、魔法も、全てを信じて視聴している者達だ。普段からラノベや漫画、ゲームに慣れ親しんでいる彼らは、そんな怪しい話でさえも思いの外すんなりと受け入れることが出来ていた。


「まぁ魔導人形ゴーレムの実物はそのうち皆さんにもお見せ致しますわ。とにかく、そういうわけでミギーの心配は要りませんのよ。ちなみに、普段は木魚に擬態しておりましてよ」


魔導人形ゴーレムは使用する素材によってその強度や性能が決まる。これは魔物の岩人形も同様。でも、魔導人形ゴーレムの場合は制作者がある程度性能を弄ることが出来る。大きさは当然、動きの精密さや色、形、ツヤ、そういった細部のこだわりが術者の───」


「はいはい。入口で長々と話していても仕方ありませんわ。この件は一旦置いておいて、とりあえず歩きますわよー」


 アーデルハイトの言葉通り、今はまだダンジョンの入口である。如何に時間に余裕があると謂えど、いつまでもココでお喋りをしていては、遠路はるばる何をしにきたのか分からない。解説ロボと化したオルガンを小脇に抱え、アーデルハイトはダンジョンを進んでゆく。こうして異世界方面軍の神戸遠征は幕を開けたのだった。

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