第155話 謀られた
木刀と謂えど、しっかりと作られたものは相応に値が張るものだ。一万円を超えるものも少なくはないし、物によっては五万~十万円近くするものまである。といっても、それは素材にも加工にもこだわり抜いた最高級品の話だ。
「と、まぁつまりそういうわけですわ」
コメント欄に寄せられる数々の質問に答えながら、アーデルハイトが木刀を振るう。彼女が握っているのは勿論、行き掛けのサービスエリアにて3487円で購入した、ごくごく普通の木刀である。
だが剣聖である彼女が
雑談の片手間で振るわれた彼女の剣閃は、いとも簡単に
大きさは人間の子供が直立した程度。分かりやすく言えば、世界最大の鼠として良く知られるカピバラの丁度二倍程の大きさだ。非常に好戦的だが、戦闘能力はそれほど高くない。それほど俊敏というわけでもなく、攻撃方法といえば噛みつきか、或いは毛皮を用いた突進程度。強固な毛皮が厄介ではあるが、駆け出しの探索者でも有効な武器さえあればちゃんと倒せる相手である。なお、数が多い場合はその限りではない。
そして有効な武器とは、つまり
硬い毛皮で覆われている鉄鼠には、刃物が通らないのだ。だが何のことはない、上から力で叩き潰せば特に脅威となる相手でもないというだけの話だ。強度を得た代わりに、衝撃吸収力を失ったその毛皮が弱点でもあった。刃物で斬るには、それこそ鉄を切断出来る程の威力が必要なのだが。
鉄鼠に限らず、ダンジョンに出現する魔物は多種多様な特性を持っている。だからこそ、異なる武器を使う者同士でパーティを組むのだ。それがダンジョン探索の基本であり、探索者の基本でもある。
だがそんな『基本』とやらは、異世界出身者に於いてはまるで関係のない話だ。
アーデルハイトが購入した白樫の木刀は、当然ながら刃などついてはいない。だが彼女の右腕がブレる度、新たな鉄鼠の首が飛ぶ。初配信時のゴーレムの時もそうであったように、見ているものからすれば頭がおかしくなりそうな光景だった。
こちらの世界の常識で、彼女を計ることなど出来はしない。近頃は古参のリスナー達も徐々に忘れ始めていたその感覚を、再び思い起こさせるような。そんなお散歩だった。
『脳がバグる』
『雑談ついでに倒すな』
『最近はちゃんと剣使ってたから忘れかけてたわ……』
『いっそ懐かしさすら感じる』
『おかえり相棒(二代目』
『木刀であの太い首落とすの、マジでどういうことなん?w』
『木の枝でゴーレム両断する女やぞ』
『お、異世界は初めてか?力抜けよ』
『ようこそ異世界沼へ。歓迎するぜ』
『異世界沼引きずり込みおじさん達が湧いてきたぞ!』
「コツは刃を立てるのではなく、寝かせる事ですわね」
次から次へと鉄鼠の首を飛ばしつつ、コメントを横目で見ていたアーデルハイトから有り難いアドバイスが飛ぶ。当初から『簡単な◯◯の討伐方法』をレクチャーしていた彼女にしてみれば、これもその一環のようなものなのだろう。当然ながら、視聴者達からは滝のようなツッコミコメントが寄せられることとなったが。
『はえ~……』
『なるほどなぁ』
『おい!騙されるなよ!!』
『刃なんてねぇんだよ!!いい加減にしろ!』
『これじゃあダンジョン探索っていうか雑談枠だよぉ』
『緊張感が行方不明』
『最初から行方不明定期』
『俺達が緊張感覚えたのって初回配信とベヒモス戦くらいじゃない?』
『俺は蟹のあたりで緊張感を投げ捨てたぞ。今ではゲラゲラ言いながら見てる』
ここまでの彼女達は、基本こんな調子であった。
アーデルハイトが敵をなぎ倒し、クリスがそれを撮影し、その裏ではオルガンがちょこちょこと、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。視聴者の言う通り、実に緊張感のないダンジョン探索であった。
なおオルガンが今回同行している理由については、既に視聴者達へ説明済みである。
彼女が今回付いてきた理由。
それはあちらの世界とこちらの世界、二つの世界に於けるダンジョンの違いを調査する為だそうだ。ダンジョンを構成する物質や内部の魔素濃度。魔物の分布や生態の違いなど、そういった細かな違いを自分の目で見るためにやってきたらしい。オルガン曰く、『アーデにそういうのを任せると、色々終わる』だそうだ。
彼女が先程からフィールドワークよろしく、忙しなく行った来たりしているのはそれに関係することなのだろう。魔物の死体が消える前に何かしらのメモをとったりと、随分と忙しそうである。
「そういえば……オルガン
「んぉ?……うん、そう」
「でしたら一つ、決定的な違いがありましてよ」
「ほほう」
あまりの技量故か、血の一滴も付着していない木刀を、アーデルハイトがつい癖で血振りする。そうして周囲の鉄鼠を全て殲滅し終えたアーデルハイトが、何やら鼻をひくひくさせながらオルガンへと声をかける。
「わたくしもまだ未経験なのですけど、こちらの世界には『レベルアップ』というものがあるそうですわ。魔物を倒し続けることでそれは発生し、探索者の身体能力が上昇するらしいですの」
「レベルアップ……初耳。でも興味深い」
「こちらの世界の先達であるわたくしが、それを簡単に確認する方法を教えて差し上げますわ!」
などと怪しげな台詞を吐きつつ、得意げな顔をしたアーデルハイトがオルガンの元へと近づいてゆく。
「手を前に突き出し、好きなポーズをとって大きな声で叫ぶといいですわ。『ステータスオープン』、と」
「なるほど……ステータスオープン!!」
アーデルハイトに言われるがまま、オルガンが両腕を前方に突き出して精一杯の声を上げる。何故か片足を上げる謎のポーズ付きであった。腹に力を込めているのか、ぷるぷると小刻みに震え始めるオルガン。しかし、当然ながら何も起きなかった。
そうしてたっぷり10秒ほどが経過した時、アーデルハイトは堪えきれないとばかりに吹き出した。
「ぶふッ────くふっ……や、やりましたわー!!」
『大草原』
『コイツ……やりやがった!!』
『自分が騙されたの、根に持ってやがったぞ!!』
『クッソw忘れかけてたのにww』
『伏線回収パート2』
『ひでぇよ団長!!』
『ぷるぷるのオルガンたそかわええw』
『お、赤くなってきたぞww』
『恥ずかしかったんやろなぁ……』
「冗談ですわ!冗談ですわー!!で、出るわけありませんわ……ぐうっ!!げほっごほっ!!」
「……謀られた」
笑いを堪えすぎて咽るアーデルハイトと、それを顔を真赤に染めながら、眠そうな瞳を精一杯細めて睨むオルガン。そうしてアーデルハイトが腹を抱えながら地面に膝をついたところで、オルガンの側方から何者かの影が飛び出してきた。
それは新手の鉄鼠であった。アーデルハイトの討伐漏れではなく、恐らくは単純に笑い声を聞いて近づいて来ていたのだろう。それに気づいた視聴者達が『危ない』と注意喚起しようとしたが、しかしどう考えてもコメントなど間に合いはしないタイミングであった。
完全な油断。
アーデルハイトのあまりの強さに忘れていたが、本来ダンジョンとは何が起こるか分からない危険な場所なのだ。更に狙われているオルガンは、アーデルハイトのような
他の誰でもない。
オルガンが鉄鼠へ向けて腕を突き出し、ぱちり、と指を鳴らす。
視聴者達は知る由もないが、それは海に落とされてびしょ濡れ状態だったオルガンが、衣服を着る際に行った動作と同じものだった。オルガンは自らの衣服を魔法によって生成した。つまりオルガンの指を鳴らす動作とは、魔法の行使に他ならない。
次の瞬間、ダンジョンの地面が陥没した。
それはオルガンへと襲いかかる鉄鼠の、丁度真下であった。そんな事態を鉄鼠が予期しているはずもなく、鉄鼠はそのまま穴へと落ちてゆく。
だが、如何に弱いといっても相手は魔物。それも鼠型の魔物だ。穴を登るなどお手の物であるし、事実、鉄鼠はすぐさま壁に手足をかけていた。
しかし鉄鼠が穴から再び顔を見せることは無かった。
陥没した地面を構成していた、土や岩等といった物質は何処へ行ったのか。その答えは穴の頭上から降ってきた。鈍い輝きを放つ彫像へと、その姿形を変えて。
鈍色に輝く落下物は、オルガン自身の彫像だった。
先程の怪しいポーズをとった状態で、かつ若干怒り顔の彫像だ。
「これは騙されたわたしの怒り」
そんな彫像と地面に挟まれ、衝撃音と小さな地揺れと共に、鉄鼠の姿は消滅した。
これには視聴者達も空いた口が塞がらなかった。それほど驚きの光景であった。
ロリエルフが襲われるかと思った次の瞬間、ロリエルフ像が降ってきて魔物を押しつぶした。今の出来事を簡潔に言い表すとすれば、概ねこんなところだろうか。
画面の前で唖然としている彼らの様子を見抜いたのか、カメラを構えていたクリスが申し訳程度に補足する。アーデルハイトが手を出さなかったのも、クリスがカメラを背けなかったのも、つまるところ全ての理由はここに帰結する。
「オルガン様は身体能力がカスなだけで、戦闘が出来ないわけではありませんよ」
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