第38話 被ってる、汚い

 ダンジョン配信者の朝は早い。

 自らの生活圏から一番近いダンジョンへと挑む探索者達は別として、アーデルハイト達のように様々なダンジョンへと赴く探索者は移動に時間を費やす為だ。


 前者は移動の手間がかからない為、ダンジョンそのものに費やす時間を多く取れる。そのダンジョンについての情報も多く手に入れられるし、経験や習熟度も効率的に稼ぐ事が出来る。要するに『慣れる』ということだ。

 その代わり、いつも環境が変わらない為に飽きがくる。これはダンジョン配信を行う上ではそれなりに重いデメリットだ。それ故、一箇所に密着するダンジョン配信者は視聴者たちを飽きさせない為の武器が必要になる。トーク技術であったり、或いは何かしらの企画であったり。手を変え品を変え、常にそういったエンタメ部分を考えて行かなければならないのだ。

 結局そういった部分に時間を取られてしまうため、メリットとデメリットを比べればプラマイゼロといったところだろうか。総じて、良くも悪くも『慣れ』が付き纏う、安定はするものの停滞しやすいと言える探索タイプといえるだろう。どちらかといえば初心者向きの活動方法だ。


 一方で、後者は当然ながら移動に大きな時間を使うことになる。このネット社会に於いて、ある程度の情報を事前に手に入れることは可能だ。しかし所詮情報は情報。実際に見聞きした経験とは雲泥の差があるのは言うまでもない。

 そういった数々のデメリットに代わり得られるものと言えば、『新鮮さ』くらいのものだ。要するに飽きないということ。常に新たな景色が見られる為に、特別なことをしなくとも視聴者達は新鮮な気持ちで視聴することが出来る。

 こう言うとデメリットのほうが大きく聞こえるかも知れないが、実力がしっかりとある者ならば話は違ってくる。余計な事に思考を割かなくてもよい分、ダンジョン攻略そのものに意識を向けられるからだ。総じて、情報不足から来る不測の事態が起きやすいものの、探索そのものには注力出来る。探索上級者向けの活動方法と言えるだろう。


 もちろん、どちらが良いかという話ではない。どちらにもメリットとデメリットが存在するし、ある意味両天秤である。自分の実力に見合った活動方法を模索するべきだろう。

 とはいえ、探索者とは元々リスクの大きい職業だ。普通に考えれば、誰だって少しでもリスクを抑えて稼ぎを得たいだろう。故に、やはり一箇所のダンジョンに密着する者達の方が多い。しかし残念ながら、現在ダンジョン攻略が停滞気味な理由の一つはここにあるとも言える。

 彼等は安定を求めるが故にリスクを嫌う。しかしリスクとリターンは常に表裏一体だ。何かを得るためには、何かを失う覚悟が必要なのだ。彼等があちらの世界のように『冒険者』では無く『探索者』と呼ばれている、まるでその理由を体現しているかのような状況だった。

 勿論、あちらの世界のことなど誰も知らないのだから、そのような意図で『探索者』と呼ばれ始めた訳ではないのだが。これは偶然の皮肉といえるだろう。


 ともあれ、そんな移動型探索者であるアーデルハイト達は前日から京都へと前乗りをしていた。勿論、魔女と水精ルサールカとの当日打ち合わせの為だ。

 今回の目的は、彼女達が未だ攻略出来ずにいる京都ダンジョン25階層の突破である。当然、配信時間はこれまでよりもずっと長いものになる為、配信開始は正午からの予定だった。


 基本的にコラボと言えば、どちらか一方のチャンネルで配信を行う場合が多いだろう。或いは、時間で区切って配信チャンネルを交代するパターンもある。これは視聴人数の分散を防ぐ為ではあるが、しかし今回のコラボはお互いのチャンネルで同時に配信を行うスタイルで合意していた。


 既に知名度が抜群に高い魔女と水精ルサールカ側からすれば、今回のコラボで得られる新規視聴者の数などたかが知れている。彼女達が欲しているのは純粋な『戦力』であり、配信面に関してはある意味度外視して今回のコラボに臨んでいるのだ。

 故に当初、魔女と水精ルサールカ側からは『異世界方面軍』チャンネル単独での配信を提案されていた。魔女と水精ルサールカ側はゲストとして戦力を補充出来、かつアーデルハイト達は魔女と水精ルサールカのファン層を取り込むことが出来るかも知れない、まさにwin-winの提案である。


 しかしこれには『異世界方面軍』サイドから待ったがかかった。恐らく『寄生』だと騒がれる、その可能性は低いだろうと考えて承諾した今回のコラボではある。しかし魔女と水精ルサールカ側からの提案は、流石に『施し』を受けている印象が強すぎると判断したのだ。可能性が低いとはいえ、折角軌道に乗り始めた新参配信チャンネルである異世界方面軍からすれば炎上リスクは極力減らしたい。

 そこまで気を使ってもらわなくても、魔女と水精ルサールカとのコラボと言うだけで十分に新規視聴者を獲得できる筈だ。欲をかくと碌なことがない、そうクリスが判断した結果、双方での同時配信という形を取ることになったというわけだ。

 視聴者達は好きな方を見ればいい。推しているチャンネルで視るのもよし、二画面で同時に視るもよし。同時視聴数は分散するだろうが、これが結局一番丸く収まる筈だ、と。


 そうしてアーデルハイト達一行は朝方から、こうして指定されたマンションへとやって来ている。高級感漂うオートロック式マンションのエントランスで呼び鈴を鳴らし、一階の扉を開けてもらってから暫く。眠そうに半目を擦り、同時に右腕を突き上げ伸びをしながら、アーデルハイトがよたよたと廊下を歩いていた。


「ん……ふぁ……シンプルに眠いですわ……」


「もう8時ですよ。お嬢様は普段からゴロゴロし過ぎです」


「まぁクリスの部屋に転がり込んでからは、我ながら自堕落な生活をしているとは思っておりましたけど……こちらの世界の映像作品が面白すぎるのが悪いんですの。サメ映画は最高ですわ……」


「お嬢様、そんなにサメ好きでしたっけ……?」


 未だ目が覚めきっていない事を、サブスクの所為にするアーデルハイト。彼女は昨晩もホテルにて、事ある毎に演者達が踊り出すインドムービーを見ていた。それだけならばよくあるインド映画だが、彼女が昨晩視ていたのは踊りながら巨大サメと深海で戦う、怪しさ満点の映画であった。


「お嬢もだいぶこっちの世界に染まって来てるッスねぇ────っと、ここッスね。ほいポチっとな」


 そんなアーデルハイトとクリスの前方、スマホで地図を眺めながら二人を先導するように歩いていたみぎわが、扉の前で立ち止まった。そうしてそのまま部屋の呼び鈴を鳴らし、手持ち無沙汰にキョロキョロと周囲を見回している時の事だ。部屋の扉が勢いよく開き、中から見覚えのある顔が飛び出してきた。


「うぉわ!!」


「アーちゃんいらっしゃーい!!待ってた───へぶし!!」


 扉の前に立っていたみぎわを通り過ぎ、一直線にアーデルハイトの元へと飛びついてきたのはくるるだった。探索者としての身体能力を無駄に駆使した、綺麗な飛び込みフォームであった。アーデルハイトは朝から喧しいくるるを地面に叩きつけ、小首をかしげながら呟いた。


「……わたくしがアーデルハイトだから、アーちゃんですの?」


「そのようですね。可愛らくして良いと思いますよ?」


「まぁ、ハイジ以外なら何でもいいですわ」


「……そんなことより、思いっきり腹から落ちてたッスよ?大丈夫なんスか?」


 心配そうにみぎわが見つめる先、硬質なマンションの廊下ではくるるがぴくぴくと小刻みに震えていた。そんなみぎわの疑問に応えたのは開きっぱなしのドアの向こう、室内から聞こえてきた声だった。


「うちのアホが申し訳ない。うちが魔女と水精ルサールカのリーダーで、スズカって言います。今回は遠路はるばるお越しいただき、えー……とにかく、よろしくお願いします。立ち話もアレですし、まずは中にどうぞ。『ソレ』はそこに置いておいて大丈夫ですんで」


「あ、そッスか……」


「これはご丁寧にどうもありがとうございます。それではお言葉に甘えて……」


「お邪魔いたしますわ」


 スズカに案内され、三人が室内に足を踏み入れると同時にゆっくりと扉が閉まってゆく。結局くるるが戻ってきたのは、アーデルハイト達が席についてから五分ほど経ってからのことだった。




 * * *




 綺麗に整理された広いマンションのリビングで、アーデルハイト達三人と魔女と水精ルサールカの四人が向かい合ってソファに腰掛けていた。くるるが戻ってくるまでの間に互いの自己紹介は済ませ、現在はいよいよ本日のコラボについての打ち合わせを始めようといったところである。

 トップ探索者チームということもあってか、ホワイトボードの前には二人のスタッフが待機している。恐らくは書記をしようというのだろう。


「えー、まずはその、そちらの配信中にうちのメンバーが余計なコメントを残したことについて、直接謝罪を────」


 スズカがそう切り出した時だった。

 その横にはこそこそと、小さな声で話をするくるる紫月しずくの姿があった。二人は聞こえていないと思っているのだろうが、しかしスズカの耳はぴくぴくと動いていた。


「ねぇ、スズカ猫被ってるよね?普段もっと口汚いよね?」


「被ってる、汚い」


「……」


「緊張してるのかな?まぁまぁウケるんだけど」


「あのスズカが緊張……草」


「……殺す」


 ついに堪忍袋の緒が切れたのか、スズカが隣に座っていたクオリアを飛び越えてくるるへと襲いかかった。スタッフから出された高級そうなお茶を、ゆっくりと口に含んでいたアーデルハイトの前で、三人がぎゃあぎゃあと揉め始める。


「誰の所為でうちが謝ってる思てんねんボケェ!!うちかてこんな使い慣れん口調で喋るん嫌に決まっとるやろ!!」


「やばっ!聞こえてた!!」


「私は無関係」


「草言うとったやないか!!ちゃんと聞こえとるわクソガキィ!!客の前やからって手加減してもらえる思いなや!ボコボコにしたる!!」


 三人の取っ組み合いが眼の前で始まり、これが終わるまではどうやら話は進みそうにない。仕方がないのでアーデルハイト達は暫く観戦することにした。

 くるるが広いリビングを縦横無尽に駆け回り、紫月しずくがその小さな身体を利用して狭い場所を逃げ回る。女性にしては身長が高く、その都合で小回りの効かないスズカは苦戦しながらも二人を追い回す。時にはフェイントを駆使し、しかし家具や部屋には一切の傷を付けないように。その無駄に洗練された無駄のない無駄な動きからは、彼女達が日頃からこういった小競り合いを繰り広げていることが容易に想像出来る。それと同時に、彼女達の探索者としての確かな腕が伺い知れた。


「ごめんなさいねぇ。すぐに終わると思うから」


 一人ソファに残ったクオリアが、アーデルハイトへと謝罪を述べる。


「元気があってよろしいのではなくて?」


「仲が良くて大変結構なことかと」


「やっぱ喧嘩もレベル高いんスね……ウチは見ててもあんまりよくわかんねーッス」


 みぎわは初めて見る上級探索者同士の喧嘩に感心した様子であった。一般人である彼女には全ての動きを追える訳ではなかったが、しかし凄い事をしているということはなんとなく理解る。これだけの激しい動きをしながらも、周囲には一切の被害を及ぼさない彼女達の喧嘩を、どこか不思議な気持ちで眺めていた。


 一方、異世界組の二人は落ち着き払っていた。

 あちらの世界では、冒険者といえば喧嘩である。全ての冒険者がそうだというわけではないが、彼等はやはり基本的に荒くれ者が多い。酒場だろうとギルドであろうと、小競り合い程度であれば日常茶飯事だった。当然、アーデルハイトとクリスもその光景は何度も目にしてきたし、放っておけば勢い余って死人が出る、なんてことも度々あったが故に、エスターライヒ領内であれば仲裁に入ることもあった。


 そんなあちらの世界の荒くれ者たちに比べれば、目の前の喧嘩などまるで猫の喧嘩、随分と可愛らしいものである。とはいえ、彼女達も本気でやっている訳では無いのだろうが。


「懐かしいですわね、こういうの」


「そうですね。昔はよく、どちらが勝つかで賭けたりしたものです。折角ですし賭けますか?」


「あら、いいですわね。ではわたくしは紫月しずくさんの逃げ切りに、お煎餅を二枚賭けますわ」


「では私は、くるるさんの逃げ切りにお煎餅を五枚」


 アーデルハイトとクリスがお茶を啜りながらそれぞれに煎餅をベットする。手持ち無沙汰だった所為か、そこにみぎわとクオリアの二人も乗ってくる。


「あ、じゃあウチはくるるさんと紫月しずくさんの両者逃げ切りにお煎餅四枚ッス」


「じゃあ私はリーダーが両方捕まえるのに六枚賭けるわぁ」


 全員の賭けが出揃った所で、四人は本格的に観戦を始める。あちらの世界では特に規制されていなかったが、こちらの世界では金銭を賭けることは禁止されている。故に久しぶりとなる賭け事に興が乗ったのか、アーデルハイトやクリスは野次を飛ばす始末であった。

 そうして数人のスタッフ達が『止めて下さい』とでも言いたげに困惑する中、くるる達の乱闘は10分ほども続いた。最終的にはスズカが逃げる二人を捕らえ、両者の頭に拳骨を叩き込んだところで試合は終了。結局賭けはクオリアの一人勝ちとなり、彼は大量の煎餅を獲得したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る