第37話 野太くて草

 京都ダンジョン内部のどこか。

 以前にアーデルハイト達が立ち入った階層とは違い、通路を形成する壁は大小様々な六角形の石、柱状節理で出来ていた。

 海にほど近い場所に存在している伊豆ダンジョンを見ても分かるように、ダンジョンの内部の構造は基本的に入り口周辺の環境に合わせて変化する。山中に存在する京都の浅層に、岩や草木が多いのと同じことだ。


 とはいえそれは飽くまでも基本。深部に行けば行くほど、ダンジョン内部の組成は徐々に変化してゆくことが多い。柱状節理とは基本的には火成岩に発生する現象であるが、ここはそんな不思議に溢れたダンジョン内だ。火山が一つしか無いといわれる京都でも、一度ひとたびダンジョン内に入ればこのような光景が広がっていてもおかしくはない。

 仄暗くもうっすらと、周囲の地形が分かる程度には明るさの保たれたそこで、アーデルハイトとクリスがきょろきょろと辺りを見回していた。


「……あら?」


「これは……見事にはぐれましたね」


「全く、仕方のない人達ですわね。あれほどトラップには気をつけるよう言っておりしたのに。彼女達には注意力が足りませんわ!」


「意気揚々と宝箱を開けたのはお嬢様ですけどね」


「そもそも、トラップ云々を言い出したのはスズカさんではありませんの。言った傍から油断するなんて、冒険者────探索者を何だと思っているんですの!?そんなだから何時までも同じ階層で停滞するんですのよ?」


「制止する間もなく宝箱を開けたのはお嬢様ですけどね」


「ふぅ……まぁ、ここで考えていても仕方ありませんわね。移動しながら、配信を利用して合流を目指しますわ。クリス、現在地は?」


「不明ですし、宝箱を開けたのはお嬢様ですけどね」


 じっとりとした半目でアーデルハイトを見つめるクリスと、努めて無視を決め込むアーデルハイト。彼女の右手にはしっかりと、先程アーデルハイトが飛びついた宝箱に入っていた鉄の棒が握られていた。鉄の棒は先端で折れ曲がり、何やらバルブのような物が付いている。それは所謂『鉄パイプ』であった。


『俺達の木の棒くんがパワーアップして帰ってきた』

『転移トラップにかかってはぐれた代償が鉄パイプかぁ』

『笑い事じゃないのかもしれんけど今俺はゲラゲラ笑ってるよ』

『こういう場合は鳩飛ばしても良いんだろうか』

『やっぱアデ公はこうでなくちゃ』

『面白くなってきやがったぜ』

『え、君らなんでそんな落ち着いてるの?』


 本来ならば、ダンジョン内で仲間と逸れることは言うまでもなく一大事である。故に、ダンジョンのどこか不特定の場所へと飛ばされてしまう転移トラップは、探索者達の中でも特に注意が必要なトラップだと言われている。

 しかしここまで異世界方面軍の配信を追っており、アーデルハイトの行動をよく知る多くのリスナー達は、現在の状況を楽しんでいた。しかし一部の初見リスナーなどは伝書鳩行為がマナー違反であることを知りつつも、この一大事に魔女と水精ルサールカ側と連絡をとるかどうかで悩んでいた。


『お、異世界は初めてか?力抜けよ』

『異世界では転移くらい日常茶飯事だぜ?』

『アデ公が鉄パイプ持ってるんだぞ?なぁに、すぐに合流するさ』

『これが異世界マウント』

『鉄パイプ関係ねぇだろw』

『俺は分かってたよ。あの宝箱がトラップだってことはね』

『草 それはもうただの後乗せサクサクなんよ』


 相変わらずというべきか、いざ強敵が目の前に現れればすぐにアーデルハイトの心配をするくせに、敵が現れるまでは緊張感がまるで無いリスナー達。そんな小物感たっぷりのお調子者達を引き連れて、アーデルハイトとクリスは歩き始めた。こういう場合は動かずに救助を待つのがセオリーと言われているが、アーデルハイトからすれば逸れたのは魔女と水精ルサールカの四人である。である以上は探しに行かねばならないだろう。


「歩いていればそのうち見つかりますわ!!それでは、さくっと合流しますわよ!」




 * * *




 時間はさかのぼり、クリスがコラボ承諾のDMを魔女と水精ルサールカへ送信した後。


 京都にある魔女と水精ルサールカのクランハウスには、パーティメンバーの四人とスタッフが数人集まっていた。ダンジョンを攻略する探索者というだけでなく配信業も行っている魔女と水精ルサールカには、当然メンバー以外の配信スタッフも存在している。彼等は所謂配信チームとしてのメンバーであり、異世界方面軍で言うところのみぎわと同じだ。尤も、たった三人で配信を行っている異世界方面軍とは違い、魔女と水精ルサールカの裏方は彼女達の人気相応に人数がいるのだが。


「よっしゃ、これで全員やな。ほんなら例のコラボについての作戦会議始めるで」


「いえーい!!」


「いぇい」


「あらあら、二人とも嬉しそうねぇ」


 スズカの音頭に呼応して、くるる紫月しずくが拳を突き上げる。心底嬉しそうなくるるとは対象的に、紫月しずくの顔は全くの無表情ではあったが。

 そんな二人を見つめながら、柔和な笑みを浮かべているのはクオリア。魔女と水精ルサールカ四人目のメンバーであり、リーダーであるスズカの補佐や暴走気味のくるるのストッパーを担う、最年長のである。

 クオリアは日本人ではなく、探索者として活動するためにアメリカから日本にやって来た。ダンジョン大国として名高い日本で活動をする海外の探索者は多く、クオリアもその一人というわけだ。


 少しウェーブのかかった、胸元まで伸びる長いブロンドの髪は地毛である。胸元にはしっかりと豊かな膨らみが確認出来るが、これはただのパッドだ。身長が高い割には線が細めで肩幅も小さく、一見すればスタイルの良い女性にしか見えない。彼は性自認が女性というわけではなく、単純に女装が趣味であるためにこうして妖艶な魔女のような格好をしているだけだ。口調もただのロールプレイの一環で、下の弱点もしっかりと健在である。


 そんな彼は、こう見えて非常に戦闘能力が高い。空手と柔道の段位を持っており、魔女と水精ルサールカに於ける実動要員としてはスズカに次ぐ実力の持ち主だ。戦闘能力の高いスズカとクオリアが主に戦い、機敏なくるるが斥候と撹乱、遊撃。そして紫月しずくが情報担当兼、アイテム等での後方支援を行う。これがダンジョン内での魔女と水精ルサールカの基本戦術だ。


「これまでは上手いこと誤魔化されてたけど、向こうさんから漸く承諾が貰えたで。日時もすり合わせ済みやし、細かい条件やらなんやらの話も済んどる。あとは当日に改めて、って感じやな。ってなわけで今日はその話を伝えよう思てな」


「いぇーい!!」


「いぇい」


「私はその、アーデルハイトさん?の事はあんまり知らないのよねぇ。ああ、別にコラボに文句が有るわけじゃないわよ?むしろ楽しみにしてるくらいよぉ。ただ一緒にダンジョンに潜るのなら、多少は知っておかないとマズいでしょぉ?だから軽く、情報を聞きたいんだけどぉ」


 スズカがホワイトボードにデカデカと、『異世界コラボ対策会議』と汚い字で書きなぐる。そんなスズカの背中へとクオリアが問いを投げれば、ペンを置いたスズカが腕を組んだままで、まるで何かに納得するかのように深く頷いていた。


「まぁリアの言うことも分かるんやけど、その説明はちゃんと時間取っとるから後や。先ずは今回の目標についての話からするで」


「アーちゃん達については何の心配も要らないよ!私が保証します!」


「私も保証する。会ったことはないけど」


「あら、まぁ二人がそう言うなら大丈夫なんでしょうけれど」


 くるる紫月しずく、二人の事を信頼しているのだろう。クオリアは無駄に自信満々な二人の言葉とスズカの言葉、その双方に従い、この場ではそれ以上深く追求することはなかった。クオリアが納得したのを見たスズカが、『ぱん』と手を打ち室内全ての注目を自分に集める。


「今回はうちらがコラボを頼んだ立場やけど、京都ダンジョンの攻略にしてもろたで。あちらさんがホーム持っとらんのもあって、すんなりオッケーしてくれはったわ。そんなわけで、ホームで情けない姿見せられん。気合いれや」


「うぉー!!」


「ぉー」


「おー」


 もう何度目かになる、突き上げられたくるるの拳。今回のコラボは実質的に彼女が取り付けたようなものだ。言い出しっぺである自分が気を抜くわけにはいかないと、普段以上に元気よく声を張り上げる。そんなくるるに続く紫月しずくとクオリアだが、くるると違って平静そのものの声色だ。魔女と水精ルサールカとして他の配信者とコラボをするのは初めてではないが、しかし回数は片手で数えられる程度しかない。緊張しているというわけではないが、二人はどの程度のテンションで臨めばいいのかよく理解っていないのだ。


「逆に気ィ抜けるわアホ。で、今回の目標やけどな。誤魔化してもしゃあないから単刀直入に言うけど、25階層の突破や。これは当然向こうさんも了承済みやで」


「……はァ!?」


「うぉ!リアいきなりうっさ!!」


「声、野太くて草」


 京都ダンジョン25階層。それは京都に於けるトップ探索者チームである魔女と水精ルサールカが、かれこれ一年ほど突破できずにいる階層だ。無論それは魔女と水精ルサールカに限らず、不人気であるが故に少数精鋭と化した京都ダンジョンの、他のどのパーティでも同じこと。25階層どころか、魔女と水精ルサールカ以外はそれ以前の階層で詰まっているのが現状である。

 しかしスズカが正気ならば、そんな最難関の階層を初コラボ相手と共に突破しようというのだ。現地での細かい事前打ち合わせもなく、DM上でやり取りをしただけ。殆ど行き当たりばったりな今回のコラボだ、連携もなにもあったものではない。それを考えれば、クオリアが素に戻ってしまったのも無理はないだろう。


「アンタ正気かよ!?」


「そのリアクションもうええねん。それ、もううちがちょっと前にやったんや。いや、まぁ理解るで。そらそういう反応になるわな。うちもそうやったし」


「当たり前っ……いや……ふぅ───当たり前でしょぉ?何処の誰が、よく知りもしない初めてのコラボ相手と大勝負に出るのよぉ?」


 見事なまでに、数日前の自分と似たような反応を見せたクオリアに、スズカは笑ってしまいそうになった。あの時、くるる紫月しずくからは自分はこう見えていたのかと。今でこそ今回のコラボに勝算を見出しているものの、異世界方面軍の配信を見るまでは自分もこうだったな、と。

 一方でクオリアもまた、至って冷静なスズカを見て徐々に落ち着きを取り戻していった。乱れていた口調や素の低い声はすっかり鳴りを潜め、普段の女性口調へとどうにか戻すことに成功する。

 そんなクオリアの元へと、紫月しずくがタブレットを手渡して来た。いつの間にか準備されていたそれには、既にコラボ相手である異世界方面軍の配信ページが表示されている。


「はい、コレ」


「え……何?どういうことぉ?」


「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ。というわけで、リアも取り敢えず見てみなよ!!世界変わるよ~?」


「それは意味ちゃうやろ……ま、色々言うよりも見せたほうが早いっちゅうんはその通りやな。そういうわけでさっきもいった通り、ここからは鑑賞会や。スタッフの子らもこっち来ぃ」


 そうして、戸惑うクオリアを他所に着々と準備が進められてゆく。タブレットに繋いだケーブルを紫月しずくが大型のディスプレイにつなぎ、くるるが雰囲気作りの為に部屋の照明を落とす。

 さながら映画上映会のような様相を呈し始めた魔女と水精ルサールカのクランハウス。言われるがままに再生ボタンを押したクオリアは、その数時間後には口をぱくぱくと開閉するだけの壊れた玩具のようになっていた。


Jesusジーザス……」


「あははははは!!いやぁー何回見ても笑えるよコレ!」


「笑い事じゃない」


「レベルアップ無しでコレってどないなってんねん。案外、この娘が言うてるみたいにうちらもゴブリンに体当たりしたら出来るんか……?」


 結局、この怪しげな上映会は伊豆ダンジョンのものは当然として、最新の雑談枠まで続いた。全てが終わったころにはすっかり明け方となっており、メンバーとスタッフは全員そのままクランハウスで就寝する羽目になった。女性陣がベッドとソファを使い、当然のようにクオリアだけは床であったが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る