第39話 画面端
各ダンジョンに設置されている探索者協会。
ダンジョンの入り口を管理しているその建物には、探索者達が攻略を行いやすい様に様々な施設が併設されている。食堂や休憩室は勿論のこと、探索を終えた者達がすぐに汗や汚れを流せるシャワー室や、武器に防具、各種消耗品などを販売している店もしっかりと用意されている。
店で販売している武器や防具は、比較的手頃な鉄製の装備もあれば、ダンジョンで発見された非常に高価な物もある。また在庫は少ないものの、希少な
そういった店がある以上、試用するための施設があるのも当然のことだ。食堂くらいしか使ったことのないアーデルハイトは知らなかったが、各協会の奥には試し斬りや装備した際の動きを確認するための、小さな体育館ほどのスペースが用意されている。ダンジョンに入る前の準備運動や連携の確認等にも使用出来る、所謂多目的スペースだ。
如何に不人気ダンジョンといえど、それは当然京都ダンジョンの協会にも存在する。専ら探索者達の間では訓練場などと呼ばれているそこに、
そんな訓練場の中央に陣取っているのは二人。身体の隅々までを入念に伸ばし筋肉を解しているクオリアと、ぼけっと突っ立っているだけのアーデルハイトだ。
彼女達の他にもちらほらと探索者達の姿があったが、彼等は一体何が始まるのかと距離を開け見物の姿勢を見せている。
そんな二人を見守るように、残った
「いやぁーゴメンねぇ?リアって普段はクール気取りだけど、やっぱ基本脳筋なんだよねぇ」
「いえ、お嬢様も基本脳筋ですし」
「あはは!アーちゃんあの見た目で脳筋なのマジでギャップ凄いよね!見た目は非の打ち所がない高貴なお嬢様、って顔してるのに!」
そう言って
これから行われるのは、アーデルハイトとクオリアによる模擬戦だ。これから共に探索へと向かう二組だというのに、一体何故そのような運びになったのか。それは偏にクオリアの希望によるものであった。
ダンジョン探索において最も重要なこと、それはパーティーメンバー同士の連携だ。レベルアップによって身体能力が向上している探索者といえど、やはり魔物のほうが基本スペックは上である。そんな強力な敵に立ち向かうには、当然ながら仲間たちとの協力が必要不可欠だ。
不測の事態など日常茶飯事であるダンジョンに於いて、極々一部の例外を除き、チームワークなくしてダンジョンで生き残ることは出来ないというのが定説だった。
故に彼等は、それぞれのメンバーが長所を活かせるように戦略を練り、長い時間をかけてチームワークを磨き上げる。そうして少しずつ、個人ではなくチームとして強くなっていくのだ。
極々一部の例外にしても、仲間が必要無い者のことを指しているわけではない。単純に他人と息を合わせることが苦手な者や、単独での探索を好む者達のことを指している。ソロの探索者も少数とはいえ存在しているが、彼等は皆深層までは進まない。一人でも攻略が可能な訳ではなく、一人でも問題無い場所までしか探索しないというだけの話だ。
分かりやすい例を挙げるなら、伊豆で出会った東海林などがいい例だろう。ソロで探索者活動を続けていた彼は極力戦闘を避け、仮に進んだとしても危険な魔物が出てこない階層までしか進んでいなかった。
これはこちらの世界のみならず、アーデルハイト達が元いた世界の冒険者達にも同じことが言える。あちらとこちらでは実力にそれなりの差があるが、基本的な考え方は同じだ。
単一のパーティーですらこれほどまでにチームワークが重要となるのだ。故に、異なるパーティ同士でダンジョン探索を行う場合は、普段から親交のあるパーティ同士、かつ入念な打ち合わせと連携の確認をした上で挑むのが一般的であった。しかし今回のコラボ配信は
そこで彼女達は、互いに連携を取ることをすっぱりと諦めたのだ。
そんな、大まかすぎて作戦とも呼べないような作戦が大真面目に決まった時、クオリアから提案があったのだ。曰く、アーデルハイトの実力は配信で見ているので疑うべくもないが、それでもやはり実際に体験してみたい、と。
こと戦場に於いて、味方の出来ることと出来ないことを実際に確認しておくのは重要な事だ。いざ任せてみた時に『え、出来ませんけど』では話にならない。チームワークを放棄した以上、個としての力を見たいというのはそれほどおかしな話でもなかった。
話を持ちかけられたアーデルハイトに否やは無く、故に今こうしてクオリアと対峙しているという訳だ。それらしい理由を並べはしたものの、結局のところ二人とも戦うのが好きなだけだったのかもしれないが。
「お待たせ、準備出来たわよぉ。早速始めましょうか?」
「わたくしはいつでもよろしくてよ」
一方のアーデルハイトは自然体だった。彼女にとってこれはただの教導、練兵のような一戦である。緊張など当然のように持ち合わせておらず、気負うようなこともまるで無い。
「ほなうちが審判するで。寸止め、或いはどっちかが参った言うたら終いや。ああ、あと怪我はせん程度で頼むで。これから探索行くってことを忘れんようにな」
10メートルほどの間隔を取って対峙する二人の間。すっかり素に戻った口調で、今しがた決めた適当なルールをスズカが説明する。ちなみにクオリアが模擬戦を提案した際、スズカとクオリアはどちらがアーデルハイトと戦うかで揉めている。結局シンプルなじゃんけんでクオリアに挑戦権を奪われたスズカは、どこか不機嫌そうにムスっとしていた。
「はい、ほな始めぇ」
やはり適当なスズカの合図と共に、クオリアが瞬時に飛び出した。長い髪とロングスカートを靡かせて、ほんの1秒程度でアーデルハイトの眼前へと肉薄する。瞬発した勢いをそのままに、ぼけっと突っ立ったままのアーデルハイトへと上段回し蹴りを放っていた。
それは対魔物用の格闘術などではなく、完全に対人戦用の蹴りだった。高身長であるクオリアの放つ蹴りはリーチが凄まじく長い。その上場違いなロングスカートが出処を隠し、間合いも見極めづらい。通常であればロングスカートなど動きにくいだけだろうが、しかし探索者としての身体能力を目一杯発揮した彼の動きは微塵も鈍らない。それほど長身というわけではないアーデルハイトからすれば、クオリアの蹴りは頭上から振り下ろされるような軌道だった。
実力を体験したいなどと言っていたにも拘わらず、クオリアは初手から決めにきていた。如何に常識を上回る実力の持ち主といえど、これをまともに食らってはひとたまりもないだろう。そんな自信が彼の瞳から窺い知れた。
「っ!!速───」
傍から見ていた
(────獲ったッ!!)
クオリアはそう確信していた。我ながらこれ以上ない渾身の一撃だと。タイミングを考えれば、今からでは回避出来ない筈だ。アーデルハイトの馬鹿げた膂力は配信で確認したが、それでもこの蹴りは耐え切れないと。
如何にアーデルハイトが規格外と言えど、自分にも
クオリアの蹴りがアーデルハイトへと届いたと、誰もがそう思ったその瞬間だった。
「んー……20点ですわ」
ぺしり。
そんなどこか間抜けな音と共に、綺麗な声がその場に居る全ての者の耳へと届いていた。まるでそこらを飛ぶ羽虫を払うかのように、アーデルハイトの左手が中空を払っていた。蹴りを躱した訳では無い。力を受け流した訳でも無い。クオリアの蹴りに対して真正面から、軽く打ち払っただけのように傍からは見えた。
たったそれだけで、クオリアは蹴りを繰り出した正反対の方向へと吹き飛んでいた。強風に煽られでもしたかのように体勢を崩し、トラックにでも撥ねられたかのように、異常なほどの速度で訓練場の床を転がってゆくクオリアの身体。ほんの一瞬の出来事だったが、サブリミナル的に彼のスカートの中身を見てしまった
「見事に画面端まで飛んでいきましたね────
「あばばばばば」
けたたましい音を上げながら訓練場の隅まで飛んでいったクオリアを、さもありなんといった表情でクリスが見ていた。そんなクリスと
「……うそやろ」
ただの一撃、否、ほんの少し手を払っただけで自分達の主力が吹き飛ばされた。アーデルハイトが何をしたのかはスズカの目からも見えていたが、しかし彼女の脳は今しがた目の前で起こった光景を受け入れられないでいた。そんなスズカの感情など知ったことではないとばかりに、アーデルハイトが静かに口を開いた。
「威力も速度も中々。スカートで間合いを乱すのも相手が人間ならばそれなりに有効ですわね。総じて大味ではあるものの、攻撃自体は悪くありませんでしたわ。けれど選択はイマイチですの。初手で決めにかかる大技など、相手が余程格下でなければ通用しませんもの。もう少し小技を見せてからの方が効果的ですわね。蹴りが20点、パンツの趣味が悪いので-25点。わたくしは黒系が好みですの。というわけで合計-5点ですわ」
先程までと変わらぬ、何もなかったかのような表情でそう告げるアーデルハイト。彼女の視線の先には、仰向けに倒れぴくぴくと小刻みに震えるクオリアの姿があった。訓練場内は静まり返り、吹き飛ばされた際にクオリアが散らかした数々の備品が転がる音だけがこだましていた。アーデルハイト教官によるそのあまりにもな採点を、すっかり気絶してしまった彼が聞くことは無かった。
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