第40話 悪趣味パンツ男
「っし。ほんならそろそろ始めよか」
ダンジョンへ向かう前の探索者達は、食堂や休憩室に
彼女達が食堂にいた理由は、別に緊張しているからだとかそういった理由ではない。単純にクオリアが目覚めるのを待っていただけである。配信開始予定時刻までに彼が目覚めなければどうしようかと懸念していたものの、どうやらそれは杞憂だったようだ。とはいえ時間ギリギリ、クオリアはつい今しがた医務室から出てきたところだった。
アーデルハイトがしっかりと手加減していたのか、或いはクオリアの身体が頑丈だったのか。派手に吹き飛んだように見えた彼だったが特に外傷もなく、むしろ探索に向けてのやる気に満ちあふれていた。曰く『アーデルハイトが協力してくれるのなら、今回は本当に記録更新出来るかも』とのこと。
今回ダンジョンに挑むメンバーが全員揃った所で、一行は
「打ち合わせ通り、基本的には
「雑な作戦だね!」
「現状はこれが最善。連携を取るにはもっと時間が必要」
「
既に何度か話し合ったダンジョン内での方針を、最終確認の意味も込めてスズカ軽くお
余談だが、アーデルハイトの祖母は公爵家に降嫁した帝国の第二皇女であり正真正銘の皇族であるため、アーデルハイトにも僅かながら皇族の血が流れてはいる。故に『姫様』呼びはそう的外れという訳でもなかったりする。閑話休題。
「わたくしにお任せですわ。例えそこの悪趣味パンツ男が気絶しても、ちゃんと地上まで連れ帰って差し上げますわよ」
「ぐふッ……辛辣ぅ……」
「ぶふッ!あはははは!悪趣味パンツ男!!ちょ、これ流行らせようよ!」
「犯罪の香りがする」
訓練場の端まで飛ばされても気を失っただけでピンピンしていたクオリアだったが、どうやら女装をイジられるのにはあまり耐性が無いらしい。
ちなみにクリスは、もしこれがデリケートな問題だった場合イジるのは良くないかも知れないと考え、流れに乗ることなく静観していた。公爵家の雇われ侍女は空気の読める女である。
「緊張感無さ過ぎやろ……まぁ、ガチガチよりはええか。っし、行くで!」
すっかり遠足気分な五人を引き連れて、今回臨時パーティーのリーダーを務めることになったスズカが気合の声とともに扉を開く。こうして異世界方面軍と
* * *
京都ダンジョンの第一層。
土と草木、不揃いな岩で荒れた道を一行は歩いていた。その最後尾にて、アーデルハイトがクリスの持つカメラに向かって話し始める。アーデルハイトにとってもう三度目となるダンジョン配信が幕を開けた。歩きながらの配信となるため、アーデルハイトは当然後ろ歩きである。にも関わらず、まるで背中に眼がついているかのように淀みのない足取りだった。
「はい、というわけで皆様お待たせですわ!アーデルハイトのワクワク冒険チャンネル、今日も張り切って行きますわよ!!」
『っしゃあああああ待ってたぞぁぁぁぁ!!』
『わこつ!』
『マジで楽しみ過ぎて今日有休取ったわ』
『チャンネル名変わってて草』
『土日なのに有休を使う社畜の鑑』
『疲弊した社畜が一人、何も起きないはずがなく……』
『キキーッ!ドンッ!(一般通過なろう運転車』
『うーす、ここが異世界かぁ……(転生並感』
『テンポ重視のスピード転生で草』
『この間僅か三行である』
『告知見てから今まで全裸待機してました』
『適当に思いついたチャンネル名で進めんなw』
「皆さん元気があって大変よろしいですわね。今日は事前にSNSで告知した通り、わたくしにとって初めてのコラボですわよ!お相手はかの有名な
『いぇえぇぇぇえい!!』
『噂が現実になってうれしいです……』
『初コラボ相手がデカ過ぎんだろ……』
『両推しの俺は歓喜の余り飯も喉を通らなかったよ』
『コレがうちのアデ公のカリスマよ』
『同時配信なんよなこれ。珍しいよね』
『まぁ理由はお察し』
「そう、今回は
『あ、もう言っちゃうのねw』
『し っ て た』
『ですよね』
『アデ公知ってる俺等からしたら鼻笑い案件なんやけどな』
『さらっと古参ムーブ、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね』
『頭のおかしい暇人は何処にでも居るからなぁ』
『まぁこのスタイルでも十分新規は拾えそうだし、良いと思うっす!』
コラボ配信だというのにそれぞれ個別のチャンネルでの配信。これは誰がどう見たって普通ではない。実際コメントを見てみれば、既に理由を察している視聴者も多数居るようだった。そうでなくても、隠していたところでどうせすぐにバレることだ。故にアーデルハイトは早々に内部事情をぶちまけることにした。これは
「皆さんお察しの通り、ぺーぺーのわたくし達が一方的に施しを受けている、等と言われないようにするためですわ。まったく面倒なことですわ。わたくしのファンにはそのような方々は居ないと思いますけれど、
「いえーい!アーちゃんファンのみんな見てるぅー!?私────へぶし!」
視聴者に向けて内情を語っていたアーデルハイトの背後から、テンション高めな
『わたしへぶし』
『なんで避けれるんですかねぇ……』
『お、異世界は初めてか?背中越しに攻撃を躱すのは基本だぞ』
『異世界ハードル高すぎ定期』
『
『ここが日本で良かったな。帝国なら不敬罪で打首ぞ?』
『処す?処す?』
『
『同時視聴俺氏、スズカのため息で草』
『アーちゃんって呼んでるのか……てぇてぇ』
見るからに痛そうな光景だったが、しかし
「いやぁ、なんかいろいろお騒がせしてゴメンね!私は単純にアーちゃんと一緒にダンジョン探索したかっただけなんだけど、そう簡単な話でもなかったんだってさ!!別にいいじゃんね!?つまり私は悪くない!全部厄介ファン達が悪い!」
『そうね』
『まぁそれはそう』
『す、すみません……』
『そういう全部ぶっちゃけちゃうとこ嫌いじゃないぞ』
『俺はなんだかんだ今回のコラボ引っ張ってきた
『新記録期待してる!』
『圧倒的高民度で草』
『いつまで抱きついてんだコラァ!!代われオラァ!!』
『羨まし……羨ましいなコラァ!!』
『貴様ぁ……月夜ばかりと思うなよォ!!』
『圧倒的低民度で草』
異世界方面軍側のコメントが見られない
「んー……概ね好意的ですわ。強いて言えば、早くわたくしから離れろというコメントがちらほら見受けられますわね」
「マジ!?よかったぁー!!」
『良かったーじゃないんだよォ!』
『くる×アデてぇてぇ』
『てぇてぇと嫉妬がせめぎ合うこの交差点で』
『なおダンジョン内である』
『緊張感なさすぎて忘れてたわ』
『まぁこの面子なら多少はね?』
ここで枢が再度アーデルハイトに視線を送る。彼女がこちらのカメラの前で何か発言する度、アーデルハイトが通訳しなければならないのだ。異なる配信チャンネルによる同時ダンジョン配信など滅多に無く、
「ミギー、
こんな時に頼りになるのが
「お?おおお?凄い!見える見える!」
率直に言って、アーデルハイトのファンである彼等は他の配信チャンネルの視聴者達よりも幾分特徴的だ。ノリが良いと言えば聞こえはいいが、見方によっては治安が悪い気もする。
「あはははは!アーちゃんのとこのリスナーは面白いよね!ヤンキー系っていうか、スレっぽいっていうか。急に治安が低下して世紀末っぽくなるもん」
「どこもこんなものではありませんの?」
「いやいや!ウチのリスナーはもっと静かというか大人しいよ!別にどっちがいいとかそういう話じゃなくて、ただアーちゃんのとこのリスナーはユニークだなってだけの話なんだけどね」
「……だそうですわよ?」
『よ、よせやい……』
『へへっ、まぁな』
『照れるぜ』
『おう、くる公も見る目あんじゃねーか』
『ふん、処刑は止めておいてやる』
『ジュースを奢ってやろう』
『なんやねんこいつらw』
『君ら別に褒められてる訳じゃないからね』
『こんな緊張感無いダンジョン探索ある?』
『あるんだよなぁ……』
この僅かな間に、リスナーとしてではなく演者としてもすっかり馴染んだ
手綱を離せば大騒ぎしながらどこまでも飛んでゆく、そんな打ち上げ花火のような彼女だが、手綱を握る側からすれば心労に耐えない存在でもあった。現に今も前方で、彼女の飼い主であるスズカが何かしら喚いていた。
「やば!そういえば偵察してこいって言われてたんだった!というわけで名残惜しいけどみんなまたね!アーちゃんもまた後でね!!」
言うが早いか、アーデルハイトの返事も待たず一目散に駆けてゆく
「……コラボって大変ですわね」
『草』
『疲れてて草』
『あれが例外なんやで』
『悲報 一層で疲労困憊』
『先行きが不安だわ』
『オッサンの癒やしが恋しいぜ……』
「あ、それはありませんわね」
目に付いたのは先の伊豆探索を懐かしむコメントだった。そんなコメントを間髪入れずに否定するアーデルハイト。枢の流れ弾に被弾した東海林が、本人も知らない所でダメージを負っていた。
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