第40話 悪趣味パンツ男

「っし。ほんならそろそろ始めよか」


 ダンジョンへ向かう前の探索者達は、食堂や休憩室にたむろしていることが多い。それは緊張を和らげる為であり、力みすぎないように気持ちを整えるためだ。そんな憩いの場となっている食堂で、スズカが席を立った。

 彼女達が食堂にいた理由は、別に緊張しているからだとかそういった理由ではない。単純にクオリアが目覚めるのを待っていただけである。配信開始予定時刻までに彼が目覚めなければどうしようかと懸念していたものの、どうやらそれは杞憂だったようだ。とはいえ時間ギリギリ、クオリアはつい今しがた医務室から出てきたところだった。


 アーデルハイトがしっかりと手加減していたのか、或いはクオリアの身体が頑丈だったのか。派手に吹き飛んだように見えた彼だったが特に外傷もなく、むしろ探索に向けてのやる気に満ちあふれていた。曰く『アーデルハイトが協力してくれるのなら、今回は本当に記録更新出来るかも』とのこと。


 今回ダンジョンに挑むメンバーが全員揃った所で、一行は魔女と水精ルサールカの配信スタッフとみぎわを食堂に残し、いよいよダンジョンの入口前に集まった。アーデルハイトは当然として、流石はベテラン探索者といったところだろうか、魔女と水精ルサールカの面々もまた誰一人緊張した様子を見せなかった。


「打ち合わせ通り、基本的には魔女と水精うちら主導で進む。京都のことはうちらの方が詳しいし、何より慣れてるからな。せやけど細かい作戦は特にあらへん。各々の判断でお互い臨機応変に動いていくで」


「雑な作戦だね!」


「現状はこれが最善。連携を取るにはもっと時間が必要」


紫月しずくの言う通り、むしろこっちのほうが事故り難い筈や。ってことでゲストの姫様には期待してるで!」


 既に何度か話し合ったダンジョン内での方針を、最終確認の意味も込めてスズカ軽くおさらいする。そうしてアーデルハイトの方へと水を向け、ダンジョンへと続く扉に手をかけた。

 魔女と水精ルサールカのメンバーはくるるを除いて、アーデルハイトのことを『姫様』と呼んでいる。自分は皇族ではないので姫と呼ばれるのは違和感がある、とアーデルハイトはやんわり断ったものの、彼女が実際の貴族であることを知らない魔女と水精ルサールカの面々から『設定だし別にいいっしょ』等と言われ、そのまま押し切られる形となった。

 余談だが、アーデルハイトの祖母は公爵家に降嫁した帝国の第二皇女であり正真正銘の皇族であるため、アーデルハイトにも僅かながら皇族の血が流れてはいる。故に『姫様』呼びはそう的外れという訳でもなかったりする。閑話休題。


「わたくしにお任せですわ。例えそこの悪趣味パンツ男が気絶しても、ちゃんと地上まで連れ帰って差し上げますわよ」


「ぐふッ……辛辣ぅ……」


「ぶふッ!あはははは!悪趣味パンツ男!!ちょ、これ流行らせようよ!」


「犯罪の香りがする」


 訓練場の端まで飛ばされても気を失っただけでピンピンしていたクオリアだったが、どうやら女装をイジられるのにはあまり耐性が無いらしい。くるるがゲラゲラと笑いながらアーデルハイトに乗っかり、紫月しずくが追撃を入れる。

 ちなみにクリスは、もしこれがデリケートな問題だった場合イジるのは良くないかも知れないと考え、流れに乗ることなく静観していた。公爵家の雇われ侍女は空気の読める女である。


「緊張感無さ過ぎやろ……まぁ、ガチガチよりはええか。っし、行くで!」


 すっかり遠足気分な五人を引き連れて、今回臨時パーティーのリーダーを務めることになったスズカが気合の声とともに扉を開く。こうして異世界方面軍と魔女と水精ルサールカ、二組の京都ダンジョン攻略が始まったのだった。




 * * *




 京都ダンジョンの第一層。

 土と草木、不揃いな岩で荒れた道を一行は歩いていた。その最後尾にて、アーデルハイトがクリスの持つカメラに向かって話し始める。アーデルハイトにとってもう三度目となるダンジョン配信が幕を開けた。歩きながらの配信となるため、アーデルハイトは当然後ろ歩きである。にも関わらず、まるで背中に眼がついているかのように淀みのない足取りだった。


「はい、というわけで皆様お待たせですわ!アーデルハイトのワクワク冒険チャンネル、今日も張り切って行きますわよ!!」


『っしゃあああああ待ってたぞぁぁぁぁ!!』

『わこつ!』

『マジで楽しみ過ぎて今日有休取ったわ』

『チャンネル名変わってて草』

『土日なのに有休を使う社畜の鑑』

『疲弊した社畜が一人、何も起きないはずがなく……』

『キキーッ!ドンッ!(一般通過なろう運転車』

『うーす、ここが異世界かぁ……(転生並感』

『テンポ重視のスピード転生で草』

『この間僅か三行である』

『告知見てから今まで全裸待機してました』

『適当に思いついたチャンネル名で進めんなw』


「皆さん元気があって大変よろしいですわね。今日は事前にSNSで告知した通り、わたくしにとって初めてのコラボですわよ!お相手はかの有名な魔女と水精ルサールカの皆さんですわ!まぁわたくしは存じ上げていなかったわけですけど」


『いぇえぇぇぇえい!!』

『噂が現実になってうれしいです……』

『初コラボ相手がデカ過ぎんだろ……』

『両推しの俺は歓喜の余り飯も喉を通らなかったよ』

『コレがうちのアデ公のカリスマよ』

『同時配信なんよなこれ。珍しいよね』

『まぁ理由はお察し』


「そう、今回は魔女と水精ルサールカチャンネルと異世界ドキドキチャンネルの同時配信ですわ。というわけで皆さんはお好きな方でご覧下さいまし。理由はお察しの通り、アンチ・炎上対策ですわ!」


『あ、もう言っちゃうのねw』

『し っ て た』

『ですよね』

『アデ公知ってる俺等からしたら鼻笑い案件なんやけどな』

『さらっと古参ムーブ、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね』

『頭のおかしい暇人は何処にでも居るからなぁ』

『まぁこのスタイルでも十分新規は拾えそうだし、良いと思うっす!』


 コラボ配信だというのにそれぞれ個別のチャンネルでの配信。これは誰がどう見たって普通ではない。実際コメントを見てみれば、既に理由を察している視聴者も多数居るようだった。そうでなくても、隠していたところでどうせすぐにバレることだ。故にアーデルハイトは早々に内部事情をぶちまけることにした。これは魔女と水精ルサールカ側とも相談した結果であり、彼女達からも承諾を得ている。


「皆さんお察しの通り、ぺーぺーのわたくし達が一方的に施しを受けている、等と言われないようにするためですわ。まったく面倒なことですわ。わたくしのファンにはそのような方々は居ないと思いますけれど、魔女と水精ルサールカの抱える大量のファンを考慮した結果、というところですわね────っと」


「いえーい!アーちゃんファンのみんな見てるぅー!?私────へぶし!」


 視聴者に向けて内情を語っていたアーデルハイトの背後から、テンション高めなくるるが飛びついてくる。そんなくるるを一瞥することもなく、アーデルハイト背を向けたままで、一歩だけ横にずれてくるるのタックルを躱してみせた。アーデルハイトの腰にしがみつこうとしていたくるるの両手は、当然ながら虚空を掴んだ。そのまま重力に引かれ、荒れた土の上へと綺麗に顔から倒れることになった。


『わたしへぶし』

『なんで避けれるんですかねぇ……』

『お、異世界は初めてか?背中越しに攻撃を躱すのは基本だぞ』

『異世界ハードル高すぎ定期』

くるるコラァ!迷惑かけちゃ駄目って言われただろおオォン!?』

『ここが日本で良かったな。帝国なら不敬罪で打首ぞ?』

『処す?処す?』

くるるも大人気美少女な筈なのにこの扱いである』

『同時視聴俺氏、スズカのため息で草』

『アーちゃんって呼んでるのか……てぇてぇ』


 見るからに痛そうな光景だったが、しかしくるるも歴戦の探索者である。レベルアップを何度も経験している彼女は、この程度の衝撃で怪我をするほど軟な身体をしていない。くるるは何事もなかったかのように飛び起きると、アーデルハイトに抱きつくような形でクリスカメラに話しかける。


「いやぁ、なんかいろいろお騒がせしてゴメンね!私は単純にアーちゃんと一緒にダンジョン探索したかっただけなんだけど、そう簡単な話でもなかったんだってさ!!別にいいじゃんね!?つまり私は悪くない!全部厄介ファン達が悪い!」


『そうね』

『まぁそれはそう』

『す、すみません……』

『そういう全部ぶっちゃけちゃうとこ嫌いじゃないぞ』

『俺はなんだかんだ今回のコラボ引っ張ってきたくるるには感謝してるぞ』

『新記録期待してる!』

『圧倒的高民度で草』

『いつまで抱きついてんだコラァ!!代われオラァ!!』

『羨まし……羨ましいなコラァ!!』

『貴様ぁ……月夜ばかりと思うなよォ!!』

『圧倒的低民度で草』


 異世界方面軍側のコメントが見られないくるるは、反応を窺うようにアーデルハイトへ視線を向ける。要するに『なんて言われてる?』ということである。そんな枢の視線をうけ、アーデルハイトが高速で流れるコメント欄へと眼を向けた。レベルアップを繰り返した探索者ならばいざ知らず、常人の動体視力では読めないであろうそれを一つ一つ余さずに確認してゆく。


「んー……概ね好意的ですわ。強いて言えば、早くわたくしから離れろというコメントがちらほら見受けられますわね」


「マジ!?よかったぁー!!」


『良かったーじゃないんだよォ!』

『くる×アデてぇてぇ』

『てぇてぇと嫉妬がせめぎ合うこの交差点で』

『なおダンジョン内である』

『緊張感なさすぎて忘れてたわ』

『まぁこの面子なら多少はね?』


 ここで枢が再度アーデルハイトに視線を送る。彼女がこちらのカメラの前で何か発言する度、アーデルハイトが通訳しなければならないのだ。異なる配信チャンネルによる同時ダンジョン配信など滅多に無く、魔女と水精ルサールカ側もこのような経験は無かった。故にコメント問題までは配慮が足りず、現在はこのようなスタイルとなってしまっているのだが、しかしいい加減に面倒になったアーデルハイトが耳元のイヤホンを軽く叩いた。


「ミギー、くるるさんにこちらのコメントを共有してもらえるかしら?毎回通訳するのは流石に面倒ですわ」


 こんな時に頼りになるのがみぎわである。地上で配信を確認している彼女へ頼めば、ほんの一分も経たないうちにくるるへとコメントが共有される。おそらく彼女はこうなることを予測し、予め準備していたのだろう。であれば出発前に言っておいて欲しいものだが、しかしみぎわにとってもコラボ配信など初めてのことだ。それが正解かどうか等、経験のない彼女には分からない。念の為に共有の準備をしておいてくれただけでも有り難いと言えるだろう。


「お?おおお?凄い!見える見える!」


 くるるが耳に装着した配信用イヤホン。そこから出力されたコメント画面が、彼女の視界へと表示される。そうしてくるるが視聴者達の反応を窺うため、異世界方面軍のコメントに目を落とす。


 率直に言って、アーデルハイトのファンである彼等は他の配信チャンネルの視聴者達よりも幾分特徴的だ。ノリが良いと言えば聞こえはいいが、見方によっては治安が悪い気もする。くるる自身も異世界方面軍チャンネルの視聴者でありこの視聴者達の独特な空気感は知っていたが、しかしいざ実際に出演する側となればやはり違った感覚がある。


「あはははは!アーちゃんのとこのリスナーは面白いよね!ヤンキー系っていうか、スレっぽいっていうか。急に治安が低下して世紀末っぽくなるもん」


「どこもこんなものではありませんの?」


「いやいや!ウチのリスナーはもっと静かというか大人しいよ!別にどっちがいいとかそういう話じゃなくて、ただアーちゃんのとこのリスナーはユニークだなってだけの話なんだけどね」


「……だそうですわよ?」


『よ、よせやい……』

『へへっ、まぁな』

『照れるぜ』

『おう、くる公も見る目あんじゃねーか』

『ふん、処刑は止めておいてやる』

『ジュースを奢ってやろう』

『なんやねんこいつらw』

『君ら別に褒められてる訳じゃないからね』

『こんな緊張感無いダンジョン探索ある?』

『あるんだよなぁ……』


 この僅かな間に、リスナーとしてではなく演者としてもすっかり馴染んだくるる。初めてアーデルハイトと出会った時もそうであったように、誰が相手でも物怖じせずに会話出来る、この人懐っこさが彼女の魅力である。故に彼女は人気も高く、その持ち前の好奇心でやらかした事は数多くあれど、しかし叩かれたことなど未だかつて一度もなかった。

 手綱を離せば大騒ぎしながらどこまでも飛んでゆく、そんな打ち上げ花火のような彼女だが、手綱を握る側からすれば心労に耐えない存在でもあった。現に今も前方で、彼女の飼い主であるスズカが何かしら喚いていた。


「やば!そういえば偵察してこいって言われてたんだった!というわけで名残惜しいけどみんなまたね!アーちゃんもまた後でね!!」


 言うが早いか、アーデルハイトの返事も待たず一目散に駆けてゆくくるる。まるで台風のように駆け抜けていった彼女の後ろ姿を見つめながら、アーデルハイトはどっと疲れたような感覚に襲われていた。そうしてしみじみと、普段の単独配信を思い返しながら呟いた。


「……コラボって大変ですわね」


『草』

『疲れてて草』

『あれが例外なんやで』

『悲報 一層で疲労困憊』

『先行きが不安だわ』

『オッサンの癒やしが恋しいぜ……』


「あ、それはありませんわね」


 目に付いたのは先の伊豆探索を懐かしむコメントだった。そんなコメントを間髪入れずに否定するアーデルハイト。枢の流れ弾に被弾した東海林が、本人も知らない所でダメージを負っていた。

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