第41話 アデ公のIQが上がった!!

 京都ダンジョンの第一人者ともいえる彼女達の実力は本物だった。

 魔女と水精ルサールカが京都ダンジョンで探索を始めてから六年間、最低でも週に一回、多ければ四回程のダンジョン探索を行ってきた。そんな彼女達は文字通り、隅から隅まで京都ダンジョンを知り尽くしているといっても過言ではない。現在は25階層で足止めを食らっているものの、それ以前の階層ならば地図など無くとも迷わない。進むその足は軽く、ただただ目的地へと向かって踏み出される。


 度々現れる魔物についても同様だった。

 ゴブリンやコボルトのような低級の魔物は勿論のこと、アーデルハイトも戦ったことのある階層主ゴーレムでさえも危なげなく倒してしまう。アーデルハイトに先行するような形で前を歩く魔女と水精ルサールカが全て倒してしまうため、アーデルハイトは大層暇を持て余していた。

 そんな彼女と同じようにあまり出番が無いのか、現在はくるるに代わって紫月しずくがアーデルハイトの隣を歩いていた。小柄で可愛らしい、まるで小動物的な人気のある彼女だ。くるるの時とはまた違った反応ではあるが、異世界方面軍の視聴者達も大喜びである。


「わたくしの出番は何時になったらやって来ますの……?」


「当分ない」


「ふぁ……退屈ですわ」


 それなりに時間がかかっているとはいえど、攻略は順調そのもの。現在一行が居るここは既に14階層だ。モンスターを轢き殺しながら10階層を往復したアーデルハイトよりも少し遅い程度である。まるで戦車のように進むクオリアとスズカの背を見つめながら、後方腕組勢と化したアーデルハイトはあくびをひとつ吐き出した。


欠伸あくび助かる』

『暇そうで草』

『まぁ面子が面子なんでね』

『見比べるとよく分かる、前回のアデ公の異常な速度』

『だが待って欲しい。このままでは寄生になるのでは?』

『今のところ寄生以外の何者でもないなw』

『マズいですよこれは』


「不味いですわそれは!!」


 視聴者からの指摘にはっとしたアーデルハイトが突如として大きな声を上げた。隣を歩いていた紫月しずくがびくりと肩を震わせ、一体何事かとアーデルハイトの様子を窺う。その後に共有されているコメント欄へ目をやり、なにやら得心がいった様子で前方を見つめた。


「あれは仕方がない。スズカとリアが張り切りすぎ」


「そうですわ!ここは新人のわたくしに華を持たせるべきではありませんの!?」


「私達もコラボは久しぶり。良いところを見せたいらしい」


「大人気無いですわ……」


 焦るアーデルハイトとは逆に、紫月しずくは至って落ち着いていた。元々感情をあまり表に出すタイプではないというのもあるが、それ以上に彼女には魔女と水精ルサールカ側の配信コメントが見えているという理由があった。

 そちらに目を通してみれば、寄生だ何だと喚いている視聴者は今のところ一人も居ない。それどころか、アーデルハイトに出番を回さなくてよいのかと心配する声すら上がっている始末であった。恐らくは先程、スズカの口から大真面目に語られた『クオリア画面端事件』が効いているのだろう。リーダーである彼女が『戦闘に関しては自分達よりも明らかに強い』等とはっきり明言した結果が今の状況だった。


「そんなに心配しなくてもいい。他のチャンネルは分からないけど、ウチのファンはそんなことでいちいち文句を言わない。気にし過ぎ」


「そ、そうですの?」


「そもそも寄生だなんだと煩いのは基本的にただのアンチ。なんでも良いからただ叩きたいだけの暇人。相手にする必要はない。新人だからって色々気にしすぎるのも良くないと思う」


「う、それは確かにそうかもしれませんわね……」


『そうだぞ』

『叩かれる時は何しようが叩かれるしな』

『なんなら事実かどうかすら関係ないからなアンチからしたら』

『まぁ新人は最初が大事って言うし、気持ちはわかるけどな』

『俺は最初から気にするなって思ってた』

『そんなことよりもしず×アデがてぇてぇ』

『この流れで行くとそのうちクオリアが隣のターンが来るのでは?』

『結構です』

『あ、大丈夫です』

『お断りしますわ!』


 紫月しずくの言う通り、少し慎重になりすぎていたのかも知れない。それを裏付けるかのように、視聴者達の反応を見ても概ね紫月しずくと同様だった。

 それを見たアーデルハイトは不思議と懐かしい気持ちになっていた。過去にも経験のあるこの感覚。これはそう遠くない昔、あちらの世界に居た頃に感じたものと同じだった。平時は馬鹿らしい言動も多かったが、いざ戦いとなればアーデルハイトを信頼して従い、迷った時には背中を押してくれる者達があちらの世界にも居たのだ。


「普段はふざけている癖に偶に良いことを言う辺り、あなた方は公爵家の騎士団員とよく似ていますわね」


『へへっ』

『よく言われる』

『戦うとクソ弱いけどいいですか?』

『お、俺は現役探索者だから弱くねーし!』

『おう、じゃあアデ公と比べてみろよ』

『クソ雑魚ナメクジです……』

『異世界方面軍ファンの呼び名が決定した瞬間である』

『クソ雑魚ナメクジかぁ……』

『そっちじゃねぇんだよww』


「大変気分がよろしくてよ!あなた方を異世界方面軍所属アーデルハイト騎士団員として認めて差し上げますわ!」


『いぇえええい!』

『給料出ますか?』

『出ねぇよ!』

『俺達が払うんだよ』

『まだ払えねぇんだよなぁ』


「となれば、団長たるわたくしも格好悪いところは見せられませんわね。次の階層主はわたくしに任せていただきますわ!」


 言うが早いか、アーデルハイトは紫月しずくとクリスを置いて前方へと駆けてゆく。そうして先行している魔女と水精ルサールカへと追いつくと、スズカに何事かを伝えている様子。恐らくは希望通りに次の階層主を任せてもらえることになったのだろう。後方へと戻ってきたアーデルハイトの表情はやる気に満ち溢れていた。


「というわけで次はいよいよ私の出番になりましたわ!」


「おぉ、期待」


 ふすふすと鼻息荒く報告するアーデルハイトに、普段は物静かな紫月しずくも少し興奮気味だった。彼女は魔女と水精ルサールカの情報担当として、アーデルハイトの配信を見て以来ずっと考えていたことがあった。それはアーデルハイトがこれまでに見せてきた異様な戦果だ。

 魔狼ワーグと戦えば拳骨一つで骨を折り、ゴーレムと戦えば木の棒で両断してみせる。高速で逃げる蟹に迫っては生け捕りにし、ローパーと戦えば蟹を放って爆破する。果てはガラクタのようなナイフで巨大な蟹を切り捨てて見せた。


 戦う度に理解不能な結果を出してきたアーデルハイトのそれは、圧倒的な身体能力に物を言わせたゴリ押しなのか。それとも自分達では推し量ることも出来ない程の高度な技術によるものなのか。

 恐らく自分達とアーデルハイトの間には、想像していたよりも遥かに実力差があるのだろう。一瞬でついてしまった決着のおかげで、先のクオリアとの模擬戦では何も理解らなかった。これがレベルアップすら経験していないというのだから、異世界出身を設定だと思いこんでいる紫月しずくからすれば、アーデルハイトはもはや不思議生物以外の何者でもなかった。


 しかし魔物との戦いとなれば何か理解るかも知れない。相手が例え低層の階層主だとしても、基本スペックで言えばクオリアやスズカよりも遥かに高いのだ。そんな強力な魔物を試金石とし、戦うアーデルハイトをこの眼で観察する。そうすれば、全容とは言わずとも彼女の実力の一端は知れるだろう。カメラ越しでは理解らない部分も、この眼で見ればまた違った発見がある筈だ。

 物静かな性格とはいえ、紫月しずくもまたスズカ達と同じように力を求める探索者だった。強くなるためのヒントをアーデルハイトから得られるのではないか、そう考えていたのだ。その上で、果たして自分達は彼女と同じ域にまで到達することが出来るのか。それを知りたかった。


 そんな風に考えていた紫月しずくではあるが、彼女はアーデルハイトの配信を全て見た訳では無い。戦闘シーンこそ切り抜きで全て視聴したものの、雑談枠や道中の言動まではまだ見ていなかったのだ。情報担当としては当然全てチェックしたかったのだが、一つ一つの動画は数時間あるのだ。動画の総本数こそ少ないものの、自分達の探索業の合間を縫って視るには流石に時間が足りなかった。

 そんな紫月しずくの知らないアーデルハイトを良く知る視聴者達は、やる気を見せるアーデルハイトに対して紫月しずくとは違った感想を抱いていた。


『嫌な予感がする』

『しずにゃんが期待している展開にはならない気がする』

『今のところアデ公が真面目だったのはゴーレムと巨大蟹のときだけ』

『つまり曲がりなりにも剣状のものを持っていたときだけである』

『異世界殺法の匂いがする』

『お散歩フェイズのテンションが戦闘に反映されるからな』

『退屈からのテンションUPからの素手』

『スリーアウト』

『乳と尻が見れるなら俺はオッケーです』


 すっかり期待に胸を膨らませている───膨らませるほどの胸は無いが───紫月しずくは、ただその眼でアーデルハイトの秘密を暴いてみせると意気込むばかりで、そんな視聴者達の不穏なコメントを眼にすることは無かった。




 * * *




「さてさて、お手並み拝見といこか」


「お手並みはもうさっき拝見したけどね!」


「あれは仕方ないわよぉ。スズカでも無理でしょぉ?正直、何をされたのかよく理解らなかったもの。軽く手で払われたかと思ったら視界が暗転してそれっきりよぉ?」


 くるるがクオリアの方へちらりと視線を送りながら、スズカの言葉を訂正する。水を向けられたクオリアは恥ずかしそうにしながらも、魔物の血で濡れた得物を地面に突き立てて弁明する。

 なお魔女と水精ルサールカメンバーのそれぞれの武器は、スズカが長柄の戦斧、クオリアは盾と長めの片手剣。くるるが二本のダガー、紫月しずくが狙撃銃である。


 余談だが、ダンジョン攻略用の武器として銃器はあまり一般的ではない。ダンジョンが出現した当初は当然ながら銃器による攻略が行われていたが、いくつかの事情によって現在はすっかり廃れてしまっている。

 そもそもの話だが、ダンジョンは大人数による攻略がほとんど不可能、或いは無意味であった。ダンジョン内は広場はともかくとして、通路は道幅が狭いことが多い。また、脇道から突如として魔物が現れることも多いため乱戦になりやすい。そんな閉所では一度に戦える人数が限られるどころか、互いの邪魔にしかならないのだ。当然、そんな状況で銃など撃てるはずもない。故にダンジョン攻略は4~5人程度が適切だと言われている。


 さらに言えば、ダンジョン内へ一度に持ち込む事のできる荷物はそう多くない。重量がある上に使い切りである弾薬は、補給が出来ないせいで継戦能力に難があった。ならば荷物持ち専門の者を連れていけばよいのではと誰もが考えたものの、前述の通りダンジョン内では前後左右、果ては天井や地中からも魔物が現れる場合がある。おまけに理由は不明だが、魔物は非戦闘員を優先して狙う傾向があった。そういった事情から、挟撃に遭ってしまった場合に非戦闘員を守りながら戦うのは困難を極める。過去、実際に荷物持ちを試した際には、戦闘員・非戦闘員に拘わらず多くの被害を出してしまったのだ。


 そしてこれが銃器が使用されない最も大きな理由。

 単純に、近代兵器は魔物に対して効果が薄いのだ。理由は未だ不明だがとにかく効きが悪い。具体的な例を上げれば、最弱の魔物とも言われるゴブリン三匹を倒すのに、自動小銃でワンマガジン撃ち切ってようやくといったレベルである。これではあまりにも効率が悪く、一体いくつ弾倉を持ち込めばいいのか分かったものではない。

 威力の高い狙撃銃であれば一発で倒せるものの、当然ながら弾は小銃よりも大型になる。何より銃身自体も大きくなるため取り回しが悪い。


 これが全ての理由という訳では無いが、軍隊がダンジョン攻略を行わない理由の一つであるのは間違いない。ともあれ、そういった諸々の事情から銃器が使用されないのだ。それでも紫月しずくは狙撃銃を愛用しているのには理由があるのだが、それはまた別の話である。


 ともあれ、現在一行は15階層の最奥までやって来ていた。

 そして先の約束通り、魔女と水精ルサールカのメンバーは全員で広場の中央へと視線を向けている。

 その視線の先にはまるで緊張した様子のない普段通りのアーデルハイトと、彼女に対峙する数体の魔物。そして巻き込まれるのでは?と思えるほどの距離でカメラを向けるクリスの姿があった。


 アーデルハイトに対するは人程の大きさもある蟻だった。数はおそらく20体を超えるだろうか。黒光りする甲殻は見るからに強固で、矢や銃弾など簡単に弾き返してしまいそうに見える。そんな蟻達の中心部には一体の異なる姿をした魔物の姿があった。下半身が蟻で上半身が女性という異様な出で立ちに、周囲の蟻達とは違って乳白色混じりの甲殻。一回りほど大きい姿から、それが群れの王であることは容易に想像が出来た。

女王蟻ミストレス』と呼ばれるその蟻は、個としてではなく群としての力を持つ魔物だ。女王蟻は単体の魔物としてそれほどの力を持たないが、周囲を取り囲む多数の兵達が彼女の命令一つで即座に獲物へ襲いかかる。女王を倒さなければ彼等は際限なく増え続け、消耗を強いられた探索者達は必死に逃げるしかなくなってしまう。

 数は時として個の暴力を上回るのだ。『女王蟻ミストレス』はそれを体現した魔物だと言えるだろう。


 魔女と水精ルサールカがこの階層を突破する際に活躍するのが紫月しずくだった。女王の頭部は甲殻で覆われておらず、スズカ達が兵達の相手をしている隙に紫月しずくが狙撃で仕留める。それが彼女達の定石だった。女王さえ倒してしまえば兵達は霧散するため、如何にして女王を素早く倒すかが攻略の鍵と言えるだろう。

 しかし今回はアーデルハイト一人での戦いだ。蟹も中年も居ない今、彼女には遠距離攻撃が無い。故に魔女と水精ルサールカの面々は、如何にアーデルハイトといえど苦戦するのではないかと考えていた。


「では、わたくしが簡単な蟻の駆除方法をお教え致しますわ!」


 しかし、そんな魔女と水精ルサールカの心配などどこ吹く風。アーデルハイトは意気揚々と前に歩み出て、いつものようにお決まりの台詞を吐いていた。


『あっ』

『あっ』

『やっぱ異世界殺法だったかぁ』

『もうその台詞は信じないぞ』

『異世界殺法いくつあるんだよw』

『言うて今回は投げ物もないしキツくない?』

『相変わらず敵が目の前に映ると緊張する』

『ほう、士道不覚悟ですかな?感心しませんな』

『武士と騎士は違うんですがそれは……』


 普段は調子の良いコメントを投げる視聴者達が、いざ敵を前にするとそわそわしだすのもすっかりお決まりの流れとなっていた。とはいえ彼等の反応は普通だ。異世界方面軍に限らず、どの配信チャンネルでもやはり魔物との戦いは緊張感が増すものである。むしろ多少なり冗談を飛ばせているだけもまだマシだと言えるだろう。


「結局のところ彼等の一番の武器はその数。仲間の死をものともせずに一丸となって襲いかかってくるのはとても脅威的ですわ。ですが指揮系統がハッキリしているせいで崩れるのもまた一瞬。というわけでそこを突くのが最も楽ですわね」


『あれ、意外とまともなこと言ってるな』

『様子がおかしい』

『まぁ確かにそれはそう』

『一応セオリー的にはそう言われてるよね』

『アデ公のIQが上がった!』

『悲報 騎士団員がクソ失礼』

『待て、俺はもうこの後の流れが読めたぞ』


 訝しむ視聴者達を他所に、アーデルハイトがまるで準備運動でもするかのように足の爪先で地面を蹴る。その直後、地面を踏みしめた右足によって地面に亀裂が入った。一体どれほどの脚力があればそうなるのか、アーデルハイトは蟻達の頭上数メートルの高さまでただの一足で到達した。

 飛翔の軌道は寸分の狂いもなく『女王蟻ミストレス』の方へ。ジャンプの勢いをそのままに、アーデルハイトが女王の頭上から鋭い蹴りを振り抜いた。あまりにも鋭すぎるそれは彼女が木の棒を素振りした時と同様に、蹴りの軌道すらはっきりと捉えられない程の速度だ。視聴者達からはただアーデルハイトの右足がブレて消えたようにしか見えなかった。

 後に残ったのは、何をするでもなくただ首を失った『女王蟻ミストレス』の姿と、未だ状況を把握出来ずに女王からの命令を待ち続ける兵達の姿だった。


 それはアーデルハイトの宣言通り、周囲の兵など一切無視した首狩り戦術だった。やっていること自体は魔女と水精ルサールカの攻略法とそう変わらない。確かに、最も単純で最も効果的な討伐方法と言えるだろう。問題があるとすれば───


「と、まぁこんな感じですわ」


『出来るか!!』

『誰が出来るんじゃボケェ!!』

『めっちゃ揺れた』

『やっぱり簡単じゃなかった』

『今の蹴り見えなかったぞw』

『うぉおおおおアデ公最強!アデ公最強!』

『流石団長!俺達には出来ないことを平然とやってのける!!』

『マジで誰も出来ねぇんだわ』

『継承者はただ一人、これが異世界殺法である』

『やっぱ上下運動はいいな、心が洗われるようだ』

『汚れまくってるだろw』

『階層主の出番これで終わりぃ……?』


 もはやお決まりとなったアーデルハイトのドヤ顔に、やはりお決まりのように視聴者達がツッコミを入れる。本来であればそれなりに白熱するであろう戦いも、アーデルハイトにかかってしまえばこの通りである。

 無論討伐にあたったのが魔女と水精ルサールカだったとしても結果は変わらなかっただろう。そこらの探索者であれば苦戦するであろう階層主も、彼女達であれば危なげなく討伐してみせたに違いない。しかしたった今見せられた光景のように、ただの一撃であっさり倒せたかと言えば応えは否である。


「……くるるやったらあれ出来るか?」


「あはははは!無理に決まってるじゃん!何メートル跳んでんのさ!」


「動画では見てたけど、やっぱり実際に見ると恐ろしいわねぇ……」


「身体能力が高すぎる。私達とは前提条件が違う」


 アーデルハイトの戦いを傍から眺めていた魔女と水精ルサールカの面々が、広場の入口で口々に感想を述べていた。当然ながら魔女と水精ルサールカ側の配信視聴者達も大盛り上がりであり、この一戦でアーデルハイトは見事に実力を示してみせたといえる。

 そうして実際に自らの眼で見たアーデルハイトの意味不明な戦いぶりに、四人が唖然としていた時だった。女王を討たれ散ってゆく兵達を他所に、アーデルハイトが何やら広場の中央へと小走りで駆けていくのがスズカには見えていた。一仕事終えてこちらに戻ってくるのかと思いきや、どうやら何かがあるらしい。一体何事かとスズカがアーデルハイトの先へと視線を移動させれば、そこには大きめの質素な箱が鎮座していた。


 ダンジョン内で階層主を倒した際、稀にこうして宝箱のようなものが現れることがある。その他、ダンジョン内に隠されていることもあれば、堂々と道の真ん中に設置されている場合もある。当然ながら仕組みは全く理解らないが、ダンジョンが発見されて以来度々報告されている現象だ。まるでゲームや作り話のように都合のいい現象故に、当初は随分と怪しまれていた。しかし数十年経った今となっては、所謂ドロップアイテムや討伐報酬的なものだとして世間からは既に受け入れられており、中に入っているアイテムは探索者の主な収入となっている。


 しかし、スズカは非常に嫌な予感がしていた。彼女のこういった野性的な勘はよく当たる。これまで何度もパーティーを救ってきたその感覚が、あの宝箱は危険だと彼女に訴えかけていた。


「姫さん!!ちょい待─────」


 慌ててアーデルハイトを制止するも、しかし既に遅かった。

 満面の笑みで宝箱を開いたアーデルハイトと、それを撮影するために近づいていたクリスの足元には、光り輝く紋様が浮かび上がっていた。地面を彩る紋様は激しい光を撒き散らし、ほんの一秒も経たないうちに二人を包み込む。


「あっ」


「あ」


「あらぁ」


 魔女と水精ルサールカのメンバーが見守る中、徐々に光が収まってゆく。そこには既にアーデルハイトとクリスの姿はなく、ただ空になった怪しげな箱が残されているだけであった。

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