第116話 天音ちゃん
「と、いうわけなんスよ」
「あらまぁ……それは大変ねぇ」
愚痴るような
旦那が仕事で家を空けることの多い都合で、彼女には自由な時間が多い。かつ、七々扇夫妻には子供も居ないため、年の離れたアーデルハイト達のことをよく気にかけてくれるのだ。このマンションに引っ越してきて以来、異世界方面軍の面々はなにかと彼女の世話になっていた。
余談だが、彼女達が初めて出会った時、「これほどのマダム感を持つ方が、最上階に住んでいないのは怪しいですわ」などとアーデルハイトが言い出したことがあった。ひどく偏見に塗れた言い草ではあったが、クリスも
そうして尋ねてみたところ、実は七々扇夫妻は元々は最上階に住んでいたそうだ。今は空き部屋となっているアーデルハイト達の隣の部屋がそうだ。が、天音が趣味で行っている占いにより、現在はひとつ下の階に移り住んでいるとのことである。占いで何が見えたのかを聞いても、「あらあら」「まぁまぁ」で誤魔化されてしまうので詳細は不明である。閑話休題。
案件動画の編集と投稿を終えた
そんな
「どう考えても間に合わないんスよねぇ……ダンジョンに気を取られすぎたッス」
ダンジョン配信や動画投稿等、ここ最近は忙しくも楽しい数ヶ月を送っていた
そういった様々な要因が積み重なった結果、ほぼ詰みの状態が生まれたというわけだ。はっきりと言ってしまえば、完全に
本はまだほんの数ページしか完成しておらず、とてもではないが完成まで持っていけるような状態ではない。アーデルハイトの意外な才能は嬉しい誤算だったが、とはいえ所詮は素人だ。ほとんどクリスと
だが当選通知自体はもう届いてしまっている。このままでは確実に新刊を落とすことになり、少ないながらも応援してくれているファン達を落胆させてしまうだろう。商業ではなく趣味で行っている同人活動だからこそ、同好の士であるファン達を落胆させることが最も辛いのだ。
「前に作った本を再販するのは駄目なのかしら?」
「やっぱそれしかないッスかねぇ……既刊をコピー本で出すなら、三人でも間に合うッスけど……ぬぁー!新刊を落とさないのがウチの取り柄だったのに!!」
「あらあら……まぁまぁ」
頭を抱えて天井を見上げる
細々とやってきた同人活動ではあるが、クリスと出会う前から、彼女は毎回必ず新刊を仕上げて並べていた。売れようと売れなかろうと、ファンに喜んでもらうという一点のみが、同人作家としての
ましてや、今はもう顔が割れてしまっている。
参加の告知こそまだしていないものの、会場に行けば、
実際にはそれほど大したことにはならないであろうが、今の
そんなぐったりと落ち込んだ
「
「う……まぁ、そうッス。改めて言葉にされるとめっちゃ恥ずかしいッスけど」
「なら、他に喜んでもらう方法を考えればいいんじゃないかしら?」
「他の方法……ッスか?」
天音の言葉に、テーブルに突っ伏した
「そう。例えば買いに来てくれたお客さんに、何か簡単なプレゼントを渡すとか」
「プレゼント……グッズとかッスか?」
「それは私には分からないけれど……とにかく、来てくれたお客さんが喜んでくれるような何かを用意しておけばいいのよ」
「うーん……何かあるッスかねぇ……」
「あっ、そうだわ!
まるで良いアイデアを思いついたとでもいうように、にっこりと笑いながら、天音が手を打った。売り子がコスプレをするというのは、今ではあちこちで行われていることだ。華があるし、イベント感も強くなる。そして何よりも、売上に多大な影響を及ぼすのだ。故に、その為だけにコス売り子を雇うことも今では珍しくない。確かに既製品の衣装を使えば、間に合う。
とはいえ、だ。
そして
新しいことをするのにはいつだって勇気がいる。それは
その時は、親友であるマユマユに相談した。
彼の『好きなことやればいいんじゃん?』という一言がなければ、きっと同人活動をはじめることなどなかっただろう。魔法習得の決断を迫られたときもそうであったように、
そしてそれは、今も変わらない。
「あー……いやぁ、ウチがコスプレしても……」
がりがりと頭をかきながら、
「天音ちゃん!!お茶の時間ですわよー!!」
元気の良い声と共に、ジャージ姿のアーデルハイトがリビングへと飛び込んで来る。小脇に肉を抱え、肩に毒島さんを乗せた姿で。
「あらあら、アーちゃんは今日も元気ねぇ」
「わたくしは今日も高貴ですわよ!!……あら?ミギーも来てましたの?なんだかシワシワですわね?」
そんな普段通りのアーデルハイトを見て、
彼女達がいるのなら、自分だけではないのなら。きっとファン達も喜んでくれるのではないだろうか。肉の尻を叩いて天音に見せびらかすアーデルハイトを見て、そう思えた。
「お嬢、実はお願いがあるんスけど───ウチらでコスプレ、やらないッスか?」
だがそれでも、
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