第115話 エクストリームダンジョンバレー

 白の代名詞といえば、やはりドレスだろうか。

 純粋、神聖、無垢、或いは清廉な印象を受ける色だ。


 金といえば豪華で煌びやか。そして威厳と気品を感じさせる色だ。


 そして赤。自信と闘争、勇気と炎の色。


 これらは全て、ローエングリーフの装飾にも使用されている色だ。つまりそれは、アーデルハイトを象徴する色でもあるということ。謂わばイメージカラーだ。

 白はアンキレーの色でもあり、金はアーデルハイトの髪色でもある。『聖炎』を操る彼女には、赤がよく似合う。アーデルハイト専用の衣装を作る時、これらの色は外せなかった。


 全体的な印象は白。そこに金と赤による装飾が施されていた。ごちゃごちゃと飾り立てることのないそれらは、主張しすぎず、目立ちすぎず、しかし確かな存在感があった。シンプルでありながらも高級感を損なわない、それでいてアーデルハイトを引き立てる、正に彼女の為にデザインされた衣装ジャージと言えるだろう。


Luminousルミナス』の、しかも橘一颯いぶきが手ずからデザインしたオーダーメイド品である。金額にすれば上下合わせて60万円近くにもなる、紛れもない一級品だ。そんなジャージに袖を通し、アーデルハイトは伊豆ダンジョンの第一階層へとやって来ていた。


「みなさんどうですの!?このわたくし専用の新ジャージは!!」


 カメラに向かってそう語りかけるアーデルハイト。くるりと回ってみせ、しっかりと背面デザインも披露する。もちろんこれは録画なので、視聴者からのコメントなどはない。リアルタイムで反応が返ってくる配信とは異なり、動画の撮影とは一種の芝居のようなものだ。『こういう反応があるだろう』という想像を元に、演者は台詞を作ってゆく。或いは、台本を用意してその通りに進めてゆく。


 しかし異世界方面軍の動画撮影には台本がなく、普段行っている配信と同じ形式であった。つまりはアーデルハイトに好き放題させるスタイルである。問題があれば後から編集出来るということを考えれば、いつもの配信よりも安心感があるといえる。


 そして台本がないということは、こうしてカメラの前でくるくると回っているアーデルハイトの喜びが本物だということだ。ちなみにみぎわは地上待機組であり、今回は激しい戦闘を行う予定もないため、撮影は自動追尾カメラによって行われている。


「お嬢様、砂煙で何も見えませんよ。速度を落として下さい」


「くるくる」


「グッドです」


 カメラの画角外でなにやら準備をしていたクリスが、砂を撒き散らしながら回転するアーデルハイトへ注意を行う。彼女もまたいつものメイド服とは異なり、見慣れぬジャージを着用していた。アーデルハイトとは対象的に、黒を主体としたシックな印象を受けるジャージだった。


 普段はメイド服でダンジョンに赴いているために、どこかきっちりとした印象を与えがちなクリスだが、実は家では芋ジャージ姿でいることが多かったりする。とはいえ、アーデルハイトが初めて着用したジャージが彼女のものであったことを考えれば、それほどおかしなことではない。


 そんな彼女が準備していたのは、高さが2m程の大きなネットであった。ジャージの宣伝となると、最も伝えるべきなのはやはり動き易さだろう。最も簡単なのは───本来は簡単な事ではないのだが───やはりジャージ着用での魔物討伐だろうが、それはもう既にやってしまっている。動画を撮る以上は、やはり新鮮さが必要だった。


 そう考えた結果、採用されたのがこのビーチバレーであった。ジャージといえばスポーツだろうという安直な考えから生まれた企画ではあるが、新鮮さという意味では悪くない。これまでに異世界方面軍が投稿した動画では、異世界サッカー等の怪しい競技を除けば、スポーツはまだ行っていなかったのだから。


 しかし、ただスポーツを行うだけでは面白みに欠ける。やはり探索者である以上、何かしらのダンジョン要素を入れたかった。そうして考案されたのが、この『エクストリームダンジョンバレー』である。


 基本的なルールは二つだけ。


 1、ボールは2タッチまで可能。

 これは一対一で行う以上どうしても必要なルールだった。


 2、相手への攻撃あり

 これは全く必要のないルールだった。


 当初は前者のルールしかなかったのだが、それではただダンジョン内でバレーをしているだけなのではないか。戦闘を生業とする探索者である以上、何かしらの探索者要素をいれるべきだ。というみぎわの言葉から追加された、不穏極まりないルールである。

 実際にはダンジョン内でビーチバレーをしているだけでも十分に怪しいのだが、そこは流石の異世界式といったところか。普段からアーデルハイトとクリスを見ているみぎわは、すっかり感覚がおかしくなっていた。


「準備出来ましたよ、お嬢様」


「ふっふっふ!こちらの世界に来てから貴女の腕が鈍っていないか、わたくしが見て差し上げますわ!!」


「お嬢様こそ、お煎餅ばかり食べていた所為で動きが鈍っているかもしれませんよ」


 などと互いに挑発し、無駄に闘志を燃やす主従二人。

 こうして、案件動画の皮を被った異世界バレーが始まったのだった。




 * * *




「───ッ!!なんだこの音!?魔物か!?」


 世界で初めて制覇されたとされる伊豆ダンジョン。

 階層主が出現しなくなり、全階層を通して資源の産出量が増加しているとの発表が、つい先日協会から正式に行われたばかりだ。その影響か、普段は別のダンジョンの探索を行っている探索者達が伊豆を訪れるケースが増えていた。

 戦闘能力があまり高くなく、階層主を倒すほどの実力がない探索者。或いは、資源採取を主としている研究系の探索者。内訳は様々だが、とにかく伊豆の人気は急上昇中である。


 伊豆の第一階層が、だだっ広い砂浜と海(のような水場)が広がる階層だというのは、ここ最近では有名な話となっていた。出現する魔物は、速いだけで積極的に襲いかかってくることのない蟹のみ。資源の産出量が増加した今、それなりに稼げて比較的安全な場所、というのが探索者界隈での共通認識だ。


 そんな彼らが最初に足を踏み入れた第一階層では、怪しすぎる光景が繰り広げられていた。


 最初に聞こえたのは、くぐもった爆発音だった。

 探索者達が音のした方へ視線を向ければ、天高く舞い上がる大きな砂煙が見える。よくよく目を凝らして見れば、二人の人間がネットのようなものを挟んで対峙していた。


「オイ、なんだアレ」


「わからん……例の蟹とやらか?」


「遠くてよく見えないけど……魔物じゃないような……」


 ダンジョンとは何が起こるかわからない危険な場所。それが探索者にとっての常識だ。如何に伊豆の上層は危険度が低いなどと言われていても、例外というのはいつだって起こりうる。渋谷Dで発生したイレギュラーがまだ記憶に新しい今、彼らの脳裏にはそんな『例外』の二文字が過ぎっていた。


 彼らは戦闘が得意ではない探索者パーティだった。

 これが魔女と水精ルサールカのようなベテランパーティであったなら、魔物によるものではないとすぐに分かっただろう。だが彼らはレベルアップも殆ど経験していないパーティだ。聴覚や視覚が強化されているわけでもなく、経験もそれほど多くない。故に困惑する。そして迷う。確認するために近づくべきか、それともすぐに撤退するべきかを。


 そうこうしている間にも、謎の爆発音は絶えず響き続ける。挙げ句、時折「ぐわーっ!」などといった叫び声のようなものまで聞こえてくる始末だ。


「なに!?何の声なの!?」


「ど、どうする?これじゃあ話と違うぞ」


「と、とりあえず、ひとまず、落ち着いて。一度戻るべきだ」


「そうよ、入り口はすぐそこだし、一度協会に報告しましょう!」


 探索者は危険を感じたらすぐに撤退するべきだ。

 協会から発信されている探索の基本に従い、そうして彼らは引き返す。


 その後、報告を受けた協会はイレギュラーの可能性を視野に入れ、数人の探索者を第一階層の調査に出した。そうして数時間後、発見されたジャージ姿の二人組は、支部長室でこっぴどく叱られたのであった。

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