第117話 流れるようなアポ取り

「というわけで、いくつか適当に買ってみたんスけど……」


 そう言ってみぎわがジト目を向ける先には、ドレス風の衣装をまとったアーデルハイトの姿があった。あちこちがぱつぱつに張っており、今にもボタンが弾け飛びそうである。


「ダサぁ……」


「うーん……まぁ既製品だと、こんなものですよねぇ」


 今アーデルハイトが着用しているのは、某魔法少女アニメの公式グッズとして販売されている衣装である。しかも主人公である魔法少女の衣装ではなく、敵方の着ているダークなドレス系衣装である。しかし、届くなり試しに着てみたはいいものの、明らかにモデルと衣装のバランスが悪かった。似合っている似合っていないの問題ではなく、単純に衣装のクオリティが足りていないのだ。生地は薄く、色味も薄い。装飾はどこか安っぽいし、全体的に玩具っぽい印象を受ける。

 アーデルハイトが着ればどんな衣装も映えるだろう、などと考えていたみぎわ達であったが、現実はそう甘くはなかった。


「……胸がきついですわ。今は『アーデ』と『ルハイト』状態ですわ」


「意味はなんとなく分かりますが……とりあえず脱ぎましょうか」


「もはや身動き一つとれませんわ……ふんぬ!」


 アーデルハイトの気合と共に、ばつん、という弾けるような音が彼女の胸元から鳴った。


「あ」


「ふぅ、すっきりですわ」


 無惨な姿に変わり果て、脱ぎ散らかされた衣装はそのまま肉に奪われ、リビングの隅のほうで毒島さんとの奪い合いが展開される。そんな二匹を横目に、みぎわは小さく息を吐いた。


「はぁ……いいアイデアかと思ったんスけど、やっぱ駄目ッスかねー……」


 そもそもの話、今回みぎわがイベントで並べる予定の本は過去に彼女が制作したものだ。そしてその内容は、版権物ではなくオリジナルだ。つまり公式衣装など元々存在しないのだ。


 だからといって今から自作したところで、三人分の衣装など間に合うはずもない。今回のコスプレ売り子作戦は、新刊が間に合わなかったから計画した、謂わば代案である。その代案も間に合わないというのでは話にならない。

 更に言えば、みぎわには洋裁の知識がなく、一から自作するとなると完全にクリス頼みとなってしまう。アーデルハイトなどは『試したことはありませんけど、普通に出来るのではなくて?』などと自信満々に言っていたが。実際アーデルハイトならばやりかねないが、それでも所詮は素人だ。


 故にみぎわは、比較的デザインの近しい衣装を購入し、各部に手を加えることで対応するつもりだった。やるからには拘りたかったし、本音を言えば一から自作したかった。コスプレとは、謂わばその作品への愛とリスペクトの表現だ。故に世のコスプレイヤー達は、手間暇をかけて衣装を自作する。既製品など邪道だ、作品への愛が足りない、などと言う過激派も居ると聞くし、みぎわ個人としては一理ある意見だとすら思っている。


 だが、素人作業では時間が足りないのだから仕方がない。それに、既製品を改造してコスプレを楽しんでいる層も沢山いるのだ。楽しみ方はそれぞれの自由だし、その程度の作業であれば、クリスに二人の素人を加えれば十分間に合うと考えていた。


 そう思って試してみたのが、今の有様だった。

 サイズは合わない、クオリティは足りない、デザインはなんとなく似ているだけ。ある程度は想定していたが、想像以上に酷い有様だった。七々扇天音から聞いたときは良いアイデアだと思ったのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。


「どうするッスかねぇ……」


 そうして頭を抱えて悩むみぎわだが、アーデルハイトはといえば、不思議そうな顔でみぎわを見つめていた。


「というか、衣装のことならクロエに頼めばよろしいじゃありませんの。折角出来た伝手ではありませんの」


「クロエさんというと、先日二人が訪問した、Luminousの店長さんのことですか?うーん……」


「いやぁ、今回のは完全に趣味というか、配信に使う衣装じゃないッスからね……向こうもビジネスですし、そもそも『Luminous』は人気ブランドッスよ?ウチらの個人的な趣味に付き合ってくれるほど、あちらさんも暇じゃないッスよ」


 異世界方面軍と『Luminous』が契約関係にあるとはいえ、それは歴としたビジネスでの話だ。Luminousの衣装を着てアーデルハイト達が配信、或いは動画を撮影することで、彼らは宣伝効果を得る。そのための衣装提供なのだ。

 だが今回は完全に趣味の一環である。如何に顔見知りといえど、ビジネスパートナーに趣味を手伝わせるなどあり得ない。現代日本人のみぎわからすれば、殆ど言語道断である。


「駄目ならまた別の手を考えればいいではありませんの。聞くだけなら別に問題ありませんわ。それに彼女には一応、貸しのようなものもありますし。というわけで早速連絡ですわー」


 言うが早いか、妙に滑らかな手付きでスマホを操作するアーデルハイト。つい先日クリスに買ってもらった最新機種である。漸く、というべきか。念願のスマホを手に入れたアーデルハイトは、初日からベッドの中でしこたまいじくり倒した。おかげで基本操作はすっかりお手の物である。


「ちょ、お嬢マジ?気軽過ぎねーッスか?」


「というか、ちょっと引くレベルでスマホを使いこなしてますね……」


「電話とは便利なものですわね……帝国にもこれがあれば───あ、もしもし?クロエさんですの?わたくしですわ!───え?動画?……あら、それは重畳ですわ。ところで、明日そちらに伺ってもよろしくて?───そうですの?ではお昼頃に伺いますわ。ええ、それではまた」


 クロエと連絡がついたのだろう。

 殆ど世間話のような、およそビジネス相手との通話とは思えないような会話が聞こえてくる。そうしてアーデルハイトはそのままいくつかの言葉を交わした後、スマホを耳から離した。


「というわけで、明日のお昼にお店へ行きますわよ!!」


「だそうですよ。良かったですねみぎわ


「……流れるようなアポ取り、ウチじゃなきゃ見逃しちゃうッスね」




 * * *




 そうして翌日。


「もちろん構いませんよ」


 特に悩んだ様子もなく、クロエは二つ返事で承諾してくれた。


「ほら」


「え、マジッスか?」


 ドヤ顔で振り向くアーデルハイトの表情が憎たらしい。だがどういうわけか、アーデルハイトの言った通りの展開だった。クロエはクロエで、まるで当たり前のような顔でいる。


「例のあのイベントで、皆さんがコスプレをするんですよね?それなら宣伝効果は申し分ないですよ。私は今、特に急ぎの仕事もありませんし」


「いやでも、コスプレエリアじゃないッスよ?ただの売り子でやるんスよ?」


「皆さんレベルなら、場所はどこでも関係ないと思いますけど……まぁ兄はこの手の衣装作りが苦手なので、私でよければ、ですけれど」


 クロエ曰く、どこで何のコスプレをしようと、アーデルハイト達が行うのであれば注目を浴びるのは間違いない、とのこと。その際、『Luminous』で外注したことをアピールしてもらえればそれで十分らしい。

 異世界方面軍は全員顔が割れているし、仮に無名であっても目を奪われずには居られないだろう。ダンジョン制覇を成し遂げた今、その注目度は輪をかけて高い。故に『Luminous』としては、むしろ願ったり叶ったりの申し出だという。それどころか、壁でもない島中でそんなことをして大丈夫なのか、などという心配までされる始末であった。


 みぎわとて、自分達の注目度が急上昇していることは認識していた。だが自己肯定感の低さからか、いつの間にか過剰に低く見積もっていたらしい。確かに言われてみれば、自分だけではなくアーデルハイトとクリスまでいるのだから当然だった。


「それにご存知かと思いますが、うちは特殊な衣装も取り扱ってますから。今回みたいなコスプレ衣装の制作依頼も、極稀ですがありますよ。私が直接制作の指揮を、というのは初めてですけれど」


「うぉぉ……マジッスか……」


 みぎわの予想に反し、思っていた以上に乗り気な様子のクロエ。どうやら本当にコスプレ衣装を作ってくれるらしい。それも彼女自らが、だ。


 異世界方面軍の面々は知らないことだが、そもそもクロエが服飾の道を志した理由が、何を隠そうアニメや漫画に出てくる可愛い服を着てみたい、というものであった。もちろん兄の影響もあるが、それ以上に、幼い頃見ていたキャラクターの衣装に憧れて、というのが大きい。故に、彼女は今回の話に意外なほど乗り気なのだ。


 普段の彼女は店長兼、一颯いぶきのパタンナーという立場上、個人からの依頼を自ら引き受けることはしない。だがそこはそれ、異世界沼に引きずり込まれている彼女にとって、今回の依頼を引き受けないという選択肢は無い。

 ちなみに『Luminous』のメインデザイナーである一颯いぶきだが、彼は元デザインのある衣装のアレンジが苦手だった。0から1を生み出す才能に特化しているせいか、1に1を足すのが下手なのだ。非常に天才感溢れる弱点といえるだろう。


「ちなみにどのキャラクター衣装なんですか?版権物だと、企業が作るには権利の問題で難しいんですけど……その場合は『Luminous』としてではなく、私個人で引き受けることになりますね。宣伝は出来なくなりますが……まぁ、そんなことはもうどうでもいいんです」


「あ、いや、恥ずかしながら、ウチのオリジナルッス……」


 そう言ってみぎわは、過去に制作した同人誌(エロ漫画)をクロエに差し出す。理解のない相手に行えばただのセクハラとなりうる行為だが、幸いにもクロエはこちら方面に理解のある人間だった。少なくとも、もう『Luminous』の宣伝が出来なくても関係ないと思う程度には、既にクロエは乗り気になっていた。


「あっ、このキャラの衣装可愛いですね!みぎわさんがデザインしたんですか?」


「アッ、ハイ……ソウデス……」


「良いですね!センスあると思いますよ!!」


 本職の、それも実力あるクロエに褒められたせいか、酷く居心地が悪そうにもじもじとたじろぐみぎわ


「うーん、久しぶりにやる気出てきたなぁ!それじゃあ早速、細かい打ち合わせをしましょうか!!」


 そう言ってにっこりと笑うクロエの勢いに押され、みぎわはただ案内されるがままに、店の奥へと連れて行かれるのだった。普段の元気も勢いもない、ともすればしおらしい態度。そんなみぎわの珍しい姿に、アーデルハイトとクリスは目を丸くするばかりであった。

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