第118話 即落ち2コマ(告知回)

「こ、こんみぎぃー」


『!?』

『!!?』

『こんにちハイ……!?』

『何……だと……?』

『ああああ!!ミギーやああああ!』

『まさかの開幕ミギー!?』

『新パターン来たな』

『うおぉぉぉミギー回じゃあああ!!』

『こんみぎーw』

『顔引き攣ってて草』

『ミギーも嬉しいが団長はどこいったんだw』


 ヘラヘラと引き攣った笑顔、ヒクヒクと痙攣する口角に、ぎこちなく曲がったピース。初めての主演配信に緊張したのか、みぎわの顔は大変なことになっていた。以前に顔出しをしたときはあくまでもアーデルハイトがメインで、ほんの少し映るだけだった。だが今回の配信画面には、アーデルハイトどころかクリスの姿も見当たらない。


「えー、今回は告知回ッスゥ……」


 陰鬱とした雰囲気でそう語るみぎわの姿は、普段とは違う───これまでに一度しかカメラの前には出ていないが───オレンジ系のジャージ姿だった。彼女の魔力色をイメージしており、一見派手なデザインだが、各所に使用されている黒のラインが全体の印象を引き締めている。総じて、みぎわによく似合うおしゃれな半袖ジャージだった。

 彼女は前面のファスナーを開けて着用しており、ジャージの下に見える白いTシャツには『電磁波倶楽部』などという謎の文字がプリントされている。


 更に、カメラの向きもいつもと違っていた。

 普段は大鎌の飾られた壁をバックにして配信を行っているが、本日の配信ではバックがガラス戸になっている。ガラス戸の奥には広いルーフバルコニーが映っており、そこではアーデルハイトとクリス、そして肉と毒島さんが何かを行っていた。


 まるで野球のキャッチャーのように、白蛇の鱗を構えるアーデルハイト。そしてクリスが肉の尻を叩き、角を生やした肉が疾走する。肉の尻に噛み付いた毒島さんが尻尾で舵を取り、そのままアーデルハイトの構える鱗へと突進する。鋭い衝突音がカメラの元まで届いた時、肉の突進は見事に鱗を貫通していた。何かの実験なのだろうか、結果を確認したアーデルハイトは大層喜んでいるように見えた。なお、クリスの魔法によって防音処理済みであり、近所迷惑にはならずに済んでいる。


『後ろなにしてんのw』

『背景がうっせぇw』

『アーデル背景w』

『情報量多すぎだろw』

『開始一分でもう意味が分からんの草』

『いつもこんなことしてんのかなw』

『お肉ちゃん生存確認、ヨシ!!』

『団長が楽しそうでなにより』

『肉の火力実験か……?』


 当然の様に困惑するリスナー達だが、みぎわは背景に触れること無く、そのまま話を進めてゆく。


「えー、もう見てくれた人も沢山いると思うんスけど、実は今回、異世界方面軍にとって初の案件動画を投稿したッス。おかげさまでかなり回ってるみたいで、ありがとうございます」


『見たで!めっちゃ面白かったわ』

『案件動画とは思えんほどに笑った』

『エクストリーム異世界バレーなw』

『ジャージの宣伝の筈なのに、それどころじゃないんだよなぁ』

『まじかよ全然気づいてなかったわ。後で見よう』

『クリスが砂と共に消し飛んだのには腹抱えて笑った』

『っていうかLuminousってジャージ作ってるんやな……』

『Luminousってあの、最近流行り始めてる衣類ブランドか』

『ということは、ミギーが今着てるそれも?』

『初企業案件がジャージってのが異世界方面軍らしいなw』


「そッス。そのLuminousッス。宣伝の為にわざわざ三人分のジャージ作ってくれたんスけど、めっちゃ着心地良いッスよコレ。ウチのはちょっと派手ッスけど」


 動画の編集を終え、投稿したのがほんの数日前。しかし、再生数は既に100万回近くにまで達している。ダンジョン制覇直後というもあってか、クロエの予想通り話題性は抜群。この先も伸びていくであろうことを考えれば、案件動画としては大成功といっていいだろう。


 SNSによる告知も行っていたため、既に視聴済のリスナーも多かった。新進気鋭のブランドであるLuminousについても、仮に衣服に興味がなくとも、耳にしたことのある者は多かったらしい。コメント欄での反響はなかなかのものだった。


 余談だが、異世界方面軍が投稿している単発動画で最も再生数が多いのは、一番最初に投稿されたテスト動画、所謂『乳空手(四時間)』である。異世界方面軍ファンの間では既に聖地と化しており、異世界方面軍のウィ◯ペディアには『騎士団員になるには、まずこれを飛ばさずに見ろ』とまで書かれているほどである。


「というわけで、まだ見てない人は是非チェックしてみて欲しいッス」


『ちゃんと販促出来てえらい』

『ミギーの進行も新鮮でいいな……』

『ミギー派の俺からすれば神回』

『ぎこちない表情すこ』

『アーさんとクリスは完全に別世界の美しさみたいなとこある』

『アデ公とかクリスとちがって、なんか落ち着く可愛さだよね』

『なんか地元の彼女的な、ホッとする感じがある』

『あっちはアイドル、こっちは恋人みたいな』

『若干だけど陰のオーラがあるのもポイント高い』

『普通に失礼では……?』


「んぐっ……と、とにかく!!興味が湧いた人はLuminousでジャージを買うのです」


 普段表に顔を出すことのないみぎわは、リスナーからの自分の評価に大きくたじろいだ。あまつさえ、語尾まで怪しくなってしまっている。そうして顔を真っ赤にしながら、みぎわは強引に話を進めることしか出来なかった。これがアーデルハイトであれば特に何も感じることはないだろうし、クリスであれば見て見ぬふりをするだろう。そんなコメントにも素直に反応してしまうあたり、みぎわの演者としての適性はやはり今ひとつなのかもしれない。


 ともあれ、今回はこの件以外にも他にも告知がある。

 それは当然、イベント参加の件だ。みぎわが主導して行っている活動のため、今回は自分で告知しなければならないと考えた。だからこそ彼女は、こうして慣れないことをしているのだ。妙な所で律儀な女である。


「さて、えー……実は、今日は他にもお知らせがあるッス。良い話と悪い話があるんスけど、皆はどっちからがいいッスかね?」


『その二択なら良い話からってのが相場だよなぁ?』

『なんやなんや?』

『もちろん良い方からですよ』

『悪い方はマジでヤバそう』

『このチャンネルのその二択、まじで怖いんだけど』

『この間の素材は全部ダメにしてしまいましたわー、とか平気で言いそう』

『今まさに俺達の目の前で一個ダメになったしなww』

『背景で消費される希少素材さん……』


「それじゃあ良い方からいくッス。えー、実はウチ、このチャンネルを始める前から同人活動を行っておりまして……大きな声では言えない薄い本の頒布とかしてたんスけど……なんというか、まぁ、その、要するに……例のイベント参加しまーす!」


 例のイベントとはコミックバケーション、通称コミケと呼ばれるイベントのことだ。実際に参加したことがない者でも、その名前くらいは耳にしたことがある者が殆ど。それほどまでに知名度の高いイベントである。


 実際のところ、探索者の中にも参加者は多い。探索者といえど所詮は個人に過ぎないのだ。サークル側にしろ、一般参加にしろ、イベント参加は個人の自由である。有名探索者も少なくないし、身近な所で言えば『†漆黒†』の合歓ねむなどがそうだ。ちなみに彼女のサークルは所謂壁サークルだったりする。

 他には企業ブースのゲストとして参加することもあるし、その参加方法は様々だ。何れにせよ、ダンジョン配信者とコミケはかなり近しい関係だといえるだろう。


 だがそんなみぎわの告知を予想出来たリスナーなど、一人もいなかった。なにしろ、これまでの彼女達には全くそんな気配がなかったのだ。つい忘れがちだが、異世界方面軍はまだまだ新参配信者の部類だ。その活動の殆どはダンジョン配信のみであったし、そもそも異世界出身者がコミケを知っているなどとは思えなかった。故に、誰も想像していなかったのだ。


「とはいえ、異世界方面軍としてではないッス。単純に、ウチが以前から趣味で細々とやってた活動なんで。ただ折角なんで、お嬢とクリスにも売り子をしてもらう予定ッス。サークル名は『水際族』ッス。詳細は後日、SNSで周知するッスよ」


 その報せを聞いたリスナー達の興奮たるや、まるで火山が噴火したかのようであった。


『うぉおおぉぉおおぉ!!』

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

『マジ!?』

『待ってたぜェ!!この”瞬間”をよォ!?』

『やべぇだろそれw』

『大 混 雑 不 可 避』

『俺そのサークルの結構なファンなんだけど?』

『オイオイオイ、もしかして生団長に会えるってことか??』

『クリスてゃと会話できる可能性が!?』

『撮影は!?撮影は出来ますか!?』

『マジで良いお知らせだったじゃねぇかクソが!!』

『俺家にそのサークルの本あるんだが??結構ガチめのアレなんだが??』

『わりぃ、俺死んだ』


 もはやみぎわの目では読み取れないほどの、凄まじい速度で流れてゆくコメント。コメントに対して反応することが出来ないみぎわは、興奮冷めやらぬリスナー達を尻目に、そのまま次の話題へと進むことにした。勢いに任せ、誤魔化すように笑顔を浮かべて。


「で、悪い話なんスけど───新刊落ちまーす!」


『は?』

『は?』

『は?』

『即落ち2コマ』

『なにわろとんねん』

『は?』

『大体の経緯は想像付くw』

『この速さで言えば聞き逃すとでも思ったか、たわけ』

『ちょっと……頭冷やそうか』

『屋上へ行こうぜ……久しぶりにキレちまったよ』


 その報せを聞いたリスナー達の冷え方たるや、まるでチンピラか、或いは山賊のようであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る