第119話 うおぉぉ……

 イベント参加の告知から暫く。

 協会からの呼び出しと聴取、素材買い取りの相談、単発動画の撮影や雑談配信など、やるべきことは山積みであった。それらをちまちまと処理しつつも、傍らではイベントの準備を並行して進めてゆく。当日に着る衣装そのものはクロエに任せているが、いくつかの装飾は自分達で制作することにしたからだ。おまけに既刊のコピーも手作業なので、いくら時間があっても足りないような状況だった。


 いつものように遊びに来ていた月姫かぐやの手を借り。そんな月姫かぐやに付いてきた、壁サーの主である合歓の手も借りた。流石というべきか、彼女はイベントの準備など万端整えており、あとはその日を待つのみという状態だった。故に合歓もまた、快く手を貸してくれたのだ。おかげでどうにか目処がたち、小道具やちょっとしたグッズまで用意に着手することが出来たのだ。


 そして今日、異世界方面軍の三人はクロエからの連絡を受け、『Luminous』へとやって来ている。


「うおぉぉ……」


「凄いですわね……こんなに複雑な服を、これほど早く作れるものなんですの?」


「なんというか、流石プロですね……」


 みぎわがデザインしたキャラクターの衣装が、トルソーに着せられた状態で三人の前に並べられていた。そんな三人の反応に満足したのか、クロエはまるで悪戯が成功したかのように笑っていた。


「ふふふ。そんなに驚いてもらえると頑張った甲斐がありますね。でも、これはまだ仮縫いですよ。一度皆さんに着てもらって、ここから細かい調整をしていきます」


「ですの?」


「人の身体というのは、思っているよりもいびつ───というと少し言い方が悪いですね。とにかく、本人も知らないようなクセがあるんですよ。肩の形とか、背中の角度とか、細かいもので言えば骨格や、筋肉の張りとか。違和感なく着られる服というのは、そういった細かい部分まで拘って作るものなんです」


 自分の専門分野だからだろうか、ドヤついた顔でそう語るクロエ。彼女曰く、普通の服ならばここまで細かくは作らないらしい。今回は一から手作りのフルオーダーメイドだからこそ、ここまで拘るのだそうだ。


「なんというか……自分が考えたデザインがこうして形になっているのを見ると……こう、ぐっと来るモノがあるッスね……ヤバい、めっちゃ感動するッス。やっぱプロって凄いッスね……あと、ちょっと恥ずかしい」


 今回の衣装をデザインした───というよりも、キャラクターをデザインした張本人であるみぎわは、感動のあまり、つい普通過ぎるコメントをしてしまう。普段の彼女であればもう少しワードセンスのあるレビューをしていただろうに、どうやら語彙力がどこかへ家出してしまったらしい。


「ふっふっふ。さて、それじゃあまずはみぎわさんからやっていきましょう。私も着替えを手伝いますので」


「あ、う、ウッス……」


 クロエは笑顔のまま、仮縫いの衣装を手にとりみぎわを促す。まさか自分からだとは思っていなかったのだろう。狼狽しつつ、どこかぎこちない動きでフィッティングルームへと連れて行かれるみぎわであった。




 * * *




 暫くの後、クロエによる修正箇所の確認が終わった。


「いやぁ……二人がアレの完成形を着る楽しみな気持ちと、自分もアレを着てイベントに参加する恐怖がせめぎ合って、なんかめっちゃ複雑な気分ッス」


「わたくしは淑女ですから当然として、ミギーもちゃんと似合っていましたわよ?」


「なんというか、みぎわの衣装が一番露出が多いのは意外ですね」


「ウチが着られそうなのがアレしかなかったんスよ……」


 クリスが言うように、実は今回クロエに依頼したコスプレ衣装の中で、最も露出が多いのはみぎわの衣装であった。際どい衣装というわけではないが、モデルキャラクターが元気系キャラな所為もあってか、両肩、脇、へそ、脚などががっつり露出している。健康的といえばその通りなのだが、紳士諸兄であればやはり露出した肌に目がいってしまうことだろう。


 一方、アーデルハイトの衣装はファンの期待に応えるためにも、悪役令嬢系キャラクターのものを採用した。王道ともいえる姫騎士系衣装で攻める案もあったのだが、『アンキレー装備時とそれほど印象に差がない』という理由から、令嬢系の衣装を採用したのだ。絢爛でありながらもどこか色香を漂わせるようなドレス姿で、ぱっくりと開いた背面とたわわなアレがどうしても目を引いてしまう。とはいえ、普段からジャージばかり着ているアーデルハイトにとって、漸く公爵令嬢らしい服装をするといえるだろう。


 一方のクリスは暗殺者系、或いは隠密系とでもいうべきか。

 露出度で言えば三人の中で最も少ないが、身体に密着するタイプの衣装であるが故に、非常に身体のラインが出やすい衣装だ。クリスのスタイルの良さもあってか、特に尻が大変な事になっている。だがクリス本人は特に文句をいうこともなく、淡々と着替えに応じていた。元々彼女は暗殺系技能を修めているためか、どうやらそれなりに気に入っているらしい。


 総じて、彼女達三人の魅力を引き立てる見事なデザインだといえるだろう。


「三人とも、お疲れさまでした。いやぁ……あっさり終わりましたね。私としても、調整が楽で助かりました。殆ど直しもないですし、想定よりも早く完成するかもしれませんね」


 修正箇所を纏めたクロエがそう言いながら、少し遅れてアトリエへと戻って来る。彼女の手際の良さたるや、クリス以外の服飾に疎い二人からすればまるで魔法のようであった。


「本当ですの!?」


「マジッスか!?」


「何事も無ければ、ですけどね。こういうときは往々にしてハプニングが起きるものですし……でもまぁ、こちらの方は私にお任せ下さい。きちんと間に合わせて見せますよ」


 わざとらしく胸を叩き、そう言ってのけるクロエ。しかしそんな彼女の姿は、三人からすればひどく頼もしいものに思えた。クロエが居なければ、或いは依頼を引き受けてもらえなければ、今回のコスプレ案は間違いなく頓挫していただろう。そうなれば、ただ既刊をコピーして頒布するくらいしか出来なかった。偶然得た繋がりだとはいえ、このタイミングでクロエと知己を得られたことには感謝しかなかった。


 と、そこで何かを思い出したかのように、アーデルハイトがぽんと手を打った。


「そうですわ。今日はクロエにアレを持ってきていますの」


「……アレですか?なんでしょう?」


 クロエの疑問に答えることなく、アーデルハイトがいそいそとアトリエから退出してゆく。そうして一分も経たないうちに彼女は戻ってきた。その手に三枚の白鱗を抱えて。


「約束の素材ですわ。それなりにいい素材を流す約束だったでしょう?協会にも売らなければなりませんし、全て渡してしまうわけにはいきませんけれど」


「え、コレって……伊豆の白蛇から入手した鱗ですか?」


「そうですわー」


 アーデルハイトの言う約束とは、もちろんクロエとの契約の件だ。異世界方面軍の衣装全てを都合してもらう代わりに、ダンジョンで獲得した魔物素材を優先して流すという例の話である。

 そうして今回『Luminous』を訪ねるにあたって、アーデルハイトがクロエに渡すために持ってきたモノ。それこそが白蛇の鱗であった。


 アーデルハイトにとってこの鱗は、大して重要な素材ではない。つい先日も、肉の火力実験で雑に一枚破壊したばかりである。各国のダンジョン関係者が目にすれば発狂しそうな用途ではあるが、彼女にとっては所詮その程度のものに過ぎない。


 しかしこの鱗は、今となっては入手することが出来ない極めて希少な素材である。確かにクロエは素材を買い取らせて欲しいと頼んだが、中級の魔物素材がいくつか手に入れば上々、あわよくば上級の魔物素材も回してもらえるのでは。クロエはそんな風に考えていた。故に、まさかこんなものを持ってくるなどとは夢にも思っていなかった。


「わ……え、マジですか……ていうか、こんなレアな素材を売ってもらってもいいんですか?まだ査定も済んでないって、配信で言ってませんでした?」


「そうですわね。でもまぁ、聞いた感じではそれなりに良い値が付くみたいですわよ?というわけで、今回の依頼の先払いに丁度良いかと思いましたの。貴女自らが携わった今回の件、かなりの料金になるのではなくて?」


「それはまぁ……でも、まだ査定が終わってないとはいえ、流石に過払いになると思いますよ……?」


 当然ながら、クロエへの依頼料は凄まじく高い。自分の仕事には誇り持ってあたっているし、高い依頼料に見合った仕事をしているという自負がクロエにはある。

 だがそれでも、流石にこの希少素材三つ分より高くなることはないだろう。鱗の値段が確定していない為はっきりとは言えないが、世界初、かつ入手不可能な魔物の素材と比べるのは分が悪い。少なくともクロエ本人はそう考えていた。これはアーデルハイトとこちらの世界の住人、それぞれの価値観の差と言えるだろう。


「あら?では、コレはやめておきますの?」


「いえ!いえいえ!!幸いにも今は資金に困っていませんので、是非買い取らせて下さい!金額は……査定が出てから、今回の依頼料を差し引いた額をお支払いする形で構いませんか?」


 思いがけない超希少素材の持ち込みに驚きはしたものの、魔物素材を欲していたクロエには、これを断るという選択肢は存在しなかった。これほどの最上級素材、望んだ所で手に入るものではないのだから。


「ええ、それで構いませんわ」


 にっこりと笑いながら、そう答えるアーデルハイト。

 そんな彼女の顔を見て、やはり異世界方面軍に声をかけたのは間違いではなかったと、改めてそう思うクロエだった。

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