第202話 暴燻とローテーション(雑談配信

 やたらと厳つい大鎌や、積み上げられた大量のゲーミング木魚。隅には以前使用した、お高いバイノーラルマイクが鎮座している。徐々に増えてきた手作りグッズの数々は、異世界方面軍のファン達が送ってくれたものだ。そのどれもが、とても個人が作ったものとは思えないクオリティを誇っている。乱雑としていて纏まりのない、そんな雑多なアイテムの数々。その日の配信は、いつもの配信部屋から始まった。


「こんばんアーデルハイト!!」


 :こんばーデルハイト!

 :こんデルハイト!

 :待ってたで!!

 :ごきデルハイト!

 :結局そのスベり挨拶で定着したんかw

 :いやよく見ろ、見事に定着してない

 :挨拶バラバラで草

 :自由な挨拶がウリの和気藹々とした職場です


 配信開始と同時に、凄まじい勢いで流れてゆく大量の視聴者コメント。当初から勢いのあった異世界方面軍ではあるが、ここ最近の人気ぶりは尋常ではない。京都パンツ事件等の度重なる不運により、その実績に比べて登録者の伸びがイマイチだったのも今は昔。神戸ダンジョンでのお散歩配信以降、異世界方面軍チャンネルの登録者数は一気に増加していた。


「わたくしも最初は馬鹿にしていましたわ……ですがもう、最初にひとスベリしなければ満足出来ない身体になってしまいましたわ……これが配信者になるという事ですのね」


 遠い目をしながら、カメラからそっと目を背けるアーデルハイト。配信を始めた頃は嫌がっていた『スベり挨拶』も、今ではすっかりお馴染みとなっている。毎回挨拶が異なるのは御愛嬌、といったところだろうか。


 :やっぱ芸人じゃねぇか!!

 :芸人ならスベるのを嫌がるのでは……?

 :配信者が全員スベってるみたいにいうなw

 :異世界巨乳ジャージ縦ロール芸人令嬢

 :これもう分かんねぇな

 :属性が大渋滞起こしてて草

 :告知見てから大急ぎで仕事終わらせてきた

 :なんか言い方がエロいな?

 :干し芋欲しいものリストはよ……はよ……


 徐々に成果は出始めているものの、月姫かぐやの魔力操作はまだ実用には至っていない。近い内に茨城ダンジョンへ向かうと宣言はしたが、それには今暫くの時間が必要だった。故に本日は雑談枠であり、ある告知も兼ねているというわけだ。


「さて皆様。Sixでも事前に告知はしましたけれど、実は今回、皆様にあるご報告がありましてよ!」


 :とんでもねぇ、待ってたんだ

 :公式SNS、通称クリスの事務報告

 :確か重大発表があるとかないとか

 :おう、あくしろよ!!

 :ふん、下らねぇお知らせならタダじゃおかねぇぞ

 :だから誰なんだよテメーはよw

 :俺は分かってるよ。アデ公は期待を裏切らないって事はね


「相変わらず態度の悪い団員達ですわね……まぁいいですわ。とにかく、これをご覧下さいまし!!」


 アーデルハイトはそう言うと、足元に用意されていたフリップを取り出した。例によって例のごとく、みぎわが急遽作成したやっつけフリップである。資金に余裕が出来始めても、このあたりを面倒臭がるところは変わらないらしい。それもまた異世界方面軍らしいとウケている為、一概に欠点とは言えないのだが。


 そうしてアーデルハイトが取り出したフリップには、クソダサ虹色フォントで『決定!!』とだけ書かれていた。その前部はシールで隠されており、剥がせば全てが明らかになる仕組みである。いつぞやの配信でも行った、ベタ過ぎる演出であった。


「皆様、心の準備はよろしくて? 剥がしますわよ?」


 :いいだろう……剥がし給え

 :一丁前に勿体つけやがって……

 :フォントダッッッッサ!!!

 :絶対もっとちゃんとしたやつ作る技術あるだろw

 :この雑な感じ……クリスではないことだけは分かる

 :ミギーがサボったのかアデ公がサボったのか……

 :オルたその仕業って線も追加されたんだよな……

 :今回は逆から剥がすなよ!! 絶対だぞ! フリじゃないからな!?


 視聴者達の大半は、この時点で『どうせロクな発表じゃない』と考えていた。これまでの経験から、彼等はよく知っているのだ。異世界方面軍が本当に重要なことを発表する時は、もっとヌルっとした淡白な発表になることを。まるで『このくらいは当たり前ですわよね?』とでもいわんばかりに。


 だからこそ、妙に元気な───基本的にいつもそうではあるが───アーデルハイトの様子を見れば、これが大した発表ではないと予想出来るというわけだ。そんなすっかり異世界沼にハマりきった彼等の予想は、いい意味裏切られることになった。


「何度も同じボケはしませんわよ……では、いきますわよ?」


 視聴者からの注意喚起に応え、逆からシールを剥がすアーデルハイト。そうしてゆっくりと捲られたシールの下には、『面軍グッズ販売決定!!』と書かれていた。


「あっ、少し行き過ぎてしまいましたわ……」


 :フリじゃねぇって言ってんだろコラァ!!

 :マジで!? やったああああ

 :っしゃあああああ!!

 :めくりすぎたとかそういう問題じゃないんよ

 :来たぁぁぁぁ! コミバケ行けなかった俺歓喜!

 :もうツッコむのが先か、喜ぶのが先なのかが分からねぇw

 :来たか……!!(ガタッ


 当然ながら緊張感など皆無である。発表の内容自体は、見事に視聴者達の予想を裏切った。しかしやはりと言うべきか、そのヌルっと感は見事に予想通りであった。


「というわけで、わたくし達のグッズが販売されますわよ!! これも異世界方面軍の知名度が上がったおかげですわね。是非ウチで、というお声を沢山頂きましたわ!」


 コミックバケーション以降、グッズの委託販売先を探していたクリス達。そんな彼女達の元へと、方方からオファーの声が届いたのだ。企業に所属している配信者であれば、そう珍しいことでもないだろう。だが個人で配信を行っている者に、こういった話が来ることは多くない。皆無と言うわけではないが、どうしてもハードルは上がってしまうものだ。つまりは異世界方面軍の人気が界隈に追いついてきた、その証左と言えるだろう。


「イベントで配布したグッズも再販されますし、新しいアクリルグッズ等も販売されますわ! そしてなんと! Luminousとのタイアップ?商品もありますわー! 要望の多かったお肉の雑コラ?シャツも、無駄にLuminous製ですわー!」


 :うおおおおお!!

 :Luminous製の雑コラシャツってマ?

 :無駄に高級仕様にすんのやめろw

 :コミバケ行けなかった俺氏歓喜ィ!!

 :財布が薄くなるな……

 :ボードゲームは、例のボードゲームはないんですか!?


「例のクソゲーも一応販売しますわよ! ただあれはオルガンが個別で作成しますので、数量限定の受注生産になりますわ。しかも、そのおかげで無駄にお高いですわ! わたくしとしては、是非購入を控えることをオススメ致しますわ」


 :うるせェ! 買おう!!

 :構うもんか、そのために働いてんだよ!!

 :俺達はボードゲームで聖地巡礼するんだよォ!

 :聖地(開拓地)

 :100回ポチった

 :俺達がクソゲーを買えばアデ公が暴燻を食えるんだ。安いね


 アーデルハイトの商売らしからぬ言葉も、視聴者達はまるきりお構いなしだ。漸く『推し』のグッズが手に入るのだ。金額や限定といった些細な問題など、彼等にとっては所有欲を満たすためのオプションでしかない。いい意味で阿鼻叫喚の地獄絵図となったコメント欄には、アーデルハイトもどこか満足げな様子。


「ちなみにわたくし、近頃はパイティエなる商品も気に入っておりましてよ。さっぱりとしたレモンの香りがお肉の味を引き立てて、なかなかにグッドですわ。暴燻とローテーションですわ」


 :贅沢なのかそうじゃないのかよく分かんねぇw

 :安上がり公爵令嬢

 :資金に余裕が出来ても庶民的で高感度アップ

 :うまいよねアレ

 :帝国の肉詰めイマイチって言ってたからな……

 :イマイチっていうか、こっちの方が安くて美味いって言ってたな

 :俺がいっぱい送ってやるから、その前にグッズ販売ページを出せぇ!


 アーデルハイトがどうでもいい情報───一部ファンにとっては垂涎の情報だが───を付け加えた結果、グッズに飢えて暴徒寸前となる視聴者達が現れ始めた。それを認めたクリスから、早めに配信を畳むようカンペが出される。


「では皆様! まだ早いですけれど、今回の配信はここまでに致しますわ! グッズ情報については、配信終了後より別途告知させて頂きますわ! 今暫くお待ち下さいまし! それでは───さよならーデルハイト!」


 カメラに手を振り、駆け足気味に配信を終了するアーデルハイト。今回の発表は、異世界方面軍としても一定の反響があることは予想していた。しかし実際には得られた反響は、彼女達の予想を遥かに上回るものだった。これならば、グッズの売上に関しても期待出来るというものだ。


 そうして食卓に上るソーセージの数が増えることを夢想し、アーデルハイトはにんまりと笑みを浮かべるのであった。

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