第55話 言えたじゃねぇか(記念配信②)

「───と、いうわけですわ」


『はえー』

『一ヶ月越しの約束が果たされたエモい瞬間』

『タクシーおじさん慧眼だったなぁ』

『なるほどなぁ』

『おじさん律儀やなぁ』

『イエーイ!おじさんの娘見てるー!?』

『五万も投げて大丈夫なのかw』

『妻と娘も一緒に見てるので大丈夫です』

『仲が良くてほっこりした』

『それでちゃんと探してここにいるの凄い』


 何気ない、ほんの一言二言のやり取りだった。どこにでもあるような、運転手と乗客が行う他愛のない世間話。正確な活動開始時期も、チャンネル名も、自分たちの名前でさえも、彼にはなにも伝えていない。あれはクリスが咄嗟に口にした、一切何も決まっていない計画だった。にも関わらず、彼はこうして異世界方面軍へとたどり着き、あの時の約束を果たしてくれたのだ。ダンジョン配信者など無数に居るこの世の中で、一日に何人もの客を乗せて仕事をしている彼が、だ。


「本当に、有難う存じますわ。元とはいえ公爵家の人間である以上、わたくしも一層期待に応えなくてはなりませんわね。えっと……こういうの、こちらの世界では何と言うのだったかしら?」


『因果応報』

『自業自得』

『四面楚歌』

『五里霧中』

『巨乳山脈』

『教える気ないだろw』

『四字熟語だったらそれっぽいと思ってるだろw』

『外国人に変な日本語教えようとするアレ』

『四字熟語ですらないのも混ざってたぞw』

『ノブレス・オブリージュな』


「そう、それですわ!貴族たる者、民の為に尽くすべし。一度でも貴族という階級に恩恵を受けたのならば、そこには必ず義務が発生することを忘れるな。幼少の頃より父からよく言い聞かされておりましたわ!」


『異世界にもそういうのあるのか』

『むしろ異世界のほうが現代よりよっぽどありそう』

『パパの言う事が聞けてえらい』

『なんか異世界物だと貴族=悪者みたいなイメージあるけど』

『税金で悪さしたり横領したり街の若い娘誘拐したりなw』

『確かにそういうイメージはあるな』

『公爵は善人だったんだろうね』


 アーデルハイトが貴族としての矜持を語るも、しかし視聴者達の反応は少し意外そうなものだった。貴族と言えばファンタジーでお馴染みの特権階級ではあるが、近代社会でその名を聞くことはほぼ無い。現代に於いても貴族は存在しない訳では無いが、しかしその影響力はほとんどが失われているといってもいいだろう。

 故に、現代に生きる彼等にとって貴族という存在は、もはや魔法と同じく想像上のものといってもいい程度には実感が湧かない言葉なのだ。そしてそんな異世界ファンタジーに慣れ親しんだ視聴者達にとって、貴族とはどちらかといえば悪者のイメージが強いらしい。


 教養の高い公爵令嬢であり、生来勤勉な性格の持ち主であるアーデルハイトだ。こちらの世界に来て以来、彼女もまた様々な書物を読んでいた。それはこの世界の文化であったり歴史であったり、或いは誰の影響か、オタク的なサブカル文化であったりといったものだ。ここ最近は怪しげな映画に夢中なため、それらの勉強が滞りがちではあるのだが。

 そんな勉強の中で、アーデルハイトは貴族が悪し様に描かれている姿を何度か見ている。そしてその度に彼女は憤慨したものだ。故に彼女は爵位に於ける第一位、貴族の代表たる公爵家の令嬢として、視聴者達の認識を改めておかなければならなかった。


「そこですわ!!わたくしも色々と拝見させて頂きましたけれど、皆さんは誤解なさっておりますの!!貴族とはあのように卑劣なものばかりではありませんわよ!?少なくとも我が帝国に於いては、手法や結果に差はあれど、皆が国と民の為に働いておりましたわ!」


『そうなの?』

『いやぁ俺達貴族とかあんま知らないし……』

『こっちの世界だと貴族は悪く描かれることの方が多いよね』

『王族はいい感じに描かれることが多いけどな』

『まぁ確かに普通に考えたらそれで国が回るわけないか』

『つまり貴族は聖人の集団だった……?』

『公爵家の令嬢が言うと説得力あるな』

『騎士団長でもあるしな。内情もある程度知ってそうだし』


「まぁ……絶対に一人も居ない、とまでは言いませんけど」


『おるんかーい!!』

『草』

『悪ぃ、やっぱ居たわ……』

『言えたじゃねぇか』

『即落ち2コマ』

『要するに少数を切り取って大きく見せるな、って話だろ』

『そのへんは何にでも言えることだな』


 ただの美談では終わらずにしっかりと話にオチを付ける辺り、アーデルハイトにはやはり芸人のがあるのかもしれなかった。


 そうして他愛のない雑談は時間と共に進み、その後は質問コーナーへ。進行上特に問題もなく、アーデルハイトは視聴者達から送られてきた質問にいくつか応えてゆく。

 やはり先日行われた魔女と水精ルサールカとのコラボに関する質問が最も多く、次いでこれからの予定についてのものが多かった。音声作品やグッズ制作、単発動画の要望なども多々送られてきており、自己紹介くらいしかすることのなかった初回雑談配信に比べれば質問の数も段違いである。活動を始めてからたった一月程度だというのに、異世界方面軍はすっかり一端の配信者となっていた。


「そうそう、先程も申し上げましたけど、わたくしの後ろの蟹はリスナーの方が送ってくださったものですわ。例の聖女ビッチと同じ名前なのが気に入りませんけど、ぬいぐるみに罪はありませんものね。可愛らしいので飾らせて頂いておりますわ」


『送った者です!飾ってもらえて嬉しいです!是非殴ったりしてください』

『自分で名前付けたこともう忘れてそう』

『ビッチ呼ばわりして爆破したのあなたなんですけど』

『作者自ら殴るの推奨してて草』

『私も色々送ったりしたいのですが何処に送ればいいんですか!!』

『協会でええんちゃうか?』

『チャンネルにまつわる贈り物ってなったらロクなもん無さそうw』

『鉄パイプ送るわ』

『木の枝送っていいですか?』

『無限木魚編』


「プレゼントは大歓迎ですわ!見ての通り、引っ越したばかりで配信部屋が殺風景ですの。送って頂いたものは公序良俗に反して居ない物であれば飾らせていただきますわー。皆さんで配信部屋を飾って下さいまし!送り先は……」


 そういってアーデルハイトがチラリと視線をクリスへ向ける。話の流れからこうなることを推測し準備しておいたのだろう、クリスの持つカンペをアーデルハイトが読み上げる。


「あら、探索者協会宛で問題ないそうですわ。なんでも結構良いお値段を支払うと、代理で贈り物を預かってくれるそうですの。あそこも随分と手広くやってますわねー……」


『配信者に物送る時は割と利用されてるっぽいね』

『元々は遠征の時に先に荷物送っとく為のシステムなんだけどな』

『はえー、そういうのあるんか』

『まぁ武器やら何やらもって新幹線やら飛行機乗れないしな』

『あれだ、ゴルフバッグを前もってゴルフ場に送っとくやつと似てる』

『ここ数年で配信者が増えてから新しく作ったサービスやね』

『利用してる配信者は結構多いね。事務所とかが無い人は特に』


「というわけですので、どしどし送ってくださいな」


 ちなみに、この間にも多くの投げ銭がひっきりなしに飛び交っている。金額の多寡はあれどその数自体は凄まじく、全てを読み上げていては流石に配信時間が足りなくなってしまう。故にアーデルハイトは早々に『読み上げられないので程々で』と視聴者達へと伝えている。

 多くの登録者を抱える有名配信チャンネルといえど、実際に投げ銭行為を行うのはほんの数割程度、一部のファンに過ぎない。彼等の配信は数十、数百万という圧倒的な母数を持つからこそ、配信中に投げ銭が飛び交う状況が生まれるのだ。

 にも関わらず、アーデルハイトの配信で未だに飛び交っているスーパーチャット。10万弱という異世界方面軍のチャンネル登録者数との比率を考えれば、はっきり言って異常な程の数だった。恐らくはそれだけコアなファンが多いということなのだろう。


 そんな今の状況にアーデルハイトは大層喜んでいた。公爵家の令嬢である彼女は金銭に困ったことがこれまで一度もない。率直に言ってしまえば、現在飛び交っている金額など公爵家の資産とは比べるべくもない程度のものでしかないのだ。その上、彼女自身も騎士団長としての仕事や、剣聖として凶悪な魔物の討伐なども行っていた。前者の給金は少なくないし、後者の報酬は莫大である。

 そんな彼女が現在、取るに足りないといっても過言ではないような金額で喜んでいるのは何故なのか。それは偏に、彼女が一般的な金銭感覚をしっかりと有していたからである。


 貴族たる者、民の為に尽くすべし。

 敬愛する父の言葉を忘れることのなかったアーデルハイトは、民の生活に目を向けることのない創作上の貴族とは違うのだ。剣を手に取る以前、父であるエスターライヒ公爵から領地経営の教えを受けたこともある彼女だ。公爵領内に於ける一般的な民が生活するのに必要な金、物資の量等は当然のように把握していた。

 勿論、価値観の異なるこちらの世界ではその全てが当てはまる訳では無い。しかしそれでも、服の値段や食堂のメニューに記載された金額を見れば大凡の予想は付くものだ。故に彼女は、今こうして飛び交っている金額が非常に高額だということをしっかりと認識出来ているというわけだ。


 そんな高額な金銭を支払って、視聴者達は自分たちに期待して応援してくれているのだ。アーデルハイトに限らずとも、配信者として活動しているものならば誰だって嬉しくないはずがないだろう。無論、異世界方面軍の活動資金や三人分の生活費という、非常に現実的な面での喜びもあるのだが。


 ともあれ、『貰い過ぎではないか?』という程の大量の金銭が飛び交っていることを除けば配信は順調そのものだった。時計を見れば配信開始から随分と時間が経っている。このままダラダラと雑談めいた話をしていれば、いつもの雑談配信と変わりがない。もっと言えば視聴者達が中だるみをしてしまうかも知れない。そう考えたクリスによる指示で、アーデルハイトは一度休憩を挟むことを視聴者達に提案した。


「さて……質問コーナーも随分長くやっておりますし、みなさまもお疲れなのではなくって?というわけで、そろそろ一度休憩を挟んでもよろしいかしら?時間は……そうですわね、少し長めにとって15分程で如何でしょう?」


『よくってよ!!』

『よろしくてよー!』

『助かりますわー!!』

『おう、気が効くじゃねぇか』

『ちょうどトイレ行きたかったんだよ』

『見逃したくないから我慢してたけどそろそろ限界だぜ』

『トイレ配信と聞いて』

『無いから安心して魔界に帰れ、魔物よ』


「ご理解が頂けたようで何よりですわ。それでは15分後、件の重大発表と共に再開致しますわよ!遅刻厳禁ですわー!」


 そう言ってカメラの前から姿を消すアーデルハイト。圧倒的な身体能力を駆使し、無駄に素早い動きで行われたその退場。それはゲーミング木魚の放つ光と相まって、視聴者達からすればまるで消えたようにしか見えなかった。


『あっ、おい待てぃ!!』

『不穏なセリフ残して行くのやめーやw』

『去り際にさらっと何言ってくれてんだコラァ!!』

『くそったれ!絶対15分だぞ!早く始めるんじゃないぞ!!』

『ていうか消えたよね?』

『おっ、異世界は初めてか?力抜けよ』

『異世界では消えて退場は平常運転』

『アデ公の身体能力を持ってすれば消えることなど容易よ』

『瞬間移動してももう驚かんぞ俺は』

『君たちの異世界観違ってるよ絶対……』


 そうして新たに配信画面に映し出されたのは、みぎわが用意した休憩中の文字と開始時刻のテロップ。背景は先程と同じく見たことのない旗であった。マイクはしっかりとオフになっており、先程のようなみぎわの悪戯もなく、現在は冒頭で披露したアーデルハイトの歌声が流れている。そんな演出には当然ながら視聴者達も大喜びで、折角の休憩時間だというのに椅子から動かない者も多数居たのだとか。


「ふぅ……こんなに長く話し続けたのは初めてかもしれませんわ。存外疲れるものですわね。肉体的にと言うか、精神的に?」


「お疲れ様です、お嬢様」


「お疲れッスー!今のところ新規登録者も増えてるし、同接もいい感じッスよ!記念配信としては既に十分成功と言えるんじゃないッスかね?」


 クリスとみぎわがアーデルハイトを労いつつ、お茶とお菓子を用意してテーブルについた。ここまでの配信は概ね予定通りであり、目立ったミスやアクシデントも無かった。強いて言うなら配信時間が当初の予定よりも多少押していたが、それも十分に調整出来る範囲である。


「油断は禁物、まだまだこれからですわよ!」


「まぁ実際油断というかなんというか、開幕でお嬢のおっぱい溢れそうになってて焦ったんスけどね。流石におっぱい溢れてたから遅刻しましたとは言えないッスよ」


「あれは仕方ありませんわ!人前で歌うのなんて初めてですもの。わたくしだって多少の緊張はしますわよ。アンキレーの調整を失敗したのはわたくしの落ち度ではなくってよ」


 頬を膨らませながら煎餅を齧るアーデルハイト。配信が数分押した理由は、どうやら非常にしょうもない話だったらしい。そんなアーデルハイトの隣に座るクリス。彼女は先のアーデルハイトと同様、いつもとは異なる装いであった。

 それは黒と白によって統一された、動きやすい様各所にいくつかの改造が施された侍女服だった。首元にはエスターライヒ公爵家の紋章があしらわれたネクタイを装着している。


「まぁ既にジャージに戻っているので今後は大丈夫でしょう。それよりも、どうやら今度は私が緊張しているようなのですが……」


「クリスのその姿を見るのは一年ぶりですわね……なんだか懐かしい気持ちになりますの。よく残っていましたわね?」


「それはまぁ私がこちらの世界に来た時はこの姿だったので……いやいや、そうではなく、何かこう、緊張を解す言葉とかないんですか?」


「似合ってるッスよ?」


「似合ってますわよ?」


「そうですか。まぁ褒められて嬉しくはありますけど、私が言っているのはそういうことじゃないんですよねぇ……」


 緊張によるものか、表情の硬いクリスがゆっくりと熱いお茶を口にする。普段はなんでも卒なくこなして見せる彼女だが、アーデルハイトのお付きであったクリスは基本的に裏方である。人前に出ることなど殆ど無く、あったとしてもやはりアーデルハイトの後方に控えていただけだ。そんな彼女が緊張するのも無理はないのかも知れない。


「ある意味今回の目玉ッスから、気合入れるッスよ!」


「他人事みたいに……今のところのらりくらりと躱していますけど、いつか絶対にみぎわも出しますからね!!」


 ニヤニヤと笑いながらクリスを眺めるみぎわを見て、クリスは必ず、かの邪智暴虐のみぎわを出演さなければならぬと決意した。


「はいはい、そろそろ時間ですわよー!」


 いつの間に移動したのか、アーデルハイトは既にカメラの前の席についていた。手持ち無沙汰なのか、その懐には蟹を抱きしめてグリグリと甲羅部分を拳で抉っている。そんなアーデルハイトを見てついに逃げ場が無くなったことを悟り、クリスはため息を一つ吐き出したのだった。

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