第56話 裏切りのサイレント(記念配信③)
配信が休憩に入ってから数分後。
視聴者達は休憩が始まった直後にトイレへ走り、飲み物に菓子、軽食等を各自でモニター前まで持ってきては、十数分後の配信再開に備えていた。そして彼等は休憩明けを盛り上げるため、半ば待機所と化したコメント欄で相談を行っていた。
『絶対木魚始動だよな』
『なんかしらんけど相当気に入ってるっぽいしなw』
『実際あの勢いだけで笑えるからな』
『アデ公の顔立ちとかと全く合ってないのがシュールで笑える』
『異世界要素ゼロなんだよなw』
『となれば団員たるもの、開幕から大いに盛り上げねばなるまいよ』
『然り』
『我々の力を結集すれば容易なことよ』
『何なん君らのその喋り方w』
『要するにコメントで盛り上げようぜってことだよ言わせんな恥ずかしい』
『絶対木魚始動ってなんかカッコいいな……』
『そうか……?』
歴戦の配信視聴者である彼等は、休憩明けの難しさを知っている。長時間に及ぶ雑談配信ではお決まりとなっている休憩時間ではあるが、それはある種のリセットのようなものだ。例えそれまでどれほど盛り上がっていようとも、一度休憩を挟めば配信の流れは止まってしまう。折角調子が良かったというのに、休憩後からは勢いを失って尻すぼみになってしまう。そして演者も、何処か気まずそうに表情を曇らせる。それまでが順調であればあるほど、その振れ幅は大きくなる。そんな微妙に残念なことになってしまった配信を、彼等はこれまでに嫌というほど見てきたのだ。
ましてや異世界方面軍が配信中に休憩時間を設けたのは、今回が初めてのことである。これまではアーデルハイトの余りあるポテンシャルのおかげでどうにかなっていたが、だからといって今回も上手くいくとは限らない。
当然ながら、視聴者達は推しの暗い顔など見たくはない。故に、こちらの世界に於ける騎士団員たる彼等は、団長にそんな気まずい思いをさせまいと団結したのだ。
それこそが彼等の話す、再開と同時にコメントで盛り上げるという計画であった。放って置いても勝手に盛り上がりはするだろうが、念を押して必要以上に盛り上げようという事である。
不特定多数の人間が団結することなど、そう簡単に出来ることではない。しかし、結論から言えば彼等はそれをやってのけたのだ。チャンネル登録者数から考えれば多過ぎる、一万人弱という現在の同接数を考えればそれは殆ど異常事態ですらあった。チャンネル登録者の大半を占めている、コアなファンたちの為せる業と言えるだろう。
とはいえ、それが実を結ぶかどうかはまた別の話である。
視聴者達が相談を初めてから数分後、いよいよ配信再開の時間がやって来た。彼等は事前に相談していた計画通り、一斉にコメントを投げつける。それと同時、今回は遅刻すること無く画面が切り替わった。
『時間じゃああああ!!』
『待ってたあああああ!!』
『あと三時間は戦えるようにしてきたぜ!』
『ジャーンジャーン!!(キーボード』
『ポクポク!ポクポク!!(木魚』
『ぼぼいんぼぼいん!(乳』
『かき鳴らせテクノ……ん?』
『あれ?おかしいな……』
『静かだぞ?』
『……妙だな』
「はい、というわけで配信再開で……あなた方は一体何を騒いでますの?
『草』
『くそったれええええ!』
『ふざけんなコラァ!!』
『木魚スタートじゃねぇのかよ!!』
『またテクノスタートだと思って皆でスタンバってたんやろがい!!』
『何をぬるっと再開してんねん!!』
『完全に予想を裏切られた形で草』
『裏切りのサイレント』
『一筋縄ではいかないの草』
「あぁ、そういう……いいこと?天丼は二回までと相場が決まっておりましてよ?」
団員たちの想いは露と消えた。
* * *
「では気を取り直して、再開しますわー!」
『オゥ、はよせーや』
『カーッ、ペッ』
『はぁ、そんで次は何なんスか?あ?お?』
『うーす……』
『何見とんねんワレコラぁ!!オゥ!?』
『嬢ちゃんええ乳しとるやないか、えぇおい?』
『ガラ悪すぎんだろw』
『団員はチンピラにクラスチェンジした!』
すっかりやさぐれた視聴者達の姿に、しかしアーデルハイトは一歩も退くこと無く言葉を続ける。それもそのはず、あちらの世界には荒くれ者が多かったのだ。冒険者然り、犯罪者然り。彼等に比べれば、多少拗ねただけの視聴者達など何の問題にもならない。このようなチンピラもどきに臆するようでは騎士団長など務まるはずもなく、そもそもアーデルハイトは彼等をしょっぴく側の人間であったのだから。
「そんな態度をとっていられるのも今のうちですわ!これから発表される内容を聞けば、あなた方は涙と感謝を持ってわたくしを褒め称えることになりますわ」
『そっすねー……』
『まぁ?僕ら所詮は一般通過団員なんで?』
『そんな簡単に……ねぇ?』
『舐められたもんですわぁ』
『言ってみ?それ聞いてから判断しますわ』
『ちょっとやそっとじゃ改心出来ねーんですわ』
『下らない内容だったら俺等何すっかわかんねーんですわ』
『ですわがゲシュタルト崩壊した』
『お前らだんだんチンピラお嬢様っぽく見えてきたぞ』
「わたくしが配信を初めて一ヶ月、事ある毎にあなた方が名前を出していたわたくしの従者。もちろん知っていますわよね?」
『……!!』
『ガタッ!!』
『まさか?』
『流れ変わったわ』
『おいお前ら!ちゃんと並べ!!』
『ちょっと姐さん、そういうことは早く言って下さいよぉ』
『へへ……さっきのはちょっとした冗談っすよぉ』
『オイオイオイ、死んだわ俺』
そう言って不敵な笑みを浮かべるアーデルハイト。そんな彼女の言葉にチンピラ達がどよめき始める。
彼等は知っていた。異世界方面軍にとっての初回配信、その終盤に起こったハプニングを。アーカイブではカットされてしまっているために、実際にそれを目にしたのは当時ほんの200人程度だった視聴者達のみ。しかしそれ以降、『彼女』の名前は度々出てきている。
異世界方面軍の顔でもあるアーデルハイト。当然ながら人気は高く、誰もがアーデルハイトを見るためにこのチャンネルへとやってくる。しかし『彼女』もまた多くのファンを抱えているのだ。京都でのコラボ時に於ける現地民の証言もあり、その期待値は限界まで膨れ上がっていた。
初期からのファンはずっと、彼女が再び登場することを待ちわびていた。それ以外の者達も、断片的に得られる情報からの期待感を常に持ち続けてきた。アーデルハイトが口にした存在は、その『彼女』の事であると誰もが確信していた。
「というわけで今日より配信に参加する、異世界方面軍の新メンバーを紹介致しますわ!」
そんなアーデルハイトの言葉と共に、カメラの前に一人の女が現れる。現代に於いては見慣れた服装、しかし視聴者達の見知ったそれとは少し意匠が異なっている。特に目を引くのは、腰に巻かれたいくつものベルトだろうか。恐らくは家事道具や武器等を保持する為のものなのだろう、そのベルトには多数のポケットがついていた。
そしてそれとは別に、長く足元まで垂れ下がるベルトも2本装着されている。ベルトの先には鉤爪のような部品が取り付けられており、それは見様によっては武器ともとれるような鋭利なものだった。
髪の色は深い青、所謂
そうしてカメラの前に経った彼女は、恭しく一礼してみせた。恐らくはすっかり慣れた動作なのだろう。その動きは洗練されており一切の無駄がないことは誰の目にも明らかであった。姿勢から腰の角度、手の位置や頭を下げる時間まで、まるでお手本のような礼だった。そうして『彼女』、クリスはゆっくりと話し始める。
「みなさんこんばんは、クリスティーナ・リンデマンと申します。これまでは裏方として様々な業務を行って参りましたが、今後は私も配信に映ることになります。まぁ、毎回というわけではありませんが……ともあれ、以後お見知り置きを」
そんなクリスの自己紹介をうけた視聴者達の反応は、まさに劇的だった。
『やったああああああ!!!』
『待ってたで!!』
『うぉおおおお!!』
『クリスきた!!』
『異世界人って皆美人なんか……?』
『全裸待機した甲斐があったわ』
『髪の色変わってね!?前は茶髪だったような』
『ここまで長かったな……いやそうでもないか?』
『なんにせよこれで更に楽しみが増えたぜ』
コメントの勢いは留まることを知らず、次から次へとまるで滝のように流れてゆく。合間にはいくつものスーパーチャットが飛び、瞬間的な勢いだけでいえば本日の配信で一番かも知れなかった。
それはつまり、配信が始まってから直ぐに行われた、アーデルハイトによる『おうた』と同レベルの勢いだということである。クリスの人気が高いことは一目瞭然だった。
「先程本人からもありましたけれど、今後の配信にはクリスにも参加してもらいますわ!ちなみに、出演を渋るクリスを説得したのはわたくしですわ!あなた方、わたくしに何か言うべきことがあるのではなくて?」
『団長ありがとぉおおお!!』
『生意気な態度を取ってしまい誠に申し訳ございませんでした』
『一生ついていきます!』
『アデ公もようやっとる』
『さすがアーデ、期待に応えるエンターテイナーの鑑よ』
『素直に感謝です』
『画面の癒やし度たっけぇなコレ』
『視力上がる上がる』
「くるしゅうないですわ!!くるしゅうないですわー!!」
先程までの不貞腐れた態度とは一変して、コメント欄には視聴者から贈られる大量の謝罪と感謝の声。それに気をよくしたのか、圧倒的質量の双丘を張りながら高笑いをして見せるアーデルハイト。実際には説得ではなく殆ど命令だったのだが、そんなことは言わなければ誰にもわからないことである。
こうして大きな反響と共に、演者としてのデビューを飾ったクリス。あちらの世界に於いても、そしてこちらの世界に於いても。これまで裏方に徹していた彼女は、珍しくどこか居心地が悪そうにもじもじとしていた。
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