第57話 残念でしたわね!!(記念配信④)

 それから凡そ三十分程、視聴者達からのクリスへの質問が止むことはなかった。

 普段から行っている所謂『ふつおた』の場合であれば、事前に公式SNSやマシュマロへと投げられていた質問の中から、前もって答える物を選んでおいてから配信にて解答をしている。

 しかし今回のクリス参戦は謂わばサプライズであり、視聴者達からの質問を事前に受け付ける等はしていなかった。故に、こうして質問攻めにあうのは必然だったのかもしれない。


 当然アーデルハイトやみぎわ、そして当の本人であるクリスもまたこの事態をある程度想定していた。だが今回に関して言えば、見込みが甘かったと言う他無いだろう。いくつかの質問に答えてさっさと次の発表にいくつもりであった彼女達だが、視聴者達からの声が想定していたより何倍も多かったのだ。嬉しいような悲しいような、これもクリスの人気の表れといえばそうなのかも知れないが。

 ともあれ、こうなってしまっては無視するわけにもいかず、ある程度質問を潰していくしかなかった。そうしてたっぷり三十分程の時間をかける羽目になったというわけである。


 予定には無かったクリス質疑応答によって、配信予定時間は押しに押していた。当初予定していた配信計画は当然ながら狂い、クリス登場以前から若干時間が押していたこともあって、現時点で既にいくつかのコーナーを飛ばさざるを得ない状況になっていた。本来であればタイムスケジュール管理はクリスの仕事であったが、彼女は演者としてカメラの前にいる為、現在はみぎわが時間管理を兼任している。そのみぎわからも、少し前から巻きの指示が出されていた。


「みなさま、うちのクリスを可愛がって下さるのは結構ですけど、時間がもうあまり残っておりませんの。次で最後の質問に致しますわ!」


 アーデルハイトのそんな一言に、質問攻めにあっていたクリスはホッと安堵の表情を浮かべていた。自分に光があたる経験などこれまであまりなかったクリスにとって、現在の状況は非常に居心地が悪いものらしい。とはいえそれも嫌というわけではなく、単純な不慣れからくる複雑な気持ちといったところである。

 SNS上で行われた配信告知の時点で、配信終了の予定時刻は通知済みだった。それを知っている視聴者達もまた、時間が押しているであろうことはなんとなく察している。故にだろうか、彼等は思いの外聞き分けが良く素直だった。先程までのチンピラ状態がまるで嘘のような態度で、しっかりとアーデルハイトの言いつけに返事を返している。


『はい!!』

『イエスマイロード!』

『わかりました!!』

『オギャーッ!!』

『あ、じゃあやっぱりスリーサイズで』

『ではスリーサイズを教えてください!!』

『自分スリーサイズ良いっすか?』

『ほう……では私はスリーサイズを注文させて頂こうか』

『この団結力よ』

『いいチームワークだ』

『アデ公の時はこれで失敗したからな』


 予想通りと言うべきか、無駄にチームワークを発揮した視聴者達のコメントは概ね一色であった。無論それ以外の質問はいくつもあったが、滝のように高速で流れてゆくコメント欄の中から一つを拾い上げようとすれば、どうしても数が多いものに目が行ってしまうだろう。とはいえ、それは一般的な配信者の話である。優れた動体視力を持つアーデルハイトの前では、彼等の小細工など無駄以外の何でもなかった。


「では最後の質問はこれにしますわ。『初回のときと髪色が違うのは何故ですか?また、結構頻繁に色を変えたりしているのですか?教えてください』だそうですわ」


「今は地毛ですね。前回、というよりも今日までは茶系に染めていました。こちらの世界ではやはり目立つ髪色ですので。一度色を抜いてから染めなければならないので、髪が痛むんですよね。ですが地毛のままだと仕事が無かったので……これからは変える予定はありませんよ」


「はい終わり!残念でしたわね!!」


『くそったれええええ!!』

『どぼぢでなのお゛お゛お゛お゛』

『俺たちはまた……負けた……のか?』

『横暴だ!団長、職権濫用ですよこれは!!』

『本当にそんな質問があったのかすら疑わしいですよ!!』

『草』

『そんな気はしてたw』

『初回のクリスを知ってるってことは最古参の一人だな』

『ログ遡ったら確かにちゃんとあったぞw』

『あの速度でちゃんと見えてるあたり地味にヤバい』

『派手にヤバい定期』

『茶髪も似合いそうだけど普通に今のも良いな』

『異世界らしくていい!!』

『地毛っていうだけあって何か違和感がないわ』


 アーデルハイトによる無慈悲な採択により、当然ながらコメント欄は阿鼻叫喚と化していた。とはいえ、これもある種お決まりのようなものである。このようなセクハラ紛い、もといセクハラそのものでしかない質問など採用される筈もなく、それは視聴者達も理解っていたことだ。

 そんなすっかりお馴染みとなった一連の流れを経て、異世界方面軍の記念配信は終盤へと向かう。当初は他にもいくつかのコンテンツを用意していたが、先の理由によって予定は取り消し。そのまま最後のお知らせへと移行する。


「さて、それでは時間もありませんし、最後の告知を以て今回の配信の締めとさせて頂きますわ。早い話が今後のロードマップ?ですわね。それではクリス、発表をお願いしますわ」


「現段階で決まっている予定は三つです。一つはかねてよりお伝えしていた、単発動画の投稿開始ですね。既にいくつかの撮影は終わっておりますので、編集が終わり次第順次投稿されます。その際は公式SNS等で告知を行いますので、お待ち頂けると幸いです」


「わたくしも頑張りましたわ!おうたもありますわ!」


「我々異世界方面軍らしい個性的なものを始め、界隈で流行っているものや、してみた系まで、色々とチャレンジしておりますので是非ご覧下さい」


『やったぜ!!』

『ついに来たか』

『前から言ってたやつか』

『企画物助かる』

『どんな内容なんだろか』

『おうた!おうたが見たい!!』

『ライブ撮影の裏側とかも見てみたいな』

『乳空手耐久動画パート2でもいいぞ!』

『あったなww』

『半分聖地と化してるあれな』


 1つ目は単発動画についてだった。

 星の数ほど居るダンジョン配信者だが、活動の全てをライブ配信のみで行う者はそう多くない。例えば、つい先日コラボを行った魔女と水精ルサールカ。彼女達はライブ配信の他に、スズカによる初心者探索者向けの講座や武器の手入れ指南、紫月しずくによる魔物講座やくるるの寝起き動画、果てはクオリアの化粧指南まで、様々な単発動画をチャンネル内で公開している。ジャンルこそダンジョンに関する物が多いが、それ以外にも案件動画やその裏側に密着した動画などもあり、それらはしっかりと再生数を稼いでいる。単発動画は人気配信者には欠かせないコンテンツの一つといえるだろう。

 これに関しては、異世界方面軍チャンネルにも以前から多くの要望が寄せられており、それもあってか、告知を聞いた視聴者達の反応は上々だった。


「そして二つ目。現在、この世界ではダンジョンが攻略された報告は一度たりともありません。ですが我々が元居たあちらの世界では、いくつかのダンジョンが攻略されていました。そのうちの一つはアーデルハイトお嬢様の手によるものです。そこで我々は、年内中にどこかのダンジョンを一つ攻略することを宣言します。そう、完全攻略です。場所は未定ですが、国内のどこかになるかと思います」


「これは当然ですわね。探索者たるもの、ダンジョンは攻略してこそですわ。それに我々にはスローライフという目標がありますもの。ここまでやれば流石にバズる?のでは無いかと思っておりますわ」


 事もなげに淡々と語るクリスとアーデルハイト。これは一ヶ月前、三人で配信業界に飛び込んだその時から考えていたことだ。否、もっといえばそれ以前。アーデルハイトとクリスが再開し、その夜のうちには構想に組み込まれていた事だ。これは彼女達にとっては当然のことだった。それが可能だからこそ、彼女達はこの世界に足を踏み入れた。それが可能だからこそ、クリスは配信で生活費を稼ぐ方法を提案したのだから。

 しかしそれは飽くまでも、彼女達異世界出身者にとっての当然だ。『いつかダンジョンを制覇する』。確かに、クリスが口にした言葉自体は、探索者を志すものならば誰もが胸に秘めている思いではある。しかしダンジョンが出現してから数十年、こちらの世界では未だたった一つの攻略報告すらないのだ。それを考えれば、ダンジョンの完全攻略がどれだけ難しいことなのかなど、容易に知れるというものだ。


『マジ!?』

『うぉおおおおお!!』

『待ってたぜェ!この瞬間をよぉ!』

『期待しかねぇぞコラァ!』

『やべぇ、なんかしらんけど鳥肌立った』

『簡単そうに言ってくれちゃうんだからぁ!』

『普通なら調子のんなって言う所なんだけどな……』

『やりかねないんだよなぁw』

『でも流石のアーちゃんといえど……?』

『死神を倒す女だぞ?』

『しかもクソ余裕の無傷KOだ、馬力が違いますよ』

『一番気に入ってるのは……』

『なんです?』

『巨乳だ』


 彼女達の宣言は、今こうして配信を見ている視聴者達に大きな衝撃を与えていた。本来であれば、新人探索者が勢いのままに口にした大言壮語に過ぎないと誰もが思うことだろう。しかし彼等は知っている。今画面に映っている、異世界出身を名乗るこの二人の桁外れの実力を。故に否定しきれず、期待感だけが彼等の胸中を支配する。もしかすれば本当に、この二人ならばやってくれるのではないか、と。


 そんな視聴者達の反応に満足したのか、アーデルハイトはドヤ顔でうんうんと頷いていた。コメントは止まず、期待や応援の声がひっきりなしに流れてゆく。しかし、何度も言うように時間が無いのだ。いつまでも彼等の反応を楽しんでいるわけにもいかない。出来る出来ない等と白熱する彼等の議論を断ち切るように、クリスが最後の告知へと話を移す。


「三つ目はコラボ配信についてです。有り難いことに、我々の元へいくつかのコラボ依頼が届いております。とはいえ、こういった他のパーティーとのコラボを頻繁に行うつもりはありませんでした」


「あまり頻繁に行うと特別感が薄れてしまいますものね」


「はい。ですが諸事情により、次回はそう遠くないうちに行われる予定です。仔細はまだ詰めていないので、コラボ相手については秘密ですよ。先方からは早く公表したいと言われているのですが……」


『ええやんけ!!』

『情報量多すぎィ!!』

『配信終盤で怒涛のラッシュかけてくるのやめーやw』

『気にせずどんどんかませ!!』

『相手は秘密かーどこやろなぁ』

『頼む……推しパーティーであってくれ……!!』

『流石に魔女と水精クラス連発はないやろ……ないよな?』


 三つ目はコラボについてだった。つい先日に魔女と水精ルサールカとのコラボを行ったばかりである手前、異世界方面軍としては暫くの間コラボを行うつもりが無かった。ありがたみが薄れるという理由も確かにあるが、一番の理由は他力本願で人気を得たと思われやすいからである。

 とはいえ、その手の懸念は魔女と水精ルサールカとのコラボによってある程度払拭されたと言って良い。実力が無ければそういった風評も立つだろうが、しかし実力さえあれば、悪し様に叩かれることなどそうそう無いということは、前回のコラボで理解っていた。これはダンジョン配信界隈が大らかであるというよりも、どちらかといえば探索者らしい実力主義の表れと言えるだろう。


「今回は先方たっての希望で、ダンジョン探索というよりも調練に近い内容になるかと思いますわ。なんでもわたくしの剣に魅了されたとのことで、以前より酷く熱烈な魂の繋がりテレパス?が届いておりましたの。その熱意パトスに、わたくしの右腕に眠る聖なる力セブンス?が共鳴しましたの。自分でも何を言っているのか理解りませんけど、まぁそんな感じですわ」


「意味不明な内容のDMだったので、当初は無視していたんですけどね」


 前回のくるるのように、まだ未定の段階でのコラボ発表は相手に迷惑をかける場合がある。しかし今回に限って言えば、コラボ自体は既に決定している。秘密ではあるものの、しかしコラボ相手からの強い要望もあって、アーデルハイトはほんの少しだけ仄めかした。


 異世界方面軍の団員達はもちろん、アーデルハイトを一番の推しとしている。しかし彼等は、何もアーデルハイト達の配信しか観ていない訳では無い。中にはそういった者達もいるだろうが、殆どの者は他の配信者達のチャンネルにも目を通している。異世界方面軍に辿り着く以前から贔屓にしていた配信チャンネルもあれば、砂漠の中からたった一つの石を探し出すかのように、新たな期待の新人を求めて動画を漁ったりもしている。それこそ、アーデルハイト達を見つけたときと同じように。


 そんな熟練リスナーとも言える彼等にとって、アーデルハイトの僅かな仄めかしは、相手を特定するのに十分過ぎる特徴を放っていた。

 意味は全くわからないが、しかし何処となく心をくすぐられるその言葉。それらを特徴としている配信者などそう多くはない。というよりも、彼等の頭の中には一つしか思い浮かばなかった。


『一発で特定出来るの草』

『オイオイオイマジかよ』

『もう答え出てるのと一緒じゃんねw』

『死んだわ俺』

『お前らしょっちゅう死んでるなw』

『っしゃあああああああワイ歓喜ィ!!』

『ビッグネームなんだよなぁ』

『新旧ルーキーコラボやん!!』

『相性はめっちゃ良さそうだけどw』

『カオスになりそうな気しかしねぇよなぁ?』


 当然ながら視聴者達は湧き上がる。何しろ新人でありながら、異例の早さでトップに手が届く位置まで上り詰めた期待の新人パーティだ。それが現在話題沸騰中の異世界方面軍とコラボを行うというのだから、興奮せずには居られない。


 酷く巻き気味で行われた怒涛の告知ラッシュに、視聴者達の処理能力は既に限界寸前。思えば開幕から驚きの連続だった。アーデルハイトの歌声披露に始まり、クリスの参戦や怒涛の三連続サプライズ。一度落ち着いて整理しなければ、とてもではないが頭が追いつかない。そんな彼等に救いの手を差し伸べるが如く、アーデルハイトが配信を締めにかかる。時計を見れば、配信終了の予定時刻を既に10分ほど過ぎていた。


「みなさん、長時間お付き合い頂いてありがとうございますわ。というわけで、今回の記念配信はここまでですの!」


「今後の予定や、先に伝えた告知の新情報は詳細が決まり次第、Sixシックス公式アカウントでお知らせ致します。是非チャンネル登録とフォローをお願いします。また探索者協会の名宛などもチャンネル概要欄に記載しておきますので、チェックしてくださいね」


「それでは団員のみなさん、さよならーデルハイト!!」


 気の抜けるような別れの言葉と共に、およそ二時間半にも及んだ五万人突破記念配信が終了する。視聴者達の反応を見る限り、大成功といってもいい出来だっただろう。

 裏方に徹していたみぎわが、配信終了と同時に視線を画面の隅、チャンネル登録者数の部分へと移動させる。そこには101129という数字が輝いていた。


「え、コレまたすぐに同じ規模でやるんスか?」


 記念配信など連続でやるようなものではない。みぎわはどうやって先延ばしにしようかと頭を悩ませる羽目になった。


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