第135話 おしえてクリスてんてーPart.2

 対六聖用として作られた『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』が、実際に六聖と遭遇するとどうなるのか。その答えを月姫かぐやとレベッカの二人は見せつけられていた。


 オルガンが自らの持つ技術の粋を集めた『それ』は、有象無象の魔物達とはわけが違う。スライムの特性として初めから備えていた高い物理耐性は、より一層の強化を施されている。こちらの世界では最高峰の実力をもつ大和の攻撃がまるで通用しなかったのだ。それどころか微動だにしなかった。如何に物理耐性を備えているといっても、ただのスライムではあり得ない光景だ。


 攻撃方法についてもそうだ。ただ酸性の粘液を飛ばすことしか出来なかったスライムの頃とは違う。目にも止まらぬ速さで振り回される触手の数は十を優に超え、二十に達しようかというほど。頭上から打ち据えるのみならず、横からの薙ぎ払いや刺突まで織り交ぜられ、更には鞭のようなしなりが加わることで軌道も変化する。まさに自由自在、千変万化とでも言うべき攻撃の嵐。打ち付けられた地面のタイルやアスファルトが砕け散っているのをみるに、その威力も生半可なものではない。


 月姫かぐやとレベッカが相対していた先程までが、まるでお遊びであったかのような光景だった。月姫かぐやもレベッカも所詮はただの『関係者』であり、行動を共にすることで薄っすらと六聖の気配が纏わりついていたに過ぎない。六聖本人ではないことが本能的に分かっていたのだろうか、『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』にとって、先程までの攻撃はほんの小手調べ程度のものだったのだ。 


 そんな『ここからが本番』とでも言うべき状況にあって、しかし『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』の攻撃がアーデルハイトに届くことはなかった。


「圧倒しなさい!!」


 周囲で戦いを見守っている探索者達には、敵の攻撃を視認することすら叶わない。ただ激しい風切り音と地面の砕ける音が聞こえるのみだ。だがそんな触手による超高速の乱打は、その全てがアーデルハイトの操る六本の剣によって迎撃され、撃ち落とされ、斬り飛ばされていた。アーデルハイトがまるで指揮棒のように長剣を振るえば、六つの刃が命令通りに敵を穿つ。


 輝くような軌跡を残し、空中を踊る青の光条。それはまるで、暗く影の落ちたイベント会場を流れる六つの流星のようであった。


 聖剣・雨夜の煌きアストレア

 それはアーデルハイトが持つ五本の剣の中で、最も『特殊』な聖剣だ。


 本体とも呼べる一本の長剣と、それに付随する六本の異なる形状を持った剣達。それら七本の剣を合わせた総称こそが、『聖剣・雨夜の煌きアストレア』だ。そしてこの時点で既に、他の聖剣・魔剣とはそのあり方が異なることが分かる。

 あちらの世界では聖剣・魔剣といった特殊な武具はいくつも発見されており、その存在は一般の民達にも広く知られている。簡単な言い方をすれば『誰もが憧れる凄く強い武器』といったところか。


 聖剣・魔剣とはそれぞれが特殊な能力を有しており、通常の武器とは一線を画す性能を持っている特殊な武具だ。そんなただでさえ希少な聖剣・魔剣ではあるが、中でも複数の剣を以て一とするものは非常に珍しい。双剣のような二振りで一つのものは幾つか確認されているが、七本もの大所帯となると『聖剣・雨夜の煌きアストレア』のみである。


 だが、アーデルハイトは『聖剣・雨夜の煌きアストレア』を使用することが殆どなかった。具体的に数えれば、入手してからまだ二度しか抜いたことがない。今回を含めても漸く三度だ。故に、アーデルハイトがそんな聖剣を所持していることを知っている者が、そもそも少なかったりするのだが。


「───と、まぁそんな感じです」


「あ、クリスさん!何処に行ってたんですか!?」


「普通に水際族のスペースに集まった方々の避難誘導をしてましたよ」


「あっ、ですよね」


 地面に腰を下ろしてひぃひぃと息を切らしていた月姫かぐやの背後から、まだコスプレ衣装を着たままのクリスが姿を見せる。水際族のスペースは頒布が終わってからも盛況だった。故に、避難誘導はなかなかに大変な作業だったのだろう。着替える暇すらなかったことが、彼女の服装から窺える。クリスは座り込む月姫かぐやへと手のひらを向け、軽く回復魔法を使用した。


「よォメイドさん。姫さんのありゃァ、どういう武器なんだ?」


 漸く姿を見せた解説役クリスへと、月姫かぐやの隣で息を整えていたレベッカが問いかける。流石というべきか、或いは使用する武器種の所為か。レベッカは月姫かぐやよりも受けた傷が少なかった。ところどころが破れた衣服からは健康的な肌が見え隠れしているが、直ちに治療が必要なほどのダメージは負っていないようだ。


「あれは聖剣・雨夜の煌きアストレア。見ての通り、六つの剣を持ち主の意志によって操ることが出来る聖剣です。攻撃力よりも、速度と手数に重きを置いた聖剣ですね」


「あ?それだけか?なんつーか……性能自体は意外とシンプルだなァ」


「あちらの世界ならばいざ知らず、宙を舞う剣を操る時点で既にシンプルではないと思いますが……レベッカさんもかなり異世界脳になってきましたね」


「へっ、アタシは自分の目で見たものは、全部信じるようにしてンだよ」


 そう言って鼻を鳴らすレベッカ。彼女は懐から取り出した煙草に火を付け、既にすっかり観戦モードへと移行している。どうやら戦闘大好きな彼女らしく、自分の疲労や怪我などよりも、見たことがない怪しげな武器のほうに興味を引かれているようだった。


「実は私も、あの剣についてはあまり詳しくは知らないのです。なにしろお嬢様が殆ど使わないので……」


「……何か理由があんのか?聖剣っつーのは異世界でも相当レアなんだろ?折角手に入れたンなら、使わねェと勿体ないだろ」


「そうですよ!!あんな……あんな……滅茶苦茶カッコイイのに!!」


 こちらの世界の人間にとって『聖剣』というものは、その言葉の響きだけでもワクワクしてしまうものだ。ファンタジー系の物語ではもはやお馴染みの武器であり、これがなくては始まらない、と言ってしまっても過言ではない存在だろう。『魔法』と対を為す憧れの異世界アイテム、それが聖剣だった。

 そんなありふれた、もはや一般的とさえ呼べるほどの知名度を持つ聖剣だ。月姫かぐやにとってもレベッカにとっても、聖剣に対して抱いているイメージはそう変わらない。とにかく強くてカッコイイ、選ばれし者にのみ許された聖なる剣。二人の持つイメージを代弁するのなら、大凡そんなところだろうか。


 困難で強大な試練に打ち勝った末に手に入れる強力な武器。或いは何者かから与えられるもの。何れにせよ並外れた努力か、並外れた強運がなければ手に入れられないといったイメージがなんとなくだがある。もしも自分が所持していれば、必要のない場面であっても無理やり使うことだろう、と思ってすらいる。聖剣に対するそんなイメージを持つ二人には、折角手に入れた武器を使わない理由が解らなかった。

 もっといえば、雨夜の煌きアストレアのビジュアルは抜群だ。美しい銀の装飾と、静かで目を奪われるような深い青。それが空を滑り敵を討つのだから、カッコイイどころの話ではない。故にいくら理由を考えても、ただただ勿体ないという感想しか出てこないのだ。


 つまり二人は忘れていたのだ。以前に伊豆Dでクリスが説明したことを。アーデルハイトという存在が、如何に『神器』に愛されているのかを。


「……庭に刺さっていたそうですよ」


「えっ」


「あァ?」


 クリスが眉を顰め、呆れるように息を吐いてそう呟く。他の冒険者達が聞けば、羨望が限界を突破して死んでしまうかもしれないようなことを。あちらの世界に於ける『神器』の扱い、その詳細を知らない二人からしても、耳を疑うような話を。


「朝起きたら、公爵邸の庭に刺さっていたそうです。それが聖剣・雨夜の煌きアストレア。お嬢様は『聖剣・高枝斬りガーデニング』などと呼んでいますが……お嬢様があれを使用したのは二度、訓練の休憩中に庭木の剪定を手伝った時だけです」

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