第136話 腕は落ちていないらしい
『
「はぁっ!!」
裂帛の気合とともに、アーデルハイトが
アーデルハイトは
『神器』とは基本的に尖った性能をしている場合が多い。魔力に対する絶対的な優位性を持つ聖剣・ローエングリーフや、敵の能力低下という一点に特化した魔剣・
だがしかし、そんなことは大した理由ではない。
アーデルハイトが
剣聖であるアーデルハイトは、当然ながら剣を振るのが好きだ。その手に感じる剣の重みも、何かを斬る際に伝わる感覚も。己の積み上げた技量の全てが、剣を通じて自分に返ってくる、その感覚が好きなのだ。
だが
それが、アーデルハイトが
アーデルハイトは知る由もないことだが、実際にはそうではない。
実は
だがアーデルハイトはそうと知らず、使用感に乏しいという理由でこれまで使ってこなかった。そうして『選定の剣』ならぬ『剪定の剣』と化していた
『
(……あら?意外と悪くありませんわね……?)
まるで音楽隊を率いるかのように、
(これも食わず嫌いと言いますの……?この子には悪いことをしたかもしれませんわね)
心の中でそう反省しつつも、アーデルハイトはひたすらに触手を撃ち落とし、敵の身体を削り取る。斬り飛ばした触手が一般人の方へ飛んで行かないように、細心の注意を払って。
「受けなさい!!
そんな最高にダサい技名と共に、六つの星が空を踊る。
まるで雨夜のように、影の落ちた広場を
アーデルハイトは誰一人として、怪我人を出すつもりがなかった。騒動によって混乱した結果、転倒したりといった怪我人は仕方がない。だが少なくとも、この『
とはいえ、だ。
攻撃が通用しない以上、現状はただ敵の攻撃を防いでいるだけに過ぎない。敵を倒すには、あの強固な物理耐性を打ち崩して『核』を露出させる必要があるのだ。そして状況を打開するその役目を負っているのは、アーデルハイトではなかった。
今回のアーデルハイトの役目は謂わば盾だ。敵の守りを打ち崩す鉾は、もう一人の男に委ねられている。アーデルハイトが
* * *
「アレは……俺との戦いでは使っていなかったな……」
手を抜かれていたとは思っていない。何故使わなかったのかも理解出来る。ウーヴェの口から溢れた言葉は、単純な興味から出たものだった。
彼ほどの実力があれば、一目見れば大凡の特性は分かる。アレは中~遠距離用の『神器』であり、近接戦闘には不向きだ。一度懐に潜られてしまえば、何か特別な力があるわけでもない一振りの長剣に過ぎない。もし自分があれに相対したのなら、さほど苦労することもなく───。
そこまで考えたところで、ウーヴェは頭を振る。
相手の戦力を分析しようとしてしまうのは、戦いが大好きな彼の悪癖だった。今はそれどころではないというのに。
ただのスライムならばいざ知らず、相手は『創聖』の手が加えられた魔法生物だ。如何にウーヴェと謂えど、あの並外れた物理耐性を破るのには多少の準備が必要になる。全力を出せば容易く粉砕出来るだろうが、それをしてしまえば会場にどれほどの被害が出るか分かったものではない。彼の恩人たる店長も来ているこの会場を、スライムごと破壊するわけにもいかないのだ。
アーデルハイトがそうであるように、ウーヴェもまた手段を選ばなければならない。剣聖と拳聖が互いに手段を選ぶ状況で、より破壊を一点に集中出来るのがウーヴェだった。アーデルハイトの剣技が線や面の攻撃だとするのなら、ウーヴェが得意とするのは点の攻撃。周囲に与える影響を鑑みれば、成程、ウーヴェのほうが適任といえるだろう。
「さて……始めるか」
胸の間で両の拳を合わせ、敵を見据えてウーヴェが呟く。
何も難しい話ではない。ただ己の拳で敵の防御を貫くだけ。だとえそれがどれだけ短い時間であったとしても、剣聖がその一瞬を見逃す筈もない、と。
「”
ウーヴェが飛び出す。
触手と
ウーヴェには力の流れが『色』となって見えている。周囲に蔓延る余計なもの、その一切を削ぎ落とした時、『劫眼』に映るのはただ真っ白な世界だった。
そんな真っ白な世界の中で、青い輝きを放ち舞い踊っているのはアーデルハイトの刃。それとは対象的に、真っ赤な敵意で染まっているのが
本来であれば、”
もしかすると、そんな気遣いは必要ないのかもしれない。あのアーデルハイトの事だ、味方に攻撃を当てるなどという失敗は万に一つもないだろう。ウーヴェは剣聖の腕を信用していないわけではない。むしろ身を持って経験している分、誰よりも知っていると言えるかもしれない。それでもウーヴェが”白鴉”を使用したのは、彼がこれまで己の拳一つで生き抜いてきた、その矜持の表れだった。
つまりは『気遣い無用』ということ。
自分に当てないよう気遣うくらいならば、自分の剣に集中しろ、と。
実際にはアーデルハイトはそれほど気を使っているわけではなく、何かとばっちりがあったとしても勝手にどうにかするだろう、程度にしか思っていないのだが。
そんなウーヴェの疾走は、まるで風に揺れる柳の様に滑らかであった。足音など当然の様に皆無。風景に溶け込むかのようで、そこに存在しないかのように希薄な存在感。その速度はそれほどでもない。否、速いは速いが、周囲の探索者からでも視認は出来る程度の速度だった。
だが、不思議な光景だった。
アーデルハイトと触手の攻防はまるで荒れ狂う嵐のように激しい。至るところから衝撃音が鳴り響き、切り落とされた触手が破片を撒き散らし、弾かれた攻撃が地面を穿つ。そんな誰も割って入れないような戦場を、ウーヴェはただ真っ直ぐ事もなげに進んでいる。左右に身体を動かすこともなければ、屈んだり跳ねたりすることもない。
彼が行っているのは速度の調整のみだ。力の流れを視覚情報として見ることが出来るウーヴェは、駆ける速度に緩急をつけるだけで全ての攻撃を回避していた。およそ人の為せる業とは思えないような、まさしく神業だった。
そうして50m以上あったであろう彼我の距離は瞬く間に詰まる。だが先ほど大和が接敵したときとは違い、新たに生み出された触手がウーヴェへと襲いかかる。対六聖用の兵器なのだから当然だ。ここまで接近を許した以上、『
その全てが、アーデルハイトの操る六本の剣によって迎撃される。
「ふん……どうやら腕は落ちていないらしい」
それどころか、自分が戦った時よりも強くなっているのでは。そんな考えがウーヴェの脳裏を過るが、しかし瞬時に頭の角へ追いやる。戦場に於いて、余計な考えはそのまま敗北に繋がるということをウーヴェは知っている。
「────」
ウーヴェが息を深く吸い込み瞳を閉じる。腰を小さく落とし、右腕を引き絞る。それは放つのに少しの間が必要であるが故に、一人で戦う際には殆ど使うことのない一撃。
そうしてウーヴェが瞳を開いた時、彼の拳はこの場に居る誰の目にも映ることなく、音さえも追い越して、いつの間にか敵の身体へと到達していた。
対六聖用として強化に強化を重ねた、圧倒的な物理耐性。こちらの世界ではトップクラスの実力を持つ大和の一撃でさえ、なんの痛痒も与えることが出来なかった防御力。だがしかし、まるでそんなものは初めから存在していなかったとでも言うように。
「”絶拳・
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