第137話 何故か全裸の

 ウーヴェの一撃によって『核』を露出させるどころか、もはや『核』以外のほぼ全てが爆発四散した『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』。吹き飛ばされた身体は海へと還り、身体の大部分を失った哀れな魔法生物は、もはや新たな触手を生み出すことすら出来なかった。


 とはいえ、『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』の再生能力は凄まじい。海に飛び散ったと謂えど、このまま『核』を放置していてはいずれ再生してしまうだろう。


「他愛の無い……剣聖!」


「やかましいですわー!!言われずとも分かっておりましてよ!!」


 だが、この戦いの終着点は初めから決まっている。ウーヴェが露払いで、アーデルハイトが本命。その言葉を現実のものとするべく、既にアーデルハイトは動き出していた。


 聖剣・雨夜の煌きアストレアの刃が宙を舞う。まるで天上へと向かうための架け橋、或いは階段のように、アーデルハイトの眼前へと頭を垂れる六本の剣。それを優雅とは言い難い速度で駆け上がれば、敵の『核』はもう目と鼻の先であった。


 全身が強固な物理耐性で守られているが故か、スライムの『核』はひどく脆い。そしてそれは様々な改造を施された、『創聖』渾身の作である『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』ですらも例外ではない。


 故に、わざわざローエングリーフを使う必要はなかった。取り立てて斬れ味に優れているという訳では無い雨夜の煌きアストレアの本体でも、簡単に破壊することが出来るのだから。


 雨夜の煌きアストレアによって生み出された階段、その最上段をアーデルハイトが蹴って飛ぶ。そうして放たれるのは致命の一撃。


「跪きなさい!!剣聖!!キーック!!」


 見事なフォームで振り抜かれたアーデルハイトの美しい右脚が、怪しく光る『核』を打ち砕く。甲高く、まるで硝子か何かが罅割れるかのような音が辺りに響き渡る。そうして『核』は僅かな光を放ち、直後に弾け崩壊した。それと同時に、辺りを包みこんでいた薄暗いベールもまた崩壊してゆく。


 歓喜に沸く探索者と、避難中だったイベント参加者達。

 あれほど激しく打ち合ったというのに、戦場となった広場には一切の破壊痕も残されてはいなかった。そうして最後に残ったのは『核』の残骸と、会場を静かに照らす鮮やかな夕陽だけだった。




 * * *




 一応の危機は去ったが、しかし念の為に参加者達の避難はそのまま継続された。誘導はイベントスタッフが主導となり、それに探索者協会が協力する形で進められた。そうして最低限の協会職員とイベントスタッフ、そしてアーデルハイト達を残し、広場にはすっかり人気がなくなった時の事だった。


「……あら?何か落ちて来ますわよ?」


 アーデルハイトが、何かに気づいたかのように上空を見上げる。そんな彼女の呟きに釣られ、クリスが頭上へと視線を向ける。前方から差し込む夕陽が眩しく、はっきりとは分からないが───確かに何かが上空から落ちてきていた。


「あれは……人、でしょうか?」


「んー……ウチには何も見えねッス」


 よく見てみれば、なんとなく人の形をしているような気がする。クリスの隣では、つい先程合流を果たしたみぎわも上空を見上げている。だが、彼女には何の影も見えなかった。恐らくはまだ、異世界組の優れた視力でなければ目視出来ないほどの距離なのだろう。


 ちなみにこの時、戦いが終わったおかげですっかり興味を失ったウーヴェは、ゆらゆらと舞い続ける雨夜の煌きアストレアを横目にそわそわと耳を動かしていた。もしもこの場に人目が無ければ、或いは猫のように飛びついていたかも知れない。


 ついでに、序盤に活躍を見せた大和は医務室送りとなっている。真面目に戦った結果、またもやアーデルハイト達との会話の機会を失ってしまったあたり、彼の間の悪さも筋金入りといえるだろう。閑話休題。


 徐々に大きくなってゆく人影を見つめながら数分間。

 その正体に漸く気づいたアーデルハイトは、ひどく呑気な声色でこう言った。


「あら、どうやらアレはオルガンのようですわね。何故か全裸の」


「なんか不穏な言葉が聞こえてきたッス」


「私にも見えました。確かに彼女のようです……何故か全裸の」


 眉の上に手で日陰をつくり、二人で仲良く空を見上げる主従。そんな二人の意見が一致したということは、件の人影はオルガンでまず間違いないだろう。


「うーん……何故彼女までこちらの世界に来たのか、先のスライムは一体どういうつもりなのか、等と色々と気になることはありますが……今はそれよりも」


「どうして全裸なのか、ですわね?」


「そうではなく……いえ、それはそうなのですが。あの方は身体能力が高くなかったと記憶しております。つまり……このままでは潰れたトマトになるのでは?」


 そう、こうして数分間空を眺めていたということは、オルガンらしき人物が相当な高さから降ってきているということの証左だった。アーデルハイトやウーヴェのような高い身体能力を持つ六聖ならばいざしらず、もやしのオルガンでは五体満足での着地など不可能だろう。


 オルガンは錬金術師らしく、魔法はかなり得意な筈だ。だが魔法によって落下速度を和らげているようにも見えないあたり、もしかすると意識がないのかもしれない。つまりどうにかして『アレ』を受け止めなければならない、ということだ。


「……え、アレを受け止めますの?わたくしは嫌ですわよ?」


「お嬢様かウーヴェさんにしか無理だと思いますが……ウーヴェさんには頼めそうもありませんね。何故かオルガン様が全裸ですし、何よりもあの人、いつの間にかどっかいっちゃいましたし」


 クリスの言葉を受け、アーデルハイトが周囲を見回す。

 すると確かに、先程までそこにいたはずのウーヴェがいつの間にか姿を消していた。


「使えませんわね、あの男……」


「如何致しましょうか」


「うーん……?」


 そう言って腕を組み、どうにかオルガンを無事に着地させる方法を模索し始めるアーデルハイト。そうしてうんうん唸ること十秒ほど。まるで妙案を思いついたかのように、アーデルハイトがぽんと手を打った。


「クリス、魔法でアレの速度を落とすことは出来まして?」


「風魔法ならば、緩めることくらいなら可能かと」


「ではお願いしますわ」


 クリスは何か嫌な予感を感じつつも、しかしアーデルハイトに言われるがままに魔法を行使する。クリスが頭上に翳した両手から魔法陣が浮かび上がり、突如上空へと突風が吹き上がる。クリスが使用したのは殺傷能力のない風の基本魔法だ。本来であれば洗濯物を乾かすくらいにしか用途がない風魔法の、出力を大幅に上昇させたものである。小柄なオルガン程度であれば、落下速度を抑える事が出来るだろう。


 そうしてクリスが魔法を行使している傍らで、アーデルハイトがいそいそと雨夜の煌きアストレアの準備をしていた。


「……どうするつもりですか?」


「こうですわ」


 そうして雨夜の煌きアストレアが再び空を舞う。アーデルハイトによって操られた六本の剣は上空でそれぞれが交差し、まるで盾の様な形に変化していた。


「えい」


 そして『雨夜の煌きアストレアにはこういう使い方もあるんだ』とでも言わんばかりに、落下速度が低下したオルガンを横合いからぶん殴った。真横から衝撃を受けたオルガンは、そのまま大きな水飛沫を上げて有明の海へと消えていった。


「あっ」


「えぇ……」


「ぶはははははは!!」


 小さく驚きの声を上げる月姫かぐやと、呆れるような声を上げるクリス。ただ一人、米国産のヤンキーだけがゲラゲラと笑い転げていた。

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