第134話 ゆめお忘れなきよう!

 企業ブースが配置されている西展示棟から、恐らくは揺れの原因だろうと思われる場所を見下ろすアーデルハイト。そこには巨大な魔物が鎮座しており、探索者達が避難誘導を行っている姿が見えていた。遠く離れたここからでも、魔物の巨大さがよく分かる。そんな遠方の光景を眺めつつ、アーデルハイトが呟いた。


「アレは……恐らく『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』ですわね」


「へ、ヘか……?あれを知っているんですか、師匠!?」


「なンだよそりゃァ。異世界出身の魔物か?」


 アーデルハイトの口から出てきたのは、随分とふざけた名前だった。月姫かぐやとレベッカの二人が困惑するのも無理はない。そんな二人の疑問に答えるべく、アーデルハイトは問題の魔物に関する情報を話し始める。


「魔物と言うより、スライムを素体とした『魔法生物』と呼ぶべきですわね。わたくしの元いた世界には、魔物を改造し兵器として利用する、なんて頭のおかしなことをしている人物が一人だけ居ましたの。私が知っているものと少し見た目が違いますけれど、恐らくアレは『それ』ですわ」


 アーデルハイト曰く、あの巨大スライムは魔物であって魔物ではないとの事だった。あれは魔物ではなく、魔物を利用して作られた兵器だと。

 こちらの世界と比べれば幾分研究が進んでいるとはいえ、あちらの世界もまた、魔物に関しては解明されていないことのほうが多い。故に魔物の改造などというイカれたことが出来る者は、あちらの世界にも存在しなかった。ただ一人を除いては。


『創聖』オルガン。

 アーデルハイトとも既知の仲であり、あちらの世界の技術力を数世代進めたとも言われる天才だ。他の『六聖』と比べて戦闘力は低いが、その頭脳は他の研究者のそれとは比べ物にもならない。豊富な知識と優れた魔力操作によって様々なものを生み出し、果ては魔物の改造にまで手を出した頭のイカれた錬金術師。それがオルガンだった。


「他の『六聖』に匹敵する兵器を作り出す。そういった目的で作られたのが、あの『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』ですわ。無数の触手うでで敵を打ち倒すとかなんとか……まぁ結果からいえば、それは失敗に終わったのですけど」


「え、何故ですか?十分強そうですよ?」


「見ての通り、『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』は成長したスライムを素体にしておりますの。スライムは物理耐性が高く魔法に弱い。だからこそ、わたくしやウーヴェに対して効果的だと考えて選んだらしいのですけど───」


 オルガンの武器はその頭脳であり、戦闘能力には乏しい。故に、自分の代わりに戦う兵器を作ろうとした。全く以て迷惑な話だが、そこに八割ほどの趣味を込めて。


『六聖』の中で戦闘力が高い者は四人居る。

『剣聖』アーデルハイト、『拳聖』ウーヴェ、『聖炎』シーリア、『聖女』ルミナリアの四人だ。その内『聖女』の能力は魔法とはまた違った系統の術であるため、四人の中で魔法が得意なのはシーリアのみだった。故にオルガンは調達が比較的容易で、かつアーデルハイトとウーヴェに対して有利であろうスライムを素体に選んだ。


 そうして試作を重ね『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』が三代目になった時、オルガンは自らの知り合いであるアーデルハイトを襲わせた。知り合いであるアーデルハイトを当然のように襲撃するあたり、自分の興味を何よりも優先する彼女の性格が表れているといえるだろう。


 結果は言うまでもない。

 仮に多少強化されていたところで、物理攻撃を無効化出来るわけではないのだ。許容量を越える衝撃を受ければ、如何にスライムといえども爆発四散待ったなしである。そうしてアーデルハイトによって吹き飛ばされた『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』は、再度調整されることとなった。だがしかし───。


「その調整の途中で、逃げられていたと言っていましたわね」


「えぇ……」


「結局それ以降は『探すのが面倒なのでもうやめる』などと言っておりましたけど……察するに、どうやらあの聖女アバズレに捕獲されたようですわね。巨獣ベヒモスの時と同じですわ。ああいやですわ、くっせぇですこと」


 そう言ってわざとらしく、小さな鼻をつまんで見せるアーデルハイト。無論、本当に聖女の匂いがするわけではない。スライムから感じられる聖女の気配や魔力の残滓などを指して『臭い』と表現しているだけだ。


「あれ、それじゃあ師匠なら楽勝ってことですよね?」


「ここがダンジョンの中か、或いは人気ひとけのない場所であれば。今ここでわたくしが、力尽くでアレを倒そうとすれば……あの辺りの地形が少し変わってしまいますわ」


「地形が」


「それに見た所、わたくしがぶち壊した時よりもずっと強化されているようですわ。オルガンの手によるものか、聖女の手によるものかはわかりかねますけれど……」


 以前もそうしたように、アーデルハイトであれば『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』を破壊することも可能だ。魔法生物である以上、『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』は魔力を大量に保有している。それはつまり、アーデルハイトの所有するローエングリーフのいい餌となるということだ。ローエングランツへの変形も容易であろうし、破壊すること自体はアーデルハイトにとってそれほど難しいことではない。


 だがそれは周囲への影響を無視した場合の話である。大勢の一般人が居るこの場所で、彼女がローエングランツを全力で振るえばどうなるか。『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』をそのまま放置していたほうがマシだった、などと言えるレベルの被害が出るだろう。


「あ、それじゃあクリスさんの魔法なら───」


「同じことですわ。あの子は一通り魔法が使えますけど、最も得意な魔法は雷系統ですもの。雷系統の魔法は範囲と威力に優れるものの、指向性に難がありますの。何人が巻き添えを受けるか分かったものではありませんわ」


 魔法に弱いのであればと考えた月姫かぐやであったが、しかし同様の理由でアーデルハイトに却下されてしまう。兎にも角にも、出現した場所とタイミングが悪かった。通常であれば難なく処理出来るであろう相手でも、この場所では難しいのだ。


「よォ、じゃあ結局どうすンだよ。いくら大人しいっつっても、あのまま放置ってワケにはいかねェだろ?」


 黙って話を聞いていたレベッカが、いよいよ辛抱出来ないとばかりに口を挟む。戦闘大好きな米国産のヤンキーは、いいから早く殴りに行こうぜとでも言いたげであった。だが彼女の言うことは間違っていない。このまま放置していれば一般人は勿論、建築物にまで甚大な被害が出てしまうだろう。成長したスライムの最も厄介な部分がこれだ。放っておけば何でも吸収し、成長し続けてしまう。


 アーデルハイトは腕を組み、そして悩むように考え込む。そうして数秒後、彼女は眉を顰め、本当に嫌そうな顔をしてこう言った。


「仕方ありませんわね……気は進みませんけれど、あの男を使いますわ」




 * * *




 襲い来る無数の触手を躱しながら、月姫かぐやはアーデルハイトの言葉を反芻していた。吹き飛ばされた大和の安否など、彼女にとっては些末な事だ。どうせあの程度でやられるような男ではない。それよりも、自らに課された使命を全うする方が重要だった。


(これならまだ、あと数分は耐えられそう)


 月姫かぐやがアーデルハイトから頼まれた仕事は二つ。


 一つ目の仕事は敵の足を止めること。

 アーデルハイト曰く『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』はその制作理由のせいか『六聖』の気配に敏感らしい。故にアーデルハイトと関わりのある月姫かぐやが姿を見せれば、向こうから攻撃をしかけてくるだろう、とのことだった。

 まして、今は拳聖との関わりがあるレベッカも一緒だ。『六聖』二人分の気配があれば足止め自体は容易だろう、と。


 その予想は見事に的中し、月姫かぐやが現場に到着すると同時に、『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』は攻撃へと転じてきた。つまり、その時点で一つ目の仕事は完了したことになる。


 二つ目の仕事は、アーデルハイトが来るまで耐え続けること。

 元々は対六聖用として作られた『百腕の巨人ヘカトンケイルくん』だ。その性能はそこらの魔物の比ではなく、月姫かぐやとレベッカという探索者界で最高峰の実力を持った二人でも、この仕事は難しいものだった。

 そもそも、反撃せず防御に徹するというのは消耗を強いられる行為だ。ダメージが通らないのだから仕方がないのだが、徐々に勢いを増してゆく攻撃を捌き続けるのは至難以外の何物でもなかった。


 だがそれでも、月姫かぐやはいまだ立っている。攻撃を躱しきれず、小さな傷はいくつも作っている。しかしアーデルハイトとの特訓が活きているのか、大きなダメージは受けていなかった。


(とは言っても……っ!!もうかなり足が重い!)


 人間である以上、体力には限界がある。

 既に五分以上敵の攻撃を回避し続けている。そんな月姫かぐやの動きは次第に鈍り始めていた。だが敵のスタミナは無尽蔵で、触手の数も攻撃速度も増す一方。これまで多くの魔物と戦ってきた月姫かぐやといえど、ここまで厳しい状況は無かったかも知れない。


 だが、アーデルハイトの期待に応えないわけにはいかない。その一心で月姫かぐやは前を向く。そんな彼女の視界には、大剣を盾にして攻撃を凌いでいるレベッカの姿が映っていた。


「おぅ、もうヘバったのかよヘタレ!」


 言葉は分からないが、その表情を見れば何を言われたのかは大凡分かる。自分だってギリギリのくせに、よくもまぁ偉そうに。


「誰がッ!!」


 レベッカの言葉に奮起する月姫かぐや。だが疲労というものは気合で回復するものではない。攻撃を躱そうとして地面を蹴ったはずの足が、まるで鈍りのように彼女を地面へと縫い付けていた。


「うっ!?」


 バランスを崩し、小さな呻きと共に地面へと倒れ込む月姫かぐや。そんな明らかな隙を、敵が見逃してくれる筈などなかった。迫りくる触手に対して咄嗟に刀を盾にするが、側面から衝撃を受けた刀はあっさりとへし折れる。このまま受ければ致命傷になるのが明らかな、そんな一撃だった。


(しまッ───やらかした!!)


 レベッカが慌ててカバーに入ろうとしているのが見えたが、どう考えても間に合わない距離だった。ダメージを覚悟し、しかし少しでも軽減するために顔の前へと両腕を掲げる。襲い来るであろう痛みを予感し、月姫かぐやが瞳をぎゅっと閉じる。


(ッ────────……あれ?)


 しかし、予期していた痛みが来ることは終ぞ無かった。

 ゆっくりと瞳を開けば、月姫かぐやの眼の前には一本の長剣が突き刺さっていた。みれば月姫かぐやに襲いかかるはずだった触手を弾くどころか、その先端を斬り飛ばしてしまっている。


 純白の刃に黄金と緋が奔る美しいつるぎ月姫かぐやが見紛う筈もない。それは、彼女の師を象徴する一振りであったから。


「よくって?貴方が露払いで、わたくしが本命。ゆめお忘れなきよう!」


「……チッ」


「なんですのその態度は!?態度が悪い!この男は態度が悪いですわ!!態度悪男たいどわるおですわ!」


「貴様こそ、手を貸しているのは俺の方だということ忘れるなよ」


「なんてことですの……恐ろしいですわ。ここに来ようとして一人で迷子になっていた癖に、よくそんなことが言えますわね!!厚顔無恥にも程がありましてよ!」


「ふ……何を言っているのか分からん」


 月姫かぐやの背後から、ぎゃあぎゃあと喚く声が聞こえてくる。先程までの絶望的な状況はどこへやら、その声を聞いた途端、月姫かぐやの胸中はすっかり安堵で満ちていた。


「お疲れさまですわ。よく頑張りましたわね」


「遅いですよ師匠ぉー!!」


 月姫かぐやの後方からゆっくりとやって来たアーデルハイトは、まるで夜空のように美しい青藍の剣をその手に携えていた。加えてその背後には、まるでアーデルハイトの命令を待ち侘びるかのように三対六振りの剣が浮かんでいる。


「さぁ───聖剣・雨夜の煌きアストレアのお披露目ですわよ!」

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