第133話 師匠の言う通りでした!!

 敵の様子は一変していた。

 ただゆっくりと前進を続けていただけの先ほどまでとは違い、今は明らかな敵意を持って月姫かぐやとレベッカを攻撃している。


「オイオイオイ!!さっきまでは大人しかったじゃねェかよ!」


「っ!!危ッ!!師匠と特訓してなかったらヤバかったかも!うわわ!」


 伸びる腕は計四本。レベッカと月姫かぐやにそれぞれ二本ずつを割いている。スライムの攻撃方法は酷く単純で、ただその触手のような腕で打ち据えるのみ。だがそれでも、二人は攻撃に転じることが出来ずにいた。


 レベッカは借り物の大剣をぐるぐると器用に振り回し、時に頭上へと掲げ、時に薙ぎ払って弾き飛ばし、そして剣身を地面へ突き立てるようにして盾にする。剣を振り回すだけでなく、敵の攻撃の軌道に合わせて身体を動かし、支えにして跳躍することで回避する。彼女は当然のようにやってのけているが、重い大剣でこうも俊敏に動けるのは『彼女だから』としかいいようがない。そこらの大剣使いなどであれば、とうの昔に戦線離脱リタイアしているだろう。これだけでも彼女の技量の高さが見て取れるというものだ。


 そんなレベッカと対象的に、月姫かぐやは回避に専念していた。そもそも日本刀は『斬る』為の武器であり、攻撃を『防ぐ』為に作られてはいない。強度が高い武器ではあるが、それ以上に繊細な武器だ。小さな刃毀はこぼれ一つでも切れ味が落ち、使い物にならなくなることも珍しくない。刀と刀を打ち合わせるシーンが映画などでよく見られるが、本来はああいった使い方を想定していない。


 刀を使う上で最も大事な事は、敵の攻撃を逸らし、受け流し、躱すこと。そんな刀の特徴をアーデルハイトに一目で見抜かれたからこそ、月姫かぐやはひたすら歩法や回避の特訓をさせられた。例のトレント耐久はまさにそのための訓練であった。


 そもそも、彼女が今握っているのは協会のブースから借りてきた刀だ。物は上等だが、普段彼女が使っている自前の刀に比べれば幾分質が落ちる。そんな使い慣れない武器で防御などすれば、受け流すことも出来ずにポッキリ折れてしまうかもしれない。月姫かぐやの実力にはアーデルハイトも一目置くほどだが、だからといって剣聖程の腕前があるわけでは決してない。使い慣れない得物で十全に技量を発揮できるほど、彼女はまだ上手くない。


 二人が参戦してくれたのは、大和にとっても望外の喜びだった。いや、彼女達が会場に来ていることは大和も知っていた。故に心の何処かでは期待していたのだ。二人の実力は大和もよく知っている。共に渋谷ダンジョンで戦ったレベッカは勿論の事、戦闘力だけならば『勇仲』にも匹敵、或いはそれ以上とも噂されていた月姫かぐやのことも。大和は魔物やダンジョンの情報のみならず、同業者の情報収集も怠らない男だ。アーデルハイトのことも少し前から知っていたように、『†漆黒†』についての情報も頭に入れてある。


「っ……アレの相手は僕らに任せて欲しい!皆は避難している人達の援護を!」


 そんな二人の救援に喜んでばかりもいられない。大和は周囲で戦いを見守っている探索者達へ指示を出し、その手に長剣を握りしめて敵へと駆け出す。そうして距離を詰めつつも、彼の脳裏には新たな疑問が浮かんでいた。


(止まった……何故……?)


 先の探索者二人による遠距離攻撃では、まるで気にした風もなく前進を続けていた巨大スライム。だが二人が参戦して以来、進み続けていた敵の足───足など存在しないが───が止まったのだ。


(脅威度の問題……?敵はこちら側の戦力を理解しているのか?或いは、一定の範囲内に近づいた者だけを攻撃している……?いや……)


 先の探索者二人と、いま前方で戦っている月姫かぐやとレベッカ。この二組に違いがあるとすればその攻撃方法と実力の二つだ。先の二人は遠距離からの攻撃で、今の二人は接近しようとしている。しかし思い返せば、敵が現れた際に勇み足で近接攻撃をしようとした探索者がいた筈だ。その際、あの探索者はもっと近づいていた。だが反撃は無かった。つまり距離は関係がない。


 そうなると、やはり脅威となる者へ攻撃をしているのだろうか。


(なら……僕に攻撃が来ないのは何故だ?)


 そう、大和は既に敵のすぐ側まで接近を果たしている。彼の身体能力を以てすれば、殆どあってないような距離だった。もっといえば、敵の反撃を予想してわざと速度を落としていた程だ。しかし彼の予想は裏切られ、何の妨害を受けることもなく敵の懐まで辿り着けてしまっていた。


 大和は自分の実力を過小評価したり、まして過大に評価することなどない。大和は自分と二人の実力に、それほど差はないと見ていた。事実、彼の見立ては間違っていない。客観的に見て、大和と二人の実力はほぼ同水準だと言っていい。そうであるからこそ、彼は自分にだけ攻撃が来ない理由が分からなかった。


「あァ!?オイお前だけ汚ェぞ───と言いたいところなンだが……」


「師匠の言ってた通りですね!」


 そんな風に大和が考えていた時、月姫かぐやとレベッカの二人から、まるで予定通りだとでもいうような台詞が聞こえてきた。


「───ッ!?どういう意味なんだい!?」


「いいから黙って一発入れろタコ!!」


「早くして下さい!うわっ!うわ危なっ!ちょっと掠った!!」


 二人の言葉はまるで要領を得ないが、しかし今のこの状況では、悠長に悩んでいる時間がないのも確かだった。こうしている間にも、月姫かぐやとレベッカを襲う触手の数は増している。最初は二本ずつだったものが、今では三本ずつでの猛攻になっていた。一発一発の攻撃力はそれほどでもないが、なによりも速度が凄まじい。そんな攻撃に未だ耐え続けている二人は流石という他ないだろう。

 大和からすれば色々と気になることもあるが、ひとまずは二人の言う通り一撃入れてみるしかなさそうだった。二人が口を揃えて『いいから攻撃しろ』というのだから、何か意図があってのことに違いない。そもそも大和の立てた作戦も『核にたどり着くまでひたすら攻撃する』というものだったのだから、当初の目的にもそぐう。


「っ……くそ、後でちゃんと説明してもらうよ!!」


 大和が巨大スライムの足元へと、斜め上段から長剣の刃を踊らせる。彼もまた二人と並ぶ実力者だ。その剣速も剣筋も、彼の実力が遺憾なく発揮された、ケチのつけようもない見事な一閃だった。

 そうして繰り出された一撃は、ぞぶり、という鈍い音と共にスライムの胴体へと吸い込まれた。まるで流れる水に剣を叩きつけたかのような、ひどく重い手応えが大和の腕へと返ってくる。敵の身体は大きく波打ち、大和の攻撃による衝撃をすっかり受け流してしまう。その後、彼の長剣はスライムの胴体へとめり込んだまま、押しても引いても動かなくなってしまった。


「えぇ……?」


 困惑する大和。先の二人の口ぶりから察するに、何かしらの成果が期待出来ると思っていたのだ。だが結果はご覧の有様。ダメージを与えるどころか武器が抜けなくなってしまった。


 そんな光景を見ていた月姫かぐやは嬉しそうに叫んだ。


「やっぱり師匠の言う通りでした!!」


「え、なん……?」


「分かんねェか?敵の身体がちゃんと揺れたってことは、物理攻撃に対する耐性がバカみてぇに高いだけで、物理攻撃を無効化するってワケじゃねェってことだよ」


 なにやら得意げにそう語るヤンキー。

 成程確かに、衝撃自体は伝わっているようだ。だがしかし、それは───。


「いや知ってるよ!?これもうさっき試し───ぐはッ!!」


 流石に攻撃を受けては無視も出来なかったのだろう。

 新たに生み出された一本の触手で横から殴りつけられ、大和は吹き飛んでいった。

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