出雲ダンジョン編

第286話 名探偵ミギー

 発端は、オルガンの一言だった。


「なんか魔力増えたかも」


 例の大凶フィーバー初詣から数日、コタツの中でぬくぬくしていた彼女が、思い出したかのように放った言葉だ。だらだらとテレビを眺めていたアーデルハイトやクリスが、オルガンの方へと胡乱げな目を向ける。本人はいつもの通り、大して興味もなさそうな表情だったが。


「……貴女が? 今更? 一体どうしてですの?」


「こちらの世界の環境を考えると……いえ、あり得ないとまでは言いませんが……いえ、やはり考え難いですね」


 その上昇量の多寡に差はあれど、魔力が増えるという現象自体は、あちらの世界に於いてはそう珍しいことではない。しかしこちらの世界でも同じことが言えるかといえば、答えは否だ。


「え、なんスか? それって凄い事なんスか? ファンタジーじゃ割と良くある話じゃないんスか?」


「んぅ……クリスが先程言ったように、現象自体はそう珍しいことではありませんわ。ですが、んー……?」


 魔力は世界中、至る所に存在している。わかりやすく言えば『空気』のようなものだと考えていい。呼吸によって酸素が体内に取り込まれるように、魔力もまた、特別何かを意識することなく体内へと取り込まれる。故に魔力を消費しようとも、時間経過と共にいつのまにか回復する。魔力を体内に溜めておける最大量や、魔力を取り込む速度には個人差があり、それがつまりは魔法の才のひとつだと言われている。


 そうして魔力が体内へと取り込まれる際、その最大保有量を越えて吸収される場合がある。例えば魔力濃度の濃い場所に長時間滞在した時。例えば魔力を限界まで使い果たし、身体が急速に魔力を補充し始めた時。魔力を吸収しようとする体内の働きが、勢い余って限界量以上の魔力を取り込んでしまうのだ。そうして取り込まれた限界以上の魔力に適応するため、身体が魔力保有量を増やそうとする。これが魔力が増えるという、その現象の原理とされている。


 つまりは早い話が、魔力量を増やしたければ『魔力濃度の濃い場所に行って、とにかく魔力を使い果たせ』ということになる。とはいえ上昇量は微々たるもので、優れた魔術師になりたければ、そういった行為をひたすら繰り返す必要がある。

 とはいえ、これらは全てあちらの世界での話だ。アーデルハイト達の所見では、こちらの世界にはほとんど魔力が存在していない。唯一、ダンジョン内を除いては、だが。


 まして、オルガンクラスの魔術師ともなれば。

 あちらの世界、かつ魔力濃度が特別高い地域であったとしても、その魔力量を増やすのは困難を極める。というより、ほぼほぼ不可能だ。最大魔力が十か二十程度の者が居たとして、そうした厳しい修練によって、最大魔力量が1増えたとしよう。割合でいえば10%だ。成程、悪くない成果と言える。


 しかし最大魔力が千、或いは万を超えるような者ならば。

 魔力量が1増えたところで、それは最早誤差とすら呼べない。塵も積もればなんとやら、などという言葉もあるが、その塵が積もった結果が漸く1なのだ。実感することは疎か、変化に気づくことすら出来ないだろう。


 つまりオルガンの言葉は『実感出来る程度には増えている』ということになる。あちらの世界ですら難しい筈の現象が、より劣悪な環境である筈の現代で起こったのだ。それもダンジョンには殆ど潜っていない、ぐうたらエルフのオルガンに、だ。アーデルハイトやクリスが驚くのも無理はないだろう。


「原因に心当たりはありませんの?」


「ふむり……あ、そういえば」


 オルガンの魔力が増えたという事実は、はっきり言えばどうだっていい。だがもしも魔力量を増やす手段があるとすれば。それも、オルガン程の者が実感できるレベルなら。これから行おうとしていたみぎわの魔改造計画、その一助となるやもしれない。彼女がこれから挑むのは、異世界間を繋げるという未知の魔法作りだ。どれほどの魔力消費になるのかも、現時点では全くの未知数。故に、魔力量はあればあるほど良い。可能であるのなら、手段を確立しておきたかった。


 そんなアーデルハイトの問いかけに、オルガンがぽんと手を打った。それはつい先日。それこそ、例の大凶フィーバーと同じ日に起きた出来事。


「なんか変な木があった」


「木……? 一体何の話ですの?」


「あと、後ろから知らんジジイに話しかけられた」


「成程……意味が分かりませんわ」


 語るつもりがあるのか、無いのか。或いはただ面倒なだけなのかもしれないが、とにかくオルガンの話は要領を得なかった。まるで役に立たないエルフである。変な木、そして謎のジジイ。そんな意味不明なワードに、アーデルハイトとクリスはただ首を傾げることしか出来なかった。ここ数日の自分たちの行動を思い起こし、ああでもないこうでもないと原因を探る二人。しかし最初に正解へと辿り着いたのは、まさかのみぎわであった。


「もしかして、神社の御神木じゃねーッスかね? ジジイはよくわかんねーッスけど、別行動してた時に宮司さんと会った、とか?」


「ごしんぼく。ふむり……そういえばそんなこと言ってたかも」


 名探偵ミギーが誕生した瞬間であった。いつぞやの封印石の時もそうであったが、こういった時の彼女の勘は侮れない。現代人ならではの知識と視点、とでも言うべきだろうか。異世界出身であるアーデルハイトやクリスでは中々辿り着けない答えへと、みぎわは呆気なくと辿り着いてしまう。とはいえ、本人はただ適当に喋っているだけなのだが。


「成程。御神木ですか」


「初めて聞く単語ですわね。それは一体、どういった物ですの?」


「あちらの世界で言うところの『世界樹』に近いものですね。サイズ感は随分異なりますが……簡単に言えば『神が宿るとされる神聖な木』といったところでしょうか」


「あぁ、世界樹……あの偉そうな木が、こちらの世界にもありますのね」


 勿論、御神木という単語はクリスも知っていた。だが文化の違いからか、みぎわに言われるまでは考えもしていなかった答えだった。クリスの表情が『成程確かに、言われてみれば』といったものに変わる。余談だが、『世界樹』のことを『偉そうな木』などと呼ぶ者はそう居ない。人間種であるアーデルハイトはともかくとして、世界樹を神聖視しているエルフには、そのような罰当たりな者など皆無である。


「原理は分かりませんが……自然と親和性の高いエルフ種だからこそ、御神木がオルガン様に反応したのかもしれませんね。もしかすると、こちらの世界の神が与えてくれた加護なのかもしれません」


 突飛な推測ではある。

 神がどうだの、加護がどうだのと、殆ど眉唾物の話だ。しかし、一概にその可能性を否定出来ないのもまた事実。何故なら、彼女たちは知っているのだから。そうした眉唾の実例である、あの憎き聖女ビッチの存在を。


「……あの時の気配、つまりはそういうことでしたのね」


 加えてあの日、アーデルハイトはオルガンから、聖女と似た気配を感じ取っている。当時は気のせいだと思い、すっかり忘れてしまっていたあの感覚。筋は通っているように感じる。今の『御神木』関連の話を聞くに、どうやらあの時感じた気配は気のせいではなかったらしい。


「つまり何スか? ミーちゃんはこっちの神様パワーで強くなった……みたいな事ッスか?」


「何から何まで、ただの憶測に過ぎませんが」


 仮に推測が当たっていたとして。

 何故そうなったのか、どういう意味があるのか。オルガンがエルフだからなのか、或いは、何か別の要因があるのか。そうした重要な部分は何一つ分からない。ひとつ言えることがあるとするのなら、どうやら何かしらの超常の力により、この納豆お化けはパワーアップした、ということだけだった。


みぎわの改造計画に利用出来るかとも思いましたが……もしもエルフ種である事が条件だとすれば、みぎわには使えませんね」


「おっと、今何か不穏な事言わなかった?」


 残念そうな表情を見せるクリスと、またも怪しい計画に利用されかけていたことを知り、ジト目でクリスを牽制するみぎわ。もしもみぎわがエルフであったなら、全国の御神木巡りツアーが開催されていたかもしれない。それを思えばこそ、みぎわは自分が人間種であることに感謝した。


「いいえ、まだ分かりませんわ!」


「おおっと? また何か出てきたな?」


「あちらの世界の女神、その尖兵である聖女との戦いを、こちらの世界の神々が応援してくれたかもしれませんわ!」


「尖兵」


「女は度胸、何でも試してみるものでしてよ! 神様や神話で有名な土地を巡れば、もしかするとミギーも加護を授かるかもしれませんわ!」


「そんなバカな」


 所詮それはただの思いつき。

 だがオルガンという実例が出てしまった以上、試す価値はあるのかも知れない。どうせ封印石の在処は不明なのだ。ならば神々に縁のある土地を巡るのも悪くはない。そこにダンジョンがあれば一石二鳥、といったところか。


 こうして異世界方面軍の次の目的地は、酷く曖昧な理由で決定したのであった。

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