第285話 幕間・申し訳ありぇ

「反響はどうだ?」


「概ね、好意的に受け取られているようです」


 厳つい────というよりも怖い────顰め面で、目の前の職員から報告を受ける男。探索者協会の長、不二総一朗ふじそういちろうが机の上で手を組んでいた。腰掛けるのは鈍く黒光りする、ともすれば威圧的でさえある執務机。それひとつとっても、質実剛健な彼を体現しているようで。対するは同じく協会本部の所属であり、不二の右腕でもある阿久津君彦あくつきみひこ。いつぞやの会議では進行役を務めていた、隠れ騎士団員の男である。


「探索者を格付けし、待遇に差をつける……今の時代、今のこの国では、それなりの反発が予想されましたが────杞憂でしたね」


「だから言っただろう。元より実力主義の業界。命がけで魔物と戦い、罠を潜り抜け、富を得ようなどと考えるイカれた奴らの集まりだぞ。この程度で『不平等』などと喚くようなら、最初から探索者になどなるものか」


「加えて『ファンタジー作品』が世に浸透している事も大きかったのでしょうね。『冒険者ギルド』だの『S級冒険者』だのといった下地がある分、こうしたシステムへの理解が早いようで」


「多少チープではあるがな」


 自嘲気味にそう語る不二であったが、しかし彼自身、見た目通りに血の気が多い方だ。現役を退いて久しい彼ではあるが、現役時代にはこの国の探索者業界、その最先端を走り続けていた。今で言うところの大和が近いだろうか。かつ、意外にも『異世界ファンタジー』などといった創作物への理解がある。


 故に彼は、今回の新制度に関して『恐らく受け入れられるだろう』と考えていた。なにしろ、現役を退いた自分ですら、僅かに気持ちが高揚するのだから。引退していようが、偉そうな役職に就いていようが、根本の部分は何も変わらない。探索者などという職に就く者は、所詮どこまでいってもバカで単純なのだ。


「で、だ」


「はい」


 現状、新システムについては経過良好といったところ。今後の動きには注意が必要だが、ひとまず問題はないといってもいいだろう。しかし不二には協会長として、他に確認しておかなければならない事があった。


「例の彼女らはどうだ」


 そう、つまりは異世界方面軍についての話だ。彼女たちが界隈に与えた衝撃と影響は、良くも悪くも計り知れない。活動を開始して半年、既に協会内では、彼女たちの名を知らぬ者などいないであろう。そんな彼女らに対し、協会は特別措置とでも言うべき対応を行った。それこそが『番外』であり、『特別戦技教導官』というポジションであった。なおこの怪しい肩書を考えたのは、何を隠そうこの阿久津であったりする。それを花ヶ崎支部長を通してアーデルハイトに伝え、現在の形に収まったというわけだ。


「例の……ああ、アーさ────異世界方面軍のことですか。どう、と申しますと?」


「ランクをつけなかったことに関して、何か不満は出ていないのか?」


「特には何も。花ヶ崎支部長曰く、彼女らは一処に縛られるのを嫌います。活動開始当初、伊豆支部が広報を頼んだ際には断られたようですしね。なので今回、これと言った制約は設けませんでした。今まで通りに自由な活動をしてもらい、気が向いたら教導をして欲しい、とだけ。公認アンバサダーといったところです」


「まさに特別待遇というわけだ」


 そう言う不二だが、しかし異論があるというわけではなかった。先ほど彼自身が言ったように、探索者とは完全に実力主義の世界だ。圧倒的な実力を持つ者が特別扱いを受ける事は、至極当然のことだと考えている。とはいえ、他の探索者と同じカテゴリに入れるのも躊躇われる。なにより、へそを曲げられて他国にでも行かれては堪らない。隔絶し過ぎているが故に、酷く扱いづらい。それが不二の持つ、異世界方面軍への印象だった。


 そんな彼女たちをこの国へ繋ぎ止めるため、どうにか絞り出した案。それが『特別戦技教導官』であった。不二が協会長として、彼女たちに期待している事は二つ。ダンジョンの攻略と、日本に所属する探索者の実力底上げ。元より身分証の件や、魔物────らしき何か────を飼うなどといった諸々の問題を見逃しているのだ。それらふたつが果たされるのであれば、今更特別扱いのひとつやふたつ、といったところだ。


「近年はダンジョン攻略も停滞気味だった。彼女らが探索者業界の未来を盛り上げる、その一助となってくれるのなら構わん。今後も機嫌は取っておけ。間違っても他国には渡すなよ」


「承知しております」


 隠れ騎士団員である阿久津だ。言われずともそのつもりであった。推しの活動なのだ、特別扱い大いに結構。何より、彼女らは結果を出している。誰にも文句を言わせるつもりはない、と。


「それで、彼女たちの今後の動向は?」


「それについては未だに把握出来ておりません。コンタクトを取ろうとすると、ぬるりぬるりと躱されてしまいますので。国広支部長であれば、或いは何か知っているかもしれませんが」


 アーデルハイトたちを捕まえるのは困難を極める。探索者を管理するべき協会としては、非常に情けない話ではあるが。現状は比較的懇意にしている極一部の職員のみが、辛うじて動向を知っているかも、といった程度でしかない。伊豆支部長である国広あかりは、そんな『極一部』の中の一人であるといえる。


「出来る範囲で把握しておきたい。前もって知っておけば、心の準備もいくらかは出来るだろう。国広支部長に連絡してみろ」


 知っているのとそうでないのでは、その後の対応に雲泥の差が出る。先の伊豆ダンジョン攻略がいい例だ。彼女らの行動を前もって知ることができていれば、あれほど混乱せずに済んだだろう。とはいえ、当時はまだそれほど知名度のなかった彼女たちだ。所詮は結果論に過ぎないが。


 そうして阿久津がタブレットを操作し、そのまま伊豆支部へと連絡を取る。呼び出すこと暫く。酷く慌てた様子の国広あかりが、画面の向こうに姿を見せた。


「はいっ! 遅くなって申し訳ありぇ────ありません! 国広です! サボってません!」


「国広支部長、初めての通話でもあるまいし、何をそんなに緊張しているんだね」


「いえ! 決して会長の顔が怖いとか、声が低すぎるとか、やっぱり顔が怖すぎるとか、そういったアレではありませんので!!」


「……」


 不二は少し悲しそうな顔を見せた。


「……まぁいい。今回連絡したのは例の異世界方面軍についてだ。彼女たちの動向を把握しておきたい。国広君、君ならば何か聞いていないかと思ってな」


「はい!……え? あぁ、アーデルハイトさん達ですか? うーん……そうですねぇ……あっ、そういえば!!」


 あかりが自らの記憶を振り返り、そうして少しの後。はっとした表情で、あかりはあることを思い出していた。


「この間、グッズ制作の件で連絡をしたんですよ。その時は『次は出雲ダンジョンへ遊びに行きますわー! ぷち旅行でしてよー!』とか言ってました!……あれ、会長? どうかしましたか?」


 瞬間、不二が眉を顰める。


「……いや、いい。阿久津、念の為に応援を手配しておけ」


「はい」


 転ばぬ先の杖、とでも言うべきだろうか。あかりに連絡しておいて良かったと、心から思う不二であった。

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