第227話 マジでコラじゃなかった

 ダンジョン管理協会伊豆支部。グッズ開発のオファーを引き受けた後、アーデルハイト達はそのまま食堂で昼食をとっていた。管理協会の食堂はどこも質が良く、わざわざ他の食事処へ向かわずとも十分に美味しい料理が楽しめる。故に彼女たちは初めて訪れた時と同様、ここで手早く昼食を済ませてしまおうと考えたのだ。


 しかし、以前とは異なる点がひとつあった。それはもちろん、この伊豆ダンジョンが以前ほど不人気ではないということ。資源ダンジョンと化したここ伊豆は、駆け出しの探索者から中級探索者まで、幅広い層が訪れるようになっていた。以前のように知名度の低い頃ならばいざ知らず、そんな場所に今の彼女達が飛び込めばどうなるのか。その答えが、今まさに食堂内で繰り広げられていた。


「握手お願いします!」


「団長、写真お願いします!」


「配信いつも見てます! サイン下さい!」


 異世界方面軍の四人を取り囲むように、彼女達のファンが殺到する。四人が食堂に姿を見せたときなど、黄色い歓声が協会内に響き渡った程だ。これから命をかけて探索に挑む、そんな者たちが集う場とはとても思えない。配信者と謂えど所詮は一般人であるはずなのに、殆どアイドルかハリウッドスターでもやってきたかのような騒ぎであった。


 唯一の救いは、一応の秩序が保たれていたことだろうか。動画内では天真爛漫、やりたい放題好き勝手に振る舞っているように見えたアーデルハイト。だが実際に目の当たりにした生アーデルハイトは、彼らが想像していたよりもずっと気品に溢れていた。オーラがある、とでもいうのだろうか。ビジュアルはもちろんのこと、その立ち振舞いから感じられる気配は、一般人のそれとは明らかに違っている。そんな彼女を前にしたファン達は、不思議と畏まった態度をとってしまう。それこそ、貴族を前にした平民とでも形容するべきだろうか。


 大抵の場合、こういった時は場が混乱するものだ。だがそれも最初だけで、彼らは次第に勝手に列を作り始める。そうして形成された順番待ちの列は、いつしか食堂を飛び出し、気がつけば受付フロアまで続く程になっていた。その様子はまるで、いつぞやのイベント時のようであった。


「列が出来ましたわよ?」


「出来ましたね」


 ずらりとならんだ順番待ちの列を、どこか胡乱げに眺めるアーデルハイト。謎の統制を発揮したファンたちの動きは、もはや怪しいと思える程だった。とはいえ配信者である以上、その活動はファンありきである。彼らを蔑ろにするつもりなど、アーデルハイトには毛頭ない。


「仕方ありませんわね……わたくしのウインナー入りカレーが来るまで、お相手して差し上げますわ」


「そッスね。そのくらいが丁度良いんじゃないッスかね」


「がんば」


 そうして対応を始めたアーデルハイトを、まるで他人事のように眺めるみぎわとオルガン。しかし列の処理が進むにつれ、徐々にアーデルハイト以外のメンバーへも声がかかる。異世界方面軍といえば、一番最初に名前が挙がるのは勿論アーデルハイトだ。だが他の三人と二匹もまた、そこらの配信者など軽く凌駕する程度には人気が高い。自分には関係がないと高を括っていた彼女たちも、結局ファンの対応に迫られる事になったのであった。




 * * *




 ファンの対応に追われること暫く。料理がやってきたことによって、急遽行われたサイン会は漸く終わりを迎えた。


「やっと落ち着きましたわ……」


「まぁ、仕方がないかもしれませんね。特定の活動地を持っている訳ではない我々にとって、伊豆はある意味ホームのようなものですから」


 クリスの言うように、異世界方面軍は会おうと思って会える存在ではない。例えばこれが魔女と水精ルサールカなら、京都支部で待っていればそのうち出会う機会もあるだろう。だが異世界方面軍は違う。あちらこちらを転々とするその特性上、彼女たちには出待ちが通用しない。協会の情報捜査室ですら撒かれるのだから、当然といえば当然なのだが。


 故にか、いざ出会えたときの幸福感といったら、他の探索者と比べても一入なのだ。余談だが、ファンによる握手の要求は当然のように『お断りですわ』されていた。


 コレも有名税、ということなのだろうか。ゆっくり食事などと言ってはいられなくなった彼女達は、昼食を手早く済ませた。そうしてさっさと退散しようとしたところで、今度は別の騒ぎが起こったことに気づいた。遠く、支部の入口から聞こえてくるのはやはり歓声。アーデルハイト達が姿を見せたときと比べれば、その声量はほんの少し小さい気がする。とはいえ殆ど同レベルの、以前までの伊豆支部では考えられないような騒ぎであった。


「うるさい」


「今度はなんスか?」


「なんだか分かりませんけれど、とても嫌な予感がしますわ」


 襲い来る面倒事の予感に、いよいようんざりとした顔を見せるクリス以外の三人。どうやら騒ぎの元凶は、この食堂へと向かってきているらしい。それに気づいた彼女たちは、まるでメンチを切るチンピラのような形相で食堂の扉を見つめていた。


 そうして扉へメンチを切ること、たっぷり五分。漸く開かれた扉の前には、見慣れぬ外国人───アーデルハイト達は外国どころか異世界人なのだが───の男が二人。背の高い色男と、なんとも微妙な疲れ顔の男だ。そしてその背後には、細い眼鏡をかけた利発そうな顔立ちの女が控えている。


 食堂内に入ってきた三人の内の一人。背の高い色男が、何かを探すように食堂内を見回す。惜しむらくは、アーデルハイトの隠しきれないオーラであろうか。ほんの数秒もかけることなく、色男はお目当てを発見した様子であった。


「おい見ろエド! マジでコラじゃなかったぞ!」

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