第226話 ヘラヘラすんな

 探索者管理協会とは、文字通り探索者を管理するための組織である。探索者達は協会の許可無しにダンジョンへ潜ることが出来ず、それはつまり一切の活動が出来ない事と同義だ。ダンジョンに関わるありとあらゆるものは、全て協会の管理下にあるといっていい。


 そんな管理協会の存在意義、その大前提としてあるのが『探索者達の活動補助』だ。ダンジョン内の最新情報や魔物の情報を伝えたり、装備類や回復薬の販売も行っている。とはいえ、彼らの活動は慈善事業ではない。活動資金の確保や新人探索者の確保は彼らにとっても重要な問題であり、そのための工夫も数多く行っている。


 その一環が、所謂探索者グッズの販売であった。全ての探索者が配信活動を行っているわけではないが、トップ層と呼ばれる探索者達の殆どはダンジョン配信を行っている。つまりは実力のある探索者は、人気の面でもトップクラスである場合が多いということ。


 そんな人気探索者のグッズ販売は大きな資金源となる。一般人は勿論の事、これから探索者になろうと考えている者や、探索者になったばかりの者など。グッズの購入層は多岐にわたり、それこそアイドルグループの物販もかくや、といった売上を誇っているのだ。その売上は当然探索者にも還元され、彼らの活動の一助となっている。つまり協会にとっても探索者にとっても、互いにwin-winの関係と言えるのだ。


 そんな協会公式グッズが販売されることは、探索者であれば誰もが夢に見る、ある種の到達点ともいえるだろう。しかし人気は水物だ。何か不祥事でも起こせば一気にファンは離れるし、パーティーの解散などといった事態も起こり得る。一度グッズが販売されたからと言って、それだけで食っていくことは出来ない。協会公式グッズが販売されるということは、総じて『今のイチオシ探索者』くらいの意味合いといえる。


「と、いうわけなんですよ」


 珍しく神妙な面持ちで、国広燈くにひろあかりがそう告げる。恐怖や諦観からくるものではなく、どうなるか分からないという不安に由来する表情だ。何しろ相手は『あの』異世界人達である。そもそも、以前に一度打診を断られている。一般的な探索者が相手であればあっさり許諾が取れるような案件も、相手が彼女たちではどう転ぶか予想がつかなかった。


「で、まぁそのぉー……アーデルハイトさん達のグッズを作りたいなぁー、なんて……へへっ」


 そう、現在あかりが行っている打診とはつまり、異世界方面軍のグッズ製作に関するものであった。以前に断られたといっても、それは広報大使の件についてだ。だが今回はそうではなくコラボ商品の販売、つまりはタイアップ企画の打診である。厳密に言えば、前回とは異なる案件だった。


「ヘラヘラすんな」


「あいたっ!」


 あかりの頭頂部へと、オルガンが遠慮なく手刀を振り下ろす。初対面かつ支部長相手だと言うのに、随分と容赦のない一撃であった。あかりの背格好が自分と似ている所為か、どうやら微かに親近感を覚えているらしい。


「要件は概ね把握しましたけれど……わたくし達、もう自分達でグッズ販売しちゃってますしおすし」


「ッスよねー。競合とかしたらどうするんスか?」


 前回の広報大使の一件とは異なり、アーデルハイト達の反応はそれほど悪くない。それもその筈、前回とは条件が根本から違うのだから。前回アーデルハイト達が広報大使を断った理由は、伊豆Dに拘束されるデメリットが大きかったからだ。だが今回はデメリットが実質何もない。異世界方面軍はただ許可を出すだけで、あとは協会が製作から販売までを行ってくれるのだから。


 しかし問題点が一つ。みぎわの言うように、異世界方面軍が個人的に制作したグッズとの競合問題だ。似たようなジャンルのグッズを販売すれば、互いに客層を食い合うことになってしまう。異世界方面軍としては、自分達の販路で売ったほうが利益は当然大きい。


 だが、協会に任せるメリットもある。得られる利益事態は当然少なくなってしまうが、製作から販売まで、手間部分をすべてを協会が行ってくれるのだ。その分だけアーデルハイト達の時間は浮くし、何より面倒がない。


 そうしてメリットとデメリットを天秤にかけ、微妙に煮えきらない態度のアーデルハイト達。だが続くあかりの言葉を聞くに、どうやらその心配は杞憂であるらしかった。


「あ、それは大丈夫ですよ! そもそも協会で売るグッズは、ダンジョンで使用する装備類が殆どだから。皆さんのところで販売しているような、所謂ファングッズとは少し毛色が違いますので!」


「そうですの?」


「はいっ!」


 アーデルハイト達の意外と悪くない感触に、あかりは元気のいい返事をする。気分屋な異世界人のことだ、さっさと畳み込まなければまた『お断りですわ』されてしまうかもしれない。そう考えでもしているのだろう。


「例えば?」


「え? あー……例えばですねぇ。そう、例えばこの通信機! これは魔女と水精ルサールカのスズカさんモデルです。性能は別に普通なんですけど、カラーリングがなんとなくスズカさんっぽい感じのやつです」


「それだけの割に、値段が段違いですわよ?」


「観光地で売ってる食べ物って無駄に高いですよね? それと一緒です!」


 そう言ってあかりが取り出したのは、ごく普通の最新型通信機だった。成程確かに、スズカが装備していた武器防具と色合いが似ている。


「あこぎな商売ッスねぇ……」


「大抵のコンセプトグッズって、なんか無駄に高いですよね? それと一緒です!」


 納得できるような、出来ないような。そんな怪しい言い訳を繰り出しつつ、その後もあかりは次々にサンプルを提示する。月姫かぐやモデルの武器や、大和モデルの長剣など。粗雑な作りとまでは言わないが、しかし魔物素材を使用している訳でもない武器の数々。品質は可もなく不可もなく、だが値段はバカ高い。正しくコラボグッズといった様子のそれらは、確かに異世界方面軍が販売しているファングッズとは競合しなそうだった。


「正直、わたくしはどちらでもよくってよ。人気の証といわれれば、そう悪い気もしませんし。クリスはどう思いますの?」


「そうですね……防具関係はやめたほうがいいでしょう。今後Luminousの方で出す可能性がありますので。それ以外のジャンルであれば、まぁ問題はないかと。最悪競合したとしても、オルガン様がいる以上は品質面で劣ることがありませんし」


「いえい」


 それは言外に『気分次第で商品被せるけどいいよね?』と言っている等しいが、積極的に被せようといったつもりは勿論ない。謂わばただの確認であり、そうなった際の保険である。それが分かっているからこそあかりも、ぐぬぬと悔しそうな顔をするだけであった。


「ぐぬぬ……じゃあ、まぁその、とりあえずはオッケーってことでいいですか!?」


「妙にぐいぐい来ますわね……」


「だって気分で『やっぱりお断りですわー』とか言いそうだし!」


「言いませんわよ……わたくしを何だと思っていますの?」


「ん? 記憶喪失かな?」


 既に二度、あかりに対して『お断りですわ』を決めているアーデルハイトだ。あかりが早々に言質を取ろうとするのも無理はないだろう。そんな焦りにも似たあかりの態度に、アーデルハイトはふと疑問を覚えた。


「ところで貴方、急にグッズがどうとか言い出したのは何故ですの?」


「良くぞ聞いてくれました! 実は今、協会内で探索者をランク分けしようみたいな話が出てるんですよ」


 これまでにも機会はあったはず。それこそ異世界方面軍が伊豆ダンジョンを制覇したときなど、打診のタイミングとしては申し分なかった筈なのだ。あの時に声をかけなかったというのに、今になってあかりがこんなことを言い出した、その理由。それにはどうやら、昨今の情勢が関係しているらしい。


「なんか聞いたッスね、それ」


「で、各支部が推薦みたいな感じで、自分達のところをホームにしてるパーティーを挙げたりしてたんですけど……いやいや、ウチそんなのいないじゃん!」


「あー……話が見えてきたッスよ」


「まぁそんなわけで、ウチのダンジョン攻略したアーデルハイトさん達を、どさくさで推薦しようかなと。グッズ製作はその一環ですね」


 京都支部には魔女と水精ルサールカがいる。渋谷支部には『†漆黒†』や『勇仲』がいる。彼らも支部に所属しているわけではないし、そういった制度があるわけでもない。しかしホームとして主にその支部で活動しているのだ。暗黙の了解的に、所属しているといっても過言ではないだろう。


 探索者をランク分けをするにあたり、協会本部は各支部へと試験的に通達を出した。その内容が『各支部で高ランク足り得る探索者を推薦しろ』というものである。戦闘技術、実績、人望。選出の理由は様々あるだろうが、とにかく一度候補を見繕って寄越せ、といった具合だ。実際にランク分けが施行されるかはまだ未定であり、取り止めになる可能性も十分にある。これはあくまでも試験的なものだ。


 しかし不人気ダンジョンには、そういった代表的な探索者がいない。資源ダンジョンとなって以降、伊豆を訪れる探索者は増えたが───その大半が初心者である。そこであかりは考えた。グッズを作って異世界方面軍を人気者に仕立て上げ、さも『ウチの所属ですけど』みたいな顔をして推薦してしまおう、と。


「……おじさまは駄目ですの?」


「東海林さんにはお世話になってますけど、あんなくたびれたおじさんのグッズ誰も要らないでしょ!!」


「それはそうですわね」


 グッズは手段に過ぎないが、しかし実際に作るのだからある程度は売れてくれなければ困る。そしてアーデルハイト達は特定のダンジョンに居座らない。所属があやふやだという点でも、人気という点でも、異世界方面軍はぴったりの人選だと言えるだろう。承諾してくれるかどうかを別にすればだが。


「というわけで、拘束とかしないんで名前だけ貸して下さい!」


 簡単に承諾が得られるとは思っていないが、しかし断られてしまえば他の候補が居ない。そうなればそこらの初心者を推薦することになり、ひいては支部が軽んじられる事態に繋がりかねない。過去に『お断り』の経験があるが故か、あかりの言葉は懇願にも似たものであった。そんなあかりの頼みを受け、アーデルハイトの出した答えは───。


「よくってよー!!」


 思いもよらぬ快諾。

 気分屋の異世界令嬢は、意外にもノリノリであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る