第228話 ボッシュートされました

「突然押しかけて申し訳ない。俺は───いや、私は『黄金の力グルヴェイグ』という探索者パーティのリーダーをしている、エドワードという者だ。貴女方の配信を見て居ても立っても居られず、こうして訪ねてきたんだ」


 アーデルハイト達の前にやってきたエドワードが、随分と畏まった態度でそう言った。彼らが初めて異世界方面軍のアーカイブを見た時から、既にある程度の日数が経過している。当然ながら相手のことも調べてあったし、ある程度の背景も把握済みだった。だからこそエドワードは慇懃な態度で接している。貴族を名乗る相手に対して、英国人である彼が無礼な態度を取るはずもない。異世界出身だという部分に関しては、流石に半信半疑ではあったが。


「あら、光栄ですわね」


「事前にDMも送らせてもらったんだが……一向に返事がなかったものだから。もしかしたら他のDMに埋もれてしまったのかと思って」


 無論、アーデルハイトはそのような事情を全く知らない。広報担当はクリスであり、その全てを一任していたからだ。またしても何も知らないアーデルハイトは、ちらりとクリスの方へ視線を送る。目の前の男の言葉が真実かどうか、その確認を取るためだ。


「なんて言ってるんスか?」


「DMの返事が無かったから、居ても立っても居られず押しかけた───と」


「あれ、返事しなかったんスか?」


「断る言い訳を考えている内に、すっかり忘れていましたね」


 素知らぬ顔でそう言うクリスだが、果たしてどこまでが本当のことなのやら。あのクリスがそのようなミスをするとも思えないが、しかし実際に返事はしていなかった様子である。


「どうしてわたくし達がここに居ると?」


「確証はなかった。方方手を尽くして『もしかすると居るかも知れない』と言われたのがここだったんだ。他に手がかりは無かったし、ほとんどダメ元。空振りだったとしても構わなかった」


 彼らの目的はレベッカ達同様、異世界方面軍に会うことだった。他のついでというワケではなく、主目的がそうなのだ。故に彼らは、時間の許される限り彼女たちを探すつもりで居た。事実、アーカイブを参照して訪ねた協会支部は渋谷、京都に続きここで3つ目であった。


「そうですの。それで、わたくし達に一体何の用でして?」


「そりゃ勿論、デートのお誘───痛てぇ!!」


「……アポも無しにいきなり訪ねてきてこんなことを言うのが、失礼に値する事だというのは承知している。しているんだが……よければ、我々と共同探索をお願い出来ないだろうか」


 ノエルが要らぬ茶々を入れたが、控えていたアルマによって即座に制裁される。相手の性格が分かるまでは冗談を自重しろ、といったくらいの意味合いだろう。ノエルからしても本気というわけではなく、場を和ませようとしただけなのかもしれないが。


「なんて言ってるんスか?」


「一緒にダンジョン行こうぜ、みたいな感じですね」


「コラボ依頼ってことッスか? あの『黄金の力グルヴェイグ』が直接押しかけて? はー、なんかウチらもいよいよ人気者って感じッスねぇ」


 どこか他人事のように感心してみせるみぎわ。それというのも、こういったことは何も初めてと言うわけではなかったからだ。それこそレベッカ達は早々に日本まで押しかけてきている。どうやら実力ある探索者にとって、アーデルハイトの異次元の力はそれほどまでに興味を唆られるものらしい。


 そうこうしている内に、頭脳担当であるアルマがエドワードの言葉を引き継いだ。


「我々は現在、直截に言って行き詰まっております。そんな現状を打破すべく、アーデルハイトさんから戦闘技術を学ばせて頂ければと思い、こうしてお訪ねさせていただいた次第です」


「んぅ……そちらの要件は把握しましたけれど、正直面倒ですわね」


 どうやら本当に面倒だと感じているらしく、アーデルハイトは話もそこそこに、自らの縦ロールを指でくるくると弄り始めた。分かりやすく言うならば『この話、早く終わりませんかしら』といったところだろうか。騎士団長であった頃ならば、多少の面倒事も仕事と割り切って引き受けていたことだろう。しかし様々なしがらみから解放された今、彼女の行動原理は基本的に、面倒か、そうでないかで決められている。


「そこをなんとかお願い出来ませんか。無論タダとは申しません。今回の件は謂わば調練依頼のようなもの。レッスン代はお支払い致しますし、配信の際はそちらのチャンネルでのみ行っていただいて構いません。これでも知名度はあるパーティですので、多少なりとも皆様のお役に立てるかと思います」


「んぅ」


 一般的なダンジョン配信者であれば、アルマの提案はひどく魅力的なものであっただろう。なにしろ相手は、世界でもトップクラスの知名度を持つ探索者だ。それに比べて、異世界方面軍も近頃勢いを増しているとは謂え、所詮はまだまだ中堅といったところ。そんな相手とのコラボなど、望んだところで叶う相手ではない。その人気や話題性にあやかることが出来ると考えれば、多少の面倒など障害たり得ない。


 だが、アーデルハイト達は別に承認欲求の為に配信者をしているわけではないのだ。彼女たちはあくまでもビジネス、お金を稼ぐ手段として配信者をやっている。登録者が増えるのは望むところではあるが、面倒を我慢してやるほどの価値があるかといえば、正直怪しい。魔女と水精ルサールカや漆黒の時とは違うのだ。


 そう思う一方で、しかし幼い頃から叩き込まれた貴族としての矜持が、アーデルハイトを内側から責め立てる。困っているのかどうかは分からないが、少なくとも非営利目的で自分を頼ってきた相手を素気なくあしらうのは───少々憚られた。


「まぁ、遠く───かどうかは知りませんけど、わざわざ訪ねて下さったわけですから。あまり無下にするのも貴族としてどうかと思いますし……うーん、いいでしょう!」


「本当ですか!? ありがとうございます!!」


「ただし! ひとつだけ条件を出しますわ。わたくしもかつては剣聖と呼ばれた身、そう簡単に手ほどきをして上げるほど安くはありませんの。それに今は弟子も居ますし」


 前のめりとなったアルマに対し、右手を伸ばして制止するアーデルハイト。そうしてなにやらもっともらしい理由を宣った後、条件とやらを発表する。息を呑んでそれを待つのは、英国から遥々やってきた有名探索者の三人。その様子は殆ど、竹取物語の求婚難題のようであった。


「といっても、別に無理難題をふっかけるつもりはありませんわ。ただわたくしが指定した刺客に模擬戦を挑み、勝利を収めてくるだけですわ。そうすればあなた方の実力を認め、手ほどきをして差し上げますわ」


 その言い様は、『黄金の力グルヴェイグ』のファンが聞いていれば、『何様のつもりだ』等と言われそうなセリフであった。


「刺客、ですか」


「……成程。謂わば実力テストといったところか」


「いいねぇ。探索者たる者、そういう単純なヤツのほうが燃えるぜ」


 だが当人たちは違う。彼らはアーデルハイトの実力を見込んでここまできているのだ。自分達が試される事に対し、疑義を挟む余地もないといった様子である。それどころか、実力で解決できる条件であったことを喜んでさえいた。やはり彼らも探索者といったところだろうか。世界は違えど、本質的には異世界の冒険者とよく似ている。


「で、その刺客ってのは一体どこのどいつなんだい、お姫様プリンセス?」


「元気があって大変結構ですわ。クリス、この方々に例の場所を!」


 拳を打ち鳴らしてやる気を見せるノエル。その様子に満足したのか、アーデルハイトはクリスにあるものを準備させる。それはアーデルハイトの言う『刺客』とやらが居る場所の住所であった。


「そこへ行って、あるファミレス店員に勝つこと。それがわたくしの出す条件ですわ。現地には案内係のヤンキーもいますから、すぐに分かると思いますわ」


 そんな怪しい言葉と共に、アーデルハイトが一枚の紙きれをアルマに渡す。


「お、おぉ……? ファミレスの店員……? おいエド、こりゃあどういう……」


「俺に聞くな。とにかく、明日にでも向かってみよう」


 彼らの困惑は当然だ。探索者業界でも殆ど最上位である彼らの挑む相手が、得体の知れないファミレス店員だというのだから。自分達に比肩するほどの相手、それこそ先の言葉にもあった『弟子』が相手なのだと、彼らはそう思っていたのだ。


 アーデルハイトの出した条件とは、どうやら強敵相手の試練ではないらしい。ゲーム風にいうならば、どちらかといえば特殊な勝利条件を達成するタイプの戦闘だろう。彼らはそう予想した。それがまさかの強制負けイベントだとは、露ほども想像していなかった。


「あれ、結局どうなったんスか?」


「面倒処理係の元へボッシュートされました」


「なんかどっかで聞いた流れなんスけど」


「アーデ、恐ろしい女」


 そんな一連の流れを眺めていたクリスとみぎわ、そしてオルガンの三人は、死地へと向かう三人に憐憫の眼差しを向けていた。

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