第229話 死ねカス
探索者協会渋谷支部。そこから車で30分ほど移動したところに、そのファミレスはあった。ランチの時間帯である所為か、なかなかの盛況ぶりが外からでも窺える。
「……ここ、か?」
「……一応、指定された住所はここで間違いないわ」
「マジで普通のファミレスじゃねーの。俺はてっきり、道場だかなんだかの隠語かと思ってたんだが」
漫画や映画などに登場するような、所謂道場を想像していたというノエル。だがこうして現地に来てみれば、駐車場の入口には『
今回アーデルハイトから出された条件はひとつだけ。ここに居るらしい店員と戦い、そして勝利すること。そんな条件を聞かされた時から既に怪しかったが、やはり疑念は膨らむばかりである。
「まぁその、なんだ。丁度腹も減っているし、とりあえず入ってみるか」
「だな。日本ではなんて言うんだったか……そう、虎穴に入らずんばなんとやら、だ」
「虎子を得ず、よ」
どこかで耳にした覚えのある成句を、うろ覚えのまま口にしつつ。三人は店の入口へと続く階段を上がってゆく。一昔前ならばいざ知らず、昨今の日本は外国人など珍しくもなんともない。如何に彼らが有名人であろうと、一目でそうだと気づく者は居なかった。伊豆支部の時のように、これが探索者関係の施設であればまた話は違ってくるのだが。
そうして店内に足を踏み入れた三人は、すぐにそれを見つけることになる。店の隅で窓際の席を占領し、大量の料理を注文している金髪のアメリカ女を。
「は?」
「はぁん……つまりこれはアレか? あの暴力ヤンキー女と勝負しろって話か?」
「確かに、親交があるという噂だったわね。どうして彼女がこんなところに居るのかは知らないけど、彼女が試験の相手だというのなら納得だわ」
『
そういった前提が頭にあるからこそ、三人はすっかり勘違いをしてしまった。アーデルハイトの言っていた刺客とは、つまりレベッカのことなのだと。アーデルハイトが『ファミレス店員』だと言っていたことなど、もうすっかり忘れている。
「あァ?」
そんな見当違いの納得をしている三人に、レベッカも漸く気がついた。というよりも、自らに向けられている視線に気づいたというべきか。性格上、メンチを切られることに敏感なのだ。ハンバーグを口に運ぶ手を止め、眉を吊り上げ、そこらの一般人ならそれだけで竦んでしまいそうなドぎついメンチを『
「うぉ、怖ぇ」
「相変わらず目付きの悪い女ね……」
直接会うのは久しぶりということもあってか、レベッカのメンチは歴戦の猛者である『
三人がそう考えた時、タイミングよく店員がやってきた。ファミレスの店員というには些か無愛想な、ボサッとした髪の小柄な男であった。ネームプレートを見ても漢字表記だった為、日常会話程度なら日本語を話せる三人も流石に読めなかった。そのネームプレートには色とりどりのハートマークや星が散りばめられており、付けている本人とは違って随分とキャッチーな印象を受ける。例えるなら、陽気な居酒屋で働く女性店員の名札さながら、といったところだ。
「待たせ……お待たせしました。何名だ……でしょうか」
「あぁ、済まない。連れが先に来ているんだ。ほら、あそこのガラの悪い金髪の」
「む……そうか。では好きにし───」
客であるエドの言葉に対し、怪しすぎる言葉遣いで対応するボサ髪の男店員。だが如何に日常会話ができるとは言え、細かいニュアンスまで分かるわけではないエド達。そんな失礼極まりない店員の応対に気づくはずもなく、言われるままに奥の席へと向かおうとする。しかしそこは流石の接客業。それも店員の接客スキルが称賛されることが多い日本の店だ。相手が気づいていないからと言って、そんな態度が許されるはずもなかった。
「くぉらぁっ!」
ばしり、とボサ髪店員の後頭部に平手が飛ぶ。いつの間にかやってきていた別の店員───名札には『オーナー』と表記されていた───が後頭部をひっつかみ、そのまま無理やり下げさせる。
「ぬっ……何をする」
「何をする、じゃないわよ! ほら、いいから頭下げときなさい! 申し訳ございません! まだ入ったばかりの新人でして! 私の方からキツく指導しておきますので!」
そう言ってボサ髪店員と共に頭を下げる女性店員。
「ああいや、気にしないでくれ」
「すぐにご案内しますので! こちらへどうぞー!」
特に気にした風もなく、エド達は奥の席へと案内される。どうやら先程のやりとりを近くで見ていたらしく、希望通りのチンピラ席へと。『
そんな一悶着があったからか、三人がテーブルに付く頃には既に目立ち始めていた。元よりここは、レベッカという有名人が長時間居座っているファミレスである。それらの情報は既にSNSを始めとしたネット界隈で広まっており、彼女を目当てに訪れる客までいるほどだ。それはつまり探索者界隈のファン、或いは現役探索者が多いということ。そんな場所に『
とはいえ、こうして目立つことには三人とも慣れている。彼らほどの人気探索者ともなれば、どこに行っても大抵はファンに囲まれてしまうからだ。故に彼らは周囲の視線を気にすることなく、ドカ食いしているチンピラの向いへと腰を下ろした。
「久しぶりだな、『暴君』。まさかこんな場所で会うとは思わなかったが」
「あ? 何でテメェらがここに居ンだよ?」
「おうおう、いきなりご挨拶だな。前にコラボ配信までした仲だろ? つーか相変わらず目付き悪ィなぁ。折角の美人が台無しだぜ?」
「うっせェ色ボケ野郎。ぶっ殺すぞ」
初手の会話としては随分と物騒な言葉の応酬。一方的な暴言とも言うかもしれないが、しかしそんな細かい事はこの場の誰も気にしていない。面識があるとは言え、普段から仲良くつるんでいるような間柄というわけでもない。まして相手は理性的なレナードでも、見た目に反して話の分かるウィリアムでもないのだ。この程度の汚い言葉は想定済みであった。なお、エドが口にした『暴君』というのはレベッカの通り名である。勿論彼女自身が名乗っている訳では無いが、彼女の性格や素行からそう呼ばれているのだ。
「実は先日、俺達も異世界方面軍に会いに行ったんだ」
「へぇ、意外……でもねェか。姫さんらの配信見たンだろ? あんなモン見せられたら、誰だって会いたくなる。アタシらもそうだったしな」
「そういうことだ。アレを見て何も感じないようでは、探索者としてこれ以上先には進めない」
彼ら彼女らには共通点がある。それはアーデルハイトの強さに惹かれ、憧れ、直接会って話がしてみたい。あわよくば手合わせを、手ほどきを。自分達よりも明らかに年下である怪しすぎる女に、そんな思いを素直に抱いたことだ。相手が新人だとか年下だとか、そんな事はどうだっていい。自分よりも優れた実力を持つ相手に、まっすぐな敬意を払えること。それこそが、彼らをトップランカーへと押し上げた要因の一つといえるだろう。
「で? どうだった? まぁ聞かなくても大体分かンだけどよ」
「共同探索を申し込んだんだが、遠回しに断られたよ。だが譲歩もしてもらった。ある条件をクリアすれば考えてもいい、と」
「ほーん……なんかどっかで聞いた話だなァ……で? その条件ってのは何なンだ?」
「キミと模擬戦をして勝つことだ」
「……あ? アタシとか?」
「ああ」
「はっ、んなワケねェだろ……よく思い出せよ。姫さんは何つってたンだよ」
エドから話を聞いたレベッカは、しかしそれを鼻で笑う。レベッカにとってアーデルハイトは、もう何度か関わった間柄だ。ダンジョン探索こそ共に行ったことはないが、しかし連絡先も交換しているし、軽井沢の件ではあちらから連絡してきた程だ。プライベートでは良好な仲だといっていい。
そんな彼女だからこそ、アーデルハイトが考えそうなことは予想出来る。あの気分とノリで動いているような自由人が、自分を試金石にするなどという、そんなヌルい───ヌルいどころか、普通に難易度の高い試練なのだが───条件を出すはずがない。恐らくは面倒がって、到底不可能な無理難題を吹っ掛けている筈だ。それこそ自分の時と同じ様に。そう考えたあたりで、レベッカには話の全体像が見えてきていた。
「何と言われてもな……ここの住所を渡されて、そこに居る刺客に勝てば考えてやると言っていた。そうしていざ足を運んでみたら、見知った顔が居たというわけだ」
「ははァ……そンでアタシがその刺客だと思ったワケか。だが残念だったな。そりゃ多分アタシの事じゃねェよ」
「何?」
「こうは言ってなかったか? 相手はそこに居る店員だ、とかよ」
レベッカの言葉に最初に反応したのは、エドワードではなくアルマだった。直後にアルマはハッとした表情を浮かべ、アーデルハイトから渡されたメモを取り出す。
「そ、そういえば! 確かに『ファミレスの店員』に勝って来いと言ってたわ!」
「そうだっけか? ぶっちゃけ俺はお姫様に見惚れてたから覚えてねぇなぁ……」
アルマが記憶を辿れば、確かにそう言っていた。そこで漸く自分達の勘違いに気づく。見知った顔に飛びついてしまったが、レベッカの様子を見れば明らかに『店員』ではないことが分かる。
「死ねカス。だがまァ、そういうこった。ちなみにテメェらが探してる刺客ってのは、あっこで店長に怒られてるヤツのことだな」
そう言ってレベッカが指差した方へと、エド達三人が視線を向ける。そこには横柄な態度で説教を受けている、小柄な男の姿があった。先程三人の接客を担当した、あのボサ髪の店員だ。
「ちなみにアタシの師匠でもあるぜ」
「は?」
「は?」
「はぁ?」
刺客の正体は店員。しかも絶賛説教中。そればかりか、あの『暴君』と名高いレベッカの師匠だという。突如としてレベッカから齎された大量の情報に、三人は間の抜けた声を出すことしか出来なかった。
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