第230話 情緒の壊れたパープリン
ディスプレイを眺めながら、アーデルハイトがうんうんと唸っていた。彼女が見つめる先には、色とりどりの髪色をした美少女達の姿が映し出されている。更にその上には3つの選択肢が表示されていた。
「んぅ……決めましたわ! これですわ!」
意を決して、アーデルハイトが一番下の選択肢をクリックする。するとその直後、画面上の美少女が突如として泣き出した。予想もしていなかった展開に、アーデルハイトは目を見開いて驚愕する。そんなあまりの出来事に、言葉遣いすら荒れてしまう。
「なっ……なんですのこの女!? イカれてますの!?」
「ありゃー。そりゃあ、その選択肢じゃ駄目ッスよ」
「どうしてですの!? 『終電無くなっちゃった……』に対して『歩いて帰れ』と、当たり前のことを言っただけではありませんの! そもそも終電って何ですの!? 攻撃魔法ですの!?」
「そんなワケないでしょ……いいッスか? こういう場合はウザがらずに、優しくしてあげないと駄目なんスよ」
「なんというクソゲーですの。こんな女が現実に居る筈ありませんわ」
「それはそうッスけど。ちなみにまだ全然序盤ッスよ?」
「序盤からこんな難易度では、もう誰もクリア出来ないのではなくて?」
「こんなトコで躓くヤツ他にいねーんスよ」
ゲームへの文句を垂れながら、膝に抱えた肉をドムドムと叩くアーデルハイト。頬を膨らませてぷりぷりと怒ってはいるものの、しかしなんだかんだで再びプレイを開始する。どうやら架空のキャラに振り回されたのが、余程腹立たしい様子である。
:それネタで用意されてる選択肢だろw
:ミギーのツッコミが辛辣で草
:でもまぁ終電の意味知らなかったら確かに……
:いや知らなくてもそうはならんやろw
:攻撃魔法は草 確かにちょっとそれっぽいわ
:つまり今のは『MP切れちゃったの……』みたいな事か?
:異世界脳すぎるだろw
異世界人であり、かつ本人がまさにゲームの世界から飛び出してきたかのような美貌を持つアーデルハイト。そんな彼女が恋愛シュミレーションゲームをプレイするということで、その新鮮さも手伝ってか、視聴者達は大盛り上がりである。
そもそもの話、こういったストーリー重視のビジュアルノベル型ギャルゲーの配信は、基本的に許可が下りない。こっそり配信したところで、見つかり次第すぐに警告が飛んでくる。場合によってはもっと大事になることもある程だ。文章を読み進めるのがメインのコンテンツであるため、当然といえば当然の措置だろう。仮にこれが『むきむきアブドミナル』のようにゲーム性のあるギャルゲーや、或いは過去の作品であったならば、販売元が定めた解禁日を過ぎれば配信可能になったりもするのだが。
色々と難しい、配信には不向きとさえ言えるジャンル。それがギャルゲーだ。では今、アーデルハイト達が配信しているのは一体何なのか。結論から言えば、これは販促を兼ねたテストプレイなのだ。つまり今行っている配信は、紛れもない企業案件だということになる。そんな案件のオファーが一体何故、探索者パーティーである異世界方面軍に送られてきたのか。ゲームブランドと探索者、普通に考えればあまりにも畑違いな両者であるはずなのに。
しかしその理由も、聞けば『あぁなるほど』と誰もが納得してしまうようなものだ。今テストプレイをしているのは『異世界出身』で『金髪縦ロール』の『公爵家令嬢』だ。加えて『美少女』であり『スタイル抜群』でもある。おまけに『ですわ系』で『撮れ高モンスター』。これでもかというくらいに属性が盛られた彼女は、まさしくギャルゲーを体現したような存在だ。ギャルゲーのプロモーションを行う上で、彼女以上の者など存在しないだろう。そういった理由から、彼女の元へ宣伝のオファーが届いたのだ。
彼女たちが現在プレイしているのは、『月明かりの
有名ブランドが開発したゲームだということも手伝ってか、まだ発売の三ヶ月前だというのに既になかなかの話題となっている。マスターアップすらまだ行われていない時期ではあるが、先行して体験版をプレイし、その様子を配信して欲しいというオファー内容であった。そうしていざ始めてみたところ、アーデルハイトの絶望的なセンスが露呈した、というのが今の状況だ。
既読の文章は大胆にスキップしつつ、漸く先程の選択肢まで辿り着いたアーデルハイト。
「確か優しく接する、でしたわね……つまりココはこれですわ!」
これしかない、と言わんばかりにアーデルハイトが選んだのは3つのうち中央の選択肢。それは『タクシーを拾ってあげる』というものであった。終電という概念は知らなかったが、タクシーには乗ったことのあるアーデルハイト。帰るための手段を用意してあげるというのは、確かに優しさと言えるのかもしれない。が、当然ながらここで求められている事はそういうことではない。
「おいィ! ちげーよ! なんでだよ!!」
「この女、今度は怒り出しましたわよ!? なんですの、この情緒の壊れたパープリンは!」
「当たり前ェイ! てかどこでそんな言葉覚えて来たんスか!」
「ネットですわ」
アーデルハイト本人は至って真面目だが、視聴者達はこの展開を読んでいた。予想通りの天丼というべきか、彼らも伊達に数ヶ月の間異世界方面軍を推してはいない。
:知 っ て た
:やっぱ芸人じゃねーか!
:そんなこったろうと思ったよ!
:俺は分かってたよ。アデ公が一筋縄ではいかないってことはね
:みんな知ってんだよなぁ
:あかん、腹抱えてゲラゲラ笑ってるw
:俺等は楽しいけど、宣伝としてはどうなのよw
いつも通りと言えばいつも通りの展開だが、しかし今回の配信は企業案件である。果たしてこれはオッケーなのかと、視聴者達は若干の不安を抱えていた。
だが、そんな彼らの心配は杞憂に終わる。この配信をリアルタイムで視聴していた開発の広報担当も、やはりゲラゲラと笑って大喜びしていたからだ。そもそもアーデルハイトを起用したのも、ビジュアル面は当然のことながら、普通ならやらないであろう動きを期待してのことだ。つまりは『撮れ高』を重要視したキャスティングであり、話題性を更に高めるためのものだった。ゲーム内容やその他の宣伝は、既に他の媒体で十分に行っているのだから。
結果、意図せず期待通りの働きを見せたアーデルハイト。その様子はギャルゲー界隈のみならず、探索者界隈でも話題となった。開発側の思惑は見事に的中し、配信後には『頼んで良かった、また是非』との言葉まで頂戴する始末であった。
* * *
そんな慣れないゲーム配信を終えた頃。アーデルハイトのスマホから着信音が鳴っていた。無機質なデフォルトの曲ではなく、彼女が気に入っている任侠モノのドラマ主題歌である。ちなみにホーム画面の壁紙は、先日撮影した異世界方面軍の集合写真である。
「あら? 電話ですわ! わたくしのスマホが鳴ってますわー!」
「なんスか、そのアホっぽいセリフは……」
そうして数分後、通話を終えたアーデルハイトがリビングへと戻って来た。
「誰だったんスか?」
「ベッキーでしたわ。先日送り込んだ例の───何でしたっけ? まぁその、とにかくちゃんと処理しておいた、とのことですわ。随分楽しそうな声色でしたわね」
「あー……」
通話の内容を聞き、
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