第231話 頂上対決ってヤツをさァ

 近頃は専らレベッカ専用と化している、Dekee’sデケェッス渋谷店の窓際角の席。しかしこの日はレベッカの他にウィリアムやレナード、そして『黄金の力グルヴェイグ』の三人の姿もあった。


「暫く来ない内に、なんだか随分と……」


「国際色が凄いですね」


 クリスの言葉通り、なんともまぁ多国籍なテーブルになったものである。テーブル上に並んでいる料理は茶色いものばかりで、かつ量も凄まじい。探索者には健啖家が多いとされているが、このテーブルはそんなレベルではなかった。


「くらえ」


 そんな初対面だらけの場においても、オルガンは普段通りのスタンスを崩さない。頭の上に肉と毒島さんを乗せ、見ず知らずの外国人が食べている料理へと、怖じることなく持参した納豆を投下する。ちなみに今回、英語が話せないみぎわはお留守番である。


「お、来たな姫さん。おいゴリラ、とりあえずレナード抑えろ。ロリフも来てる」


「既に拘束済みだ」


 流石は世界トップの探索者というべきか、その程度のことで動じる彼ら彼女らではない。慌てず騒がず、まずはレベッカの指示を受けたウィリアムによってレナードが捕縛された。


「待て、いや待ってくれ。俺は至って冷静だ。大丈夫だ、問題ない」


「もう既に言語が怪しいぞ。それに鼻息も荒い」


「何もしないさ。だたちょっと、せめて匂いだけでもと思ってな」


 本人の申告通り、レナードの表情は至って真面目だ。だが荒すぎる鼻息とやたら光を反射する眼鏡が、彼の不審感を何倍にも押し上げていた。冷静な様子を必死にアピールするレナードであったが、隠しきれず口角が上がっているのをウィリアムにみつかり、結局彼が解放されることはなかった。


 そんなレナードの姿を初めて見たアルマなどは、向かいの席でドン引きしている。ノエルも似たような反応ではあったが、しかし彼も一部とは謂え、レナードの気持ちが理解出来てしまう。だからこそ、表立ってレナードを非難することはなかった。やはりエルフはイギリスでも浪漫溢れる存在であるらしい。納豆攻撃の直接被害を受けたエドだけが、自分のステーキを見つめて愕然としていた。


黄金の力グルヴェイグ』と『魅せる者アトラクティヴ』が同じテーブルに着くという、それこそ混沌の極みような状況下。そこに異世界方面軍までやってきたのだから、もはや収拾などつくはずもない。どれか一組だけだったならば、周りの客から声をかけられることもあっただろう。写真の一枚でもとお願いされることもあっただろう。しかしここまでくると、一周回って誰も近づくことが出来なくなっていた。


「それでベッキー、わたくし達はどうして呼び出されましたの? あ、そちらの御三方に関しての話なら、今回は失格ということでお願い致しますわ」


 そう、今回アーデルハイト達がこの店にやってきたのは、何を隠そうレベッカから呼び出しを受けた為である。基本的には面倒事を嫌うアーデルハイトだが、知り合いから呼ばれたとあっては無下にも出来なかったらしい。


「あァ、その件についてはそっちの三人も納得してるってよ。ま、最初は『聞いてない』だの『ふざけんな』だのと文句垂れてやがったけどなァ」


「仕方ないだろうが! ただの店員があんな強いとは思わないだろ! ちょっとした実力テストかと思ったら、いきなり化け物の前に放り込まれたんだぞ!」


「アタシも似たような感じだったけどなァ」


 当時を思い出し、レベッカが遠い目で過去を追想する。忘れがちではあるが、彼女もまた高貴ノーブルスルーの被害者なのだ。尤も、彼女の場合は戦うことが目的であったのだが。その後に関しても、師事する相手が剣聖から拳聖に変わっただけで、実質的な被害は特になかった。


「それで、だ。姫さんを呼んだ理由なんだけどよォ……あー、なんつーか……面倒なら断ってくれてもいいンだけどよォ」


 そうして本題である、今回アーデルハイトを呼び出した理由の説明に入るレベッカ。しかしその口ぶりは、彼女にしては珍しくどこか歯切れの悪いものであった。普段ならば思ったことをズケズケと口にする癖に、なんとも怪しい態度である。


「一体なんですの? 珍しく歯切れが悪いですわね? チンピラの貴女らしくもない」


「テメェで言うのもアレなんだが、アタシらもこっちの世界じゃ結構なモンなワケよ。そんなアタシらが一方的にボコられたのが、ウーヴェの旦那なワケだ」


 そう言ってレベッカが、ちらりと厨房の方へと視線を送る。件の男の姿は見えないが、恐らく現在は調理スタッフとして厨房に入っているのだろう。


「まぁそうですわね」


「みなさんが弱いというわけでは無いと思いますが……」


「あれで一応、六聖の一人」


 異世界勢が総出でフォローにかかる。実際、彼ら彼女らは弱くはない。ただ比べる相手が悪いというか、基準がズレているだけなのだ。特にレベッカなどは出会った当初と比べて随分と腕を上げている。アーデルハイトの見立てでは、あちらの世界でも冒険者として食っていける程度には強くなっていた。


「まぁそこは今いいンだよ。そンでふと気になったワケよ。姫さんと旦那、一体どっちが強ぇんだ? ってな」


「むっ。何を馬鹿なことを……もちろんわたくしですわ! 既に一度、完膚なきまでにボコって差し上げましたもの!」


「いやァ、つってもそれって結構昔の話なンだろ? 今はどうなのよ?」


「むっ。もちろんわたくしですわ!」


 見事なドヤ顔でそう宣言するアーデルハイト。その顔には絶対の自信が窺える。だがしかし、レベッカがウーヴェにも同じ質問をしたところ、彼もまた似たようなことを自信満々に宣っていた。つまりお互いに『自分の方が強い』と言っているわけだ。


黄金の力グルヴェイグ』と『魅せる者アトラクティヴ』は、仮にもこちらの世界トップクラスの実力者だ。であれば、当然気になってしまう。自分達の知る埒外の実力者二人が戦えば、一体どちらが勝つのかと。どれほどの戦いが繰り広げられ、その高みはいったいどれほどのものなのか、と。


「アタシがこの国に来た時は、姫さんがヌルっと躱して実現しなかったろ? だがアタシらも探索者だからなァ……やっぱ気になるワケよ。だからまぁ、その───いっぺん見せてくれよ。頂上対決ってヤツをさァ」


「むむっ」


 呼び出しを受けた当初、アーデルハイト達はこんな話になるとは露ほども思っていなかった。敢え無く失格となった『黄金の力グルヴェイグ』から、泣きの一回をくれ、などと言われるのではと考えていた。そんな予想外の展開に、クリスは若干ではあるが顔を顰めていた。彼女は知っているのだ。剣聖と拳聖が戦った時の、周囲へ及んだ被害の数々を。こういった焚きつけられ方をした時のアーデルハイトは、恐らく受けて立つであろう、ということを。


「そこまで言うのならよろしいですわ! 再びあの男をボコして、正式に我が異世界方面軍の中ボス枠にしてやりますわ!」


「マジか!! っしゃァ!」


 案の定というべきか、アーデルハイトはすっかりやる気満々といった様子。こうなった以上、恐らく二人の勝負は実現してしまうだろう。アーデルハイトはともかく、なにより相手があの戦闘狂なのだ。再戦の機会を長らく待っていたであろうあの拳聖が、この機を逃すとは考えにくい。そんなこの後の展開を思えばこそ、クリスは頭を抱えるのであった。ちなみにオルガンは既に話を聞いておらず、先程生成したエドの納豆ステーキを、肉達と一緒になって勝手に食べていた。

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