第130話 面倒ですわー……

 混沌と化した協会の企業ブース。

 その中央では三人の探索者がイベント参加者達によって取り囲まれ、そこはある種の特異点のような状況と化していた。


 彼女達がここへ来る以前、それこそイベント開始時点から人が殺到していた協会ブース。ここでは探索で使用する初歩的な道具や装備等───武器の類は厳重な警備の元でスペースの奥に展示されている───を販売、紹介している。

 協会としても新規探索者を増やしたいのだろう。実用的なものよりもグッズとしての側面が強い商品が多く、まさに『新参ホイホイ』とでも呼べそうなラインナップだ。探索者協会の商魂のようなものが垣間見えるような、そんなスペースだった。


 有名探索者とのコラボ商品等もいくつか存在しており、人気の商品は既に軒並み売り切れ状態だ。もしも伊豆で饗から持ちかけられた提案を受けていれば、異世界方面軍とのコラボ商品もここにあったのかもしれない。


 故に、というべきか。そこを訪れるのは探索者そのものというよりも、探索者のファンである者が多い。或いはまだまだ駆け出しの新人探索者か、これから探索者の道を志そうとしている者達だ。そんなひよっこ達からすれば、突如として現れた三人の探索者は、まさしく雲の上の存在であった。

 これまでの馬鹿げた実績を無視すれば、アーデルハイトもまだまだ新人の一人に過ぎないのだが。


「団長こっち向いてー!」


「よくってよー!!」


「団長に憧れて『Luminous』でジャージ買いました!クソ高かったです!!」


「無理をしてはいけませんわよー!でもグッドですわー!!」


 周囲を取り囲むファン達へと、嫌な顔一つせずにこやかに対応するアーデルハイト。彼女は存外ノリがいい。公爵家の一人娘として、公の場に顔を出すことは度々あったのだ。演説というほどではないが、壇上で領民に言葉をかけたこともある。そして何よりも、実力は確かながらもお調子者が多い、そんな公爵家の騎士団を纏め上げていたのが、何を隠そう団長である彼女なのだ。故にあちらの世界にいた頃から、このようなやり取りは日常茶飯事だった。


 一方で、月姫かぐやまた多くの者達から声をかけられていた。元々人気の高い『†漆黒†』のメンバーである彼女もまた、こうしたやり取りには慣れている。そもそも配信者として活動している以上、ファンサービスとは切っても切れない仕事の一つである。配信中のコメント欄など、常より今の状況と変わらないようなことになっている。言ってしまえば、相手の顔が見えるかどうかの違いでしかないのだ。


「姫かわいー!!」


「クク……戒めより解き放たれし我が眷属達よ!我を讃え崇めよ!ひれ伏せ!!」


 異世界方面軍の家に遊びに来ている時は、もはや中二病設定を忘れているのではないか?と言いたくなるような彼女だが、流石にこういった場ではしっかりと恥ずかしい台詞を披露する。これもファンサービスの一環というわけだ。


 なお、『姫』という呼び名は彼女の名前に由来している。本人は恥ずかしいからやめてくれと常々言い続けているが、ファンの間ではすっかり定着してしまっていた。とはいえアーデルハイトと絡むことも増えてきた昨今、『紛らわしいから新しい呼び名を考えよう』などという運動もネット上では始まっていたりする。閑話休題。


 そして日本語の分からない外国産のヤンキーは、投げかけられる歓声と応援のメッセージに対してメンチを切っていた。ファンの数で言えば恐らく三人の中では最も多いだろうレベッカだが、今回は来場を予告したわけでもなく、ただふらりと姿を見せただけである。故に彼女個人のファンというよりも、『探索者のファンだからレベッカのことも当然知っている』といった程度の者が殆どであった。その上、レベッカの両サイドには強力な固定ファンを持つ二人が居る。そのおかげというわけではないが、彼女へ向けての歓声は、来日した際の空港よりも余程マシであった。


「ベッキー!!日本はどうー!?」


「あァ!?やンのかコラァ!!何言ってっかわかンねーんだよボケ!!」


 とはいえ、返す言葉はやはり最低なものであったが。


「はぁ、はぁ……ちょっと……通して下さい……ひぃ……」


 そんな三人の周囲に作られた囲みをやっとの思いで抜け、一人の男が息を切らしながらアーデルハイト達の元へと辿り着いた。騒ぎに気づいた運営スタッフ達も集まり始め、少しずつ囲いは解除されてゆく。


「あら?何か出てきましたわよ?ゴブリンですの?」


「あん?なんだこのチビは……?」


「クク……矮小な子鬼如きが。我が闇の炎で焼き払って───いや違いますよ。伊豆支部の四条さんですよアレ」


 散々な言い草である。確かに小柄だがゴブリンよりは余程背が高い。否、そもそも比べること自体が失礼にあたるのだが。

 人混みをかき分けて姿を見せたのは四条きょうであった。伊豆ダンジョンへ赴いた際にアーデルハイト達もお世話になった、探索者協会伊豆支部の業務全般担当である。ここに居るということは、どうやら宴と共にヘルプとして招集されていたようである。

 彼は優秀であるが故に、日頃から支部長である国広燈くにひろあかりに無茶振りをされている苦労人だ。そして今日もまた、これから苦労をするらしい。


「三人とも、ちょっと、取り敢えず、こっちに来て、頂けますか……んぐっ」


 膝に手をつき、途切れ途切れの言葉を紡ぐ四条饗。どうやら彼は体力がないらしく、人混みを抜けることに全ての力を使い果たしてしまったらしい。


「息も絶え絶えですわね」


「だらしねェ。協会の内務担当ってのはどこの国でも似たようなモンだなァ。ウチの国のモヤシくんなんざ、アタシがちょっと投げ飛ばしただけで泡吹いて倒れてたぜ。蟹かよ」


「立派な暴力事件ではありませんの?」


「『かわいがり』だよ、『かわいがり』」


 完全にいじめっ子特有の口ぶりである。どうやら本国での彼女は随分とやりたい放題の様子である。アーデルハイトに言わせれば、レベッカの気風はもはや探索者ではなく殆ど冒険者のそれに近い。これまでにアーデルハイトが出会ってきたこちらの世界の住人の中では、最も異世界適性が高いといえるだろう。そんなただのチンピラでもしっかりと人気があるというのだから、やはり彼女の実力は本物だということだ。黙っていればワイルド系の美人、というのも多分に含まれているのだろうが。


 そうして騒動の元凶である三人は、協会のブース内にある商品試用の為のスペースへと隔離される。迷惑をかけてしまった自覚があった為か、三人は思いの外素直に収容されていった。


「まったくもう!あなた達が顔を出せば騒ぎになることくらい、考えれば分かるでしょうに!!」


 正座をさせられた三人の前では、四条宴がぷりぷりと頬を膨らませて怒っていた。その小柄な体格のせいか、威厳も何もあったものではない。当然ながらアーデルハイト達には何の痛痒も与えられず、レベッカに至っては既に正座をやめ、頭部に肘をついてごろりと横になっている始末である。


 三人は探索者ではあるが、今回は協会側の人間としてやってきたわけではなく、単純に個人としてイベントに参加している。故にこうして怒られるような謂れはないのだが、しかし宴の言っていることも分からないではない。

 このイベントは各参加者達の協力によって成り立っているのだ。それを考えれば、確かに少し考えが足りなかったかもしれない。ある程度の知名度を持つ三人が、自由気ままにそこらじゅうを練り歩けばどうなるのか。その結果は目の前でぷりぷりと騒いでいる宴が示している。個人参加だからといって、自由気ままに振る舞うわけには行かない場合もあるということだ。ある意味、有名税のようなものだろうか。


 それが理解出来るからこそ、アーデルハイトと月姫かぐやは大人しく怒られているというわけだ。別に反省しているというわけではなかったが。

 隣でゴロゴロと転がっているチンピラがどう思っているかは分からないが、少なくとも二人と同様に反省はしていなさそうである。


「まぁまぁ姉さん。別に悪いことをしたわけじゃないんだから……」


「だれがちんちくりんですか!!」


「言ってないよ……」


 一生懸命に怒っているものの、どう見てもダメージは与えられていない。それを傍から見て取った饗が、もういいだろうと宥めにかかる。そもそも時間は既に15時を周り、二日目の終わりが近い。このまま彼女達をここに拘束していては、今後の進行にも影響が出ると饗は考えたのだ。

 何しろ試用スペースで説教をされる三人の様子は、周囲から丸見えである。当然ながら先程集まった観客たちがそのまま詰めかけており、もはや半分見世物状態となっている。そんな状況では通常の営業すらままならず、長引けば後片付けにも響いてしまう。というよりも実際に、今現在の協会ブースは販売停止中である。


「あら、終わりですの?では、わたくし達はそろそろお暇致しましょうか。先程からわたくしの最新スマートフォンが震えておりましてよ。そう、最新のスマートフォンが」


「あぁ、もう良い時間ですねー……うぐっ、あ、足が……正座なんて慣れてなさそうなのに、師匠はよく我慢出来ますね」


「この程度でどうにかなるようでは、まだまだ先は長いですわよ」


「精進します!」


 宴の説教が終わると見るやいなや、そそくさと退散しようとするアーデルハイトと月姫かぐや月姫かぐやは足が痺れてなかなか立ち上がれない様子だったが、アーデルハイトにはまるでそんな様子は見られなかった。


「ふぁ……おう、終わったかァ?アタシもそろそろ師匠の所に帰っかなァ」


 すっかり寛いでいたレベッカが、小さな欠伸を一つ吐き出す。そうして立ち上がりながら大きな伸びをして、肩をぐるぐると回してみせる。ずり上がったシャツの下、すらりと引き締まった腹筋と臍が顕になり、大変艶めかしかった。


「やっぱり聞いてなかったんですね!!ぐっ……私がちんちくりんだとでも言いたいんですか!舐め腐ってェ!!」


 そんな三人の態度を見た宴は、やはり自分の話を聞いていなかったのかと憤慨する。本人は至極真面目に怒っているつもりなのだが、三人にとってはその様子すらも微笑ましいものであった。


 ぷりぷりと喚く宴を背中に、三人が企業ブースを後にしようとした、その時だった。


 会場内全域に響き渡るほどの、大きな音が辺りに鳴り響いた。まるで地震のように低く唸る重音。その直後には開場が揺れ動き、その所為で照明が僅かに明滅している。ガラスが割れる程の大きな揺れではないが、しかし人間に恐怖を与えるには十分な、そんな揺れだった。集まっていたイベント参加者達の中には悲鳴を上げる者もおり、先程アーデルハイト達が作り上げた混乱とはまた違った、新たな混乱が生まれていた。


「あらあら?これは一体何事ですの?」


「地震ですかね?それにしてはなんか違和感がありますけど……あれだけの音が鳴った割には、揺れはそれほどでもありませんでしたし」


 探索者は常に危険と隣り合わせの職業だ。

 アーデルハイトはもちろんのこと、月姫かぐやでさえもこの程度の出来事では動じない。そんなことよりも、どこか違和感のある音と揺れが気になっていた。

 二人が何気なく館外へと目を向ければ、外は先程までとはすっかり違った様相を呈していた。現在の時刻は15時を少しまわったところだった。夏という現在の季節を考えれば、日が落ちるのはずっと先の話である。だというのに、空がうっすらと暗くなっているではないか。


 否、空がというよりも、むしろ外の敷地全体が暗いと言うべきだろうか。例えるなら、アーデルハイトが先の伊豆ダンジョンで使用した魔剣失墜の剣エクリプスによる弱体化デバフ領域、通称『アンチノーブルフィールド』のそれに近い。


「結界魔法……ではありませんわね。魔法というよりもむしろ、魔物の固有能力に近い気がしますわ」


「魔物ですか……?ですが、魔物はダンジョンの外には出られませんよ?」


「ですわよねー……うーん?あちらの世界ではダンジョン外にも魔物が居ましたけれど、こちらの世界でこれは……うーん?」


 小首を傾げながら、うんうんと考え込むアーデルハイト。こんな状況にあって、場違いな可愛らしさがあった。周囲を見渡してみれば、安全の為に避難が始まっていた。スタッフが参加者達を誘導し、館外へと連れ出してゆく。アーデルハイトと月姫かぐやが二人、それを呑気に眺めている時だった。


「うぉォォォォ!!なんだ今のオイ!地面揺れたぞコラ!!アレか!?今のが有名なジャパニーズ地震か!?滅茶苦茶ビビったじゃねェかクソ!!」


 キャップからはみ出したポニーテールの尻尾部分を逆立てながら、外国産のヤンキーが大騒ぎしていた。日本は地震大国とも呼ばれており、日本人は皆、良くも悪くもすっかり地震に慣れてしまっている。小さな揺れであれば気づかない者も多いほどだ。

 だが地震にあまり慣れていない海外出身の者は、僅かな揺れでも敏感に反応するという。どうやらレベッカもその例に漏れなかったらしい。彼女は怖がっているのか興奮しているのかよく分からないテンションのまま、アーデルハイト達の隣で跳ね回っていた。


 そんな騒がしいヤンキーを眺めていたところ、先程からブース内を慌ただしく走り回っていた四条饗が、慌てた様子でアーデルハイト達の元へとやって来た。何か良くないことでも起こったのだろうか、彼は顔面を蒼白にしながら汗を額に浮かべていた。


「アーデルハイトさん!」


「どうしましたの?貴方、ひどい顔をしていますわよ?先程の揺れと関係があるお話ですの?」


「ハンカチのようなものをどうぞ!」


 そんな顔色の悪い饗へと、月姫かぐやがハンカチらしきものを差し出した。実際にはハンカチではなく、コンビニなどでもらえるお手拭きである。先程アーデルハイト達へ差し入れを持っていった際、余っていたものをポケットに入れていたのだ。


 そんなハンカチもどきで額の汗を拭いながら、息を整えた饗がこう告げた。


「あ、有難うございます……ではなくて!!魔物です!地上に魔物が現れたそうですっ!!」


「……数は?」


「一体ですっ!」


「……種類は?」


「報告によれば、協会のデータベースにも載っていない新種の魔物だそうです!現在は会場に居合わせた数名の探索者が戦闘中!戦況はあまりよくないとのこと!」


 そんな饗の報告を聞いたアーデルハイトは月姫かぐやと顔を見合わせた。細かな状況に差異はあれど、二人にはなんとなく覚えのある状況であった。というよりも、何故それを自分に報告するのだろうか。自分は協会の職員でも何でもないというのに。とはいえ、探索者として登録している以上はある程度の義務がある。饗がこうしてアーデルハイトに話を持ってきたのは、つまりそういうことなのだろう。


そうして心底面倒そうな顔をしながら、アーデルハイトは呆れるように額に手を当て呟いた。


「……なんだかどこかで聞いたような話ですわねー……面倒ですわー……」


「渋谷の時と似てますね!」


 またアーデルハイトの活躍が見られるとでも思ったのだろうか。月姫かぐやの顔には、満面の笑みが張り付いていた。

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