第129話 ドスケベってなァ……

「終わりましたわーっ!!」


「皆様、お疲れ様でした」


「お疲れーッス!」


 月姫かぐやからの差し入れを口にしつつ、ファン達と交流すること一時間弱。漸くというべきか、水際族は既刊とグッズ各種、そしてサイン色紙、合わせて500点の頒布を終了した。グッズ自体は午前の時点で完売していたことを考えれば、色紙だけで随分と粘ったものである。


 周囲にはまだまだ多くのファン達の姿があったが、そもそもここは臨時スペースである。流石に頒布物もない状態で居続ける事はできない。名残惜しさは残るが、これだけの長時間、ひたすらにここで過ごしたのだ。ファン達の期待には十分応えたといえるだろう。少なくともこの場所での活動はこれで終了だ。


「では早速、他の所を見学に行きますわ!!」


「師匠、私も行きます!」


 コスプレ衣装の上からジャージを着込み、いつものスタイルへと戻るアーデルハイト。そうして、某ヘルメットを被った猫のようなポーズを取り、通路の先を指差すアーデルハイト。折角の一大イベントだ。見聞を広めるためにも、彼女は終了時間ギリギリまで見学して回るつもりだった。


「ウチは片付けをしてから合流するッス」


「手伝います」


 サークル主であるみぎわがそう言って撤収準備を始める。そして同じく、みぎわのサークル仲間でもあるクリスがそれに付き合う形だ。こちらに来てからまだそう長い時間の経っていないアーデルハイトにとって、こうした経験は得難いものである。興味を惹かれるのも無理はないだろう。故に二人共、アーデルハイトを引き止めはしなかった。


「んじゃ、アタシも姫さんと一緒に行くかなァ」


 チンピラの癖に意外と真面目に働いていたレベッカは、僅かな逡巡の後、アーデルハイト達に付いていくことに決めた。


「あら、ウーヴェの所に戻らなくてもいいんですの?」


「アタシは別に、あの店長の手伝いで来たワケじゃねェからなァ。暇だったから師匠に付いて来ただけだし、戻る必要はねェンだよ。つーか、取り敢えずヤニ入れてェ」


 どうやらレベッカは煙草を我慢していたらしい。この場に残っていれば、片付けの手伝いをする羽目になると見たのだろう。今回の手伝いに関してもそうであるが、嫌ならば断ればいいような事でもなんだかんだと付き合ってくれるあたり、この見た目で意外と律儀なことである。


「ではお嬢様、また後ほど連絡致します」


「ですわ!」


 そうしてクリス達とは一旦別行動となったアーデルハイトは、有名配信少女と有名海外ヤンキーを引き連れて、颯爽とその場を後にするのであった。




 * * *




「なんだか凄い格好の方が沢山居ますわね!!凄いですわ!」


「さっきまでの姫さんも大概すげェ格好だったけどな」


 コスプレは同人イベントの華と言っても過言ではないだろう。アーデルハイト達が自分達のスペースでコスプレ売り子をしていたように、コスプレ専用に設けられた広場でなくとも、会場の至る所でコスプレをしている者達を見ることが出来るのだ。彼ら彼女らは大抵の場合、自分の好きな漫画やアニメ、ゲーム等に登場するキャラクターに扮しており、その性質上、少々過激といえる衣装を着ているものも少なくない。そんなコスプレイヤー達を指して、『凄い格好』と評したわけである。


「あれは『ふたりはブルジョワ』のキャラですね。子供に人気の魔法少女系アニメなんですけど、男女問わず大きなお友達も沢山居るんですよ」


「お、それならアタシも知ってンぜ。あれだろ?確か……あー……そう、敵を拳でボコボコにするヤツだ」


「なんですの、その殺伐とした作品は……」


「実は中らずと雖も遠からず、なんですけどね。実際には札束ビンタで敵を倒すんですよ」


 アーデルハイトは異世界出身故に、レベッカはアメリカ出身であるが故に、コスプレイヤー達の衣装をみたところで元ネタが分からない。そんな二人にとって、日本人でありサブカルにも明るい月姫かぐやの存在は、とても頼もしいものだった。


「では、あのドスケベ衣装はなんですの?」


「ドスケベってなァ……」


「ああ、アレはソシャゲのキャラクターですね。ソシャゲ系はだいたいあんな感じの衣装が多いんです。その方が課金されやすいですからね」


「身も蓋もありませんわね……」


 ネットにも多少慣れてきたとはいえ、まだまだこちらの世界に来て日の浅いアーデルハイトだ。右を見ても左を見ても、彼女にとっては知らないものばかりの世界である。お上りさん丸出しといった様子で、見るもの全てに興味を引かれるアーデルハイト。そんな彼女の問いに月姫かぐやは全て答えて見せた。出来る弟子である。


 雑談を交わしながら、会場内を練り歩く有名人三人。当然ながら周囲からは注目を浴びており、声をかけられることも多かった。大抵の者はそんな三人を遠巻きに眺めるだけであったが、記念写真を撮らせてくれなどと時折頼まれたりもした。普段であれば断っているところだが、こういったお祭りイベントでも断るのは無粋というものだろう。全てに応えるわけにはいかないが、ある程度ならば問題はない。そう考えたアーデルハイトは申し出にも笑顔で対応し、そのままのんびりと会場を回ってゆく。


 そうしてアテもなく歩いた一行は、いつの間にやら企業ブースへとやってきていた。企業ブースとは文字通り、個人サークルではなく企業が出展しているスペースのことだ。アニメやゲームの制作会社、出版社等はもちろんのこと、こういったサブカルイベントとは一見無縁そうな一般企業が出展していることもある。


 企業ブースでは限定グッズやコラボ商品なども多く販売されており、コスプレをしたコンパニオンなども多く配置されていて非常に華やかだ。当然ながら参加者達からの人気は高く、開場と同時に長蛇の列を作るところも多い。故に、今更訪れたところで商品など残っては居ない所が殆どのだが───そもそも買い物目当てではないアーデルハイト達にとっては関係のないことである。


 そんな企業ブースには、この三人にとって非常に馴染みのある一角が存在していた。


「お?……おい見ろよ姫さん。協会が店出してンぜ」


「あら、本当ですわね……あ、うたげちゃんですわ」


 レベッカが指差し、アーデルハイトが見つめる先。

 そこにはほとんど少女と言ってもいいような小柄な女性が、右へ左へと忙しなく走り回っている姿があった。


 そう。探索者協会もまた、本イベントに参加していたのだ。

 ダンジョン探索はここ十数年で一気に注目度を上げた、謂わば新進気鋭のジャンルである。ダンジョン自体は随分と前から存在していたが、発見当時はそれほど注目されていなかった。何しろ近代兵器がまるで役に立たず、ほとんど調査が進んでいなかったのだから。


 そんな中、探索者という存在が少しずつ広まり、地球では採れない資源が得られるようになっていった。そうして国からもその有用性が認められ、ダンジョンは徐々に注目度を増していった。そこに近年、ダンジョン配信などという新たなエンターテイメントが加わった。そして現在、世は正に大探索ブームといってもいいような状況になりつつあるのだ。そんなダンジョン探索の最大手である探索者協会のブースが、不人気な筈もなかった。


 一段と広いスペースを与えられている協会のブースには、昼をすっかり過ぎた今の時間になっても多くの人達が詰めかけていた。そんな状況で客を捌くには、どうしても人手が必要だ。京都支部の受付担当である四条しじょううたげがここに居るのも、恐らくはヘルプとして招集されたからなのだろう。


「協会のブースは今年も盛況ですね」


「毎年こんな感じですの?」


「ここ2~3年はずっとこんな感じですね。本格的な装備なんかは売ってないですけど、雰囲気を感じる分には十分な品揃えではありますから」


「アタシの国でもちょくちょく協会が出張して店出してンぜ。つっても、こっちのほうが大分繁盛してるように見えるが」


 などと、少し離れた場所で呑気に会話をする三人。

 だがここは探索者協会のブースである。つまりここに訪れる者達は皆、少なからずダンジョン探索に興味を持っている者達だ。そんな場所で、この三人が姿を見せればどうなるだろうか。普段はダンジョンに潜ってひたすら探索をしている彼女達は、どうやら自分達の影響力というものを正しく認識出来ていないらしい。


「なぁ、あそこに居るのって……」


「ん?なん……!?」


「嘘……え、本物!?」


「マジ!?なんで!?」


 一人、二人と、協会のブースを訪れていた者達が三人の存在に気づいてゆく。その反応は人から人へと波及し、瞬く間に広がってゆく。疑いは確信へ、期待は歓声へと変わる。そうしてアーデルハイト達がこの場所を訪れてから僅か一分にも満たないうちに、探索者協会のブースは混沌の渦へと叩き込まれることになったのだった。


 それに宴が気づいた時には、もうどうにもならなくなっていた。

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