第131話 とある間の悪い男の話
本当に間が悪い。いや、運が悪いのだろうか。
どうしてこんなことになったのか。
今日はオフだった。パーティは全員休暇を取っているし、勿論僕もそうだ。だからこうして慣れないイベントに一人で参加している。普段なら今頃は家で次の探索の計画を立てている頃だろう。魔物の攻略法や陣形の確認、作戦の見直し。それに加えて狙う資源や注意するべき罠など、ダンジョンに挑んでいない時でも考えるべき事は多い。
いや、むしろダンジョン外に居るときこそ、より良く動くための方法を考えている。いざダンジョンへ入ったときに、イメージした事を上手く実践できるように。それはもう、僕にとってはほとんどルーティーンのようなものだった。
そんな日課を休んでまでイベントに足を伸ばしたのは、例の『彼女達』に会うためだった。まるで彗星の如く現れ、そしてついにはとんでもない偉業を成し遂げてしまった『彼女達』。この界隈に身を置いている者で、彼女達の存在を知らない者なんて今や一人もいないだろう。
僕だってそうだ。少し前、彼女達が
今の世の中、探索者は世界中に星の数ほども存在する。それはダンジョン配信者にも言えることで、毎日何人もの新人探索者と配信者がこの世界に飛び込んでくる。けど彼らの殆どは鳴かず飛ばずで終わる。ここ数年で台頭してきたパーティなんて『†漆黒†』くらいのものだ。残念なことだけど、ダンジョン配信というのはそう甘い世界ではない。
だからその噂を聞いた時も、『どうせたまに現れる一発屋だろう』なんて思っていた。わざわざ配信に目を通すことなんてしなかったし、ましてや、こうしてこっそり会いにくるようになるなんて、当時の僕には想像も出来なかった。
彼女達は神出鬼没だ。探索のノウハウなんてダンジョン毎に変わるものだし、アクセスの問題もある。だから探索者というものは一箇所のダンジョンに根ざして活動するのが普通だ。でも異世界方面軍はそうじゃない。敢えて人の多いところを避けるように、過疎Dなんて呼ばれるところを渡り歩く。
だから会おうとしても会えない。偶然を装って声をかけるために、協会の支部でそれとなく時間を潰して待機していたことも何度かあったけど───全てが空振りに終わった。すっかりファンか、そうじゃなければストーカーの一歩手前のような動きになってしまったけど、別に何かやましい考えがあるわけじゃない。本当に、ただ話をしてみたかっただけだ。探索者という職業に身を置くものならば、誰だってこう思うだろう。それほどまでに彼女達───否、彼女のカリスマは凄い。
けどその頃にはもう、DMを送るのも躊躇われるような状況になっていた。彼女達が人気になってから声を掛けるなんて、下心があるみたいに思われそうで。
もしかしたらそれは無駄なプライドだったのかもしれない。『下手な考え休むに似たり』なんていうけれど、そうして悶々としている間に、後発の『
結局、こうしてこっそりとオフの日に会いに来ているのだから、我ながら情けない話だ。
イベント常連の知り合いに頼んで連れてきてもらい、朝早くから長蛇の列に並び───そうしてやっとの思いで会うことが出来た彼女達は、画面越しにみるよりもずっと凄かった。何が、と言及するのはやめておくけれど、とにかく色々凄かった。
そんな一瞬の邂逅は、気がついた時にはもう終わっていた。サイン入りのキーホルダーと、ただ呆けて見惚れていた記憶が薄ぼんやりと残っているだけ。僕はこんなにも情けない男だっただろうか。
当初の予定であった『探索についての話をしてみたい』という小さな目標すら達成することは出来なかったが、会うことだけは出来た。今回はこれで良しとするしかない。そう考え、そろそろ撤収しようかと考えていた時のことだった。
『それ』は突然現れた。
最初は地震か何かだと思った。けれど地震というには少々違和感があった。まだ明るいはずの時間だというのに、周囲が突如として暗くなる。そうして、まるで夕闇そのものから染み出すかのようにそれは現れた。イベント会場から少し離れた広場の、その中空から。
そんな異常事態にも関わらず、すぐに体が動いたのは日頃の活動の賜物だろう。サングラスと帽子をバッグにしまう。周囲からはすぐに『僕』だと気づかれたけれど、今はそれでいい。無意味に目立つのは好きじゃないけど、今は目立つ必要がある。
周囲からは少しずつ、この異常事態に気づいたイベントスタッフや探索者達が集まってくる。中には戦おうとしている者もいたけれど───違う、そうじゃないんだ。確かに、地上に居るはずのない魔物が現れたことは異常事態だ。混乱する気持ちもよく理解る。けれど僕たちが最初にやらなければいけないことは、魔物の討伐じゃあないんだ。
「待ってくれ!!下手に刺激するな!!まずは一般人の避難が優先だ!!」
確か事前に見たカタログによれば、探索者協会も出展をしていたはずだ。ならばそう時間をかけずに駆けつけてくれる筈。だからそれまでは下手に動くべきじゃない。
とはいえ、職員が現着してからの状況把握や避難誘導、作戦指揮には多少の時間を要する。彼らが指揮をとれるようになるまで、現場で指揮をとる者が必要だった。
ああ、本当に間が悪い。
武器も持ってきてないのに、どうしろっていうんだ。
そう心の中で泣き言を零しつつ、僕は声を張り上げる。
「武器を持っている人は避難する人達の援護に回ってくれ!!状況が飲み込めないだろうけど、今は全部忘れてくれ!こんな理由のわからない状況、ダンジョンではいつものことだろう?今こそ探索者の腕の見せ所だ!」
仮にもこの国のトップ探索者だなんて言われているんだ。
こんなにも大勢の人の前で、情けない姿は見せられないじゃないか。
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