第47話 やっぱダセェわ

 アーデルハイト達が元いた世界には、聖剣や魔剣といったものがいくつか存在していた。しかし両者にはっきりとした違いはなく、その造形や背景によって聖剣、魔剣と分類されるのみである。

 例えば、ダンジョン内に於いて多くの試練を乗り越えた先で手に入れたものや、その出処は不明なれどあまりにも美しい外見を持つものを聖剣と呼ぶ。逆に、使い手の命を蝕むだとか、斬りつけた対象へ耐え難い苦痛を与えるようなものが魔剣と呼ばれる。


 それら総てに共通するのは、その全てが特殊な力を宿していること。魔力を消費することで大地を割るほどの剣撃を生み出すものや、桁外れの耐久性を誇り欠けも折れもしないもの。使い手へと力を与えるものや、逆に使い手の力を吸うことで切れ味を増すものもあった。勇者の持つ聖剣然り、魔族の将が携えている魔剣然り。剣によってそれぞれ異なった力を有し、そのどれもが強力無比だった。


 そしてそれは何も剣に限った話ではない。聖槍や魔弓、聖鎧に魔盾など、武具であれば種別を問わずに存在する。当然ながら数は非常に少なく、そもそも誰がどうやって作ったのかすら分からない。製造法など分かるはずもなく、材質すらも分からない。発見されること自体が稀であるそれらを総じて、あちらの世界では『神器』と呼んでいた。そんな神器の中にあって、一際異質な能力を持つ長剣。


 聖剣・ローエングリーフ。


 アーデルハイトの手の中で白炎を纏ったそれが、まるで空気を切り裂くかのように美しい軌跡を描いて死神へと襲いかかる。無駄な力みなど一切感じさせない流麗な剣技は、大鎌による防御をするりと躱しその紅刃を懐へと届かせる。


「皆さんは勘違いをしていますわ」


 斬りつけられた死神の胸部と思しき箇所から炎が吹き上がる。剣の軌跡をなぞるように、肩口から一直線に引かれた白。全身を覆い尽くすほどに燃え広がることはないが、しかし決して消えることのない『聖炎』を残して。

 しかし、襤褸の下に隠されていた闇には表情などありはしない。当然ながら何かを喋ることもない。痛みに悶えることも、動揺を見せることもない。それがたとえ、自らを傷付けるというあり得ないはずの一閃だったとしても。

 斬りつけられた傷口からは炎と共に、まるで煙が漏れ出すかのように黒い粒子が吹き出していた。


死神リーパーとは魔物ではありませんの。これはダンジョンそのもの、或いはその一部。どちらかといえばトラップに近い存在ですわ。分かりやすく言えば、死神とはダンジョンに侵入した異物を排除するための、謂わば────そう、セキュリティソフト?的なアレですの」


『ん?』

『は?』

『つまり……どういうことだってばよ!!』

『そんなことより死神が燃えてるのは何なんですか!?』

『魔物じゃなくてシステムの一部、ってことか?』

『ちゃんとセキュリティソフトって言えてえらい』

『言ってることはなんとなく分かるけども』

『なんでそんなこと分かるんですかァ!』

『あ?異世界舐めんなよ』

『異世界は地球よりダンジョン攻略が進んでるんだよ!!』


「そう、それですわ!システムの一部!それが言いたかったんですの。そこの騎士団員、グッドですわ。特別に二階級特進させて差し上げてもよくってよ」


『草』

『無事死んでて草』

『ナイスからの殉職は草なんよ』

『あ、ありがたき幸せ……?』

『セキュリティとかシステムとか、ちゃんと現代のお勉強しててえらい』

『急に賢く見えてきたぜ……』

『そんなことよりアンキレーくんエッチすぎない?』

『つまり結局どういうことなんですか!?』


 痛痒を感じるはずもないというのに死神がよろめき後退する。アーデルハイトが呑気に解説をしていられるのもその所為だ。それは痛みや火傷を負ったからというよりも、どちらかといえば力が抜けてふらついた、という表現のほうが適しているような動きであった。その理由が分かる者はこちらの世界にはまだ居なかった。

 死神は肉体を持たないが故に物理攻撃が通用しないのだ。剣撃が理由であるはずがないし、火傷など負う訳がない。そもそもファンタジー作品にありがちな燃える剣など、実際には大した殺傷能力を持っていないのだ。火の付いた木の枝だろうと、熱したフライパンであろうと、一瞬であれば触ることが出来るように。斬りつけたほんの刹那の間に炎が触れたから何だというのか。余程の高温でもない限り、炎は致命傷たり得ない。


 剣で切られた傷や、傷口を焼く燃焼によるものではないのならば、一体何故死神はよろめいたのか。つまりはそれこそがローエングリーフの能力ということだ。

 ローエングリーフに宿る能力は『聖炎』。そして『聖炎』の持つ特性は『魔力の焼却』。『聖炎』は通常の炎のような温度を一切持たないが、しかし代わりに魔力によって生み出された全てを燃やし尽くしてしまう。それがたとえ魔法のように非物理的なものであろうとも、ローエングリーフの前では文字通り消滅する。


 つまり死神リーパーの正体とは、魔力の塊だ。

 魔力という存在自体が知られていないこちらの世界ではまだ解明されていない事だが、実はダンジョンの各階層には飽和魔力量というものが設定されている。魔物や探索者の死によってダンジョンへと吸い上げられた魔力がその既定値を越えた時、溢れた魔力は死神へと姿を変える。階層に溜まった魔力は時間とともに減ってゆくため、死神は時間経過でダンジョンに再び吸い上げられて消滅する。

 死神が階層間を移動出来ないのも同じ理由だ。魔力の塊である死神は、飽和魔力量が上限に達していない階層に入った瞬間にダンジョンへと吸い上げられてしまう。故に階層を移動出来ない。


 死神が探索者を襲う理由は至極単純、各階層に於ける魔力異常の元凶を取り除くためである。ダンジョン内の魔力量を一定に保つため、ダンジョン自身が生み出したシステム、それが死神リーパーだ。

 とはいえこれらは全て仮説である。死神はあちらの世界でも猛威を振るっており、多くの冒険者達によって最優先で研究された結果、『多分こういうことだろう』と言われているに過ぎない。証拠は無いが一応筋は通っているという理由で、あちらの世界ではすっかり定着している説である。ちなみに、ダンジョンが魔力を吸い上げる理由についてはあちらの世界でも未だ解明されていない。


 とはいえ、今このような説明を視聴者達に行ったところで意味がない。この面倒な話を始めれば、ローエングリーフについての説明まで行わなければならなくなるからだ。魔力という概念が定着していないこの世界で全てを説明するには、あまりにも時間が足りないのだ。そもそもアーデルハイトには、こんな面倒な説明をするつもりは最初から無いのだが。


「先程申し上げたように、死神とはシステムの一部であって生物ではありませんわ。故に、生物であれば必ず存在する『弱点』というものがありませんの」


『じゃあどうやって倒すんですか!!』

『無敵じゃん?』

『でも効いてるっぽよね?』

『ていうかこれが本当なら、もしかして今すごい重要な話してない?』

『まぁ、だから何やねんみたいなところはあるけども』

『だからどういうことなんだってばよ!!』


「こちらの世界の皆様にも分かるよう説明すると───不思議な異世界パワーで悪霊退散ですわ!!」


『やっぱり異世界殺法じゃないか!!』

『これまでも雑だったけどこれは……』

『これまでとは比べ物にならんくらい雑で草』

『説明めんどくさくなってて草』

『異世界って言っとけば何でも誤魔化せると思うなよ!!』

『倒し方教えるって言ったじゃないですか!』

『おっぱいデッッッッッッッッ!!!』


「うるさいですわ!わたくしは倒せるのですから、それでいいではありませんの!!」


 雑な説明で誤魔化したアーデルハイトに対し、やいのやいのと喧しく騒ぎ立てる視聴者達。しかしアーデルハイトはそんな彼等を無視し、未だ消滅する気配のない死神へと視線を向ける。先程まではふらついていた死神であったが、今はすっかり攻撃体勢を整えて終えている。

『聖炎』による燃焼速度は凄まじく、単発の魔法であれば一瞬で燃やし尽くしてしまうほどだ。そんな『聖炎』に焼かれておきながらも未だに死神が消滅しないのは、その魔力総量が魔法と比べても段違いに多い所為だ。如何にローエングリーフといえど、死神を消滅させるには何度かの攻撃が必要であった。


 ぼんやりと浮かぶ襤褸が、大鎌を振り上げながらアーデルハイトへ向かって猛然と突進する。とはいえ、そんな大振りの攻撃がアーデルハイトに通じる筈もない。迫る大鎌の刃、その下へとローエングリーフをするりと差し込む。そのまま徐々に力を加え、大鎌の軌道を上方向へ受け流す。燃え続ける『聖炎』が今なお魔力を削っている所為か、先程よりも死神の動きは鈍っていた。


 そこから先は視聴者も、そして後ろから戦いを見守っていたスズカも、誰もが言葉を失っていた。これまでの配信で見せた常識外れのゴリ押しとは異なり、アーデルハイトの戦いはまるで舞いのようだった。

 体捌きは勿論のこと、細かく刻まれるステップも、風に靡く黄金の髪も、その総てが見る者を魅了する。剣を握ったアーデルハイトの戦いはそれほどまでに美しかった。


 くるくると廻りながら迫る凶刃を躱し、かと思えばあっさりと鎌の軌道を逸らす。一体どれほどの技量があれば可能なのだろうか。鎌と剣が交差しているというのに、剣戟の音は一切しない。まるで流れ落ちる水のように、舞い上がる花弁のように。攻撃を回避しては、流れるように斬撃を加えてゆく。剣が閃く度に死神へと傷を残し、直後に傷跡が燃え上がる。回避と攻撃が一体となったそれは、死神に抗うことを許さなかった。


 そうして30秒程が経った時、そこには身体中から黒い粒子と白炎を吹き出す死神と、何事も無かったかのように静かに立つアーデルハイトの姿があった。彼女は当然のように無傷で、汗の一つもかいてはいない。普段の少々馬鹿っぽい彼女とは打って変わって、まさしく高貴な令嬢としか言いようのない佇まいだった。


「そろそろお終いですわね」


『見惚れてたわ』

『美しすぎる公爵令嬢』

『コメントする暇もなかった』

『乳がどうとか言ってる暇すらなかった』

『30秒間誰もコメントしないとかある?』

『いやぁ、改めてかっけぇわ』

『これが異世界パワーかよ……』

『やっぱ、強ぇわ』

『強さが異次元なんよ』

『蟹と中年で遊んでた頃が懐かしい』


「さて───先程も申し上げましたけど、わたくしはこちらの世界で様々なことを学びましたわ。そうして知りましたの。必殺技は大声で叫びながら放たなければならないと。というわけで、わたくしの必殺技でトドメと行きますわ!」


『あ、まずいですよ』

『嫌な予感がするな』

『頼む、最後まで綺麗なままで終わってくれ……っ!!』

『オチが見える見える』

『たまには綺麗に終わってもいいじゃないですか!』

『オイオイ、こんなカッコいい剣と鎧装備しといて……』

『まさかそんな訳ないよなぁ?』

『信じてるぞ……っ!!』


 そんな視聴者達の不安を他所に、アーデルハイトが駆け出してゆく。これが通常の魔物であれば既に絶命しているであろう程の、まさに満身創痍といっても過言ではない状態の死神だが、しかし生物ではない死神はまだ動ける様子であった。とはいえ、大量の魔力を焼き尽くされた死神の動きはやはり鈍っている。

 そんな死神の繰り出す斬撃をあっさりと回避し、アーデルハイトは胸元に構えたローエングリーフを突き出した。


「高貴スラーッシュ!!」


『あああああああ!!』

『いやあああああ!』

『ダッッッッッッッッサ!!!』

『それスラッシュじゃねぇから!!』

『ネーミングセンス最悪ゥ!』

『トンファーキックみたいな事か?』

『わりぃ、やっぱダセェわ』

『やっぱこうでなくっちゃな!』

『死神討伐という歴史的な瞬間の筈なのに……』


 死神の胸元を深く貫いたローエングリーフの刃と、そして阿鼻叫喚の地獄絵図と化したコメント欄。『聖炎』が死神の身体全体を覆い尽くし、吹き出す魔力によって一際大きな飛沫が上がる。そうして数秒後、激しく燃え盛る炎と共に、死神はまるで灰のように消え去った。

 締りは非常に悪いが、らしいと言えばらしい。そんな結末だった。


「ふぅ……まぁ、こんなもので────ダサいとはなんですの!?」


 死神の消滅を確認したアーデルハイトが振り返り、そしてコメント欄を確認してぷりぷりと怒っていた。すっかり気の抜けるような、異世界方面軍にとってはいつもの光景である。まるで理屈の分からない戦いであったが、こうして死神を倒したことは確かに喜ばしいことだ。しかし観戦していたスズカにとってはそれどころではない。

 今の今までアーデルハイトの戦いに見惚れ、そして呆気にとられていた彼女であったが、しかしよくよく考えてみればまだ窮地は続いている。魔女と水精ルサールカのメンバー達は今もなお戦っている筈なのだ。特にくるるはスズカを救うために足を止めていた。スズカにはそれを確認している余裕が無かったが、もしかするとまだ魔物の群れの中に取り残されているかも知れない。死神討伐という驚愕の光景を前にしても、スズカの判断力には揺らぎがなかった。


「っ!!姫さん!!まだ終わってへん!あいつら助けに行かんと────」


 幾らか動くようになった足を引きずりながら、そう言ってアーデルハイトへと詰め寄るスズカ。しかしアーデルハイトはといえば、まるで心配した様子もなく不思議そうな表情でスズカを見つめていた。そうしてそのまま数秒考えこみ、何かに得心が言った様子でこう告げた。


「───あぁ!それなら心配要りませんわ。言い忘れていましたけど、あちらにはクリスを置いて来ましたもの」

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