第240話 これが俺の奥の手
観戦勢が食堂でわちゃわちゃとしている間にも、アーデルハイトとウーヴェの戦いは当然のように続いている。数秒もあれば戦況がガラリと変わってしまう為、ほんの僅かにも目を話せない。そんな戦いだった。
未だ片腕の痺れが深刻なアーデルハイトは、右手に持っていたローエングリーフを砂地に突き刺し、新たに呼び出した
魔力に対しては絶大な効果を発揮するローエングリーフだが、物理に対する特殊能力はない。第2形態であるローエングランツであれば、恐らく強度面では対抗し得るだろう。だがローエングランツは大剣だ。ダメージの残る腕で、かつ相手がウーヴェともなれば足枷になりかねない。そういった判断から、アーデルハイトは
「行きなさい!」
左手の
もちろん外見だけではなく、しっかりと効果を発揮している。現にウーヴェは苦戦を強いられていた。凄まじい速度で迫る
アーデルハイトはカメラ映えを求めてこの二振りを選んだワケではないのだ。否、少しはそういった考えもあったが。
「ちぃッ! 面倒な!」
無数の刃を回避しようとすれば、どうしても身体を捻ることになる。必然、身体の各所に負担がかかってしまう。その度に吹き出す血が、ダンジョンの砂浜を紅く彩ってゆく。先程受けた脇腹の傷が、ウーヴェを苦しめていた。
(この程度の傷、普段ならばどうということもないが……)
しかし今は、相手が悪い。
確かに出血は多いが、ウーヴェにとっては見た目ほど深刻な傷ではない。多少の痛みはあれど、そこらの魔物が相手であれば何の問題もない。だが、今は相手が悪いのだ。この程度の傷でさえ十分に命取りたり得る。
(どの道、長引かせるつもりはなかった───やるか)
このままではジリ貧になる。このレベルの戦いでは、小さな後れが勝敗に直結する。そう考えたウーヴェは、いよいよ『奥の手』を切る決断をした。
荒々しくも素早い動きで、降り注ぐ刃の嵐を躱しつつ後退するウーヴェ。彼の『奥の手』は、若干ながら発動に時間が必要だった。故に一度距離をとり、そのための時間を稼ごうという算段である。この作戦に問題があるとすれば、それは───
「むっ! 逃がしませんわよー!」
そんな隙を与えてくれるような、生ぬるい相手ではないということ。縦横無尽に宙を踊る
「"
その言葉と共に、ウーヴェの瞳の色が変わる。彼の『劫眼』に映る世界が真っ白に染まり、迫りくる六本の剣だけが、強烈な赤色となって照らし出されていた。
一本目、右前方。
弧を描き回り込むような軌道で迫るそれを、ウーヴェは右腕で叩き落とす。
二本目、左後方。
視界の端に微かに映っていたそれを、彼が見逃す筈もない。身を捻りつつ回避すれば、次の刃が既に眼前までやってきていた。
三本目、正面。
思い切り首を仰け反らせて回避。空を切った剣を見送りつつ、すぐさま拳を引き絞る。
四本目、左前方。
まるで下方からの斬り上げを思わせるそれを、"
五本目、後方。
背後から襲い来る刃に対し、くるりと回転しつつ手のひらを添える。あとは気を『通し』てやるだけで、刃はあっさりと砕け散る。
六本目、頭上。
天から降ってきた最後の一振りを、一歩だけ後ろに下がることで回避。同時に素手で刃をひっつかみ、そのままアーデルハイトへと投擲する。
「───ぷはッ!!」
極限の集中状態から帰ってきたウーヴェが、勢いよく息を吐き出した。額にはびっしょりと汗をかいている。
「えっ、気持ち悪いですわ!? 今の動きはなんですの!?」
目を見開いて驚きを露にするアーデルハイト。ウーヴェの見せた超絶技巧に対してあんまりな言い草であるが、ウーヴェ本人はそれどころではない。投げ返した
瞬間、ウーヴェが砂浜へと拳を叩きつける。
爆発と見紛う程に巻き上げられた砂が、ウーヴェの姿を覆い隠してゆく。
「今更そんな目眩まし、通用しませんわよッ!」
しかしその2秒が、彼が最も必要としていた2秒であった。
アーデルハイトの瞳が僅かに揺れる。
「っ!」
砂煙を晴らすため、左手に握った
「これが俺の奥の手───"
そう言ったウーヴェの姿が、アーデルハイトの視界から掻き消える。先程は驚愕の表情を見せたアーデルハイトであったが、今回はその暇すらなかった。気づいた時には既に、彼女の身体は遥か後方へと吹き飛ばされていたのだから。
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