第239話 クソの役にも立たねぇ

「あははははは! マジでヤバ過ぎなんだけど! 速すぎて正直全然分からんけど!」


くるるうっさい、聞こえないでしょ」


 魔女と水精ルサールカのクランハウスにて、くるるは机をバシバシと叩きながら爆笑していた。紫月しずくがむっすりとした表情でクレームを入れるが、どうやら堪えることが出来ないらしい。


 彼女達がクランハウスで視聴しているのは当然、アーデルハイトとウーヴェの模擬試合配信だ。模擬試合とは言いつつも、両者ともにそれなりの怪我を負っているのだが。この日は魔女と水精ルサールカ全員で集まって、クランハウスで観戦すると決めていたのだ。気分はほとんどワールドカップ状態である。


 コラボ配信を行った時もそうであったように、アーデルハイトの戦いを見ることで得られるモノは多い。トップ配信チームの一角であり、強くなることに人一倍貪欲な彼女達にとって、この戦いはどうしても見ておきたかった。ましてやその相手は、アーデルハイトと同格であるという某モザイク系男子だという。見逃すなどという選択肢はあり得ないだろう。


 そうして深夜、リアルタイムでの観戦を始めたはいいものの───。


「まぁせやけど、くるるが笑いとうなる気持ちも分かるで。ここまで来るとレベル高すぎてほとんど分からんわ」


「そうねぇ。辛うじて見える……ような気がするって感じだわ。アタシ達ですらこの調子なら、ほとんどの人がよく分かってないんじゃない?」


 そう言って自嘲気味に笑うのはスズカとクオリアの二人。魔女と水精ルサールカの戦闘要員二人が口を揃えてそう漏らすほどの戦いだ。駆け出しや中堅程度の探索者では、もはや何が起こっているのか何一つ分からない事だろう。


「あー笑った笑った。いやー、これある意味放送事故じゃない?」


「一応、要所をスローに編集した動画を後から投稿してくれるらしいけど」


「あ、そうなの? それは助かるー! で、あれだ? またパンツ映ってて垢BANされるとこまで読めた!」


「編集するんやから、仮に映っとってもカットするやろ……」


 異世界方面軍が過去に起こした手痛い失敗を思い起こし、再びゲラゲラと笑い始めるくるる。アーカイブのチェック漏れから起こった悲劇であったが、流石に同じ轍を踏むような真似はしないだろう。そもそも動きが早すぎて、配信画面上ではパンツどころかアーデルハイトの姿すら見辛いのだが。


「それで、ウチの戦闘担当としてはどう思うの?」


 そんな紫月しずくの問いかけ。そこには言外に、『どちらが勝つと思う?』という意味が含まれていた。紫月しずくは戦闘が本職というわけではなく、専らパーティーのサポート役だ。故にここまでの戦いを見ていても、どちらが優勢なのかの判断が出来ずにいたのだ。


「……分からんわ」


「分からないわねぇ」


 しかし戦闘役の二人は、腕を組んだまま首を傾げてそう答えた。もちろん戦闘技術には自信のあるスズカとクオリアだが、流石にここまでくると予想すらつかなかった。アーデルハイトの強さは実際に目で見て、肌で感じた事がある。だが今この配信を見ている限り、コラボ配信の時に見せた圧倒的な強ささえ、彼女にとってはほんの戯れに過ぎなかったことがよく分かる。


 そしてそれは相手の男も同じこと。

 馬鹿げたまでの異世界チートお嬢様と、こうして互角に渡り合っているのだ。彼の実力もまた疑う余地がない。


「なんだよー、二人ともメチャ役立たずじゃん。ちゃんと解説してよー」


「無茶言わないでよ。アタシ達は人間、アッチは人外。自然現象の予測なんて正確には出来ないでしょ? それと一緒よ」


 そんな達人、否、異常者同士の戦いの行く末など、まだ常識の範疇に収まっている二人には分かるはずもなかった。


「ま、そのへんはあのちびっ子エルフやらが解説してくれるんやろ。大人しゅう見ときぃや」




 * * *




 探索者協会伊豆支部内、食堂にて。

 実況役のみぎわは頭を抱えていた。


「ああっとォー! もう全然分からーん! パンピーのウチには何も分かんねーッス!」


 探索者というわけではないみぎわに、この馬鹿げた戦いの実況など出来る筈もなかった。本心を言えばクリスを隣に置いておきたかった。カメラの向こうで暴れている二人を除けば、最も高い実力を持っているのは恐らく彼女だろう。だがそれでは撮影役が居なくなってしまう為、苦肉の策でオルガンを設置することになったのだ。だがしかし、その解説役はといえば───。


「解説のオルガンさん! 解説をお願いするッス!」


「え、分からんけど」


「クソの役にも立たねぇー!」


 クソの役にも立たなかった。

 同じ六聖の一人とは謂え、彼女は純粋な戦闘タイプではない。持ち前の魔力と応用力で戦闘もある程度は熟すが、しかしどちらかといえばオルガンは技術者なのだ。当然、アーデルハイト達の戦闘についていけるワケもなく。


「決着は遠くない、ような気がする。達人同士の戦いは一瞬で───みたいな感じのアレだと思う。知らんけど」


「適当に喋り過ぎィ!」


 結果、解説役としてまるで意味を成していない、ただ適当にそれっぽい言葉を並べるだけのBotと化していた。激しい───ように見える───戦闘映像のおかげか、会場内の雰囲気こそ悪くない。むしろ益々の盛り上がりを見せてはいる。だが観客の大半が戦いの内容を理解しておらず、ノリと勢いで騒いでいるだけであった。


 しかし、そうしてオルガンの頬をムニムニと弄くり回すみぎわへと、予想外のところから助け舟が出された。それはゲスト席に座っていたレベッカと、そして月姫かぐやの声であった。


「旦那が姫さんの剣を足で抑えたように見えたなァ。アタシと模擬戦やった時にも見せた、例のアレじゃねェか? んで、反撃しようとして───」


「我が師、アーデルハイトが死角から飛び蹴りを繰り出した。クク、残念ながら防がれたようだがな……その後、足を掴まれそうになったところで後方に退避───といったところか。恐らくだがな」


 どうやら二人には、先の攻防が辛うじて視認出来ていたらしい。共にハッキリと見えていた訳ではない為、多分に想像も含まれてはいるが、しかしこの場の誰よりも正しく状況を理解出来ていた。


「え、凄いッスね!? 今の見えてたんスか!?」


「まァな。つっても、全部が全部ってワケじゃねェけどなァ」


「我も似たような感じだ。断片的に見えた情報から、間は推測に過ぎぬ」


 どこか自信がなさそうに、言葉を濁しつつ答える月姫かぐやとレベッカの二人。共に六聖から教えを受けている身だ、『何もわかりませんでした』というわけにはいかない。もしもそんな事を宣えば、今後どんな地獄特訓メニューを課されるか分かったものではないのだから。辛うじてとはいえ、理解が及んでいることに一番安堵しているのはこの二人なのかも知れない。


「な、成程ッス! それで、この後の展開はどうなるッスかね!?」


 無能Botをどこかへと放り投げ、そうしてみぎわがゲスト席へとマイクを向ける。而して二人から返ってきた答えは、彼女の求めていたものとは少し違っていた。


「どう見たって二人とも全力じゃねェだろ。分かんねェよ」


「クク……分からん。分からんが……我が師が負ける筈あるまいよ」


二人の言葉は違うが、しかし言わんとするところは同じ。つまり───。


「結局、誰も何も分かんねーんじゃねーッスか!」


そんな叫びと共に、みぎわは再び頭を抱えた。

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