第293話 人の話を聞かないタイプ
「皆様は既に御存知のことと思いますが、ここ出雲ダンジョンは少々特殊な構造をしております」
「もちろん、存じませんわ!」
いそいそと説明を始めた神代、そしてその出鼻を挫くアーデルハイト。といっても、この場合彼女に非はない。異世界方面軍に於けるアーデルハイトの役割は、正しく『
故にアーデルハイトは『どうなんですのクリス』と言わんばかりに、背後に控えているであろうクリスの方へ振り返る。しかしクリスはクリスで、『え、ダンジョン構成なんて興味ないですよね?』といった顔をしていた。だがこれも、今に始まったことではない。前情報の打ち合わせなど、これまで一度もしていなかったのだから。
仮令どんなダンジョンであろうとも。
圧倒的な実力で以て、ただ踏み潰せば事もなし。実に異世界方面軍らしい脳筋思考と言えるだろう。無論、攻略以外の部分────主に資源採取等だ────についてはお粗末極まりないのだが。
と、そこに
「あ、私は聞いたことあるよ! 確か一層毎の広さが尋常じゃないんだよね!」
「あとは、最大到達階層が二階層だった筈だよ」
「……二階層ですって? たったの? 冗談ですわよね?」
怪訝そうな表情を浮かべながら、アーデルハイトが支部長である神代に真偽を問う。一方の神代はといえば、その胡散臭い顔に胡散臭い笑みを浮かべながら、『よくぞ言ってくれた』とでも言いたげな様子であった。
「そうなんです! お二人が説明して下さったように、ここ出雲ダンジョンはなんと────未だ二階層までしか突破されておりません! つまりは停滞、膠着状態なのです。我々が皆様をお待ちしておりましたその理由、分かって頂けましたか? ああ、仰らないで下さい。詳細情報を御所望なのでしょう? ええ、ええ。分かっておりますとも」
「なんか深夜の通販番組みたいになってきたッスね……」
そうして語られる、出雲ダンジョンの概要。
まず第一に、とにかく広い。それは以前にアーデルハイト達がお散歩を敢行した、あの神戸ダンジョンの草原エリアよりもずっと、だ。それこそ、階層の端がどこまで続いているのか、未なお分からないと言われている程だ。
第二に、次の階層へと続く道が日によって変化すること。他のダンジョンであれば、次の階層へと続く箇所は常に一定だ。しかし出雲ダンジョンは違う。というよりも、そういった移動用の通路が存在しないのだ。なんでも特定の魔物を倒した時のみ、その場にぽっかりと、次の階層へと続く穴が空くらしい。その穴はどういうわけか、魔物を倒したパーティがダンジョンを出るまで維持されるらしく、行き帰りに困ることはないとのこと。しかし最大の問題点は、その『特定の魔物』とやらが、日によって異なる点であった。故に出雲ダンジョンに於いては、その『特定の魔物』を指して『階層主』として呼ぶらしい。
確かに、世界各地に点在するダンジョンは、何もかもが不思議なことばかりである。ほとんど何も解明されていない未知のエリア。それがダンジョンだ。そんな謎の詰まったダンジョンの中でも、ここ出雲は特に謎の多いダンジョンだと言えるだろう。調子の上がってきた神代の言を纏めれば、つまりはそういう話であった。
「広大な面積を誇る所為か、第一階層ですら発見される資源は価値の高いものが多く、そして魔物の強さも、まぁそこそこ平均的です。探索者の方々も沢山訪ねて下さいますし、支部としては繁盛していると言えます。有り難い話です。ですが─────これではつまらない。そうは思いませんか?」
「知りませんわよ」
「実は私、こうみえてファンタジー小説を好んでおります。異世界ファンタジーで代表的なものといえば何でしょうか。そう、ご存知『冒険者』です。冒険者とは、読んで字のごとく『危険を冒す者』。地位や名誉、利益がなくとも、ただ冒険それ自体の為に、命を賭けて挑み続ける者達。私が好きなのはそういうワクワクなんですよ」
「知りませんわよ」
「名称は違えど、探索者とはつまり冒険者のことだと、私は考えております。そんな皆さまを全力でサポートするために、私は協会の職員となりました。ですが先程申し上げましたように、我らが出雲ダンジョンは絶賛停滞中です。これでは……これではワクワク出来ないじゃないですか!」
「知りませんわよ。ちょっとクリス? この方ヤバめですわよ? 人の話を聞かないタイプですわ」
すっかり自分の世界に入ってしまい、胡散臭いまま、つらつらと熱弁を振るう神代支部長。彼の言う『冒険者』、その実物を知っているアーデルハイトからすれば、彼の言っていることは理解出来なくもない。好奇心のために危険を冒す、或いは、自らの欲する何かをひたすら追い求める。確かに冒険者には、そういったきらいがある。だがそれは飽くまでも異世界の話。ここは現代日本であり、そういったロマン溢れる話とは程遠い世界なのだ。無論、探索者全員がそういった考えだというわけではないだろう。しかしそれでも大半の者にとっては、探索者は立派な職業であり、金銭を得るための手段に過ぎないのだ。
「まぁ、我々が歓迎されている理由は概ね理解出来ました。ダンジョン制覇経験があり、かつ
神代の説明を聞き、漸く得心がいった様子のクリス。しかし傍から聞いていた常識人枠の二人からすれば、突っ込まずにはいられない内容ばかりであった。
「いやぁ、『
「ねー」
ダンジョンに蔓延る魔物をものともせず、お散歩気分で
「とにかくわたくし達は、成すべきことをただ成すだけですわ。それがそちらの要望に応えることとなるのなら重畳、というものですわね。では神代支部長、わたくし達の入場許可をお願い致しますわ」
「畏まりました。職員一同、皆様のご武運をお祈りしております」
そうしてクリスを引き連れ、受付カウンターへと手続きに向かう神代支部長。残された一行は手続きが終わるまでの間、食堂にて配信の準備を行うことにした。それに先駆け、まずはやっておくべきことがひとつある。
「貴女の出番ですわよ、ミギー!」
「ういーッス」
木魚を取り出し、食堂のテーブルへと設置する
なお余談だが、先程の神代支部長の長話が始まった時点で、オルガンはこっそり食堂へと移動。今は定食(納豆付)をもそもそと口に運びつつ、
「んじゃ早速……」
目を閉じ、ポクポクと木魚を叩き始める
魔法を憶えた当初、彼女は発動までに一分以上の精神統一を必要としていた。しかし
「むむむ……破ァ!」
最後にお鈴を鳴らし、カッと目を見開く。それと同時に
「……ありゃ?」
不思議そうな顔を浮かべながら、もう一度お鈴を鳴らす
「ミギー? どうしまして? 失敗ですの?」
「いや、そういうワケじゃなさそうなんスけど……なんだろコレ。なんか……微妙にモヤがかかってるというか……二階層より先が、全然見えねーんス。というか、何かに邪魔されてるっぽい? 感じがするッス」
「邪魔、ですの?」
「いやまぁ、そんな感じがするってだけなんスけど……」
アーデルハイトにしても、そしてもちろん
「どれどれ」
もぐもぐと口を動かしながら、空いた左手を木魚に乗せるオルガン。如何にオルガンといえど、
そうして暫く、状況の把握を終えたオルガンが、ゆっくりと口を開く。
「たしかに、魔力波が何かに阻まれてる。たぶんだけど、法力に近い」
『法力』。
それは忌々しくも、あの
これまでにも度々、聖女の仕業と思われる妨害に遭ってきたアーデルハイトだ。『法力』という言葉には少々敏感になっている。
「なんですって!? またあの女の仕業ですの!?」
当然のようにいきり立つアーデルハイト。しかしオルガンの齎した結論は、彼女の想像とは少々異なるものであった。
「ちがう。これはたぶん────こっちの世界の神の力……のような気がする。しらんけど」
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