第106話 使い勝手が良いアホ
ナルオリア皇国。
アーデルハイト達の母国であるグラシア帝国の、遥か南方に位置する国家である。大陸北部一帯を支配している帝国と比べ、国の規模自体はそれほど大きくはない。だがその歴史は古く、皇国と比べればその他殆どの国が新興国家といえるだろう。
温暖な気候と穏やかな海、美味しい食材の数々に美しい景色。
軍事国家である帝国とは真逆の、観光地として有名な国だ。アーデルハイトも剣聖として招待を受けたことがあり、過去に足を運んでいる。無論、クリスもそれに帯同した。どちらかといえば食文化の貧しい帝国に暮らしていた彼女達は、皇国の美味しい料理の数々に衝撃を受け、大層満足した。帰国の際などは、馬車に積みきれない程大量の土産を買い込んだものである。なお、そんな衝撃を塗り替えたのがこちらの世界のソーセージや煎餅、ファミレスだったりする。閑話休題。
そんな土産でぱんぱんに膨らんだ馬車では、大陸の真逆に位置する帝国まで戻れる筈もない。よしんば戻れたとしても、下手をすれば年単位で時間がかかってしまう。土産として積み込んだ食材が腐るのは間違いないだろうし、それ以前に、アーデルハイトはあまり長期間、国を空けることなど出来はしないのだ。
そこで利用されるのが転移門である。
転移門とは、各所に設置された門と門を繋ぎ、離れた場所へと一瞬で移動ができる代物だ。そう、こちらの世界ではもはやお馴染みとなった、ファンタジー世界にお決まりの『アレ』である。
遥か昔。
まだ帝国という国家が存在していなかったほどの昔だ。太古か、或いは神代と呼んでも差し支えないほど、ずっとずっと昔の事。
長命種として有名なエルフ族の中でも、更に特別な存在であるハイエルフ。病や怪我などといった原因を除けば、半永久的に生き続けると言われる彼等が過去に作り出し、世界各地に設置されているのが件の転移門である。その製造方法も、理由も、人間であるアーデルハイト達には分からない。帝国と交流があるエルフ族の者でさえ、今となっては誰も知らない。
そんな怪しすぎる転移門だが、確かなことが一つだけあった。
それは、気の遠くなるような年月が過ぎた今もなお、転移門は稼働し続けているということ。それぞれの門は国によって管理され、利用は厳しく監視されている。数が少ないが故に、一般の者が利用しようとすれば前もって申請せねばならず、それこそ年単位での話になってしまう。唯一の例外は国に認可されている商人だけだ。だが、その利便性は敢えて言うまでもないだろう。
そんな便利に過ぎる転移門だが、問題が無いわけではない。
例えば国の中心部に転移門を置いてしまうと、国防の面でひどく脆弱になってしまう。そんなことをすれば、戦争を始めた途端に国の中心部へと敵軍が湧きかねない。
故に、重要な施設などといった国の急所となりうるものは、門から離れた場所に作られる。転移門の移設が不可能な以上は、転移門に合わせるしかないのだ。つまりあちらの世界に於ける国の領土や国境は、転移門の有無によって決まっていると言っていい。そうしていくつもの門を経由し、目的地へ向かうというわけだ。
ともあれ、だ。そんな転移門という存在があればこそ、アーデルハイトは皇国へとバカンスに行くことが出来たというわけだ。
そして、アーデルハイトが現在手にしている石板。
これは
「どうしてこれが、ここに……?」
本来ある筈のないものが、ここにある。
ざっくりとした説明を視聴者に行った後、珍しくクリスは困惑し、眉根を寄せて石板を見つめていた。
「んー……?コレ、まだ使えそうですわね」
経由石は門から発生する魔力を吸収、保存することで機能する。転移の度にそれらは減ってゆき、魔力が空になった時点で使用不能になる。再度補充すれば使えるようになるが、そのためには現地へ行った上で数日という時間が必要だ。言うなれば充電のようなものだ。
アーデルハイトがみたところ、この経由石にはまだ魔力が残っていた。それが意味するのはつまり、まだ使用可能ということ。
そんなアーデルハイトの言葉を聞いた視聴者達が色めき立つ。当然だ。初のダンジョン制覇に加え、異世界と繋がりのあるものを発見した。もしもアーデルハイトによる悪戯ではないのなら、これは世界を揺るがしかねない大発見である。
『オイオイオイ話変わってきたわ』
『ってことはアレか!?どういうことなんですか!?』
『わかってねぇのかよw』
『待って、もしかしてそれって……!?』
『どういうことなんですか!?』
『しつけぇw』
『異世界行けちゃうかもってこと?』
『いやいや、あくまでもあっちの世界の話だろ?』
『だよね。世界間で移動出来るとは限らんよな』
『夢見過ぎ』
『でも実際に異世界から来たご令嬢がそこにいるわけで……』
『夢ぐらい語ってもいいじゃないですか!!』
「盛り上がっているところ申し訳ありませんけど、そもそも転移門がありませんわよ?」
大いに騒ぐ視聴者達へと、冷静な意見を口にするアーデルハイト。水を差すようだが彼女の言う通り、経由石が存在しているからといって転移門まであるとは限らない。否、普通に考えれば無い可能性のほうが高いだろう。
『アッーーー!!』
『わ、わわ忘れてたァ!!』
『そういえばそうやんけボケェ!!』
『興奮しすぎて初歩を忘れてた』
『期待させやがって……ケツ叩かせろコラァ!!』
『お前、手首から先が要らんのか?』
『アデ公のケツ触れるなら要らねぇよ!!』
『触る前に無くなる定期』
『まぁでも大発見には間違いないよね』
『配信部屋に飾ろうぜ!!』
『金盾みたいに言うなw』
当然持ち戻るものだと、視聴者達は思い込んでいた。だがアーデルハイトの表情はあまり嬉しそうには見えない。むしろ、酷く面倒そうな顔ですらあった。
「これ……持ち戻ると面倒なことになる気がしますわ」
「まず間違いなく、聞き取りがあるでしょうね」
「……では、これはここに置いて帰りますわ」
まさかの置き去り宣言であった。
こちらの世界の人間からすれば大発見かもしれないが、アーデルハイトからすればただの面倒事である。それにそもそもアーデルハイトは、何が何でもあちらの世界に戻りたいとは思っていないのだ。あちらの世界に残してきた家族や騎士団、師である剣聖、公爵領の民など、気がかりなことは確かにある。だが彼らは別に、アーデルハイトが居なくともやっていけるであろう者達ばかりだ。たまに様子を見に行ければ上々、といった程度には思っているが、積極的に帰還を目指しているわけではない。
なによりも、あちらの世界での最期を迎えた時、自分が何を思ったのか。アーデルハイトはそれを忘れてはいない。
───次は田舎でのんびり暮らそうかしら。
彼女がこうして配信業を行っているのは、あの時口にした夢を叶える為だ。彼女にとっての目標は、既にこちらの世界でのスローライフへとシフトしているのだ。そのついでに、
「よいのですか?」
「構いませんわ。また取りにくるのは面倒ですけど、最悪、ウーヴェを騙して取りに来させれば問題ありませんもの」
「ああ、その手がありましたね」
こうして45階層で戦利品を獲得したアーデルハイト達。この時点で伊豆ダンジョンの制覇は成った。後は地上へ帰還するのみである。便利な帰還用転移魔法でもあれば楽なのだが、残念ながら徒歩である。これまで通った道をひたすら戻るだけの退屈な作業であるが故に、帰路での撮れ高は期待出来ないだろう。そういった理由から、配信はここで一旦終了することに決めた。
「というわけで皆様、退屈な帰り道はカットですわよ!」
『大胆な大幅カット、決断力が伺えるので100点』
『カットたすかる』
『いや助からない』
『帰りも見たいんですけど!?』
『まぁもう開始から6時間近いしな』
『地上に戻ったらまた配信はじまりますん?』
『お前ら分からんのか?』
『分からいでか!』
『つまりその帰りの数時間の間に、拡散して盛り上げとけってことだよ!』
「地上に戻ってからの予定はまだ分かりませんが、帰還の報告はSNSで行うつもりです。配信の有無に関しても、そこで告知致しますので」
「団員達は今度こそ、ちゃんと盛り上げておいて下さいまし!では皆様、さよならーデルハイト!!」
少々慌ただしくも、異世界方面軍らしい一言で配信を締めくくるアーデルハイト。その後は休憩を挟むこともなく、一行は帰路についた。何枚もの大きな鱗と、身の丈ほどもある巨大な刀、そして肉の尻に齧りついた真っ白で小さな蛇を戦果として。
彼女達が去った45階層。
先程まで宝箱が鎮座していたその台座には、硬い金属のようなもので文字が小さく彫り込まれていた。まるで元からそう刻印されていたかのような、無駄に美しい字体で。
『アーデルハイト・シュルツェ・フォン・エスターライヒ ここに参上!!』、と。
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