第105話 コンバットアデ公
45階層はこれまでのフロアとは異なり、巨大な扉が付いていた。取っ手のない両開きタイプの押し扉は、宝石の様に煌めく怪しい石など、豪華な意匠で彩られている。明らかに人工物であるそれは、果たして一体誰が作ったものなのか。それは双方の世界に於いて、未だ解明されていない謎の一つである。
そんな扉に、アーデルハイトがゆっくりと近づいてゆく。
「折角ですから、わたくしはこの赤の扉を選びますわ!」
『コンバット・アデ公』
『とにかく入ってみようぜぇ……(濁声』
『それそもそも赤くねぇんだよ!!』
『どこで覚えて来てんだよそんなネタw』
『あれ、台詞が長すぎて入らなかっただけらしいぜ』
『世界初の記念すべき映像がギャグテイストになってゆく』
『アーちゃんに攻略されたのが伊豆D君の運の尽きよ』
『ミギーによれば魔物は居ないはずだが、果たして……』
『緊張感!緊張感を持って下さい団長!!』
『せめて今くらいは!!』
「足でどーん!……は、流石にはしたないですわね」
今更な気がしないでもないがそこは公爵令嬢らしく、そっと扉に手を当てる。扉は見た目の通り中々の重さで、床と扉が擦れる重厚な音と共に少しずつ、少しずつ開いてゆく。視聴者達が固唾を飲んで見守る中、二人と二匹はいよいよ最後の部屋へと足を踏み入れる。
最初に目に入ったのは、部屋の中央に鎮座する巨大な箱であった。まるで『クリアのご褒美です』とでも言わんばかりに、一際目立つよう台座の上に設置されている。大きさはそれこそ、人が一人中に入れるほどの大きさだ。ダンジョン内でしばしば見られる宝箱よりも、ずっと豪華で巨大な宝箱だった。施錠されているようにも見えず、おまけにダンジョン最下層という場所にあって、その箱には埃の一つも付着していなかった。
ダンジョンを造った『何者か』の意図が垣間見えるような、そんな怪しすぎる光景だったが、アーデルハイトは特に気にした様子もなく宝箱へと向かってずんずん歩いてゆく。それもその筈、アーデルハイトはこの光景を見るのが初めてではないのだ。
あちらの世界でも、アーデルハイトにはダンジョンを攻略した経験がある。その時の最終階層も概ね似たような光景だった。
そうして宝箱の目の前までやって来たアーデルハイトは、滝の様に高速で流れ続けるコメント欄に構うこと無く、勿体つけることすらせずに宝箱の蓋を開け放った。
「これは……!!」
箱の中を覗きながら、そう言葉にしたアーデルハイト。そのまま宝箱の中へと上半身を乗り出し、がさごそと中を漁り始める。それを傍から見ていたクリスは、どこかじっとりとした目でアーデルハイトにカメラを向けていた。前回の反省を活かし、アングルには最新の注意を払って。そのおかげか、ひらひらと揺れるアーデルハイトのスカートの中身が、カメラに映るようなことはなかった。
(あ、これは微妙だったっぽいですね……)
アーデルハイトの事をよく知るクリスには、それが一目で分かってしまう。しかしまだまだ駆け出しの
アーデルハイトが宝箱から上半身を引き抜いた時、彼女の右手には白くて長い棒状の何かが握られていた。よく見ればその棒は真っ直ぐというわけではなく、僅かに反り返っているようにみえる。
アーデルハイトが宝箱から取り出したもの。それは一振りの巨大な刀であった。白い部分は鞘であり、その長さはアーデルハイトの身長よりも少し短い程度。つまりは、刀の中でもかなり大きな部類だ。
「……はいシケ、ですわ」
手にした刀を胡乱げに見つめ、つまらなそうに感想を述べるアーデルハイト。そんな彼女とは反対に、視聴者達は大盛りあがりである。ダンジョン内で武器そのものが見つかることは非常に珍しく、そのどれもが高性能だ。近代兵器が機能し辛いダンジョンに於いて、ダンジョン産の武器は最上だとすら言われているのだ。
その上、今回のような日本刀タイプは発見報告が無く、恐らくは初めての出土だと思われる。それが武士の魂とも言うべき日本刀ともなれば、視聴者達が騒ぎ立てるのも無理はないだろう。
『うぉぉぉぉぉ!!』
『日本刀やんけぇ!!!』
『長すぎィ!!』
『所謂大太刀ってやつか?』
『鞘が白いのかっこええええええ!!』
『なんで団長シケとんねんコラァ!!喜ばんかい!!』
『はいシケは草』
『真っ白でなんか神秘的だわ』
『直前に居たのが毒島だっただけに、なんか関係ありそうな』
『毒島さん、な?』
『さんをつけろよデコスケ野郎』
「仕方ないではありませんの。わたくしにはローエングランツがありますし、使い道がありませんもの」
もっと言えば、アーデルハイトは日本刀の扱いに習熟していない。それでも『使えない』とは言わないのが彼女らしいと言える。実際、以前に
それでもアーデルハイトには、この巨大な刀は無用の長物であった。
大太刀とは、他の刀剣に比べて頑丈なことと、その長いリーチを活かして敵を斬る武器である。当然ながら重く破壊力もある武器だが、用途としては大剣とほぼ同じだ。つまりはローエングリーフのもう一つの姿である、ローエングランツと用途が被ってしまっている。となれば、使い慣れていない刀を使う理由はない、というわけだ。
『そ、そんなぁ……』
『使えばいいじゃんか!!』
『太刀もかっこいいだろうがよ!!』
『ってーと、協会に売る感じか?』
『探索者俺氏、貯金残高を確認する』
『普通の探索者じゃ買えない値がつくと思うんですがそれは』
『売っちゃうのはちょっと勿体ない気もする』
『使わないにしても記念に持ってて欲しい気持ちはあるな』
そんな視聴者達のコメントが見えているわけでもないのに、何かを察したかのように毒島さんが地面で跳ね回っていた。随分と器用な動きである。
「お嬢様、とりあえず保留で良いのでは?」
「んー……そうですわね。折角ですし、とりあえず売りには出さないでおきますわ。何か使い道があるかもしれませんし」
協会に売却すればそれこそ凄まじい値が付きそうなものだが、異世界方面軍は現状そこまで資金面で困窮しているわけではない。登録者数も順調に伸びており、単発動画の再生数も上々だ。これから先、活動資金には余裕が出てくるだろう。
スローライフという目標はあるものの、別段急ぎというわけでもない。クリスの言うように、急いで用途を決める必要は感じられなかった。或いは、
大きすぎて持ち帰るのがひどく面倒ではあったが、最悪、肉の背中に括り付けて運ばせればいいだろう。そういった理由から、大太刀の処遇はひとまず保留となった。
そういった雰囲気を感じ取ったのか、毒島さんは安心した様子で肉の尻へと戻っていった。
「では、刀の処遇はそれでいいとして……」
「『コレ』について、ですわね」
そうして話題は、宝箱から出てきたもう一つの戦利品へと移る。アーデルハイトが左手に保持しているそれは、人の頭ほどの大きさがある石片だった。否、石板と言うべきだろうか。綺麗に形を整えられた石板の表面には、何かの文様が刻まれている。
アーデルハイトとクリスの二人は、その文様に見覚えがあった。
「お嬢様、これは……」
「ええ、間違いありませんわ」
顔を見合わせ、言葉少なに意見を交わす二人。
アーデルハイトはクリスと自分の意見が同じであることを確認し、改めて石板へと視線を戻してこう言った。
「───皇国の紋章ですわね」
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