第104話 バンド配信やってますし(閑話)

 アーデルハイト達が配信を始めてから、既に五時間近くが経過している。彼女達が伊豆支部へやって来た当初、探索者は誰もいなかった。だが今は、何人かの野次馬探索者が食堂に姿を見せていた。元から伊豆ダンジョンの探索を行う予定だった者や、配信を見て実際に現地までやって来た者。探索者から一般人まで、皆が皆、興味津々といった様子で各々配信画面を見つめている。


 彼らの中には異世界方面軍ファンの者もおり、恐らくは自作だろうと思われるTシャツを着ていた。デフォルメされたアーデルハイトが、煎餅をパクついているイラストがデカデカと胸元に印刷されたものだ。かなりの出来である。本人以外は誰も知る由もない話だが、彼は以前に『聖女ちゃん人形』を自作して送ってくれたファンだったりする。


 そんな一方で。


「わああああああああァ゛ー!!」


 既に隠れることを止めた国広あかりが、みぎわの背後で狂乱していた。食堂のテーブルをバンバンと叩き、そうかと思えば、近くの屈強な探索者へとソバットを繰り出し。感情の矛先に迷いながら、頭を抱えて奇行を繰り返す。


「支部長、恥ずかしいので静かにしてください」


「だって今っ!私の困った顔が目に浮かぶって言ってたもん!!わぁ゛ぁ゛ぁ゛ァ゛ー!!」


 そんなあかりを部下であるきょうが嗜めるも、彼女はお構いなしに喚き散らしていた。あかりは知っているのだ。渋谷でイレギュラーが起こった際、事後処理に追われて疲れ果てた花ヶ崎刹羅を。あかりは聞かされているのだ。それは本当に面倒で大変だったと。

 何でもクールに卒なくこなす、憧れの先輩である刹羅ですらそうだったのだ。雰囲気でここまでやって来た自分には荷が重すぎる。

 世界初のダンジョン制覇が、まさか自分の担当Dで達成されるなどとは夢にも思っていなかった。本来であればとても喜ばしい出来事の筈なのに、刹羅から齎されたそれらの悲惨な情報があったが故に、あかりは素直に喜べない。そうした複雑な感情が、あかりをこうして奇行に走らせているのだ。


「でも実際、これは本当に凄いことです。これからの事を考えれば叫びたくなるのも分かりますが、我々協会職員がそんな態度ではいけませんよ」


「わがっでるげどぉ……」


「それに、もしも彼女達が持ち戻った素材の買い取りが出来れば、支部の成績は一気にアップです。そうなれば本部も人を送ってくれる筈です。人員不足も解消されるかもしれませんよ」


「そ、それだーっ!!饗くんナイス!それだよそれ!あ、希望湧いてきたかも」


 がばり、と床から起き上がり、饗に向かって指を突きつけそう叫ぶあかり。饗の言う通り、配信で映っていた白蛇の鱗だけでも価値がある。協会主催の競売にかけたとしても、手数料と登録費用だけで十分な利益が見込めるだろう。さらに、未知の魔物の素材ともなれば研究材料としても価値がある。それらを買い取ることが出来たのなら、伊豆支部の成績は大きく伸びることだろう。

 だが、いずれにせよ確かな事がひとつ。


「まぁ、どのみち暫くは忙しくなるでしょうが」


「わぁ゛ぁ゛ぁ゛ァ゛ー!!」


 容赦なく現実を突きつけられたあかりは、奇声を上げて食堂を飛び出していった。そんなやりとりがすぐ後ろで行われているのだから、地上で配信の補佐をしている三人が気づかないはずもない。


「後ろがうっせーんスけど」


「まぁ、仕方ねぇよ。気持ちは分からんでもないが、それがあいつらの仕事なんだ。俺等が気にすることじゃねぇ。それに、どうせこれから他のとこも攻略するんだろ?」


「今のところは予定にないッスけどねー」


 東海林がさも当然のようにみぎわへ問いかけてみれば、意外にもそういうわけではなかったらしい。

 そもそも今回の攻略は、記念配信の際に行った発言の履行だ。当時は話題の波に乗り切れなかったこともあり、とりあえず何処か一箇所制覇しておこう、程度のつもりだった。今回の結果を承けてどうなるかは分からないが、少なくとも現時点ではその予定はなかった。そんなみぎわの言葉を聞いた月姫かぐやが、しょんぼりと肩を落とす。


「そうなんですか!?次は連れて行ってもらおうと思ってたんですが……残念です……」


「もうすっかり異世界方面軍の一員みたいになってきてるッスね……大丈夫なんスか?あんまり他のトコで遊んでると、メンバーから怒られたりしそうなもんスけど」


「ああ、そういうのは全然ないですね。蔵人なんかはたまに知り合いのチャンネルでバンド配信やってますし。合歓ねむは合歓で、個人の占いチャンネルとか持ってますし」


「若いッスねぇ……」


 などと言っているみぎわ自身も、まだ20代前半なのだが。みぎわは遠い目をしながら、配信画面へと視線を戻す。そこには、意気揚々と次の階層へ向かう二人と二匹の姿が映っていた。




 * * *




「決めましたわ!!」


 最終階層へ続く階段を下りながら、アーデルハイトが突如声を上げる。彼女はつい先程まで何やらうんうんと唸っていたのだが、どうやら考え事をしていたらしい。地上では丁度、支部長であるあかりが奇声を上げていたりするのだが、それはアーデルハイト達の知るところではない。


「何をでしょうか?」


「もちろん、この子の名前ですわ」


 そう言ってアーデルハイトが見つめる先には、肉の尻に噛み付いたままずりずりと地面を引きずられている白蛇の姿。肉が走る度にびたんびたんと壁に打ち付けられている白蛇だが、さすが元階層主というべきか、まるで気にする様子もない。


『あっ』

『嫌な予感してきた』

『待て、早まるな。相談しよう(提案』

『アデ公のセンスはマズいですよ』

『前回が肉だからなぁ……』

『神聖な白蛇様に適当な名前付けたらバチが当たりますよ』

『それならぶった切った時点でバチが当たるんだよなぁ……』

『今度こそ非常食か?』

『食いもんばっかじゃねぇか』

『ファミレスにハマってるっぽいしそれ系統か?』


 過去を思い返してみても、アーデルハイトが付けた名前にはロクなものがない。技名然り、巨獣然り。視聴者達が不安に思うのも無理はなかった。そんな視聴者達の不安を知ってか知らずか、アーデルハイトは自信満々にその名前を告げる。


「この子の名前は『毒島ぶすじまさん』ですわ!」


「……それ、お嬢様が最近よく見ているB級映画の登場人物ですよね」


「それもありますけど、やっぱり蛇といえば毒ですわ。なのでこの子は毒島さんですわ」


『ぶすじまさんwwwww』

『誰やねんw』

『予想のちょっと斜め上いったわw』

『さすがに草』

『毒あるんか?w』

『ゾンビに四の字固めしそう』

『この邪気は……(勘違い』

『たまやぁ……(低音』

『滅却……!』

『急にコメ欄が年老いたぞ』

『安直だけどちょっと良いじゃんと思ってしまった』


 これまでにアーデルハイトが付けた数々の名前とは、少し趣が異なる名前だった。果たして、蛇につける名前として適切なのかは甚だ疑問ではあるが、少なくとも『肉』よりかは幾分名前らしいと言えるだろう。そんな『毒島さん』という名前は、何か懐かしい記憶でも蘇ってきたのか、視聴者達には思いの外好評であった。


 余談だが、毒島さんはちゃんと毒を持っていた。

 後ほどそこらの魔物に噛みつかせてみたところ、深い階層の魔物であっても、ものの数秒で倒せてしまうほどの強力な毒であった。巨獣の成れの果てである肉の尻には通用しなかったが、対魔物として使うには十分な殺傷能力である。しっかりと鍛えれば肉と同様、これからのダンジョン探索にも連れていけそうだ。


 そんな風に目論みながら、アーデルハイト達は最終階層である45階層へと足を踏み入れたのだった。

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