第103話 たくさんありますわよ!!
脅威───足り得たかは微妙だが───の去ったフロアの中心で、アーデルハイトが拳を突き上げ高らかに宣言した。
「けっかはっぴょうー!!ですわー!!」
『いぇぇえええええい!!』
『っしゃああああ!!』
『待ってたぞオラァァァ!』
『D配信といえばやっぱ戦果報告よな』
『一番ワクワクするとこだよね』
『団長はアホみたいな事ばっかするのに戦果は微妙だから余計にな』
『やってる事の割に実入りは少ないよなぁ』
『最下層ぞ?今回こそ一攫千金だろ』
『そういや前回の肉の角はどうなったんやろか』
『まだ交渉中じゃね?そう簡単に値が決まるとは思えんわ』
「誰がアホですの!?……あ、そうそう。お肉ちゃんの角に関しては、後日悲しいご報告がありましてよ」
高速で流れるコメントを眺め、そのあまりの言い様にぷりぷりと頬を膨らませるアーデルハイト。かと思えば、すん、と真顔に戻り不穏な言葉を口にする。ころころと表情を変えるその姿は見ているものを飽きさせないが、彼女の情緒は一体どうなっているのだろうか。
当然ながら視聴者達も、件の巨獣の角に一体どれほどの値がつくのかは気になっていた。一体何があったのか、などと心配するコメントが大量に投稿されるが、アーデルハイトにはこの場で答えるつもりがなかった。彼女は別に視聴者達を焦らしているわけではなく、単純に次の雑談枠のネタとしてとっておきたいだけだ。
そもそも今はダンジョン内で、戦果発表中なのだ。急ぎの案件でもない以上、ここで話を脱線させるのは得策ではない。場合によっては、ダンジョン制覇という華々しい戦果を薄めてしまう可能性だってあるのだから。
「ハイハイ!!その話はまた今度ですわ!ともかく、取得物のお披露目をしますわよ!」
アーデルハイトが場を沈める為に手を鳴らし、話を本筋へと戻す。
「まずはコレ!なんだかよく分からない白いやつですわ!!」
「鱗ですね」
「たくさんありますわよ!!」
「持ち帰れませんね」
クリスがカメラを地面に向ければ、そこには大きな鱗が小さな山程も積まれていた。アーデルハイトが指で叩けば、まるで金属のように硬質な音が鳴った。魔物由来の素材故に、通常の蛇のそれとは明らかに質が異なる。
探索者向けの防具として魔物の素材を使ったものは、ダンジョンが現れてから数十年たった今はありふれている。近年は加工技術も向上し、まさに狩りゲーの世界よろしくといった様相になりつつある。
無論、加工の難しさや素材の希少性故に、相応に値が張るものとなっているのだが。その大半は、一般的な金属で作られた防具よりも優れているとされている。何故ならば、従来の防具は銃等の近代兵器と同様、ダンジョン内で著しく性能が低下するからだ。
具体的な例を挙げれば、ゴブリンが放った矢を胴体に受けてしまったとき。従来の金属鎧であれば、防ぐこと自体は可能だが一発で鎧に穴が開く。だが魔物由来の防具であれば、それがたとえ低級魔物の革で作られた鎧であっても無傷で済む。ダンジョン内に於いては、それほどまでに差があるのだ。
故に探索者で金属鎧を装備しているものなど、それこそ駆け出しの者しか居ない。上級探索者ともなれば、例えば
アーデルハイト達には自前の異世界装備がある故に、これまでその手の話が上がることはなかったが、異世界方面軍以外の配信チャンネルであれば当たり前にしていることだったりする。閑話休題。
ともあれ、積み上げられた純白の鱗はそれだけでかなりの価値があるだろう。見た目にも美しいそれは、強度を抜きにしたとしても、デザイン性の面で需要がありそうだった。繰り返しになるが、これらはアーデルハイト達には必要のないものだ。当然ながら全売りである。持ち戻ることができれば、だが。
「うぐっ……やっぱり二人だけでは限界がありますわね……」
「ちなみにですが、皆様が恐らく想像しているであろう、空間収納などといった便利なものは我々も存じません。思うほど魔法は万能ではないんです」
そう言ってクリスが、詰められるだけの鱗をスポーツバッグへと収納してゆく。既にファスナーは閉まらず、バッグから鱗がはみ出しまくっていた。当然ながら肉の収まるスペースは失われ、この時点で肉の徒歩帰宅が確定した。
『無いんか……無いんか……』
『あー、無いんかー……』
『俺達の憧れがまた一つ失われた』
『落胆しすぎで草』
『まぁやっぱりテンプレというか、チートのお約束というかさ?』
『期待はしちゃうよね』
『魔法があるんだから空間収納だってあると思っちゃうじゃん』
『お前それ異世界でも同じこと言えんの?』
『それっておかしくねぇ?だって、ここ日本じゃん』
『……そういやそうだったな』
『アデ公がやること為すこと異次元過ぎて忘れてた。ここ伊豆だったわ』
落胆を見せる視聴者達を気にすること無く、アーデルハイトは次に進む。忘れがちだが、帰路のことを考えれば時間にそれほど余裕があるわけではないのだ。
「はい、次ですわ!次はこの……なんだかよく分からない綺麗な石ですわ!!」
「コレは私にも分かりかねますね……純度の高い魔石でしょうか?」
「お肉ちゃんが食べ散らかした、蛇の残骸から出てきましたわ!」
「……まぁ、死体はどうせすぐに消えますしね……」
二つ目の戦果は透明に輝く拳大の石だった。アーデルハイトの細い指で摘まれたそれは、綺麗な球状というわけではなく少々歪な形をしている。異世界出身の二人を以てしても、これがなんなのかは分からなかった。クリスの言うように魔石に近い気がするが、それにしては魔石特有の昏い輝きが見られない。どちらかといえば神々しいような明るい輝きを放っており、仮に宝石だとすれば非常に高値がつきそうだ。
そんな石をカメラへ向けて突き出すアーデルハイトの足元では、まるで自らの手柄だとでもいうように肉が鼻をふすふすと鳴らしていた。
「そして最後は……というか、これはどういう事なんですの?」
アーデルハイトの言葉と共に、クリスがカメラを下に向ける。そこにはドヤ顔で鼻を鳴らす肉の姿と、その尻に齧りつく小さな白蛇の姿があった。こうみえて、
『!?』
『えぇ……?』
『いや草』
『お肉先輩、ケツ噛まれてますよ!?』
『かわええw』
『キマイラみたいになってて草』
『これじゃ頭の位置が逆なんだよなぁ』
『ベヒモスキマイラ』
『言葉面はめっちゃ強そう』
『まーたアデ公が変なの捕まえてきたよ』
『イカれた新メンバーを紹介するぜ!!』
『おしりかじり蛇!!』
『以上だ!』
アーデルハイトによって討伐された
「なんというか……お肉ちゃんの時もそうでしたけど、倒した魔物が小型化するのはこちらの世界特有のものですの?」
「私はそのような話、聞いたことがありませんね……もしかすると、一定以上の力を持つ魔物はこうなるのかもしれませんね。ある意味、こちらの世界で今流行りの転生と言っても良いのでは?」
こちらの世界では未だ、これほど深い階層まで踏破されたダンジョンが存在しない。故に、あちらの世界の基準で『強い』と言えるような魔物の討伐例が無い。精々がグリフォン程度であり、今回倒した白蛇のような特殊な個体は発見報告すらないのだ。イレギュラー的に湧いた肉はさておき。
クリスの言葉はそれらを鑑みての推察であり、根拠と呼べるようなものは何も無かった。だがこちらの世界特有のものであると仮定すれば、あながち間違ってもいないのではないか。何しろこの世界に於いて、転生モノとダンジョンは切っても切れない関係にあるのだから。
「んー……まぁ、細かいことはいいですわ。とりあえず、この子も連れて帰りますわよ!会ったことはありませんけど、伊豆支部長の悲痛な顔が目に浮かぶようですわー!!」
他人事のように言いながら、意気揚々と歩き出すアーデルハイト。なんとも酷い言い草ではあるが、それが支部長の仕事なのだから仕方がないとでもいわんばかりだ。
こうして戦果報告を終えたアーデルハイトとクリスは、いよいよ伊豆の最終階層である45階層へと向かう。そう、すっかり制覇したような雰囲気を出していたが、実際にはまだあと一層残っているのだ。
一仕事終えた満足感からか、随分と機嫌の良さそうなアーデルハイトを先頭に、手にしたバッグをパンパンに膨らませたクリスが続く。そして最後尾を、満腹になった肉が追いかける。そのお尻には相変わらず、真っ白な蛇がくっついてぷらぷらと揺れていた。
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