第102話 アデ公は絶対にふざける
ダンジョンとは、元々薄暗い場所である。
地下であるが故に太陽など存在するはずもなく。誰も足を踏み入れたことのない階層であるが故に、照明などがある筈もなく。
そんな仄暗い地下深くで、アーデルハイトは宣言する。酷く怪しげな、胡散臭い技の名前を。それと同時に、フロア内が一層暗さを増した。
『嫌な予感はしてたんよ……』
『ダッッッッッッ!!!』
『こいつはダセェー!!今考えましたみたいな匂いがプンプンしやがるぜ!』
『た、対高貴領域……?』
『よくわからんけど、絶対アンチの意味間違ってるよね……』
『名前はともかく、なんだかすごそうな感じだけはしてるぞ』
『もうこれ剣技じゃないよね??』
『魔剣くんの特殊能力かな??』
『もう特殊能力とか言われても動じなくなってきたわ』
『ようこそ異世界へ』
そんな視聴者達の反応を他所に、
滑らかな動きで水面を滑り、その巨体からは想像も出来ないほどの速度で攻撃。白蛇が行おうとしていたのは、恐らくそんなところだろう。乱暴な言い方をするならば、それはただの単調な突撃でしかない。だが大きいということは、それだけで人間にとっては脅威となる。少し前に戦った巨獣がそうであったように。
純粋な破壊力だけでいえば、巨獣のそれとは比べものにもならないほど低い。だが前後左右どこからでも、果ては頭上からも攻撃が飛んでくる事を考えれば、人間にとってはそれで十分に脅威足り得るのだ。そもそも、如何に探索者が優れた身体能力をもっていたとしても、人間一人を潰すのにそれほど破壊力は必要ない。巨獣の攻撃などは、もはや威力過多とさえ言えるだろう。
つまりは、その過剰な分の破壊力を速度に割いたのが、白蛇が行おうとしていた攻撃だった。果たして、それがアーデルハイトに通用するかどうかは分からないが。
小島をぐるりと巨体で覆い、高速で身をくねらせていた白蛇。だがアーデルハイトの宣言と同時に、白蛇の動きが目に見えて鈍った。単純に速度が落ちたのもそうだが、何よりも動きにキレがない。先程まであった、水面を滑るような独特の動きも、今はどこかぎこちなく感じられる。
その程度といえば、視聴者達からでも鱗の一枚一枚が確認出来るほどだ。まるでスローモーションで映像をみているような、そんな感覚だった。
「自身の所有者を除き、展開した領域内に存在する、全ての生物の能力を低下させる。それが、
小島の端でカメラを向けていたクリスが、先程までとはうってかわって、少し気だるそうに解説を始める。
クリス曰く、
その代わりというべきか、
余談だが、そんな
彼ほどの力量があれば低下する能力など大したことはないが、それでも5%近くは低下していただろう。世界の頂点に名を連ねる二人の戦いに於いて、5%という数字は決して小さくない。
そして今、戦場の端にいるとはいえ、クリスもばっちり領域内に入っている。彼女が気だるそうにしているのはその所為だ。
「お嬢様が
『草』
『やっぱデバフなのかコレ』
『目に見えて動き遅くなっとる』
『ああ、それでアンチノーブル……』
『……やっぱ意味違うじゃねぇか!!』
『言わんとしてることは分からんでもないw』
『クリスがしんどそうなのはそれでかー』
『大迷惑フィールドやんけ!!』
『集団戦には向かないし、騎士団でも使えなさそうね』
『さすが魔剣、やることが汚い』
『いやでも効果はエグいなぁ』
『デバフなんかRPGじゃ基本だしね』
『ただでさえクソ強いのに、相手まで弱らせるのはズルじゃんね』
視聴者達も薄々気づいてはいたのだ。アーデルハイトはこのような能力を使わずとも、
では何故、アーデルハイトは
確かに前人未到の階層で、相手は誰も見たことがなかった新種の魔物だ。だがそもそもの話、この白蛇は明らかに巨獣よりも格が低いのだ。アーデルハイトでさえ無傷では終わらなかった巨獣との戦い。そんな今より高度な戦闘を見ているのだから、目の肥えた団員達は満足しないかも知れない。そう考えたが故の、
しかしそんなアーデルハイト側の思惑など知る由もない白蛇からすれば、ただただ不思議な状況であった。理由はまるで分からないが、とにかく身体が思うように動かない。普段であれば頭の頂点から尻尾の先まで、思うように動かない部位など存在しない。
蛇とは全身が筋肉といっても過言ではない強靭な生き物だ。素早い動きでひとたび相手に巻き付いてしまえば、縊り殺すなど造作もない。その巨体故に、巻き付けない相手など存在しないのだから。巨体を利用して圧し潰すも良し、鋭い牙で引き裂くも良し。毒でじわじわと苦しめるも良し、だ。
事実、迷い込んでこの小島に降り立った魔物などは、そうして処理してきた。ウニだろうが、蟹だろうが、触手だろうが。このダンジョン内に於いて、白蛇には勝てない敵など存在しなかった。
だが今は、正体不明の不調に襲われていた。
高位の魔物ならば珍しくもないことだが、巨獣もそうであったように、白蛇には高度な知能が備わっていた。故に、不調の原因は推察出来ていた。だがその原因は、既に粉々に砕けてしまってこの場には存在しない。対処しようにも、その方法が見当たらない。圧倒的な力と知能で以てこれまで生き抜いてきた白蛇にとって、それは初めての経験だった。
そんな白蛇の眼前では、アーデルハイトが白銀に輝く大剣を手にしていた。言うまでもなく、魔力を吸い上げ終わったローエングランツである。随分と短い出番ではあったが、
『蓋を開けてみればいつも通りの無双でござった』
『俺は分かってたよ。アデ公ならどうせこうなるってね』
『アデ公らしい蹂躙劇でござった』
『伊豆Dのラスボスという余韻に浸る暇もなかったぞ……』
『圧倒的無双。これがつまりアデ姿ってワケ』
『なんというか、普通に処理だったな……』
『なんならまだ一回も攻撃されてないんだけど??』
『ワンチャン過去最速まであるぞ』
『まぁ今回は自重無しって話だし、多少はね?』
『関係ないけど、白蛇ってなんか神聖な感じじゃなかったっけ』
『そういやなんかそんなんだったな……もう剣振りかぶってるけどな!!』
彼らのコメント通り、カメラの前には既にローエングランツを構えたアーデルハイトの姿があった。彼女は普段とは異なり、大剣を脇構えの状態で構えている。柔軟な身体を引き絞り、腰を限界まで捻っていた。それはまるで、放たれる前の独楽のような構えだった。
「
カメラへ向かって、大きな声でそう叫ぶアーデルハイト。44階層の主という相手を前に、緊張感の欠片もない台詞だった。
『あっ』
『あ、嫌な予感がしますよコレ!!』
『ダセぇのが来るぞ!気をつけろ!!』
『待て待て、ダサ技は一戦闘に一回までって約束だろ?』
『いや、そろそろ真面目にかっこいいのが来るかもしれんぞ』
『アデ公エアプか?さっきの台詞聞いただろ?』
『ノリノリだったよね……』
『ああいう時のアデ公は絶対にふざける』
それは予想か、それとも経験か。
視聴者達の不安を乗せて、アーデルハイトの剣は振り抜かれる。
「これがわたくしの……高貴のノーブルスラッシュ~気品を添えて~ですわー!!」
引き絞った身体を、アーデルハイトが解き放つ。
捻られた腰から生まれるエネルギーは、しなる両腕へと伝わる。アーデルハイトの腰から上が、まるで小さな嵐のように回転する。アーデルハイトの並外れた膂力に遠心力を加えて、その一撃は動きの鈍った白蛇を捉える。いつの間にか振り抜かれていたローエングランツは、瞬きをする暇もなく終点へと到着していた。そのあまりの速度からか、さすがのアーデルハイトの身体も僅かに軋んでいた。
『ああああああああ!!』
『くそおおおおおお!!』
『残念、ダサ技でしたー!!』
『……最近ファミレス行ったんやろなぁ』
『デザート気に入ったんやろなぁ……』
『似たような言葉いっぱい使ってたな……』
『クソwちょっとパターン変えてきやがったw』
『大喜びでデザート食ってるアデ公想像して、幸せな気持ちになったわ』
『待って、止まった瞬間の揺れがR指定クラスだったぞ』
『恐ろしく揺れる双丘……俺じゃなきゃ見逃しちゃうね』
『いやもうそこにしか目が行かなかったが?』
『というか、攻撃自体は早すぎて見えないから乳しか見るトコ無いんよ』
『うーん……100点!!』
『まぁ期待通りではあったよねw』
両断され崩れ落ちる白蛇を前にして、視聴者達の反応も上々であった。一方のアーデルハイトといえば、早速とばかりに素材収集に向かっていた。鞄から様子を伺っていた肉が飛び出し、全力疾走でそれに続く。既にA・N・Fは解除されており、クリスもまたゆっくりと歩き始めた。
こうして伊豆ダンジョンに於ける最後の戦闘は、ひどくあっさりと幕を下ろしたのだった。
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